艦これ短編集   作:マロニー

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メルト・ダウン

 

「以上で、報告は終わりよ!」

 

 

「おう、お疲れさん。

それじゃ、4人とも後は自由にしてくれ」

 

 

「はい、なのです」

 

 

 

バタンと、小さな音を立ててドアが閉じる。

だが微かに。そこには人の気配が残っている。

 

 

 

「…」

 

 

「ん、どうしたヴェールヌイ。

何か用か?」

 

 

「ああすまない。用事という程のものでは無いんだ。ただ少し…その、いいかな?」

 

 

「…あぁ分かった。

…おいで、響」

 

 

「うん」

 

 

そう返事をしたヴェールヌイは俺の方へ来て、そして、いつものように膝に座り向き合う形で俺を抱きしめた。

 

俺はそれに対し、できるだけ何も無かったかのように。ただ普通に仕事に励む。

…偶に手を空け撫でたりする事を忘れずに。

 

 

「…」

 

 

何か反応するでなく、抱きつく力を少しだけ強めるヴェールヌイ。その白い肌、顔は赤くなっている。

 

 

 

彼女がこれをするようになったのは、『響』が『ヴェールヌイ』と成った、その数週間後の事。

 

ある日、彼女は自室に戻っていた俺元へと来て、何を言うでもなくただ俺を抱きしめたのだ。

 

勿論俺も最初は困惑したし、咄嗟に引き剥がそうとしたのだが…

 

…あの時の表情は忘れられそうにない。

 

上司であり、且つ実年齢も見た目年齢もかなり離れているとはいえ異性に抱きつくという行為への羞恥。

そして、それを上回る程の恐怖、苦しみ、不安などの負の感情が発露したあの顔を。

 

そんな顔を見てしまっては無下に引き離す事など出来る筈もなく。が、無遠慮に事情を聞き出す事も出来ずに、ただ無言で抱きしめ返した。

 

 

その日からだ。

時たま彼女が、こういった時間を俺に求めてくるようになったのは。

 

 

ペースは大まかに、2週間程に一度。

ただ、一ヶ月位空けて来る時もあれば、3日に数度の時もあるので、かなりまちまちではある。

 

 

 

「…あれ、朱肉が無い」

 

 

「これかい?」

 

 

「それだ。ありがとう、響」

 

 

「……うん」

 

 

 

今の朱肉が失くなったというのは、嘘だ。

 

こんな嘘をついた訳は、彼女はこれを行なっている最中、俺の役に立つ事が。

 

そして、『ヴェールヌイ』ではなく『響』と呼ばれる事がいたく気に入っているらしい事が分かっているからだ。

 

 

それに気づいたのはそんなに前ではない。

寧ろかなり最近の事だった。

 

顔が見えている時は明らかに顔を綻ばせ。見えない時でも、抱きつく力を強める。

そんな事が何度も起こったのなら、如何に鈍くともそれが解るだろう。

 

 

そして俺が、響がその喜ぶ事を知った時。

 

その時、何故彼女が。響が、この時間を求めているのかも分かったような気した。

 

 

彼女は、怖かったのだ。

 

 

響からヴェールヌイへと換装され、ヴェールヌイとなった自分自身により、『響』が消えて無くなってしまう事を。

これまでの自分という全てが消える事を。

自らの遺した過去が総て無くなる事を。

 

そして、それで『響』が永遠に忘れ去られ、

二度と思い出されなくなる事を。

 

 

 

「なあ響」

 

 

「何だい?」

 

 

「……

…あー、何を聞こうとしてたか忘れた」

 

 

「…何だいそれ」

 

 

 

そう呆れながら、楽しそうにフフッと笑う。

 

その顔には不安や恐怖は無い。

 

最初にこれを求めて来た時や、それから始まる数回に渡ってあった負の感情は既に無かった。

 

 

多分、彼女はその恐怖や葛藤を、この今迄のこの行動だったり、自分自身での逡巡により何とか克服したのだろう。

 

 

だが、俺はそれをわざわざ指摘しはしない。

 

彼女がその恐怖を克服していようと、彼女が俺に対してそれを求めているのならば、それに応えるべきであるからという事だ。

 

 

…それに。

 

 

 

「なあ響」

 

 

「今度はなん…うわっ」

 

 

「お前は可愛いな」

 

 

「…急に、何を言ってるんだ」

 

 

「本音だよ。別に今更、隠す必要も無いからな」

 

 

「…そうかい」

 

 

それに、俺自身もこの時間に対し、不思議な安らぎを。そして、響本人に対してある種の愛情を覚えているのだ。

 

 

強引に頭を撫でられながらも、ヴェールヌイは顔を必死に俺から背ける。

 

残念ながら耳まで赤いその様子は、顔をそらした程度では隠し通せてはいなかった。

 

彼女もそれは承知していたようで、途中からはその夕暮れのように赤い顔を隠す事をやめた。

 

 

 

「…ねえ、司令官。

もう一度、私を呼んでくれないか?」

 

 

ふと顔を上げ、彼女が言う。

その赤みを帯びた顔は、何処か妖艶だった。

 

 

 

「…響。」

 

 

「…もう一度だけ」

 

 

「響」

 

 

「…うん、ありがとう」

 

 

それだけ言うと再び顔をそらした。

 

…そして、意を決したように顔を上げた。

 

 

 

「ねぇ、司令官…!」

 

 

 

その時、部屋にノック音が響く。

 

 

恐らくは、事務関係の仕事を補佐してくれている大淀のノックだろう。

 

そしてそのノックはこの時間の終わりを意味していた。

 

というのも、初めての頃からか、はたまたいつの間にか暗黙の了解として二人に身についていたのか。この時間はあくまで二人きりの時のみに行われる事になっている為だ。

 

 

 

『すいません、今宜しいでしょうか?』

 

 

「…少しだけ待ってくれ」

 

 

そうしている内に、響は既に膝から降り、ほんの少し乱れた衣類を正している。

 

 

「よし、どうぞ」

 

 

「失礼します…あら、響ちゃん?

ごめんなさい、何か御用だったかしら?」

 

 

「いいや、大した用でも無かったから。

…それじゃ、司令官。」

 

 

「ああ、またな、『ヴェールヌイ』」

 

 

 

そうして彼女は部屋を出ていった。

 

 

 

恐らく、彼女との密談はこれ以降も続いていくのだろう。実際、俺自身、これがいつ迄続くかも分かっていないのだ。

 

少なくとも、彼女が先ほど言いそびれたような事を言う迄は。

 

…もしくは。

 

 

「…どうか為されたのですか?」

 

 

「いや…何もないさ。…何もな」

 

 

 

…俺が再び渡し損ねた、この小さな箱の中の指輪を渡すまでは続いてしまうのだろう。

 

 

彼女と俺はどちらもこの密談を続けていたいが、同時に、二人ともこの密談を終わらせたがっているのだ。

 

 

全くもって皮肉な事である。

 

 

俺は、赤みと熱を帯びた顔を大淀に悟られないようにしながら、ただそう思った。

 

 

 

 

 

 

終わり

 

 

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