艦これ短編集   作:マロニー

4 / 14
狂人は笑う

 

 

 

「残った敵は?」

 

 

第三水雷戦隊の一人を務めた艦娘、川内。

 

彼女は夜闇を僅かな灯りで照らし、僅かな弾薬と最早戦う余力を残さぬ身体、満身創痍の仲間と共に立ち尽くす。

 

 

「…目の前にいる奴らで終わり、みたいです」

 

 

「そりゃあ、たまんないね」

 

 

 

思わずにやける。

成る程、その報告は『残存戦力無し』『相手は余力を残している訳では無い』という意味ではある。

 

だが、目の前の雲海の様な数の害獣を前にし、『これで終わり』とは。

 

まるで直ぐにでも終わらせてしまえるような。

そんな表現にしたのは、偵察を行った艦のせめてものジョークか否か。

 

 

 

「…撤退。それしか無いね。…でも」

 

「…それが出来れば、良いんですが」

 

 

 

誰がどう見てもそれは無理であろう。

 

無謀という言葉ですら言い表せぬ。

蛮勇ですらない。最も近い言葉は自害

 

このまま撤退するというのはつまり、そういう事だった。

 

 

「でも、だからといって突っ込んでいって、皆が死ぬっていうのは駄目だよ。せっかくの楽しい楽しい夜戦が台無しになっちゃうもん」

 

「…提督にもきっと怒られてしまいますね」

 

「はは、あの人は口煩いからねえ」

 

 

さて、軽口の間にも雲海は彼女らへと近づく。彼女らを仕留めんとするため。彼女らを一人残らず殲滅し、敵の戦力を確実に削りとる為。

 

嗚呼、その圧倒的なまでの物量の差。

 

それはまるで津波に引き潰される小舟のような。

 

抗うべきもなき、その数の蹂躙を。

彼女達はただ受けるしか無いのである。

 

 

…普通なれば。

 

 

 

ちらり。川内は仲間たちを振り返る。

 

もう一度、ちらり。横にいる吹雪を見る。

 

も一つじろり。敵を見据える。

 

最後にぎらり。夜を睨む。

 

 

嘲るように煌めく三日月。

死神が彼女らを憐れむ唄を歌っているようだった。

 

 

 

(嗤えるものなら、嗤ってみろ)

 

 

 

心で一言、啖呵を切る。

 

 

自己の命を護りたいという本能を。

この瞬間、狂った意地が優った。

 

 

 

「吹雪。他の娘らを連れて帰投。出来るよね」

 

 

「…え?出来ます、けど、何故…?

川内さんがしてくれるんじゃあ」

 

 

「私?…私は誰かを導くなんて柄じゃないよ。

私が出来るのは、殿を務める事と–––」

 

 

夜戦だけ。

 

 

 

そう言う彼女の目を見て、吹雪は背筋が凍る。これが本当に、あの川内なのか。否、これこそ彼女であり、今それを知っただけか。

では、私が知っていた彼女は何だったのか。

 

そのどれも言葉に出来ず、代わりに一言。

 

 

 

「…無事、帰ってきて下さい!」

 

 

 

返事は返って来なかった。

元より求めていなかった。

 

それを交わす言葉の最後とし、吹雪は、その仲間を拠点へと戻すべく。戦友と共に戻るべく疾走り出した。

 

 

ただ最後に。

 

自ら死地へ赴いた…殿を務めた彼女の頬を。

その頬の雫を。三日月が照らした様な気がして。

 

 

吹雪は、それを川内に…本人に確かめたい。と。

 

強く、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…『命捨てがまるは今』なーんて。

柄にも無く、そう思っていたんだけどな。

 

さて、武器を鑑みる。

 

魚雷。残数不足。

砲弾。無駄撃ち厳禁。

指。動いて、抉れる。

足。蹴って、隙は作れる。

顎。噛んで千切れる。

 

頭は爽やか、心は風。

 

心は冷静、身体は熱く…と続けたかったが。

冷たい夜風に当たり続けた身体だ、お世辞にもベスト・コンディションとは言えない。

 

だがまあ、ベストでは無いのが闘いだろう。

 

そう自らに言い聞かせ、目を閉じる。

 

 

…ふと。

最後の吹雪の一言がフラッシュ・バックする。

 

 

「…もー、あんな事言われたら、生きて帰りたくなっちゃうじゃん」

 

 

死神の憐憫は雲に隠れ、今や無い。何かの間違いで、共に敵群も消えてしまわないかと願ったが、叶いそうもない。

 

さて、そうしていると。

深海共が帰投して行く仲間を追おうとする。

一人足りとも逃がさない。成る程、当然の事だ。

 

 

そう、だからこそ。殿(しんがり)が居る。

 

 

雷火の如く。追った敵を砲で撃ち飛ばす。

 

川内に向けられるのは敵意、害意、殺意。

それらが綯い交ぜに成った視線。

 

川内はそれを悠然と受け止める。

 

今の火撃の目的は『コイツをどうにかしないと退いていく奴は追えない』と。そう思わせる事。

 

どうやら、それは成功した。

 

 

「ツれないなぁ…

あんな娘達を追うなんてつまらないでしょ?それよりも…」

 

 

 

通じないだろう言葉を語りかける。

 

幸いにも、敵は何かを読み取ってくれたように此方へと武器を向ける。

 

挑発の意図が伝われば充分だ。

 

 

 

さあ、後はある一言を言うのみ。

 

 

彼女はその一言を最後に、

正気と狂気の境目を曖昧にすると。…そう、決めていた。

 

 

川内は、言う。

 

 

 

 

 

「…さあ。私と、夜戦しよ?」

 

 

 

 

 

 

嗚呼、彼女は闘いに狂う。

闘いに、血風に、闘争の時相に、自ら狂う。

 

狂った女は顔を上げ、血を巻き上げる。

硝煙を、弾薬を、肉を撒き散らして進む。

 

望んで狂った女は、手足を捥がれても闘う。

虐殺こそが産まれた意味でもあるかの様に。

 

楽しい、楽しい。待ち望んだ夜の戦。

口を歪める。三日月が、そこに移ったように。

 

 

笑う、笑う。

 

 

狂人は、笑う。

 

 

 

 

終わり

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。