ヒーリングっど♥プリキュア 〜医神と地球の戦士〜   作:ゆぐゆぐ

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あけましておめでとうございます!今年も亀更新ではありますが,ご期待に応えられるように物語を進めていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!


第35節 真実の楽園

「……ここは」

 

 不意に、目が覚める。

 ゆっくりと目を開け、辺りを見回すと、そこにあったのは"無"であった。何もなく、ただ壁が赤紫に染まっているだけの空間だ。

 

「身体も、動く」

 

 ドクン、ドクンと手首の脈の鼓動を感じ取る。段々と自分の身体も意識が戻ってきたようだ。

 手足をグ―、パーと動かしてみる。特に痛みはなく、いつもみたいに軽快に動かせていた。痛みと言えば、僕は右腕を短剣で刺され、鎖でキツく縛られるなどされたのだが、嘘みたいに何も感じない。唯一感じたのは、たった今確認の為に拳を握って自分の額を殴ってみたものくらいだ。

 

「どうなってんだ……」

 

 あの時、僕は少女に全身を石化され、尋常じゃない程に伸びた長髪に包まれて息絶えたはずだ。しかし、今はこうして痛みの感覚もあり、死んではいないらしい。変身も解けておらず、今の状況が理解出来ないことに思わず頭を抱える。とはいえ、ここで立ち止まっていても何も進まないので、一先ず身体を起き上がらせて辺りを探索してみることにする。

 

 まるで狭い洞窟のようだった。狭くて、長くて、道が延々と続いている。声も音も、自分の足音と息遣い以外は何も聞こえやしない。

 壁に触れてみる。岩みたいにゴツゴツしたイメージだったが、堅いものを滑らかになぞれていて、皮膚越しに骨を触っているような感触だった。色も相まって不気味に感じたので、先へ進む。

 

「……ん?」

 

 長い距離を歩いて、ようやく行き止まりへと辿り着くと、人影のようなものが見えた。

 歩き始めてから今に至るまで、人どころか生き物の一匹すらも現れなかったのに、何故こんな奥にいるのだろうか。それを考える前に、近づいてみる他ない。

 近寄って段々と姿が見えてくると、思わず身構える。誰かが倒れていた。

 見覚えのある人物だった。あの時、森の奥で倒れていた若い女性が、そこにいた。

 

「っ!」

 

 もう一つ、背後から妙な気配を感じ取る。

 ゆっくり、じわじわと波が押し寄せるようにそれは距離を詰めてくると、突如として一気に襲い掛かってきた。気配を感じ取っていたおかげで難なく回避する。

 

「何だこいつ……」

 

 藍色の身体に、赤く充血した大目玉。身体の周りには数本もの紫色の触手が生えているという、現実に生息しているとは到底思えない生物。"魔獣"という言葉が似合うか、或いは見た目からして"寄生獣"と呼ぶ方が正しいか。

 

『ahhhhhhh!!!!!』

 

「ぐっ……!?」

 

 その時、怪物は突然奇声を発しながら触手を使って暴れ出す。誰を標的に狙っているとかではなく、乱れ打ちの如く荒れ狂う。空洞であるからなのか、壁に当たった途端に鳴り響く音は、耳を塞いでも鼓膜をはち切れそうな程だ。反撃しようにも、容易に杖やクロスボウを手に取れない。

 

「はあぁっ……!」

 

 なので、怪物に向かって突っ込んで飛び掛かり、その勢いで目玉目掛けて蹴り飛ばした。怪物は想定よりも呆気なく、奇声を上げ続けながら軽いボールのように吹っ飛んでいく。

 人生でここまで力一杯に蹴りを入れることなんて無かったおかげで、足に若干の反動が来る。今までの戦闘でもここまでの経験はなかったからだろうか。

 

「何だったんだあいつ……っ!?」

 

 異変は、一瞬の隙も与えずやってくる。

 行き止まりであったはずの壁に段々と光が差し込み、紋章のように刻まれていく。辺り一面を真っ白に染め上げられ、僕は顔を伏せて目を瞑る。

 それがしばらく続き、徐々に光の強さが弱まっていくが、まだ明るい。空気も空洞があった場所のものとは言えないくらいに心地良い。

 薄っすらと目を開けてみる。ずっと暗い場所にいたおかげで立ち眩みしそうになるが、すぐに体勢を立て直して辺りを見回す。

 

 綺麗な真っ青に広がる湖畔に浮く、多種多様な花。それを囲む自然の色に満ち溢れた木々や明るく照らす太陽の日差しも、湖畔をより美しく輝かせている。

 その景色は、正に芸術的であった。楽園が広がっていると言っても良いくらい、夢のようであった場所で僕だけが1人、ぽつんと佇んでいた。また、そんな中で何処か既視感を感じていた。

 

「夢で見た景色と、全く一緒……!」

 

 初めて見た時は今のようにただ景色が広がっているだけで、大したことは何も起こらなかった。だが、何度か夢を見ていく内に、ある時は何処の誰かも知らない人達の看病や治療をして、またある時は誰かに告げられるようになった。

 その人物は確か、白衣を着た銀髪の──キュアラピウスに似た髪色だった。考えてみれば、あの夢を見るようになってから、のどか達とプリキュアとして共に戦うようになったような気がする。

 

『──人よ、人類よ。受け継げ。そして、切り拓かれた道を歩め』

 

 そこまで辻褄が合うとは限らないが、仮にもし彼に告げられた言葉に意味があるとするならば──。

 

「よォ、思ったよりも早く来たな」

 

「っ!?」

 

 すると突然、声が聞こえてくる。僕以外に誰かいるのかとその方角を振り返ってみると、大きく長い人影が此方に歩み寄って来る。

 

「"永遠の誓い"だったか?あいつらに無理矢理やらされて可哀想だったな」

 

「は……?」

 

「のどかの奴なんか、他人の事情を分かってない癖に知った気になって首突っ込んできたよな。鬱陶しかっただろ?」

 

 いや、人影ではなかった。

 目深く被った黒のフードに手が隠れるほどの長い袖の黒のコート──まるでキュアラピウスそっくりの容姿に、僕は困惑を隠せないでいた。

 

「家族だろうが友人だろうが近所の奴らだろうが、"神医飛鳥"としてじゃなく"評判の良い医師の息子"としか見てくれない。辛かったよな、苦しかったよなァ」

 

「僕からは、お前が他人の気持ちに首突っ込んでるようにしか見えないんだが。まずお前は誰だ。何で僕の事を知ってる」

 

「見れば分かるだろ。僕はお前……そう、お前と同じキュアラピウスであり神医飛鳥だ」

 

 さっきから何を言っているんだこいつは。奴から出て来る言葉の一言一句も理解出来ず、頭が痛くなる。

 

「そんなに難しいことは言ってないぞ。僕は心の奥底にいるお前自身だって言えば分かりやすかったか?」

 

「分かるわけないだろうが……!僕はお前なんか知らない。勝手なことをベラベラと喋るな!」

 

「……ここはあの鎌女のナカにある、自分自身の真実と偽りを分離させる場所。"真実の楽園"と名付けてもいいくらい素晴らしい所だ。そして、真実となった者は奴の魔力の支えに選ばれ、此処の所有者となる。つまり、僕が真実のお前……本当の飛鳥だ」

 

「本当の僕……?」

 

「ああそうだ。僕はお前の心の奥底に眠っていた悪意の感情だ!」

 

 声高らかに、飛鳥は言ってみせた。

 

「僕みたいな奴、追い出したいと思っているかもしれないが、それは無駄だ。僕はお前自身なんだから追い出すなんて不可能なんだよ、ニセモノ」

 

「ニセモノは……お前の方だろ!」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!

 

 即座にクロスボウを取り出して先手を打つ。だったら力づくで追い出してやる。そんな思いで、光り輝く閃光の矢を標的に向かって放った。

 

「おー、怖い怖い」

 

「っ!?」

 

 だが、飛鳥は矢に視線を送ろうともせず、それでも余裕の表情で躱した。

 何故だ。あれは銃の弾丸のように光速なんだから簡単に避けれるものじゃないはずなのに……!

 

「そらよ」

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射。

 

「がぁっ!?」

 

 攻守交代と言わんばかりに今度は相手から閃光の矢が放たれ、命中した。僕の右肩を貫いていった。

 先程、奴は僕自身だと言っていたが、だとするならば……。

 

「そうだ。お前の思っている通り、技も戦法も全部同じだ」

 

 何も口を出してはいないはずなのに、もしや心の声も届いているのか?だから、此方のやろうとしたことを読んで矢を回避したのだろうか。

 それにしても……女からこの場所を授かったとか魔力の支えになったとか聞いたものだから多少の相違はあるのかと思ったが、あの口ぶりから察するにそうではないらしい。肩の痛みに耐えながら、恐る恐る体勢を立て直す。

 

「ほう、頑張るじゃないか。まあ、お前は僕なんだからここで無様にくたばって欲しくないけどな」

 

「黙れニセモノ……!」

 

「ふん、別に僕の存在を否定するのは結構だ。だが、お前のことは僕が一番良く分かってる」

 

 飛鳥は後ろへ振り向き、真正面へと手の平を差し出すと、突如として大木が浮かび上がってくる。

 

「ずっと一緒でいられる訳がない。どうせいつかは関係も崩れていくっていうのに、永遠に友達でいることを誓うなんて馬鹿馬鹿しい」

 

「は……?」

 

「母さんだって思ってるんだ。父さんと同じように、くだらない夢を捨てろ、諦めろって」

 

「……っ!」

 

「どいつもこいつも飛鳥として見てない癖に馴れ馴れしくしてきやがって。あんな奴らは、最初から信用しない方が良い……分かるだろ?これはお前の気持ちだ」

 

「そんなこと……!」

 

 思ったことは、あった。

 永遠の誓いの時、三人で勝手にやれと言ったのに、のどかは僕の手を引っ張った。僕だけが現実を見ていたから、複雑な気分だった。

 父さんに心に秘めたものをぶち撒けて母さんに頬を叩かれた時、所詮母さんもそっち側の人間だったんだと、僕を擁護していた訳じゃなかったんだと少し失望していた。

 馴れ馴れしいと思うこともあった。のどか、ちゆ、ひなた、アスミ、ヒーリングアニマル達にも一度は思うことはあった。自分の意志で壁を作っていたのに、平気でよじ登ってきやがったと思ったこともあった。近所や町の人達も父さんの話題をただベラベラと語り尽くすだけだったから、鬱陶しかった。罪は全くないと表面では思っていたものの、時々相手を睨み付けることもしてたし、そんな思いだったんだろう。

 

 頭が、負傷した箇所に激痛が走る。吐き気も催してきた。もはや立ち上がることも出来ず、その場で座り込んで必死に呼吸を整えようとする。

 

「認めろ。お前の心は僕が一番理解している。悪意の塊こそが本当の飛鳥だ」

 

「ふざけ──」

 

 奥歯を噛み締めながら、クロスボウを構える。

 だが、その前に既に相手が先手を打っていた。

 

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射。

 

「もういい。さっさと消えろ」

 

 刹那──轟音と共に楽園全体が赤に染まっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かはっ!?」

 

 死の危険を感じた瞬間、大声を上げて起き上がる。ハァ、ハァと嗚咽混じりに息を切らしながらも段々と目に映る視界を見回してみる。

 真っ暗で、赤紫に染まった壁が妙に禍々しく感じる空間に囲まれ、行き止まりを示している。先程、魔獣を撃退した時と同じ場所にいた。

 目も開けられない程に眩しい光に襲われてから、夢を見ていたのだろうか。こんな気味悪い所で眠らされるのは堪ったものではないけど、倒れていたならば一応は考えられる。

 それにしても……。

 

「そんなこと、僕は思ってたのか……」

 

 僕にとってのどか達は、友達なんていなくてもどうにかなるなんて思っていた僕を見つめ直そうとしてくれた存在だと思っている。プリキュアになってからは気が変わったとのどかに告げたこともあったが、あれは本心のつもりだった。母さんにも毎回世話を焼かせて申し訳ないという気持ちがずっと残っていた。

 けれど、実際は違った。僕の心の奥底には悪意しかなかったのだ。そんなことは思ってもみなかったし、今でも心の何処かでそれが眠っているのだろう。

 でも、確かに皆に信じて貰えてること、また僕が皆を信じ切れる自信もあまりないのかもしれない。だからといって、ここで立ち止まっている訳にもいかない。どうすれば悪意を払拭出来るのかと頭を悩ませる。

 

「うわあああああ!!!」

 

 その時、誰かの悲鳴が壁や周囲に響き渡る。少年のような声であったが、恐らくは僕が蹴り飛ばした魔獣に襲われているのか。声の方向へと走り出していく。

 

『ahhhhhh!!!』

 

「やめろ……やめろおぉぉ!」

 

 やがて辿り着くと、予感は的中した。魔獣の攻撃を、少年が悲鳴を上げながら必死に避け続けていた。軟体動物のように素早く柔軟で、あまりに人間らしくない動きだったのでどうにも疑ってしまうが、それよりも魔獣の叫びで鼓膜が破れそうだ。早急に杖を取り出して大技で仕留めようとする。

 

倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)!』

 

『ghaaaaaa……!!!』

 

 魔獣は此方の禍々しき光線によって包み込まれ、断末魔を上げながら消し飛んでいった。エレメントさんは現れず、メガビョーゲンでなかったということだが、結局奴の正体を掴められなかった。消滅したので今となってはどうでも良いことである一方で、先程の少年の方へと視線を送る。

 

「プリ、キュア……!?」

 

 少年の顔色は真っ青と言わんばかりに悪く、左目の周辺に花のような柄がついている。単純に恐怖で青ざめていると思えば合点がいっていたのだが、頭に2本の角がついていること、腰の部分にサソリみたいな形のした尻尾、そして僕の姿を見てすぐにプリキュアだと認識したことで考えが変わった。

 

「お前……!」

 

「あ、ああ……!」

 

 こいつは、人間の子供の姿をしたビョーゲンズだ。心なしか、良く見るとダルイゼンに似てるような気もする。

 クロスボウを取り出してビョーゲンズへと詰め寄る。何故か声も出せないくらいあわあわと怯えて敵対する素振りも見せておらず、相手は激しく後退って壁に背中を預けた。

 

「い、いやだぁ!まだ消えたくない!!」

 

 そう言って泣きわめいているが、生憎プリキュアとビョーゲンズは敵対関係にあり、僕にとっては有害物でしかない故、いくら抵抗しようとも武器を下ろすことはない。

 

「うわああああああ!!!」

 

「……」

 

 ──流石に怯えすぎじゃないだろうか。まだ引き金も引いてないぞ。魔獣の攻撃を避けた時の柔軟過ぎる動きを見て、しっかりと一発で当てるのが最適だと思って慎重に狙うもここまで叫ばれると気が散る。

 

「……何を怯えている。攻撃しないのか?目の前に敵がいるんだから、抵抗しないと死ぬことになるぞ」

 

「たたかい、いやだ、また、ころされる、たべられる……!」

 

 完全な戦意喪失、ということか。まるで駄々を捏ねる子供のように首を大きく横に振っていた。ビョーゲンズらしからぬ物言いだが、呼吸も激しく乱れているし身も心も子供なのだろう。

 そう考えると、ついつい腕を下ろしてしまうのは僕の情けないところだ。だが、騙し討ちの可能性も考えて武器はまだ構えたまま。相手が仕掛けに行った瞬間を見計らう。それともう一つ、案を思いついた。

 

「ほう、死にたくないのか……」

 

『『『aaaaaa!!!』』』

 

 僕とビョーゲンズの周りを、数体の魔獣が囲む。雰囲気から憤怒の感情が伝わってきていた。

 

「悪いが、此処でそんな事を言うのはただの我儘に過ぎない。だから、僕の指示に従って行動しろ。まあ、どうしても戦いたくないなら従わなくても良いぞ。ただお前がやられるだけなんだからな」

 

「っ!」

 

 その言葉を聞いたビョーゲンズはしばらく顔を俯かせるも、恐る恐る僕の前に立つ。戦う覚悟は出来たらしい。

 

「よし……行くぞ」

 

 こうして、僕達は魔獣達へと接近した。

 

 


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