艦娘探偵・あきつ丸   作:マロニー

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第参幕

 

 

争乱なる夜が明け、日がその御尊顔をお見せになり。御天道さまが世界を照らします。

 

今日も今日とて人の多い都。

正午となると、喧騒のピィクでございます。

 

 

しかしてその喧騒より少し外れた処に、優美な静けさを持つ一店あり。

そのカフェテリアは大きなものではありません。しかし。いや、故にだからこそ、静謐なる美しさを持つのでしょう。

 

 

そこへ尋ねる、黒い外套を羽織る人影有り。

ああ、彼女こそ。我らが探偵様で御座います。

 

からりからりと扉を開かる、空鈴の音。

主人らしき仏頂面の男はむっつりと、その口を閉じたままです。

 

 

「どうも。

最近はどういった物が入用でありますか」

 

 

「十年前と同じだ」

 

 

「ほお。十年前はどのような物が」

 

 

「二十年前と同じだ」

 

 

「十年後は」

 

 

「今と同じだろう」

 

 

「注文は、ハットケェキを」

 

 

「席へ」

 

 

不可思議な会話の後、あきつさまはその店の奥へと招待されます。よく冷えたアイス・コーヒーを喉にこくこくと通しながら、ただ虚空をお見据えに。

底知れぬ、昏さを携えたその眼がその時ばかりは払われたようでした。

 

 

おや。そうしているとウェイターが此方へと。その手の盆には、ハットケェキと、小ぶりな容器が。中には琥珀色のシロップが入っております。

 

ウェイターはそのまま、探偵さまの向かいの椅子に座ってしまいます。ちょこんと。

 

おや、ちょこん?

まるで小さい子供が座ったかのような擬音。

 

事実、そうでございました。

そのウェイターは年端も行かぬ少女で御座います。

 

 

「こんにちはっ、あきつ丸さん。

お久しぶりですね!」

 

 

「ええ、ここ最近は貴方達を頼るような事件もなかったので。ああ、ようやく此処のハットケェキが食べれる」

 

 

「ふふ。

ご贔屓いただき、ありがとうございます!」

 

 

そう、爛漫な笑顔を振り撒く少女。ふと、あきつ丸様がその少女が配膳に使った盆を探ると、底の部分にかさりと触れる感触が御座います。

 

それらを手に取り。迷わずにぺらりとお読みになりまする。シロップを片手間におかけになりながら。

 

 

 

「ここに『頼み事』をしてしたって事は、今回は結構厄介な事件だったんですか?」

 

 

「いいえ。下らない、簡単なものでありますよ。ただ、相手の身分が高いので、念の為に証拠を確固たる物にしておこうかと」

 

 

「ああ、成る程。あきつ丸さんが危険に身を置いてるようじゃなくて良かったです」

 

 

危険じゃあないと。暴漢に襲われたり、事務所の破壊工作を受けた事を話したら、また目を白黒させるでしょうか?

探偵さまはそんな事をふと思い、口元を綻ばせました。嗚呼、意地悪な笑み!

 

 

 

「それで、どうでしょう。

その、証拠品。不足はありませんか?」

 

 

「ふむ、完璧な仕事であります。依頼をしたのはごく最近ですのに、流石」

 

 

「えへん。光栄であります!」

 

 

探偵さまの口調を真似するように、誇らしげに嬉しげに、少女はそう言います。

 

くすりと、思わず笑いが。

それを恥ずかしがるように、取り繕うようにしてあきつ丸さまは話題を転換いたします。

 

 

「しかし。大体が思った通りの顛末ですな。わざわざ用意して頂いたのが申し訳なくなるくらいには」

 

 

「まあまあ、偶にはいいじゃないですか。

ほら。ケェキ、冷めちゃいますよ?」

 

 

「おっと、忘れてた。いやあ。ここに来て、此れを楽しまないのは嘘ですな」

 

 

 

狐色にふうわりと焼けたケェキに染み込んだ琥珀の色。蜜の香りと小麦の匂いは、甘く甘く、嗅いだ者を美食へ誘います。

 

すくり、ナイフで一口小へ切り分けて。

そのまま御口へ。

 

じわりと染みるシロップに、それを包み込む、卵と小麦のマリアージュ。

 

おお、その禁忌的なまでの味!

世界が煌めくようにも感じるそれは、嗚呼。

正に幸せの一体系でありましょう。

 

 

しばし、舌を楽しみ。甘さに慣れた口を、苦い珈琲が浄化致します。

 

ようやく一息。

ふと、あきつさまは少女ウェイターに話しかけます。心穏やかに、優しく。

 

 

 

「そちらは、どうです?どうやら、閑古鳥が鳴いてるようでありますが」

 

 

「むっ。いつもはもっと繁盛してるんですよ!今日は…その…あれですけど!」

 

 

「あはは、冗談、冗談。

しかし、楽しそうで何より。ようやく少しは落ち着く場が出来たようですな」

 

 

「…ええ、お陰様で。

きっと、ずっとは居れませんが。それでも」

 

 

「その時はその時に、考えればいいのでありますよ。きっと、何とかなるでしょう」

 

 

「そうですね。その通りです」

 

 

少女はふと、哀しげな眼をして。

憂いを帯びたように、言いにくそうにこう、言いました。

 

 

 

「あきつ丸さんは、まだ…

その、囚われている様に見えます」

 

 

 

沈黙。

 

ハットケェキは最早空の皿を残すだけ。

氷の溶けた珈琲を啜り、窓から外をお見になります。ああ。その眼は、どこかお昏い。

 

 

 

「そう、でありますなぁ。

きっと。これから先も、であります」

 

 

「……すみません」

 

 

「謝る必要は毛ほども。

ただ、割り切れない自分が悪いのです」

 

 

「…それでも、すみません」

 

 

 

再び無言が続きます。

ただ珈琲を啜る音だけがずず、と。

 

 

「湿っぽい空気にしてしまい申し訳ない。

…そろそろ、お暇いたしましょう。店主殿に、実に美味だった事、お伝え願います」

 

 

「あ…はい。

またのお越しを、お待ちしてます!」

 

 

入り口まで御見送りをしようと、遠慮がちにウェイター少女は後ろを歩きます。

しかし、その顔は、伏せてしまっています。

 

 

 

「…それでは、さようなら」

 

 

「あ…」

 

 

呼び止めるように出した手は、そのまま所在なく下ろされ。黒い外套はただすり抜けて行ってしまいました。

 

だから、代わりにその手は口元にやり。

メガホンのように、遠くへ届くように。

 

 

 

「…まるゆは!またあきつ丸さんが来るの、待ってますからねー!」

 

 

 

…かつて、海を潜する艦であった少女は。

そう、いじらしく叫びました。

 

 

 

「…ええ。是非。また行かせて貰います」

 

 

探偵さまのその声は、しかし。

都の喧騒に拐われ消えていってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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