ヒーリングっど♥プリキュア 〜医神と地球の戦士〜   作:ゆぐゆぐ

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前回の後書きに記載した通り、今回は一応原作回ですが今回からオリストに入っていきます。
あと、今回は所々で一人称と三人称に分けております。謎に行の間隔を開けているのはそれが理由です。その辺りに注意してお読みください。


第31節 大空を翔る

「えーい!」

 

「だから、安全運転を心掛けろって言ってるだろこのペーパードライバー!」

 

 只今、僕は母親の運転によって幾度となく身の危険に晒されている。一応、ちゃんと自動車教習所に通って運転免許証を得ているらしいのだが、その技術は出発した時から終始シートベルトを握りしめて縮こまってしまう程に荒々しい。

 

「失礼ね。確かに免許取った時とか取った直後とかはちょっと危ない運転してるなって思ったけど、今はちゃんとイメトレしてるし、勿論安全運転は心掛けてるのよ?」

 

「道曲がろうとハンドルをぶん回したり、高速道路でもないのに訳も分からず速度を上げる人の言う事か……あとイメトレじゃなくて実践してくれ」

 

「何よ、そうやってネチネチ言うならもう乗せてあげないからね?」

 

「是非よろしく頼む。二度と僕を乗せないでくれ」

 

 そんなこんなで少しして土手の辺りで車を止める。足を運んで向かうその先は、地平線から現れる太陽の日差しによって朱く照らされた河川敷であった。朝早くから集まる人々の中から知り合いを探し回る。

 

「あ!飛鳥くん!」

 

 すると、背後から聞き覚えのある少女の声が駆け足と共に聞こえてくる。

 

「おーのどかちゃん。おはよ~」

 

「おはようございます、照美さん!」

 

「のどかも見に来たのか?」

 

「うん!家族と一緒にね!」

 

 そう言うと、のどかの後につくように彼女の両親、そしてアスミとラテもこの河川敷に足を運んでいた。

 その中で、のどかの父親は彼女の前に立って母さんに挨拶をする。

 

「照美先輩、お久しぶりです!色々お世話になっております!」

 

「お久しぶりって、この前のどかちゃんの検診の時に会ったじゃん!ただの先輩後輩の関係なんだからもうちょっと柔らかくしてても良いのに……たけしチャンは相変わらずだなあ」

 

「「「照美先輩、お久しぶりです!」」」

 

「今の私の話聞いてた!?」

 

 更に横から数人もの同じ服装の人達が母さんに礼儀正しく挨拶をする。すると、のどかの父親であるたけしさんが家族に彼等の事を紹介し始める。

 

 彼等はたけしさんや母さんが昔所属していた大学の気球サークルのメンバーで、たけしさんは何回か大会の見学に来ているのだという。そこに関しては母さんも同じで、僕を連れて開催している度に見学に行っている。

 

 また、偶にアドバイスをしているそうだが、対して母さんは医療関係の仕事に就いているおかげで中々アドバイスをしに行くまでには出来ておらず、大会の合間に顔を出す程度だ。年に数回あるにも関わらずこのような仕打ちを受けているので、如何に先輩として愛されているかが伝わってくる。

 

「まずカズ君。とっても頑張り屋でね。熱心に気球に乗り続けてるんだよ」

 

 たけしさんが肩に手を置いて励ますと、カズさんは照れ臭そうに微笑んでいた。心なしかこの二人が兄弟のように見えているのは気のせいだろうか。

 

「……"ねっしん"?」

 

 そんな光景を見せられている一方で、アスミは1つの単語を繰り返して呟いていた。"可愛い"や"好き"といった感情の言葉は覚えてきたが、熱心もまた感情の言葉でもある訳だが。

 

「今日こそは勝ちたいと思います!」

 

「応援してるよ」

 

「頑張ってください!」

 

 カズさんの言葉に、のどか達がエールを送っている中でもアスミはジッと彼らを見つめている。そんな彼女を、母さんが横目で眺めている姿が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~ビョーゲンキングダム~

 

「透明な水、黒い水……黒くなった!」

 

 グアイワルが今行っているのは、透明な水の入ったフラスコに黒く濁った液体を入れるという謎の実験であった。透明な水はやがて黒い液体に侵食されていく。冷静に考えれば当然の結果だ。

 

「お~もっと黒くなった!入れれば入れるほど黒くなっていく!」

 

 追加で、また追加で液体をフラスコに入れる。更に、更に黒く侵食していく水を眺めて子供みたいに無邪気に騒いでいる。根は真面目なのだが、中々に頭が固い男なのだ。

 

「つまりメガパーツをたくさん入れればもっともっと強くなるということ!これで俺が、ナンバーワンだ!!」

 

「……うるさ」

 

 賑やかなんて言葉は何処にもないこの静寂な世界において、彼の高笑いは大きく響き渡るもの。それを近くで座っていたシンドイーネはとても鬱陶しそうに大きな溜息をついて小言を漏らしている。

 

「シンドイーネ、自分の宿主って覚えてたりする?」

 

「はあ?んなの覚えているわけないじゃない」

 

「……まあ、そうだよね」

 

「何よ!ったく、どいつもこいつも……」

 

 そこに、ダルイゼンは唐突にそんな質問を投げかける。

 我々ビョーゲンズに生前の記憶なんてなく、意思を持ち始めてからは既にこの力と身体を持っていた。そのはずなのに、どんな意図があるかも不明な質問をされては雑に返答するしかない。彼女の場合は、大切な存在であるキングビョーゲンが現れなかったり、グアイワルの高笑いのおかげで不機嫌になっているからというのもある。

 

 知らないならこれ以上聞くことはないと、ダルイゼンはそのままこの場から立ち去り、取り出したメガパーツを見つめる。

 

「あいつに聞いてみようにもここ最近顔を出さないし……どうしたらもっと強くなれるかな」

 

 とは言うが、以前キロンにも同じような質問をしたことがある。

 そもそも彼は軽やかに振る舞ってはいたが、あまりにもビョーゲンズらしからぬ姿をしている。故に、こんなことを訊くのは愚問だろうかと思いつつも尋ねてしまったのだが、それでも彼は真摯に受け答えしていた。

 

『宿主、ですか?中々興味深い質問ですが、残念ながら私の記憶にそのような人物はいないかと』

 

 だが、結局は的外れだった。やはりそうか、と言い残してこの場を立ち去ろうとした時、彼はくすっと笑みを溢して答えた。

 

『いや、もしかしたら自分自身が宿主なのかもしれません。前の自分が宿したことで、今の自分がいる。そんな視点で考えると面白味が増しませんか?』

 

 自分自身────その考えもありえなくはないし、その選択肢も悪くはない。

 ダルイゼンはメガパーツを何かで宿すことで強力な力を生み出そうと考えていた。だから、前回おおらか市で見つけた小鳥を捕まえてネブソックを生み出したのだが、想像を絶する事態が起こったのもあって結果は不発だった。キロンが発した言葉を思い出してみると、自分自身に強大な力を宿して自分の居心地がいい世界を作り上げるというのも悪くないとダルイゼンは思ったのだった。

 

「……まあ、取り敢えず色々試してみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会の開始時間が徐々に迫ってきており、多くの参加者が着々と準備やリハーサルを行っている。

 カズさん達のチームも同様に、炎で温めた空気熱を気球に送って準備を始めていた。

 

「暖かい空気は軽いから気球は空に浮かび上がる。後は風に運んでもらってターゲットを目指すんだ」

 

「風任せってこと?」

 

「そう。気球は上がることと下がることしか出来なくて、車や飛行機みたいに自由にコントロール出来ないんだ」

 

「それじゃあ、どうやって目的地に行くの?」

 

「風の流れを読むの」

 

 気球の移動に疑問を抱かせるのどかに、たけしさんから今度は母さんが説明する。

 

「風の流れ、ですか?」

 

「うん。風は空の高さによって流れが違うから、気球を上げ下げして行きたい方向の風に乗せるのよ」

 

「なるほど……!」

 

 納得したのどかは興味深く気球を見つめる。その隣で見ていた母のやすこさんが欠伸を一つする。まだ早朝とも言える時間帯というのもあって、寝不足気味な彼女はたけしさんに尋ねる。

 

「でも、どうしてこんな朝早くからやるの?」

 

「昼間は地面が暖まって上昇気流が生まれる。それが気球を飛びにくくして、危険だからなんだ」

 

「とても面白い乗り物ですね」

 

 それを聞いていたアスミも感心している様子で興味を示している。

 

「そう。だから僕らも気球に夢中になって、熱心に出来るんだ」

 

「熱心で夢中……それは“好き”ということですか?」

 

「そうだね。“好き”ってことだね!」

 

 お互い満足そうに笑みを浮かべると、気球の準備に熱心に取り組んでいるサークルのメンバー達の様子を眺める。

 

「ふわぁ〜、何だか甘い風……!」

 

 すると、そよ風に乗ってスイーツの甘い匂いが香ってくる。何処かで売店でも開いているのだろうかと土手の方へ振り返る前に、聞き覚えのある声がもう一つ響き渡る。

 

「のどかっち~!アスミン~!あっくん~!」

 

「あっ、ひなたちゃ〜ん!」

 

 土手────自分達が止めた車の近くには、平光アニマルクリニックの近くでいつも止まっているワゴン車が止まっている。ひなたはその中からパンケーキの入ったバケットを持って此方に歩み寄る。

 

「これ、あたしが練習で作ったやつだからドンドン食べちゃって!」

 

「ふわぁ~、ありがとう!」

 

「それにしても、皆でお出掛けってここだったんだ。あっくんも来てたんだね」

 

「ああ。毎度仕方なくあの人の付き添いに来ている」

 

「"仕方なく"とは失礼な。何だかんだで楽しみにしてる癖に~」

 

 いつの間にかパンケーキを貰っていた母さんが不満そうな表情でにじり寄ってくる。全くもってそんなことはないとは言えず、確かにこの大会は面白味のあるものだと思っている。思わず言葉が詰まってしまい、母から一歩後退る。

 

「よかったらこれどうぞ」

 

「ありがとう。でも、気球で勝ってからゆっくり御馳走になります」

 

「ええっ!?」

 

 ひなたが気球サークルのメンバー達に配ろうとするも、パンケーキを受け取らずに気球と向き合い続けている。それを見たアスミは驚き、手元のパンケーキを一気に平らげた。

 

「こんなに温かくて美味しいもの。つまり、誰もが好きであろうパンケーキを断るなんて……私がラテを好きなように、皆さんも余程気球が好きなのですね。ならば私も全力で皆さんを応援しましょう!」

 

「ワン!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 唐突かつ謎に気合を入れ始めたアスミとラテに、カズさんは圧を掛けられた思いで感謝の言葉を述べた。これには僕やのどかも戸惑う他ない。

 

「なんか面白くなってきたし、ちゆちーも呼んじゃおう!」

 

 そう言って、ひなたはスマホを取り出してちゆに連絡を取り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 斯くして、司会の始まりの合図と共にそれぞれのチームの気球が空へ離陸して大会が開始された。

 一度ひなたと別れ、車に乗り込んでこの場から移動する花寺家を追いかけるように神医家も車に乗って発車する。

 

 向かっているのは、気球が向かう先である地面にテープでバツ印が描かれた場所である。周りには気球に乗っていないチームメンバーが待機して自分たちのチームを見守っている。

 現在行われている競技は速さを競うものではなく、目印に一番近づけたチームが勝利となる。つまり、風の流れの読みと気球の軌道力が問われる競技なのだ。中々に難しい競技であり、勝つには運も競われるだろう。

 

「ふわぁ~!近づいてきた!」

 

「あれはカズさん達のチームではありませんね」

 

 先に近づいてきたのは別のチームの気球だ。そこに乗っている男性がチームのマーカーとなる布が付属している袋を目印に向かって投げつける。

 

「すごい近くに落としてる!」

 

 バツ印のほぼ中心と言っても良い位置に落ちたのを見たチームメンバーは歓喜の声を上げている。勝利を確信しているかのようにも見えた。

 その後も、次々と他のチームが目印の中心目掛けて投げるのを試みるが、みんながみんな上手く行くとは限らずどうしても離れた位置に落ちていく。前述の通り、勝つには運も問われる競技なのだ。

 

「おっ、カズ君達の気球あれじゃないか?」

 

「あ、本当だ」

 

 たけしさんが指差す方向を追った後、母さんが一早く気付く。

 

「"頑張れ~"だね!!」

 

「頑張れ~!頑張れ~!」

 

「私も!頑張れ~!」

 

 女性陣が一斉に遠くにいるカズさん達のチームに声が届くように声援を送る。それに続いてアスミに抱えられていたラテも声を上げて応援していた。

 

「……ん、逆に流されていってないか?」

 

「「え?」」

 

 しかし、気球はバツ印とは真逆の方向へとどんどん離れて行ってしまうようだった。

 

「あちゃ~、これはちょっと厳しいかも」

 

「そんな……」

 

 この中で特に詳しい母さんはそう言って声を唸らせる。たけしさんも難しい表情をしながら気球一点を見つめている。それを見たアスミは誰よりも応援していたこともあってがっくりと肩を落とす。

 

「ムムム……です」

 

「アスミちゃん?」

 

「ウゥ……」

 

「ラテ?」

 

 

 こうしている間にも他のチームはバツ印の中心近くに上手くゴールしたことで歓声を上げている。そんな中で、ただただ明後日の方向に行ってしまうカズさん達の気球を険しい表情で見つめるアスミとラテに気付いたのどかは思わず声を掛ける。

 

「なんでしょう、この気持ち。何とも言えないこの……」

 

 自身の胸の奥に潜む複雑な感情の正体に戸惑っている間に、午前の競技が終了する。周りに飛んでいた気球は勿論、離れてしまったカズさん達の気球もその場で着陸する。結果は何も出来ないまま『記録なし』となってしまった。やがて午後の部に向けての休憩時間となり、サークルのメンバー達が此方に走ってやってくる。

 

「すみません、せっかく皆さんが見に来てくださったのに……」

 

「ドンマイドンマイ!午後の競技は一位目指して頑張ってよ」

 

「そうですね、あはは……」

 

 まだ挽回の余地はある。たけしさんも母さんもどうにか激励の言葉を送ると、チーム内の雰囲気は少しだけ明るくなった。

 

 しかし、アスミはまだ心残りがあるようでカズさんの零れた小さな笑みをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしてなのですか?」

 

 不意に、彼は離れた土手の上で溜め息をついて座り込んでいたところに声を掛けられる。振り返ると、ラテを抱えながら此方をじっと見つめているアスミの姿があった。

 

「どうして大好きな気球が上手く行かなかったのに"ははは"と笑っていたのですか?」

 

 素朴な疑問だ。だが、彼にとっては痛いところを突かれてしまったのか顔を俯かせる。

 

「ずっと練習してるんだけど、僕は昔から本番に弱いって言うか。こういう競技でも上手くいった試しかがなくて。だからなんていうか……諦めの笑い、かな?」

 

 もう一度、はははと彼は乾いた笑いを零してみせる。だが、アスミは理由を聞いても納得いかない様子であった。

 

「私とラテは皆さんを懸命に応援して負けてしまった時、とてもこう……モヤモヤした気持ちになりました」

 

「あ……」

 

 モヤモヤした気持ち────それがどういったものなのかは良く分からないが、きっと彼女の本心なのだろうと思うと、実に申し訳ない気持ちになってしまう。

 

「このムムムな気持ちは一体……」

 

 

 

 

 

「それはズバリ"悔しい"っていう気持ちよ」

 

 自分の今抱く気持ちの正体が知れず戸惑っているアスミに、ちゆは背後からそう答えた。

 

「悔しい、ですか?」

 

「ええ。私がハイジャンプの試合に負けたとき、とても悔しい思いをしているわ」

 

「これが……"悔しい"という気持ち、なのですね」

 

 以前にも同じ経験をした、ましてやアスミ自身もその光景を目の当たりにしたちゆの言葉で、自分にも『悔しい』という気持ちを抱いたのかと噛みしめるように呟く。カズさんもその感情を忘れていたことでちゆ達から目を逸らしていた。

 

「悔しいのをどうにかするには、やっぱ勝ってもらうしかないっしょ!」

 

 そこを突くかのように指を差して言うひなたに圧倒され、カズさんはただ呆然とその姿を見つめていた。

 

「カズ〜!」

 

 すると突然、土手の下から彼の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。サークルメンバーの一人だと窺える。

 

「大変だ!天野が貧血で倒れちまった!」

 

「え!?」

 

「あいつ、昨日夜遅くまで準備してたから……!」

 

「そんな!うちじゃあ天野が一番風を読めるのに……!」

 

 気球を操縦出来るとはいえ、その役割に最適な人材がいなければ競技に支障が出てしまう。もはや打つ手なし、とカズさんは遂に落胆してしまう。

 だがその一方で、その様子を見ていたラテはアスミに訴えるかのように声を上げ、聴診器でその心の声を聞いてみる。

 

『アスミが風さんのこと教えてあげるラテ』

 

「それです!」

 

 そう言って即座に聴診器を外すと、サークルチームに立ちはだかるように前に出る。

 

「その役目、私が引き受けましょう!!」

 

「「ええっ!?」」

 

「私は風を読むことが出来るのです!」

 

 あまりに唐突な申し出だが、それでも自信を持って言い放つ。流石に戸惑ってはいたものの、チームでの唯一風が読めるという最適な人材が不在である以上、他に打つ手もなくアスミに任せるしかないのだった。

 

 こうして午後の部の競技が始まり、それぞれのチームの気球が一斉に地上から飛び立つ。

 アスミはチームのジャケットを着てその様子を見つめており、メンバーの合図と共にゴール地点へと移動する。その一方で、僕達は目印の近くの橋の上で眺めていた。

 

「アスミンってば大丈夫かな……?」

 

「大丈夫。だってアスミは風のエレメントの力から生まれたんだもの」

 

「それに、あいつ自身が決めたことだからな」

 

 不安が拭えないひなたではあるが、どの道こうなることにはなっていただろうし、そもそもアスミが自分で決意したことなのだから、今はそれを尊重して見守ってやるのが一番の行動だ。

 

「頑張って、アスミちゃん……!」

 

 小さな声で応援するのどかの視線には、此方に向かって走って来る紫の車がある。あれこそがアスミ達が乗っている車であり、やがて目印とは少し離れた位置に停車する。

 

 

 

 

 

「ターゲットの少し手前に着いた。風は……今ちょっと見てるから待ってて」

 

 車から降り、メンバーの二人はどうにかして風の流れを読もうとするが、やはり担当でないが故に苦戦してしまう。その一方で、アスミはその場でじっと飛び回るトンボや木々、葉っぱ、そしてカズ達の気球を観察している。

 

『進路がずれてきてる』

 

 すると、無線機器からカズの不安そうな声が聞こえてくる。数ある気球のうち1つだけ進路を外れて別の方向へと移動している。ここにいるメンバー達はどうしたものかと悩んでいる中、アスミは何の迷いもなく指示を出す。

 

「そのまま進んでください」

 

「でも、それじゃあもっと外れて────」

 

「大丈夫です。この風はこの後あちらのターゲットに向かいます!」

 

 そう力強く言い放つ。いつ何処から来るのか確証なんてないはずなのに、メンバー達はアスミの言葉に納得するしかなかった。カズも同様にその言葉を受け入れ、気球を動かさずに流れに身を任せることにした。

 

 しかし、気球は別の方向に離れていくばかり。その間にも、他のチーム達は目印に向けて袋を投げつけて得点を稼いでいる。

 

「やっぱりダメか……」

 

 そんな光景を見たカズは再び落胆する。もう大会ごと投げ出してしまいたいと諦めかけていた。

 

「────っ!?」

 

 だがそれも束の間、突風が吹き始めた。それなりに強い風で思わず帽子が吹き飛ばされそうになったが、気球の進路は反対の方向、バツ印の地点へと移動していく。

 

「風が……!」

 

『絶対に……私もラテも絶対に勝ちを諦めませんので!』

 

『ワン!』

 

 無線機器から聞こえる前向きな言葉を聞いたカズは、目印に向かって高度を下げて得点を入れる体勢に入った。これなら上手く行く!

 

「……くちゅん!」

 

「ラテ……?」

 

 ────ラテがくしゃみをして体調を崩すまでは、そう思っていた。

 

 

 

 

 

「あ、近づいてきた!頑張れ~!」

 

 カズさん達の気球が離れてしまったことに残念に思っていたが、しばらくしてバツ印の方まで近づいてきていた。それを見たのどか達は懸命に声援を送る。

 さあいよいよバツ印の中心に落とせるか、と周囲に緊張感が走る。僕達だけでなく周囲にも視線が気球に集中していた時だった。

 

「「「きゃああ!?」」」

 

 とてつもない爆音と共に此方に顔を出して来たのは、気球に似た見た目をしたメガビョーゲンであった。突然の出来事に、周囲の人々は悲鳴を上げて逃げ惑っている。

 

「大変だ!」

 

「のどかはみんなと先に逃げて!」

 

「分かった!」

 

 のどかの両親が母さんなどの大人陣が逃げ道を誘導し、僕達はその方向へと走り出す。その途中で、人気のない場所へと進路を変えていく。

 

「皆さん!」

 

 ほんの少しして、アスミとラテと合流する。やはりメガビョーゲンが現れたおかげでラテは体調を崩して苦しそうにしていた。

 

「行きましょう!」

 

 アスミの言葉に一同は頷き、パートナーと共に変身の体制に入った。

 

 

 

 

 

「「重なる二つの花!キュアグレース!!」」

 

 

 

 

 

「「交わる二つの流れ!キュアフォンテーヌ!!」」 

 

 

 

 

 

「「溶け合う二つの光!キュアスパークル!!」」

 

 

 

 

 

「「時を経て繋がる二つの風!キュアアース!!」」

 

 

 

 

 

「絡み合う二つの毒、キュアラピウス」 

 

 

 

 

 

『地球をお手当!ヒーリングっど♡プリキュア!』

 

「さて、オペを始めようか」

 

 

 

 

 

「来たかプリキュア……さあ、俺の研究成果を見るが良い!」

 

 変身を終えてメガビョーゲンの前に立ちはだかると、その近くにはグアイワルの姿があった。奴によって生み出されたようだが、懐から取り出した3つのメガパーツをメガビョーゲンに取り込んでいく。

 

『メガァ……ビョーゲエエエェェェン!!!』

 

 身体に包まれた溢れ出る力を解放し、更に巨大で凶悪な見た目へと変化する。気球の数も埋め込んだメガパーツの分だけ増えて4つになっている。

 

「うえぇ!?いつもよりめちゃめちゃ強そうじゃん!」

 

「はっははは!これが俺の編み出した最強のメガビョーゲンだ!」

 

 グアイワルが強化されたメガビョーゲンを自慢するような物言いをした後、ガスバーナーからドス黒い炎を充満させる。一気に放出して周囲を蝕もうという魂胆だろう。

 

「はあああっ!!」

 

 しかし、それを繰り出される前にアースは急接近して空高く跳び、そこから飛び蹴りを喰らわせる。怪物はゴムのように弾き飛ばされ溜め込んでいた炎を空に暴発すると、やがて無となって消えていった。

 

「あと少しで、勝てそうだったのに……!」

 

 チームの優勝はすぐそこまで見えていたのに、メガビョーゲンが乱入してきたことで大会は一気に台無しになってしまった。その悔しさをぶつけるように体勢を立て直して接近する怪物を見て右手に拳を作って握りしめる。

 

「とんでもない邪魔をしてくれましたね!」

 

 そしてそのまま拳を振りかぶるも、メガビョーゲンはそれを測っていたのかカウンターとして再びガスバーナーから炎を放出する。しかし、即座に反応して炎の間に入り込んで回避する。

 

「あれ使うよ、ラピウス!」

 

「了解した────」

 

「させるか!」

 

 ポポロンの言葉を受けてクロスボウに矢を装填したところに、グアイワルの指示でメガビョーゲンがエネルギー弾を発射して攻撃してくる。

 

「……っ!」

 

 辛うじて回避することは出来たのだが、エネルギー弾が地面に命中したことで爆風が起こり巻き込まれてしまった。

 

「ラピウス!」

 

「構うな!動きが止まっている内にキュアスキャンしておけ!」

 

「おっけー!」

 

『キュアスキャン!』

 

 技を繰り出したことで隙を見せている間に、スパークルはヒーリングステッキの肉球を押してメガビョーゲンの体内を探る。

 

「ど真ん中に空気のエレメントさんがいるニャ!」

 

「は~はっはっは!今日の俺様は一味ちが────おおっ?」

 

 高笑いするグアイワルに、突如メガビョーゲンと身体がぶつかったので数歩後退る。偶然かと思えたが、向こう側から風が吹いてくる度に寄ってきており戸惑いを隠せないでいた。

 

「風がメガビョーゲンを動かしています……」

 

「……アース、いけるかい?」

 

「承知しました」

 

 気球のような姿をしているのもあってか、少しでも風に吹かれたら簡単に流されてしまうようだ。そんなメガビョーゲンを見て、ポポロンはアースならばこの風を巧みに利用出来ると声を掛ける。対して、アースはすぐにそれを理解して返事をすると、手元にアースウィンディハープを出現させる。弦を軽く弾いて音を奏でると、紫の風がリングとなって発生する。

 

「はあっ!」

 

『メガァ!?』

 

 それをメガビョーゲンに向けて放つと直撃し、それが竜巻のように巨大化して包み込ませる。どうにかして抜け出そうと抗うが、アースが一度二度と弾く度に威力は強まり徐々に空高くに放り上げてられていく。

 

 

 

 

 

 システム起動!トロイアスバレル、チェック!サンライトオーバー、3!2!1!

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射ぁーっ!!!

 

 

 

 

 

『メガアアアァ!?』

 

 弾丸の如く放たれた閃光の一矢がメガビョーゲンを襲い、気球に穴が開けられる。そこから溜まっていた空気が途端に放出して身体を右往左往させて吹き飛ばされていく。そしてそのまま萎んだ状態で地面へと落ちていった。

 

 

 

 

 

『アースウィンディハープ!』

 

 

 

 

 

「エレメントチャージ!舞い上がれ、癒しの風!!」

 

 

 

 

 

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!!』

 

 アースウィンディハープから放たれた、無数の白い羽を纏った竜巻状の光線がメガビョーゲンへと直撃し間もなく浄化されていく。

 

 

 

 

 

『ヒーリングッバイ……』

 

 

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!あなた達のお陰で助かりました!」

 

 メガビョーゲンも浄化されグアイワルが撤退した後、聴診器を使って救出した空気のエレメントさんと言葉を交わしていた。

 

『さあ、これをラテ様に』

 

 そう言ってアスミの手の上に渡したのは、自身の力を宿して生成したエレメントボトルであった。

 

「空気のエレメントボトルラビ!」

 

「ご親切にありがとうございます」

 

 貰ったエレメントボトルをラテのリボンにはめると、ボトルから溢れ出る光によって体調を取り戻していく。

 

「ふわぁ~、あともう少しで棚がいっぱいだね!」

 

「ここ全部埋まったら、何か良いことあったりして」

 

「……本当に何か起こるのか?」

 

「知らなーい、アテナとか出るんじゃない?」

 

 随分と適当だな、このヒーリングアニマル……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ始める夕方の時間帯。残念ながらこのまま開催されることはなかった。

 

「次こそはきっと優勝出来るさ!」

 

「はい、頑張ります!」

 

 たけしの言葉に、熱意のこもった声でカズは答える。

 

「もう笑わないのですか?」

 

「うん。もう自分の気持ちから逃げないことにしたんだ。悔しい気持ちを誤魔化してたらいつまでも勝てないから」

 

 他のサークルメンバー達も、『次は絶対に勝つ!』と闘志を燃やして意気込みを口にしていた。

 

「その意気です!」

 

「ワン!」

 

「アスミ凄いね。自分だけじゃなくて周りも成長させてる」

 

 横からそう声を掛けるは、アスミの肩に乗っかっているポポロンであった。悔しい気持ちから逃げ出していたカズの手を差し伸べたことに関心していた。

 

「そうでしょうか?私はただ思ったことを口にしただけです。ポポロン様も怯えていた女の子に元気を与えていたのは凄いと思います」

 

「……うん。今の僕がやれるのはこれぐらいだもん。"様"付けされる程の奴じゃないよ」

 

 褒めたつもりだったのだが、いつもとは対照的に顔を俯かせるポポロンに、アスミは思わず首を傾げる。

 

「ヒーリングアニマルとして生きていくことを、僕はもう決めたから……」

 

 

 

 

 

「……なあ」

 

「……あ、はい。何でしょう?」

 

 僕の声掛けに、アスミと何故か彼女の肩についていたポポロンはハッとした様子で此方を振り向く。何か話していたのだろうが、どうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「のどか知らないか?さっきから姿が見えないんだが……」

 

「そういえば、先程から見ていませんね」

 

「トイレ探してるんじゃな────っ!?」

 

 そう言いかけた途端、ポポロンは何かを察知する。嫌な気配を感じ取ったかのような、そんな表情だった。

 

「多分あっち!急いで飛鳥!」

 

「ちょっ、おい引っ張るな」

 

 すぐさま僕の頭に乗っかって髪を引っ張りながら、森の奥へと誘導させていた。

 

 だが、この時の僕は予想だにしていなかったのだ。

 

 いや、いくら脳をフル回転させてのどかの居場所を探ろうとしてもこんな展開に辿り着くのは些か無理があった。

 

 

 

 

 

「うぅ……うぁ……!」

 

「……は?」

 

 グレースが────のどかが、苦痛に耐えながら、目の前で、倒れていた。

 

 


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