艦娘探偵・あきつ丸 作:マロニー
争乱なる夜が明け、日がその御尊顔をお見せになり。御天道さまが世界を照らします。
今日も今日とて人の多い都。
正午となると、喧騒のピィクでございます。
しかしてその喧騒より少し外れた処に、優美な静けさを持つ一店あり。
そのカフェテリアは大きなものではありません。しかし。いや、故にだからこそ、静謐なる美しさを持つのでしょう。
そこへ尋ねる、黒い外套を羽織る人影有り。
ああ、彼女こそ。我らが探偵様で御座います。
からりからりと扉を開かる、空鈴の音。
主人らしき仏頂面の男はむっつりと、その口を閉じたままです。
「どうも。
最近はどういった物が入用でありますか」
「十年前と同じだ」
「ほお。十年前はどのような物が」
「二十年前と同じだ」
「十年後は」
「今と同じだろう」
「注文は、ハットケェキを」
「席へ」
不可思議な会話の後、あきつさまはその店の奥へと招待されます。よく冷えたアイス・コーヒーを喉にこくこくと通しながら、ただ虚空をお見据えに。
底知れぬ、昏さを携えたその眼がその時ばかりは払われたようでした。
おや。そうしているとウェイターが此方へと。その手の盆には、ハットケェキと、小ぶりな容器が。中には琥珀色のシロップが入っております。
ウェイターはそのまま、探偵さまの向かいの椅子に座ってしまいます。ちょこんと。
おや、ちょこん?
まるで小さい子供が座ったかのような擬音。
事実、そうでございました。
そのウェイターは年端も行かぬ少女で御座います。
「こんにちはっ、あきつ丸さん。
お久しぶりですね!」
「ええ、ここ最近は貴方達を頼るような事件もなかったので。ああ、ようやく此処のハットケェキが食べれる」
「ふふ。
ご贔屓いただき、ありがとうございます!」
そう、爛漫な笑顔を振り撒く少女。ふと、あきつ丸様がその少女が配膳に使った盆を探ると、底の部分にかさりと触れる感触が御座います。
それらを手に取り。迷わずにぺらりとお読みになりまする。シロップを片手間におかけになりながら。
「ここに『頼み事』をしてしたって事は、今回は結構厄介な事件だったんですか?」
「いいえ。下らない、簡単なものでありますよ。ただ、相手の身分が高いので、念の為に証拠を確固たる物にしておこうかと」
「ああ、成る程。あきつ丸さんが危険に身を置いてるようじゃなくて良かったです」
危険じゃあないと。暴漢に襲われたり、事務所の破壊工作を受けた事を話したら、また目を白黒させるでしょうか?
探偵さまはそんな事をふと思い、口元を綻ばせました。嗚呼、意地悪な笑み!
「それで、どうでしょう。
その、証拠品。不足はありませんか?」
「ふむ、完璧な仕事であります。依頼をしたのはごく最近ですのに、流石」
「えへん。光栄であります!」
探偵さまの口調を真似するように、誇らしげに嬉しげに、少女はそう言います。
くすりと、思わず笑いが。
それを恥ずかしがるように、取り繕うようにしてあきつ丸さまは話題を転換いたします。
「しかし。大体が思った通りの顛末ですな。わざわざ用意して頂いたのが申し訳なくなるくらいには」
「まあまあ、偶にはいいじゃないですか。
ほら。ケェキ、冷めちゃいますよ?」
「おっと、忘れてた。いやあ。ここに来て、此れを楽しまないのは嘘ですな」
狐色にふうわりと焼けたケェキに染み込んだ琥珀の色。蜜の香りと小麦の匂いは、甘く甘く、嗅いだ者を美食へ誘います。
すくり、ナイフで一口小へ切り分けて。
そのまま御口へ。
じわりと染みるシロップに、それを包み込む、卵と小麦のマリアージュ。
おお、その禁忌的なまでの味!
世界が煌めくようにも感じるそれは、嗚呼。
正に幸せの一体系でありましょう。
しばし、舌を楽しみ。甘さに慣れた口を、苦い珈琲が浄化致します。
ようやく一息。
ふと、あきつさまは少女ウェイターに話しかけます。心穏やかに、優しく。
「そちらは、どうです?どうやら、閑古鳥が鳴いてるようでありますが」
「むっ。いつもはもっと繁盛してるんですよ!今日は…その…あれですけど!」
「あはは、冗談、冗談。
しかし、楽しそうで何より。ようやく少しは落ち着く場が出来たようですな」
「…ええ、お陰様で。
きっと、ずっとは居れませんが。それでも」
「その時はその時に、考えればいいのでありますよ。きっと、何とかなるでしょう」
「そうですね。その通りです」
少女はふと、哀しげな眼をして。
憂いを帯びたように、言いにくそうにこう、言いました。
「あきつ丸さんは、まだ…
その、囚われている様に見えます」
沈黙。
ハットケェキは最早空の皿を残すだけ。
氷の溶けた珈琲を啜り、窓から外をお見になります。ああ。その眼は、どこかお昏い。
「そう、でありますなぁ。
きっと。これから先も、であります」
「……すみません」
「謝る必要は毛ほども。
ただ、割り切れない自分が悪いのです」
「…それでも、すみません」
再び無言が続きます。
ただ珈琲を啜る音だけがずず、と。
「湿っぽい空気にしてしまい申し訳ない。
…そろそろ、お暇いたしましょう。店主殿に、実に美味だった事、お伝え願います」
「あ…はい。
またのお越しを、お待ちしてます!」
入り口まで御見送りをしようと、遠慮がちにウェイター少女は後ろを歩きます。
しかし、その顔は、伏せてしまっています。
「…それでは、さようなら」
「あ…」
呼び止めるように出した手は、そのまま所在なく下ろされ。黒い外套はただすり抜けて行ってしまいました。
だから、代わりにその手は口元にやり。
メガホンのように、遠くへ届くように。
「…まるゆは!またあきつ丸さんが来るの、待ってますからねー!」
…かつて、海を潜する艦であった少女は。
そう、いじらしく叫びました。
「…ええ。是非。また行かせて貰います」
探偵さまのその声は、しかし。
都の喧騒に拐われ消えていってしまいました。