小説 Wizardry(ウィザードリィ)外伝Ⅱ 作:thou
「んんんんん…っまいっっっ!!!!」
ジョッキの酒を一気に飲み干したドルガルはプハッと歓喜の声を上げた。
ギルガメッシュと呼ばれる冒険者たちの利用する酒場でフィル達は食卓を囲んでいた。
「また酒が飲める身体に戻れて良かったぜ。ありがとよ!レザリア!」すっかり元気になった様子のドルガルがレザリアに声を掛ける。
ドルガルの礼を受けたレザリアは軽く笑みを浮かべ、無言で頷く。このノーム族の女性はレベル12に到達した冒険者の中でも屈指の実力を誇る僧侶である。無口だが、その整った顔の双眸には強い光を宿していた。
「いくら回復したからって、病み上がり…蘇り上がりなんだから。程々にしときなさいよね。」呆れ顔でケイシャが言う。人間族の侍である彼女もレベル12。悪の戒律のメンバー達の中で唯一中立の戒律である彼女は、リーダーとしてパーティを纏めていた。
「まあ、良いだろう。多少の酒で潰れるようなドルガルではないだろうからな。」笑いながらフィルが言った。フィルは人間族のレベル11の君主ロードで、戦士からの転職経験がある。戦士の時に培った剣の実力は折り紙つきで、冒険者の中でも一目置かれている。
「おおい!戻ったぜ!」皆が卓を囲んでいる中、レベル13の盗賊スイフトが何やら長柄の武器らしき物を持って酒場に入ってきた。
「ちょっとごめんよ。」スイフトがそれを卓の上に静かに寝かせと、全員が興味深そうに覗き込んだ。酒場に居た他の冒険者たちも横目で注目している。2メートルほどの長柄の先には剣呑な光を放つ斧が付いていて、穂先は鉤状の槍になっている。ハルバードと呼ばれる武器に似ているが、それよりも遥かに迫力があった。
「今しがたボルタックの親父に鑑定して貰ってきた。ファウストハルバードっていう武器だってさ。鑑定料に5000ゴールドも取られたよ。」口を尖らせながら、それでも喜びを隠しきれない様子でスイフトは言った。
「悪魔族の攻撃に対する抵抗と攻撃力が上がるって。ケイシャの達人の刀、フィルのブラックジャパンドに加えてこいつをドルガルが装備すれば、パーティ全体の攻撃力が上がるよ。」声を弾ませてスイフトが続ける。
「ほう。こいつは相手の後衛まで攻撃できそうだ。俺が振り回すのにピッタリだな。」不敵な笑みを浮かべたドルガルがファウストハルバードを両手で構える。背丈が1メートル40センチほどのドワーフの体躯にはやや長すぎる気もするが、それを補って余りある分厚い筋肉で盛り上がった腕が、ファウストハルバードを扱うのに十分な膂力があることを物語っていた。
「や!ドルガル、無事に生き返ったそうだな。」
爽やかな笑顔を浮かべた人間族の男性がドルガルに声を掛けた。
声の主を見てドルガルが眉間に皺をよせる。
「グラスボウか。良いのか?善の連中が白昼堂々と悪の俺たちに声を掛けて。」
「俺の戒律は中立だよ。それよりも地下9層で心臓を抉られたそうじゃないか。良かったな。無事に生き返ることができて。」
「ふん。お前らに心配されることじゃねえよ。」
苦々しくドルガルが呟く。
彼の名はグラスボウ。レベル14に認定された人間族の戦士だ。
世界では誰もが戒律と呼ばれるものに縛られている。
正々堂々を旨とし、人道を重んじる善、己の利益を最優先に考え、その利益を侵害しようとするものがいれば全力で排除しようとする悪、そのどちらにも属さず、その時々で考えも信念も変える中立。善の戒律に身を置くから聖人という訳では無い。行き過ぎて融通が利かなくなってしまうものもいる。一方で悪の戒律に身を置くから悪人という訳では無く、これはあくまで性格の大枠を成すものである。
中立の戒律に属するものが大半を占め、その次が悪、最も少ないのは善の戒律と言われている。
そして、グラスボウのパーティは、中立のメンバーの他に、善の戒律であるメンバーが2人いる。全員がレベル13かそれ以上の実力の持ち主だった。現在最も迷宮攻略に近いパーティと呼ばれており、ケイシャたちはその後を追っている形になる。
グラスボウたちは、これから迷宮に潜るのだ。
肩越しに仲間たちの姿が見える。
「グラスボウ、もう行くぞ。」
髭をたくわえ、鈍い光を放つ鎧に身を包んだドワーフ族の男がチラリとドルガルに目をやったあと、グラスボウに話しかける。彼の名はレギン。レベル13の君主だ。通常、君主は善の戒律の者しか就けない。フィルはとある理由で悪の戒律に身を置いている訳だが。
「ああ、わかったよ。レギン。じゃあな、ケイシャ。幸運を祈ってるよ。」
「ええ、ありがとう、グラスボウ。」
素気なく挨拶を返したケイシャは、すぐにグラスに口をつける。
そのままグラスボウたちは酒場を後にした。
通常、一度迷宮に潜ったら、1週間は地上には出てこない。すでに夕方だが、地下で休みつつ、感覚を慣らしながら進むつもりだろう。
「俺たちも頑張らないといけないな。」
フィルがそう呟く。同じ君主でも、レギンとは2レベルも差をつけられている。心なしか少し焦っているようにも見えた。
「焦ってはダメよ。私たちには私たちのペースがあるわ。焦った結果がドルガルの死を招いた訳だし。少し休んで、次の出発は3日後にしましょう。」
「3日後だって!それじゃ、ますますグラスボウたちに差をつけられちまう。」
ケイシャが言うと、スイフトが非難とも驚きともつかない声を上げた。
「俺もケイシャに賛成だ。今にして思えば、ドルガル無しで地下9層に潜ったのも正しかったとは言えない。無事に戻れたのが奇跡だ。」
グラスの酒を飲みながらフィルはスイフトに言う。
「焦りがあったことは確かだよ。俺たちは一度頭を冷やす必要がある。それじゃ、3日後の正午にここで落ち合おう。」
グラスの酒を一気に飲み干すと、フィルはガタリと席を立ち、酒場を後にした。
「まったく。どいつもこいつもゆったりしてるぜ。」
やれやれといった感じでスイフトは酒に口をつける。
「確かに、地下9層ともなると、敵の強さは格段に上がっています。」
ラスタールは、ドルガルを一度失った戦闘を思い出す。
あの時、ラスタールたちは、墓守の鍵を使い、地下10層に続いているであろう、落とし穴シュートを見つけた。
ラスタールたちは息を飲む。
この墓守の鍵を手に入れるために、冒険者たちによって実に半年の時間が費やされた。
墓守の鍵は、地下5層から7層までの3フロアに渡って入り組んだ中に隠されており、探索に非常な苦労がともなったのだ。
遂に、遂に地下10層にたどり着く。
何故地下10層にここまで興奮するかというと、アルマールの文献を調査した学者たちによって、ハルギスの遺体は地下10層に眠っているのではないかと推測されていたのだ。
逸る気持ちを抑えながら、ラスタールたちが落とし穴に向かった最中、そいつらは現れた。
辺りに漂う冷気。奥から這い寄ってくる殺気。思わず身構えたラスタールたちに極寒の吹雪が襲い掛かった。主にドラゴンなどが攻撃手段とする吐息ブレスだ。凄まじい冷気により、体力の無いラスタールは瞬く間に凍傷に侵され、瀕死に追い込まれた。直ぐにレザリアが駆け寄り、
次第に視界が明瞭になってきて、吐息の正体が分かった。それはフロストジャイアントと呼ばれる氷の巨人だった。身の丈は5メートルに達しようか。迷宮内で初めて対面する敵だった。直ぐにケイシャとフィルが剣を構え、スイフトが
巨人族に絶大な破壊力を持つブラックジャパンドはフロストジャイアントの胸元に深々と刺さった。
続いて、逆方面からケイシャが駆け上がり、達人の刀で首筋を切り裂いた。刀は正確にフロストジャイアントの頸動脈を深く抉り、勢いよく青い血液が噴き出す。フロストジャイアントは絶命した。
だが、フロストジャイアントは残り2体。そのうちの1体の膝にドルガルがヘヴィアックスを叩きこむ。絶叫しながらフロストジャイアントは大剣をドルガルに振り下ろした。
ほんの一瞬だが、ドルガルがヘヴィアックスを引くのが遅れた。
フロストジャイアントの大剣が、ドルガルの肩口にめり込む。
後ろに引こうとする力と大剣の振り下ろしの反動がぶつかり、ドルガルは床に叩きつけられる。ドルガルはそのまま動かない。傷は心臓に至っていた。
次の瞬間、スイフトの
「逃げるよ!」
フロストジャイアントの呻き声を背に、ケイシャが素早い判断を下す。
ケイシャの号令とほぼ同時に、フィルはドルガルの身体を背負い退却の準備をしていた。
退きざま、レザリアの
直径10メートル程度の半球体の炎の爆発が現われ、一瞬怯んだフロストジャイアントたちの動きが止まる。
その機を逃さず、ラスタールたちは扉の外へ転げ出た。
まさに間一髪。エレベーターで地上へ向かいながら、ラスタールたちは疲労と安堵で息を弾ませた。
ギルガメッシュの酒場は、若い冒険者たちの喧噪で賑わっている。
「フィルの言うとおり、私たちは焦っていたのかもしれません。まあ、グラスボウたちに追いつきたいがために、今回はドルガル抜きで地下9層に挑んだわけですが。今思い返しても、よく帰って来ることができたと思っていますよ。これから先は今までよりも、更に注意深く進む必要がありそうですね。」
少し酔ったのか、両袖をたくし上げながら、ラスタールは呟くように話した。
「そうね。少し慎重に行きましょう。ところでラスタール。また刺青を彫ったの?もう肘まで模様がありそうだけど。」
ケイシャが言うと、ラスタールは、何、故郷での習慣でしてねと素気なく返事する。ラスタールの両腕に彫られた幾何学模様の刺青は手首から肩にかけて到達していた。
「そのうち顔にまで刺青が彫られそうね。」
双眸の奥から射る如き光を刺青に注ぎながら、レザリアがふふっと笑う。
「くそっ!酒だ、酒を持ってこい!」
ドルガルはジョッキの酒を飲み干して叫ぶ。スイフトが追加で酒を注文し、ささやかなドルガル回復祝いの宴は夜が更けるまで続けられた。