ヒーリングっど♥プリキュア 〜医神と地球の戦士〜   作:ゆぐゆぐ

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第36節 憤怒

 ────人間とは、実に自分勝手な生き物だ。

 

 時に好意を生んだ者には媚を売り続け、時に気に食わない者には気の済むまで傷つける。

 

『あいつ色んな人からちやほやされてるからって調子に乗っててむかつく!』

 

『どうせ自分のことも可愛いと思ってるんでしょ?気持ち悪い!』

 

『ねえ○○○○さま、あんなやつ○○○に変えちゃってよ!不細工にしちゃってよ!』

 

 自分の慰めの為ならば手段を選ばない。感情でしか物事を決めることが出来ない。相変わらず人間は猿以下の低能な下等種だ。

 喰らってやる。呪ってやる。世界を悲鳴の止まない雨と化してやる。貴様らが化け物だと蔑むのならば、相応の行いはしてやろう。

 

 我は、その為に生まれた復讐者(Avenger)なのだから────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦局は、劣勢にあり。

 

『空気のエレメント!』

 

 太陽が明るく照らす林の中での戦闘。

 アースによる空気のエレメントの力で生成した数弾の空気砲がキロン目掛けて発射される。弾は敵の全身を囲んだ後に一つの大玉へと纏められ、身動きを封じた。

 

『雷のエレメント!』

 

 追撃の一手。スパークルが雷のエレメントの力を纏った光線を放つ。落雷の如く素早く強く、大玉ごと痺れさせて行く。拘束されている故、回避も防御も許されない。

 

「させませんよ……」

 

「「っ!」」

 

 ならば、迎え撃つのみ。

 真正面……彼女らと同じ位置、同じ角度から。

 

闇天の弓(タウロポロス)

 

 両足を前に蹴った瞬間に矢を放つ。パーンと音を鳴らして大玉が弾け飛んだ衝撃で、男は背後へと吹っ飛んでいく。

 

「スパークル……!」

 

『風のエレメント!』

 

 矢は大玉を貫き、更に電撃を纏った光線をも貫いてスパークルを襲う。事態に困惑するスパークルを、アースは風のエレメントの力を使った瞬間移動によって押し倒し、間一髪のところで回避する。矢は森の奥を通り過ぎていった。

 

「ご、ごめんアース……!」

 

 スパークルの言葉に軽く頷き、キロンを見る。

 未だダメージを負ってはおらず、余裕綽々とも言える佇まいで歩み寄り、此方の様子を伺っている。コンマ秒の瞬間を的確に判断し行動に移すとは流石、油断も隙もない男だ。

 

「お二人共、以前より消極的ではありませんか?もう少し私を満足させて欲しいものですが」

 

「……そうやってあたし達を馬鹿にするのも今の内だし!」

 

 軽い挑発に乗せられるとすぐさま立ち上がり、足を踏み込んで接近する。全力を振り絞って、何度も何度も打撃を喰らわせに行く。

 それで太刀打ち出来るか否かはともかく、仕掛けた策も見破られてはどうしようもない。彼女がどうにか食い止めている隙を突こうと、アースは再度瞬間移動を使って男の背後へと回る。挟み撃ちを仕掛けた。

 

「うぇ……」

 

「……はああっ!」

 

 一方の攻撃には受け身を取り、トンと片手で押して怯ませる。もう一方には、繰り出される拳を掴むと重心を掛けて勢い良く投げ飛ばす。

 

「なっ……!?」

 

「うわあっ……!?」

 

 エレメントの力と遠心力の勢いそのままにアースは衝突。スパークルは彼女の下敷きになるようにして転がっていく。

 

「殺さぬ程度に痛めつけろ、だったでしょうか」

 

 相手が体勢を崩している今こそ好機。

 弓を構え、数本の矢を引く。戦局はキロンが優勢であれど、人数の差や二人の俊敏な立ち回りから逆転されるリスクもある。

 彼にとっては許されぬことだ。相手が隙を与えている間に両手足を貫かなければ。

 

「ぷにシールド!」

 

 だが、そこに小さな横槍が入った。

 矢を離して発射させたと同時に、異質な盾が展開される。矢はシールドを突き刺すこそはしたものの貫くことはなく、シールドの解除と共にその場にぽろぽろと落ちていく。

 

「ポポロン……!」

 

「大丈夫なのですか……?」

 

「これくらいは別にどうってことも。危険な目に遭ってるところを見てるわけには行かないし」

 

 致命傷を負っていたおかげで回復し切れておらず、傷だらけの身体となっている子羊。息も切れているが、前線に立てると主張する。

 

「それに……これはボクの責任でもあるから」

 

「え……?」

 

「……どうやら、気付いたようですね」

 

「子供の見た目してる時は分からなかったけど、あの姿を見ればね。あの子を"復活"させたのは君なんだろ?」

 

「復活、とは……?」

 

「アース達にも教えてあげる。シアが何者なのかを……」

 

 

 

 

 

『氷のエレメント!』

 

 一方、木々で覆われた薄暗い森の中での戦闘。

 フォンテーヌによる氷のエレメントの力を纏った強力な光線がシアに襲い掛かるも、何度も直接的な攻撃を仕掛けられてはすぐに読める。数歩後退ると対抗するように周囲に潜ませていた蛇の化身数体を真正面に放つ。蛇は光線を上手く掻き分けて相手に襲い掛かり、砂塵を巻き起こした。

 

「はああっ!」

 

 砂塵を掻き分けてグレースが接近する。実りのエレメントの力でヒーリングステッキを剣の形に具現化させて斬りかかる。対し、シアは大鎌で軽々と相殺していく。

 地球の戦士であれど、中身は剣を振るったことのないただの少女に過ぎない。振り上げた瞬間の隙を捕らえて腹部に蹴りを一発入れて距離を離し、斬撃を振るう。その流れの素早さは、ぷにシールドを展開する暇も与えない。

 

「……はああああっ!!」

 

「グレース、一旦落ち着くラビ!」

 

 ラビリンにとって、未だグレースは冷静さを失っている。自分の攻撃が相手に通じているのかも把握出来ておらず、ただ我武者羅に剣を振り回しているように見える。そんな彼女に叫ぶも、その声は届かない。

 

「それ程までに奴に会いたいか」

 

 ぽつり、とシアが呟く。

 

「……クク、良いぞ」

 

「ラビ……!?」

 

 呆れと哀れみの入り混じった声音は、即座に嘲笑へと変わる。口角を上げながら、相手が向かって来るのを視線で追いかける。

 ラビリンは僅かに察した。徐々に膨大していく不気味な気配から、此方にとんでもないものを仕掛けて来るのだと。

 

「待って、近づいちゃ駄目ラビ!」

 

「会わせてやろう──―」

 

 剣を振り下ろそうとする手を左手で抑え、右手でグレースの顎に触れる。

 視線を合わせようと、シアは覗き込むように彼女の両目を見つめる。

 

「──―っ!」

 

 その寸前で、背後から何かが押し寄せて来る。

 禍々しい波動──―しかし、その力はシアにとってはちっぽけなもので避けるまでもない。大鎌で向かって来た方向へと押し返し、やがて砂塵を巻き起こす。

 

「……何の真似だ」

 

「何の真似って、少し横槍を入れただけじゃん」

 

 砂塵の中から現れるはニヤニヤと笑みを浮かべるダルイゼン。襲い掛かって来たのは、先程まで困惑の表情で傍観していた奴であった。

 

「言ったはずだぞ。我らの邪魔をするなら殺すと」

 

「嗚呼、そんな約束だったね。ただ、そいつを倒すのは俺の方が相応しいって思ってさ」

 

 先程の衝撃でようやく我に返ったグレースは、彼の言葉に困惑を隠し切れていない。

 

「思い出したんだよ。俺を育てた奴、俺の宿主はキュアグレース。お前だって」

 

「……えっ?」

 

「メガビョーゲンの一部だった俺を、お前の姿で成長してこの姿になったのさ」

 

 ダルイゼンの脳内では、全てが繋がったのだ。

 野原で遭遇したのどかの体内に入り込み、真っ暗な周囲で響き渡る男女の声の中で聞こえるキングビョーゲンのお告げと共に身体を実体化し、体外へと放出する。こうしてダルイゼンは誕生したのだ。

 

 意味が分からなかった。何を言っているんだと、近くで傍観していたフォンテーヌまでもが思っていた。

 だが、思い当たる節はあった。ケダリーの容姿と、奴が未成熟のビョーゲンズであったこと。そして、自身の苦しかった過去を思い返せば幾つか挙げられる。

 恐らく、ダルイゼンとケダリーは対になっている存在だ。ケダリーが未成熟なのであれば、ダルイゼンはのどかの体内に長く潜んでいたことで熟されたビョーゲンズ。つまり、彼女自身が育てたビョーゲンズなのだ。

 

「……ふん、それがどうした。貴様が何者であれ、所詮こいつらは我の獲物に過ぎん」

 

「獲物ねえ……じゃあ、分けてくれよ。俺が気に入るようになったキュアグレースの分を」

 

「たわけが……獣人!」

 

 シアはダルイゼンを睨み付け、そう叫んだ。

 獣人は迅速の駆け足で此方に近づいてくる。アースとスパークルとの戦闘を繰り広げていたはず。1対2の劣勢な戦いであったはずなのに、彼の姿は傷1つもない。

 

「気分が悪い。貴様が足止めしていた奴らも含めて、全て薙ぎ払ってやる。貴様はそいつとでも戯れていろ」

 

「貴女を現界させたのは私のはずですが……まるで人使いの荒いお姫様のようだ」

 

「黙れ。これ以上口出しするようなら、貴様もすぐに喰らってやる」

 

 やれやれ、とキロンは溜め息を一つ零すが、流石に魂を喰らわれそうだと悟る。

 

「なっ」

 

「という訳なので、また暇潰しの相手になってください」

 

 そう言ってダルイゼンの腕を掴み、何処か遠くへと突っ切っていった。

 

 思わぬ乱入が入った挙句、グレースに至っては感情が抑えきれない状況下で自身の衝撃の事実を無理に突き付けられたおかげで、頭がふらつき気味で思わず倒れそうになる。

 

「大丈夫……?」

 

 そんな彼女の身体を、フォンテーヌが支える。

 

「うん……大丈夫だよ」

 

「グレース、フォンテーヌ!」

 

 同時に、先程までキロンと一戦を交えていたアースとスパークルが此方に駆け付けて来る。ラテもポポロンも彼女らの両腕に抱えられながらやって来た。

 

「手間が省けたようだ。丁度良い、ここですぐに貴様らを始末して」

 

「君のことは聞かせてもらったよ、"メドゥシア"」

 

 言葉を遮られたシアは、小羊に視線を送る。

 

「まさか、あの時の"怪物"の正体が君だったなんてね」

 

 瞬間、アースとスパークルが見せたのは哀れみの瞳。悲しい奴を見る眼へと変わっていた。

 不意に腹立たしくなり、思わず身体ごと当人らへ向けて訴えようとする。

 だが、それも綺麗さっぱり切り捨てられた。

 

「あの時……貴様、我の何を知っている」

 

「知ってるも何も、君をこんな風にさせたのはボクが発端だ」

 

 事情を知らされていないグレース達は、目を見開く。衝撃の事実を何の前触れもなしに突如として告げられれば、空いた口だって塞がらなくなるのも当然だ。

 対して、シアも同様の反応を見せるが、すぐに馬鹿馬鹿しいと鼻で笑って見せる。

 

「何の冗談だ?」

 

「冗談なんかじゃないよ。シアの身も心も闇に染めたのは、ボクが原因。ボクがやったんだ」

 

「……はっ、貴様のような下等生物が我を変えただと?違う、変えたのはあのふざけた神どもの仕業だ。ふざけた事を抜かすのも大概にしろ!」

 

 徐々に声を荒げて、シアは訴える。

 これではただの言葉の投げ合いで何も進まない。とはいえ、見知った顔ではない、ましてやポポロンのような愛らしい容姿をした生き物に自身のことを好き勝手に話されているのだ。彼女の気持ちも同情出来なくもない。

 だが、

 

「ボクの話していることは事実だよ。さっきキロンがボクのことを君に見せつけてきたでしょ?あれはボクが君にとっての重要な人物だって知らしめて、君の悪意の感情を爆発させるためだったんだ」

 

「……!」

 

「覚えてるかな?君がどうして人間を喰い殺す悪逆非道の怪物になってしまったのか──―」

 

 問いかけようとする間に、シアは大鎌を振り上げた。

 逆鱗に触れたか、一同は斬撃を警戒するがポポロンだけは顔色一つ変えずにただ一人を見つめ続ける。

 

「黙れ!それを聞いたところで何になる!我にはどうでも良い事だ!!」

 

「いや、君が何と言おうとも聞いてもらうよ。どうでも良い話だって切り捨てるのはその後で勝手にしてくれて構わないから」

 

 刹那、アースはシアに接近し武器を持つ手を振り払い、呆気なく地面へと突き刺さる。

 

『空気のエレメント!』

 

「それまでは……拘束させてもらうけどね」

 

 更に、腹部を蹴り飛ばした直後に空気のエレメントの力による空気砲で彼女の身体を封じ込む。

 急所に入ったのだろう。えずくような咳を繰り返し、頭を俯かせ長髪を垂らして悶えている。荒技とは言えども彼女の武器は大鎌だけではなく鎖や短剣など様々で、それを何時何処で仕掛けて来るかも分からない。これくらいのダメージを与えておけば、身動きも取りづらくなるはずだ。

 

「君は最初から……生まれた時から怪物なわけじゃなかった。グレース達みたいに、ある村で暮らす1人の人間。おてんばな姉2人と楽しく裕福な家庭で暮らしていた」

 

 裕福な家庭。

 そう思っていたのはその家庭だけではない。周囲の住人や同年代の子供達、村の誰もが認識し、彼女らの美貌からまるで女神のようだと魅了されていた。おかげで男性からは幾度か茶化されることもあったが、姉妹三人が仲良くしているのを眺めているのが微笑ましいと、急激に距離を詰められることはなかった。

 

 だが、全ての住人がそうだったわけではない。

 逆に、裕福だとは思っていない女性からには嫉妬心が芽生えていて、特にシアには強く溢れていた。いじめや暴力は疎か、彼女とは何の関連性もない嘘の情報を流し込まれ、住人の視線は怒りや軽蔑へと一変するようになっていった。

 そして、

 

『ねえポポロンさま、あんなやつ化け物に変えちゃってよ!不細工にしちゃってよ!』

 

『……あ、うん。ボク面倒だから自分でやってね。責任も問わないよ』

 

 堕落した神に魔力を送り込まれた遣いの女によって、シアは怪物の姿に変えられてしまった。

 

「ってことは……!」

 

「ポポロンが、神様……!?」

 

「今はもうただのヒーリングアニマルだけどね。神の異名はとうの昔に捨てたし、この姿だって上級の神様に相応に変えてもらったものだから」

 

「……」

 

 シアは黙ってポポロン一点を睨み付ける。否定や言葉を遮ったりはせず、何も言葉を発さない。そこから描かれているはずの内面は、グレース達には読み取れないでいた。

 

「でも、何で……」

 

「罪を償う為だよ。この件以外にも色々やらかしたからね」

 

 遣いに魔力を渡したのが間違いだった。

 というのも、怪物に変えてしまったのは彼女だけではない。それを抗議してきた姉達も同じようにしてしまったのだ。

 彼女らが持っていた裕福な家庭は、村の人間達の手のひら返しによって崩れて行ってしまった。

 

 だが、全員ではなかった。

 シア達が怪物になった後でもなお、守りたいという思想を持つ人物がいた。

 

「それが、先代のプリキュア。"フウ"だ」

 

「「っ!」」

 

『先代のプリキュア』

 風のエレメントさんから聞いた話、そしてアースと初めて出会った時に聞いた話に出てきた人物だ。

 

「アースに似た人だよね」

 

「そう。村がシアによって被害に遭ってると知ったフウは、プリキュアとなって暴走した彼女と死闘を繰り広げた。長期戦の末にフウが勝利し、力を尽くしたシアはその場で横たわっていた。あとは浄化をすることで事態は終息するんだけど、フウはそれを拒んで彼女を助け出したんだ」

 

 たとえ彼女が怪物であろうとも、元は人間であったことや彼女の苦悩などは分かっていた。だからこそ、人間とじゃなく動物達とでも良い。何処かで幸せに生きていて欲しいという優しさから、シアを逃がすことにした。

 

 衰弱し、何処も宛がなくただ森の中を彷徨っていたところをヒーリングガーデンから派遣されたヒーリングアニマルの幹部らに目撃される。彼らの浄化技によってやがて討伐され、身体は消滅していった。

 フウの願いも虚しく、シアは間もなく無様な死を遂げることとなったのだった。

 

「これで、シアについてボクが知ってることは全部だよ」

 

「でも、死んじゃったのに何で今ここにいるの?」

 

 グレースによる、純粋な疑問。

 普通の生き物ならば、死後の行く先は天国、また当人が罪人ならば地獄へと向かう。御伽噺などの物語の世界で描写が良く扱われる故、誰もがそう認識している。

 対して、彼女は違う。死んだはずなのに、彼女はここにいる。生きているのだ。

 

「シアの討伐直後、ヒーリングガーデン内で毒による病気で多くのヒーリングアニマル達が死傷したんだけど、原因はいくら解明しようとしても見つからなかった。結果的にシアが最後の抵抗として仕組んだって結論に至ったんだけど……答えてくれるかな?」

 

「……全く。さっきから黙って聞いていれば、くだらんことをベラベラと」

 

 そう言って、シアは短剣を手に取る。自身を閉じ込めている空気の牢屋に突き刺して破裂させ、地面へと着地した。

 

「そんなことを訊いてどうするんだ。今更復讐を止めてくれなど懇願するわけでもあるまい」

 

「出来るならそうしたいけど、高望みはしない。でもこれ以上、君を野放しには出来ない。だから、ボクが責任を持って君を清める……!」

 

「ポポロン……!」

 

「……クク、アハハハハハハ!」

 

 シアは素っ頓狂な表情を見せた後、嘲笑うように笑い飛ばした。

 

「面白い、逆に面白いぞ。これほど怒りが込み上げてきたのは久方ぶりだ!」

 

 彼女の頭部には段々と血管が浮き出てくる。そこには早く惨殺してしまいたいという欲望を、すぐに殺めてしまっては面白くないという思いがぶつかり合っているのが分かる。

 

「だが、まあ良いだろう。皆殺しする前に少し答え合わせをしてやる。と言っても単純な話だ。我の左右の血管には異なる性質を持っている。その内の片方の血管が潰れたことで毒の性質を持った血を浴び、苦しめていっただけのこと。本来、フウ率いる人間共に仕掛けるつもりだったがな。その後、血流の影響で腐りかけた我の肉体から魂だけを抜き取り、我が身を封じ込めた」

 

 それこそが、『他者封印・鮮血神殿(ブラッドフォート・アンドロメダ)

 その地に自身の魂と魔力を封印し、他者の侵入や弊害を阻止する宝具。何千年、またはそれよりも先の年月もの間、シアは深い眠りへとついていた。

 

「そして、我は復讐を再開した。あの獣人によってな」

 

『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方のもんは閉じ、王冠より出で、王国に至

 三叉路は循環せよ

 

 閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する

 

 ──―告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ

 

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手操る者──―

 

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―!』

 

「……全く、馬鹿馬鹿しい。慈悲を与えずにさっさと殺しておけば、我が復讐を働くこともなかったろうに!」

 

「っ!」

 

 グレースの背筋が凍る。

 シアの言っていること、思っていることが理解出来ない。グレースには、フウに馬鹿馬鹿しいとか下らないという感情は何処にも現れなかった。

 

「我が憎いか、キュアグレース。顔を見れば分かるぞ」

 

「……どうしてそんなこと言えるの?」

 

 フウがシアを助けたのは"助けたいから"だったはずだ。それなのに、救われた当人は何故彼女を嘲笑っているのか。元々人間だったのなら、たとえほんの少しだとしても彼女の助けたい思いは伝わっていたはずだ。怒りの感情と共に、ヒーリングステッキを強く握りしめて問うた。

 

「……我が救われたとて、とうに死んでしまった姉様達は戻ってこない。姉様達の苦しみは消えないからだ」

 

「だから、復讐をするの?罪のない人達を傷つけるの!?そんなの間違ってるよ!」

 

「黙れ!貴様に何が分かる!!」

 

 互いの感情がヒートアップし、ぶつかり合う。

 その瞬間、不穏な空気が襲い掛かる。シアの魔力が徐々に膨大しているのだ。怒りの感情を交えているのもあってか、その力は初めて体感した頃よりも強く、より一層気分を沈ませていた。

 

「言ったはずだ、我は復讐者だと!貴様のふざけた戯言など聞くものか!」

 

「でも……!」

 

「もう良い、頃合いだ。茶番を終わらせるとしよう……!」

 

 ──―そして、世界が再び凝固する。

 

 眼球というには異質。石英の眼。光を閉ざした角膜。虹彩は凝固し、瞼までも閉ざすことを許しはしない。

 それが彼女の持つ魔術行使──―魔眼である。

 魔眼とは本来、外界からの情報を得る受動機能である眼球を、自身から外界に情報を渡す能動機能へと変えたもの。視界に捕らえた対象に問答無用で魔術を仕掛け、対象が魔眼を見てしまえば術者は対象を人形の如く扱うことが出来る魔術特性だ。

 束縛。強制。契約。炎焼。幻覚。凶運。

 これらの他者の運命に介入する魔眼は特例とされ、中でも最高位とされるものが"石化"の魔眼。

 

自己封印・暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)

 

 神域の力によって封じ込められた神の呪い。

 神代の魔獣、聖霊にしか持ち得なかったとされる魔の瞳。

 視線、視界に捕らえただけで対象を石にする、怪物と化したシアの証たる強力な魔術──―!

 

「──―みんな離れて!」

 

 シアの瞳の奥から何か赤黒い波が広がりつつあるのを察知し、前方にいたポポロンは警戒を呼び掛ける。

 

『風のエレメント!』

 

 同時にもう1人、状況判断の早いものがいた。

 アースが持つ風のエレメントボトルの力によって大きな竜巻を巻き起こす。あまりの強風に思わず目を伏せるグレース達だが、実際は敵との距離を離している程なのだから当然だ。

 

「よし、ここまでなら大丈夫かな」

 

 やがて竜巻の威力は弱まり、風の強さも段々と心地よくなっていく。

 辺りを見回す限り、シアの姿は見当たらない。結局、かなりの距離を移動したようだ。

 だが、いつ気配を殺した状態で攻撃してくるか分からない故、油断は出来ない。引き続き、竜巻の影響で降り注ぐ落ち葉を払いながら警戒にあたる。

 

「さてと……もう今のあの子は本気で殺しにかかってくるはず。数で勝っているにしろ、今まで通りの戦いじゃ敵わないと思う」

 

 何より、石化の魔眼はかなり厄介な魔術だ。グレース、フォンテーヌ、スパークルはプリキュアとはいえ元は普通の人間。魔力など一つも持っていない。まともに魔眼を見てしまえば、すぐに石と化してしまう。

 それに、これ以上の長期戦は時間の問題だ。一気に畳みかける必要がある。

 

「では、やはり私が出るしかないでしょう」

 

 対して、そうではない者が一名。

 アースはテアティーヌの願いによって生み出された地球の精霊。風のエレメントの力が全面的ではあるが、多少の魔力は受け持っている。

 

「待って、アースだけが出るのは良くないわ」

 

「今のシアじゃ、1対1で太刀打ち出来ないペエ!」

 

「確かに、真正面から対抗するのは難しいかもしれません。ですが、たとえ倒せないとしても足止めすることは出来ます。魔眼でも捕えきれない程の全力のスピードで戦えば、重圧をかけることは出来るはずです」

 

 だが、それも容易なことではないことはアースも自覚している。

 それでも、やるしかない。いや、やらなければいけないのだ。以前は本気ではなかったとはいえ、キロンをあともう少しのところで逃してしまった。

 あの失態はもう許されない。地球のお手当ての為に、立ち向かわなければ──―!

 

「……それなら、あたしも行く!」

 

 そんなアースの提案に、もう1人が割って入った。

 

「ニャ、スパークル!?」

 

「まだ試してないけど、もしかしたらあたしもアースみたいな瞬間移動で戦えるかもしれないし!」

 

 そう言って取り出したのは、雷のエレメントボトル。

 それをヒーリングステッキに装填した際の光線の威力は、その名の通り閃光の如く対象に襲い掛かり、強力なダメージを与える。

 

「確かに、アースみたいに力を身に纏って戦うことはプリキュアである君にも出来る。ただ、君の場合……いや、ニャトランにもかなりの負担が掛かるかもしれない」

 

「「……っ」」

 

 そう、アースの場合は精霊であるが故にこなせる業であって簡単なことではない。

 ましてや、"雷"のエレメントの力、すなわち電撃を纏うのだ。最悪、落雷を喰らうのと同様の反動が起こる恐れだって考えられる。そして、自分だけでなくパートナーにもそれは訪れるだろう。要するに、スパークルのやらんとすることはかなりのリスクを得る可能性がある。

 

「……でも、今ここで迷ってたら何も変わらないし、誰も守れないじゃん。負担とかあたしがどうなっちゃうとかは分からないけどさ、そんなの後でいっぱい考えれば良いよ」

 

「スパークル……」

 

「あたしが出来ることは全部やる。全力で戦ってやる!もうそれしか思いつかないんだもん!」

 

 以前の彼女ならば、強くなっていく敵を浄化した苦労を水の泡にするように次々と新たな強敵が現れた現実に、お手当てを続けることの価値や意味を追求し不安を抱いていた。

 それが今では自ら前線に立ち、誰かを守る為なら自分自身の全てを出し尽くすと決意した。間違いなく、キュアスパークルの1つの成長である。

 そして、それを間近で聞いたニャトランの答えはただ1つ。

 

「……俺も、スパークルと一緒に戦う!」

 

「ニャトラン……!」

 

「パートナーがそうやって覚悟を決めたって言うのに、俺だけビビってたらみっともないだろ?だから、俺はお前を信じるぜ!」

 

「決まりだね。じゃあ、ここは二手に分かれよう」

 

 アースとスパークルが前線に立ち、魔眼に対抗出来る瞬発力で状況を作っていく。

 一方、後方支援でグレースはアースの、フォンテーヌはスパークルのサポートへと回る。ただし、後方の二人にも襲い掛かって来る可能性は十二分に考えられる。その際には、それぞれのパートナーがぷにシールド等で支援にあたる。

 

「分かってると思うけど、二人のサポートに回るっていうのは背中を預かる。もっと言えば、二人の命を預かるのと同義だからね。その覚悟は出来てるかい?」

 

 グレース達はこくっ、と同時に頷いた。

 アース達もそれに不満はない。長い間、共に仲間として、友達として戦ってきたのだ。背中を預ける覚悟は出来ている。

 

「よし──―っ、来る!」

 

 ポポロンの荒げた声に一同は反応し、その方向へ振り向く。

 何の前兆もなく、敵は高速の脚で戦士の前に現れた。

 

『風のエレメント!』

 

「はあぁっ!」

 

 大鎌を振りかざすシアを止めるは、アースの迅速の一撃。人間の動体視力では捉えようとするのは無謀な程の瞬発力。

 それはシアの脇腹に命中する。更に衝撃で吹っ飛ばされるも、難なく受け身を取って体勢を立て直す。

 

「──―クク、良いぞ。まずは貴様らから消えろ、プリキュア!」

 

 その指は鉄。その髪は檻。その囁きは甘き毒────。

 

女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥシア)

 

 敵の両眼から放たれた、魔眼を軸とした不死殺しの光線。

 大鎌の斬撃と共に魔力を供給し、やがてそれを解き放つ。最高位の魔術特性とされる"石化の魔眼"から放つものは光速の回避、最高級の宝具や必殺技で相殺しない限り、免れることはない。

 だが、

 

『雷のエレメント!』

 

 そんな強大な重圧を、突如として落雷が抑えた。

 そして、その正体に気付いたシアは口端に冷酷な笑みを浮かべ、飛び出して行った。

 

 

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