艦これ短編集 作:マロニー
「ふぅ、流石に寒いな…」
ここに一人、さる仕事を引き受けた男が居る。木枯らしが吹き荒び、雲が陽を翳らすこの寒気の中、それでも依頼を無下にせず行うお人好しだ。
ようやく作業が終わり、段差へとどっかり座り込む。胴体部分は運動によって暖まるが、末端部分はそうもいかない。
寒さですっかり赤くなった手を擦りあわせ暖めようとするが、徒労に終わる。
(まあもうここに居る必要もないし、
さっさと–––)
と、首筋にピタリと温かい物が触れた。
「うわっ!」
思ったより大きく出た声が静寂にこだまする。恥ずかしく思いながら後ろを向く。そこにはいたずらに、にやりと笑う少女がいた。
「はい、差し入れ。コーヒーでよかった?」
「…ああ、さんきゅ。
ったく、びっくりしたぞ」
「ふふ、ごめんごめん。つい、ね」
軽口を叩き、差し出された缶を手に取る。寒さでそれは既にぬるいものになっていたが、少し喉が渇いている今は寧ろ、それがありがたかった。
「提督は休憩中?
それとも、もう終わったのかな」
「ああ、ちょうど終わったとこさ、時雨。
…しかし、なんでまだここにいるんだ?先に帰ってるもんかと思ってたが」
純粋な疑問を、そのまま投げかける。
道すがら受けてしまったこの依頼に、他の者が帰るところまで見届けたのだが。
それに対し少女は、バツが悪げに頬を掻く。
「…えーっと。
一応、提督を待ってたつもり、だったんだけど」
「…悪い」
「ああいや!
僕が勝手に待ってただけだからさ、その…」
わたわたとそう言う時雨を他所目に、貰った珈琲をぐいと飲み干す。
「…よし、待たせてごめん。で、待ってくれてありがとな。一緒に帰ろう」
「あ…うん!」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–
「はーっ…しかし、冷え込むな」
「また、急に寒くなったよね。
…ん?手袋とかは持ってこなかったの?」
「ああ、あったんだけど…持って来たのが破れてな。かなり大きい穴が空いて」
「…それは、災難だったね。
あ、そうだ。僕の着ける?」
「いや、いいさ。
わざわざ外したら君が寒いだろうし、それに…」
提督は、女物の可愛らしい、サイズの合わない手袋を着けている自分を想像してみた。
苦い笑いがこみ上げる。何かの冗談か。
「…うーん、それじゃあ」
と、断ったのに少女はその手袋を外す。
そしてそれを背嚢に仕舞い込んでしまった。それから、言った。
「へへ、お揃い」
「…ぷっ、はは」
「あ、また馬鹿にして」
「違…ははは」
「もう!」
ムッとしたように一瞬そっぽを向く彼女。
しかして、その仕舞った手袋を着けなおそうとはしないままだ。
一方軍人は、ただ本当に嬉しくて笑ってしまったのだという事を、照れ臭さの狭間で言うか否かを迷っていた。
その時。
はらりと空から落ち物があった。
「…雪だ。」
どちらが言ったか。その一言を合図にしたように、独舞だった雪粒は、あっという間に空を覆い尽くした。
「わあ…!」
「…確かに寒かったもんな。
しかし、随分早い初雪だな」
時節はまだ12月も序盤。ホワイトクリスマスにすら少し早いくらいだ。
だが、そんな些末事は、隣にあるこの笑顔を見ているとどうでもいいように思えた。
その視線に気付いてか。少し恥ずかしげに少女は言う。
「…子供っぽいって思った?」
「いやいや!
それは本当に思って無いぞ?」
「あはは、冗談だって」
後ろ手に手を組み、つい足を止めている提督の前で、時雨はそう、楽しげに笑う。
また、並んで歩き始める。
ゆっくりと雪が降りしきる中、ただ他愛のない会話だけが静寂に響く。
雪は容赦無く、大気の温度を奪う。それでも手袋を付けない彼女は、自らの手をはーっと、息で暖めてから、また後ろ手に組む。
その手に、無骨な大きい手が近づいた。
軍人の冷たい手が少女の冷たい手を包む。
「…それじゃ、俺こっちだから。またな」
「へっ?…あ、うん、また」
気がつけば、別れ道。
既に寮と執務室までの別れ道まで着いていた。
二人はその道を別れて歩く。
まるで幻想のようにも思えた一瞬。その実在は、この冷たい手に残る別の冷たさが証明してくれていた。
(……)
無言のままその手をもう一度息で暖める。
そして少し思案し、手を頬に当てた。
(ああ、やっぱり。
火照った顔に丁度いいや)
呆けたように歩きながら、そう考えた。
別の道の先。男は、後悔したように頭を掻き毟る。雪解けで濡れた頭が水しぶきをあげた。
「…嗚呼」
そう声を漏らしながら嫋やかなあの手の感触を、優しい冷たさを自分の手に思い出して、自嘲していた。
(二秒はねぇよ)
驚かれただろうか。びっくりさせただろうか。
もしそうなら、さっきのコーヒーの仕返しだ。陰湿な復讐だ!
そう、笑い飛ばすように思っても隠しきれない程に、様々な思いが頭をこだまする。
その中でも一番大きな気持ちを込めながら、一つ呟いた。
「…雪、積もるかな」
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−–
初恋は、雪のように溶けて失せるのが道理だと何処かで聞いた。
儚いからこそ雪なのだと。
儚いからこそ恋なのだと。
故にこの二つは消えるのだと。
しかし、長々と溶けない氷もある。
しかし、季節外れの雪だってある。
ならば溶けぬ雪だっていいじゃないか。
儚くなくともいいじゃないか。
春はうららかだろうか。
夏はまた酷暑だろうか。
秋は紅葉を見せるだろうか。
そしてまた巡り来る冬は。
また、雪を見せてくれるだろうか。
全てそうでなくても構わない。
君が居る季節は。君が居るだけでそれは、こんなにも鮮やかだから。
(だから願わくば、
この先も一緒に居られますように)
誰かがきっと、雪空にそう願った。
おわり