さて、と一区切りをつけてから審神者(シキさん)がこちらへ視線をくれる。
「話せる分だけでいい、あの本丸で鶴がどう過ごしていたか教えてくれないか」
「あの、本丸で…」
どう過ごしてきた…か。
さて、どう答えるのが良いのだろうか。
わたしが分かることは、本当に少しだ。
先ほどの話からすると、鶴丸国永が大量に鍛刀され、それ以外は破壊されていた。つまり本当に「鶴丸国永」以外の刀剣がいない状況だったとして。
あの暗い部屋に散らばった折れた鶴丸国永達が全てだったのか、まだ他に保管されていたのかもわからない。
それでも確かに「わたし」の中には大勢の鶴丸国永の力が入っている…というか混ざっている。こちらを黒フードを被った状態で眺めている黒鶴(面倒なのでもう、わたしはこう呼ぼうかな)は、わたしの状況を把握している…ような気がする。
どう表現すれば良いのだろう。何を、話せば良いのだろう。
「わたし」のことは…話すのはどうなんだろう、既にどんな存在だったかがわからず、「わたし」という鶴丸国永である存在と認識してしまってから、どんどん記憶が薄れていく。
なのに、「鶴丸国永」である記憶も何もないのだ。
自分が消えていく、塗りつぶされていく、過去が消えてつかめない。
こんな状況の「わたし」は、わたしという自我も、いつかは…消えてしまいそう。
ぞっと嫌な想像をしてしまって、少し呼吸が乱れる。
込み上げるのは恐怖?それとも…
「鶴、大丈夫か」
気づいたら目の前のテーブルの年輪をぼんやりと眺めていた。
シキさんの声にハッととして正面の彼を見上げた。
そこには、強面だが気遣いを見せる優しい色の瞳。
重い口を開け、かすれた声を出す。
「わたし、は、あの部屋しかしらない。あの暗いへや、鶴丸がたくさんいた、それが混ざったけど”わたし”は何故鶴丸なのか分からなくて、何が起こっていたのか分からなくて…でも…」
ぐらりと視界が歪む気がする。
「でも、あの、さ…にわ…あの人、目の前で…分からない、けど、いきなり首、折れた”わたし”、違う、折れた鶴丸で首を…」
あの光景が目の前に広がる。
黒いあのどろりとした視線、言葉、ぱっと散った赤、霧のように口から洩れた赤、首から飛び散る赤、赤、あか。
「なにも、わたし、なにもできなくて、しなくて、思えなくて…」
「…鶴、鶴もういい、もう」
「……ちがう、わたしは思わなかった、けど、鶴丸は違ってた…わらってた?…今も、わらってる?…違う、安心して、そう、違う、そうじゃない…わたし、わたしは、違う、”おれ”は…」
まるで壊れたテープのように、自問自答のように肯定の後の否定、否定に対しての否定、それを繰り返す彼女の姿は異常であり、黒鶴からすれば正常だった。
おそらくこの部屋にいる誰よりも、彼女のことを理解しているのは黒いフードの下から猫の目のような金色の目を細めている鶴丸だろう。そしておおよそではあるが、いま彼女に起こっている状況を把握できているのも彼だけといえるかもしれない。
もしかしたら、シキも多少想像で補って答えにたどり着く可能性もあるが、ぽつりぽつりと零される言葉に静止をかけているところを見ると、まだ彼女の本質に気付いていなさそうだ。
見習いは壊れたように呟く様子のおかしい彼女に青ざめて体をこわばらせている。
そう、いま彼女「鶴丸国永」からはじわりじわりと神気がにじみ出ている。
それも一振りが持つべきではないほどの深みのある冷たさの神気だ。
加州や大和守は、この本丸で鍛刀された刀故、何が起こっているのかわからず、手が出せずにいる。
ただ神気がまだ清いだけマシなのだが、それさえ「わかっている」ものはいるのやら。
(…しかし、これ以上はまずいかもしれんなぁ…)
背を預けていた柱から離れ、彼女に近づく。
「お嬢」そう言って正座をしたままぼんやりしている彼女の顎をこちらへひく。
座っている彼女の横に跪き、こちらを見上げる彼女の表情は白く、揺れる瞳は迷子の子供のようだ。こつりと互いのおでこを合わせ視線を合わせる。
「お嬢、いま”俺”はお嬢に話しかけている、わかるな」
「……黒鶴」
「そうだ、”鶴丸”じゃない、俺だ…わかるな、お嬢」
「………ぁぁ、そっか…わたし…でも」
「いい、まだお嬢がそれを知らなくていいんだ、ただ、それにはしばらく触れない方が良い」
「でも……」
「それより、楽しいことを考える方が良いってもんだ」
「…そう、そうだね、うん」
わかったと小さくつぶやく彼女は、どこか安心したように静かに瞬きすると、漏れだす神気も気づけばなくなり、先ほどまでのどこか儚げな少女へと戻った。
「…ありがと」
「別に礼を言われることはやってないぜ?これ以上は朝食に遅れそうだとおもっただけだ」
「そういうことにしとく…」
黒鶴はにやりと、鶴はくすりと小さくわらって額を離した。
その姿ははたから見れば、見えない絆を感じるような、そんな雰囲気を醸し出す。
そんな空気を換えるように、加州が声をあげた。
「あるじー、そろそろ朝食の時間終わっちゃうし、先に済ませてきちゃって良い?」
「そうだな…鶴、すまんな、加州達と朝飯食ってこい」
「…わかった、えと、黒鶴もくるの?」
シキの「いや、鶴丸は―――」という声を遮るように黒鶴は声を出した。
「ああ、共に行こうか、俺もまだ食ってないからなぁ」
「おい鶴丸」
遮られたシキは鶴丸に異を唱えるように声をあげるが、黒い彼は動じず鶴の手を取って立ち上がらせた。
そのまま背を押しながら部屋から出ていきがてら、ちらりと審神者に振り返った。
「悪いな主、今は時じゃないから攫っていくぜ」
「…めずらしいな、お前がそこまで構うのは」
「……俺の楽しみを取り上げてくれるなよ」
驚きがなくちゃ味気ないだろう?彼女のような驚きに満ちた存在(やつ)に会えるのは稀だからな。
そう、にっと笑った彼の本音は何なのだろうか。
刀剣達が部屋から立ち去り、残されたのは人間である審神者と見習いのみ。
シキは大きくため息をついて、扱いづらい黒い鶴丸を思い浮かべた。
彼のいた本丸もいろいろあったが、なぜか彼からこの本丸にいることを志願してきたと聞いている。
政府を経由して来た彼は、シキのことを「主」と呼びはしているが、どこまでいうことを聞くのかは謎である。
そこに不安定な女性姿の鶴丸が現れた。
この先なにがあるかは不明だが、「楽しみ」と表現されたからには、なにかまだあるのだろう。自分の想像以上の何かが。
ちらっと姪の姿へ視線を向ければ、どうすれば良いのかという不安が読み取れる見習いの姿。
まずはここからか…と遠い目をしながら、深く、深く息を吐きだした。
ひとまず、煙草でも吸うか。
黒鶴に顎クイされても赤面しない鶴ちゃん。
きっと素面なら内心動揺していただろうけど、表面上は普通を装うんだろうな。
そして、それなのに何故か黒鶴にはバレているという。
さて、話は変わりますが感想をいただいてしまいました。
ありがとうございます!
いつもなら気が向いたときにゆっくり話を作り上げるのですが、テンションが上がってしまい話を進めてしまいました。いろいろ突っ込みどころが増えていますが、とりあえず黒鶴は保護者枠というより悪友に近いイメージでいます。やっぱり、みっちゃんは保護者だよね。いち兄にもセコムしてほしいけど、先は長いだろうな…。
気長にお待ちいただけると嬉しいです。