ヒーリングっど♥プリキュア 〜医神と地球の戦士〜   作:ゆぐゆぐ

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※オリジナル宝具追加 


第39節 覚醒

 

「……誤算でした。これ程までに力の差があるとは」

 

 アスミはただ愕然とするしかなかった。

 無理もない。指に切り傷が出来るくらい全力で弦を弾いてヒーリングハリケーンのパワーの上昇を図ったとしても。更に言えば、グレース達三人の大技であるヒーリングオアシスをそこに重ねた十二分の威力を以てしてもあの怪物には敵わなかったのだから。

 敵の更なる宝具に競り負け強制的に変身を解除された一同は、街や空が滅んでいく姿を高台にある森の中で眺めることしか出来ないでいた。

 特にアスミは地面に両手両膝を付ける程に唇を噛みしめている。そんな彼女に、ラテは寄り添おうとゆっくり近づいていく。

 

「申し訳ございませんラテ。私ではこれ以上、お役に立てそうにありません」

 

「アスミ……!」

 

「やめてよ!アスミンが無理なら、あたしなんか……!」

 

「ですが、これほど絶望に満ちた気持ちを私は感じたことがないのです……」

 

 ひなたの言葉を、アスミは首を横に振って否定する。

 地球が滅んでいく光景、人々の悲鳴など創作の話でしか見聞き出来ないような事態が正に目の前で起こっていることに胸が締め付けられ、精神が乱れていく思いだ。

 

「もう、同じ過ちは二度と繰り返さないと決めていた、のに……!」

 

 同じ過ち──キロンを仕留め損ねた時のことだ。

 アスミは彼を浄化出来なかったことを今でも思い詰めていた。浄化の手応えが無いに等しいと思えるくらいに虚しく、それでも相手の気配を感じ取れなかったが故に多少安心していた彼女に現実を見せつけるかのように再び現れたことは、唇を噛む程に悔しかったのだ。

 

 もしかすれば、シアとの戦闘で焦りを感じていたのかもしれない。

 相手に次なる行動をさせぬようにコンマ秒でも早く技を繰り出さなければ。完全に仕留め切れるくらいの全力を出さなければ。脳内で何度も自分に言い聞かせながら戦った結果、それが焦りとなって悪い方向へと向いてしまったのかもしれない。

 

 でも、本当にどうすれば良かったのか分からないのだ。

 ──もう私は仲間や人々を救えないのではないか、とマイナスな思考も浮かんでしまう。そうして段々と苦しくなって、辛くなって、ついには涙も零れてしまう。不覚にも、その涙はちゆやひなたを不安にさせてしまっていた。

 

「それでも、私は諦めたくない……!」

 

 だがそんな中、街の景色を一心に見つめていた仲間の1人が言葉を発する。

 

「こうしている間にも沢山の人達が苦しんでるんだから、絶対に止めないと!」

 

「シアがどんなに強くても、もっと強くなっても放っておくわけにはいかないラビ!」

 

 ──まだ、のどか達の心の灯は消えてはいなかった。

 

「そうね、プリキュアである私達が立ち上がらないと身近にいる大切な人達だっていなくなってしまう……!」

 

「そうペエ……エレメントさんも。皆苦しむペエ!」

 

 その灯は、誰かの心にある蝋燭に与えるように燃え移っていく。メラメラと熱く光り輝き、ちゆ達を勇気づけた。

 そんな2人を見たひなたは、ふと微笑みを浮かべた。

 

「……ひなた?」

 

「……なんか、皆のキャラってバラバラだなーって思ってさ。でも、それもなんか良いよね!」

 

「誰かが挫けかけても誰かが支える!そうしたら皆も次々勇気が沸いてくる!って感じで良いよな!」

 

 それぞれの個性を褒め合って、それぞれの足りない部分を補う。仲間が前を向いているからには挫折するわけにはいかない。彼女らの灯は、友情という証によって支えられているのだろう。

 

「だからアスミちゃん、私達まだ頑張れるよ!」

 

「ラビリン達ヒーリングアニマルと人間のパートナー。それに、地球と風から生まれたアース!」

 

「そして、色んなエレメントさんから力を預かってるペエ!」

 

「こんなに沢山の人が、沢山の力が集まってるんだもの」

 

「まだまだいけるよ!そんな気、してこない?」

 

 3人はアスミに身体を向け、同時に笑顔で手を差し伸べる。

 葛藤する──未だ前を向いて苦難を乗り越えようとしている彼女らに役立たずとなった自分が肩を並べても良いのか、とアスミは心の中で思考を巡らせていた。

 

「何をしているのかと思えば……まさか地球の精霊サマが弱音を吐いているとはな」

 

「「「っ!?」」」

 

「うぇ、何、森の番人!?」

 

 刹那、付近からガサガサという草の茂みを払う音と共に聞き覚えのある少年の声が聞こえてくる。

 外科医が着用する服に似た黒服に、指先を青に染めた手袋。此方を魅了させるほどに美しくなびかせる銀の長髪。

 ──身に着けていた仮面を外して素顔を晒している点、黒のローブを身に纏った服装でない点など以前とは多少の違和感があるにしろ、ぱっと見でも素顔を伺えばその正体は分かる。現に、彼以外の4人が即座に瞳を輝かせたのだから。

 

「キュアラピウスだ、あと前もその件やっただろ」

 

「でもその恰好……」

 

「ああ、あいつの中から抜け出した時にはこうなっていた。だがまあ、おかげで以前よりも動きが段違いに軽くなった。こいつによれば、これがキュアラピウスの"進化形態"らしい」

 

 散々ラピウスを苦しめ続けてきた"進化の兆し"。全身に生じる唐突な痺れや、それが心身共に暴走して広範囲にまで放電するといった症状がしばらく彼を襲い続けた進化の兆しを、自分自身の全てを受け入れて前を向いたことで克服した。それが今の彼の姿なのだ。

 

「もう~、みんな心配したんだぞ!?」

 

「んぐ……っ!?」

 

 ポポロンが泣き顔で接近し腹部に激突したことでラピウスは思わず胃液が出そうなくらいに嗚咽する。

 確かに、返す言葉もない。ある意味自分勝手な行為で周りに多大なる迷惑を掛けたという自覚は大いにあり、本当に申し訳ないという気持ちしかない。

 だが、戦いはまだ終わっていないどころか始まりであるかもしれない。一刻も早く戦いを終わらせ、人々を救い出さなければ。謝罪なら、後で気の済むまで頭を下げることにしよう。ラピウスはそんな思いを抱きながら、嘘くさい大泣きをするポポロンを掴んでその辺に投げ捨てた。

 

「……怖気づいたんなら、ここで指咥えて見ていても構わない。だがこれだけは言わせてもらう」

 

 未だに膝をついて彼を見上げるアスミに忠告の言葉を添えながら背を向け、怪物のいる方向へと歩み寄る。

 

「僕達はあんな奴に負けを認めるほど弱くはない。だから、もっと僕達を信じろ」

 

「っ!」

 

 以降、彼はアスミ達に顔を向けずにポポロンの頭を掴み、そのまま足を地面に踏み込んで勢い良く跳んでいった。

 

 ──ラピウスの言う通りだ。

 如何なる状況でも諦めることなんて考えずにじっと前を見据えている仲間達が敗けるはずがないのだから、こんな所で両膝をついている場合ではない。

 

「……私も、戦います」

 

 故に、アスミも後に続くことに決めた。

 

「皆で手を取り合えば、この戦いは必ず終わります。いえ、終わらせて見せます!」

 

「うん、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約数十分掛かるすこやま山を登ると、やがて山頂の印となる建物が目に付く。

 そこが恐らく、怪物の視界に映る位置となるはずだ。

 

「あともう少しか……!」

 

 周囲に気を配りながら、地面に転がる枝を掻き分けて斜面を上がっていく。僕が一番乗りとなるわけだが、のどか達も意を決して後に続いてくれることを願うばかりだ。

 そうして長く急な斜面からようやく平らな地面に出た瞬間、ソレが出迎えていた。

 

「……なんだ、顔色が悪いじゃないか。まだ不満なのか?それとも食い過ぎたか?」

 

『貴様、どうしてここにいる……』

 

 長髪を蠢かせながら、酷く虚ろな眼で此方を睨み付ける。

 無数の大蛇のように変貌する髪。中でも目立つ4体の大蛇が主格で、他のは量産型か。

 これが彼女の成長の成れの果て。もはや蛇の女王とも呼んでもいい。

 

 奴にとって僕達人間は手の平で潰せる蚊のような存在である故、よくも僕の気配を感じ取ったものだと思わず感心する。

 一応、気配を殺して怪物の背後を取った後にその首を刺すつもりだった。もとい、全て上手く行けるほど敵は甘くないと思っていたが、こうも簡単に作戦が崩れるのは予想外ではあった。それでも、僕は圧倒されない。

 

「おかげさまで、僕"達"の手で抜け出してみせたさ。ただまあ、変な所に連れ込まれたせいで頭が些かすっきりしないがな」

 

 敵の正視に視線を逸らすことなく鼻で笑って答えてみせる。

 段々と周囲に悪寒が立ち込めて来る。怪物の呼吸であろうそれから際限なく満ちる魔力が弾け、漏れ出して山林を黒く汚染していく。まるで絵の具で塗りつぶしたかのように黒く、ドス黒く呪っていた。

 

「皮肉の1つくらい自分の口で言ったらどうなんだ。わざわざ魔力を消費してまで"死ね"と念じて来るとは、やっぱりガキだなお前」

 

『……一度(ワタシ)に殺されたガキ風情が。完成したこの我を侮辱するか』

 

「完成……ハッ、そういうのは全部食い尽くしてから言え。まだ"獲物"が残っているじゃないか」

 

 瞬間、背後に4つの光が現れ徐々に人型へとまとまる。

 4つの獲物──いや、4人の地球の戦士が怪物の前に立ち塞がった。

 

『……ッ!!!』

 

 怪物が両手で顔を覆うと同時に、蠢く大蛇が左右に2体ずつ僕のもとへ接近する。

 "殺せ"と、そう何度も命じているのが伝わる。憤怒と殺意の感情は、間もなく爆発してしまいそうだ。その指示に従って、蛇共はキュアラピウスを対象に喰らうつもりだ。背後のグレース達も張り詰めた表情で防御態勢に入って身構える。

 

 だが、僕はその場から動かずに両手に鋭利な小刀──メスを投影する。

 

「……はあっ!」

 

『っ!?』

 

 息を大きく吸った後、勢い良く両腕を振って虚空を裂く。

 一体を相手するなら直接攻撃の方が威力は強力なものとなる。だが、複数が相手の場合は僅かな隙が出来てしまうかもしれない。故に、全体攻撃を行う。

 

「これが、ラピウスの力の進化……!」

 

 その結果、蛇共は鎌鼬(かまいたち)の如きつむじ風によって斬り裂かれ微塵に刻まれていく。怪物は当然のことながら、グレース達もその光景に驚きを隠せない中、蛇は灰となって消滅していった。

 

『なんだ、この寒気は──全身が震えだす。理性()が狂いそうだ……!おいどういう事だ獣人、何処にいる!あいつは何だ!あんなに醜い人間は見たことがない!』

 

 ──完成したのは自分のはず……自分だけのはずなのに、何故こんな人間に圧倒されているのだ。

 そうとでも言わんばかりに、怪物は怒気の籠った声でうねりを上げる。そこには何処か恐怖も混じっているようにも感じる。

 

『もはや誰でも良い、殺せ!あの人間を──いや、あの醜い怪物共を我の視界から排除しろ……!!』

 

 絶叫──もう、以前の理性は失っている。

 怪物の命令によって生み出された広範囲の荒波が押し寄せ、僕達を飲み込もうとする。アレのおかげで罪のない一般市民は悲鳴を上げるほど苦しめられ、喰われていった。

 だが、それをプリキュアに向けたところで簡単にやられるわけもない。

 

「……お前達」

 

「「「「うん……!」」」」

 

 そう、今の僕達ならば。

 

『プリキュア・ヒーリングフラワー!!』

『プリキュア・ヒーリングストリーム!!』

『プリキュア・ヒーリングフラッシュ!!』

『プリキュア・ヒーリングハリケーン!!』

輝かしき終点の一矢(トロイア・ヴェロス)』、発射!

 

『ぐうッ……!!』

 

 一斉射出──!

 5つの光が荒波を包み込み、1つも余すことなく総てを無にかき消して行く。その光景を怪物は、気に食わないと唇を強く噛みしめながら見据えた。

 

「……もし些細な事であっても運命が変わっていたら、ちょっとだけでも救いはあったのかな」

 

「……救い?」

 

「ううん、君には後で話すよ。それより、今はシアを浄化することに専念しよう!」

 

 ポポロンの言葉に一同は頷き、怪物を見上げる。

 

「あの子の魔眼を……壊すんだ!」

 

『──くだらん、黙れ黙れ黙れ!死ぬがいい怪物共!その浅ましい姿を、我の前に晒すな!!』

 

女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥシア)!!!』

 

「行くぞ!」

 

 僕の掛け声と共に、プリキュア達は散らばる。

 対して、僕は怪物の宝具を大きく前転で回避し、足元へと疾走する。隙を与えることなく押し寄せて来る蛇共を、両手に持つメスで対抗する。医療で使うものとは多少長さは違うとはいえ、だからといって武器にしては短く小さすぎるという印象は変わらない。だがそれでもキュアラピウスは自在に操ってみせる。蛇の顔面を踏みつけ、停止した首元を斬る、斬り続ける。細かく綺麗に切り刻んでいく。端から見れば、今の僕の姿は斬撃を放つというよりかは"舞っている"とでも思われるのだろうか。

 

『おのれ──!』

 

 そうして怪物の死角に回り込む。その体格故に、極小の人間を攻撃することは出来ない。仇となっているのをいいことに猛攻を続ける。一度で部位破壊とまではいかないものの、絶え間ない斬撃で怪物の腕や腹部に傷をつけて血に染めていく。

 やがて目前まで接近し、魔眼を潰す為に攻撃を集中させる。ここまではどうにか上手く行っている。このまま弱点を狙い、形勢逆転を図ろうとする──。

 

『まだだ、まだ終わるものか──!』

 

「なっ……!?」

 

 突然、怪物の怒号に応えたか横から大蛇が乱入し、僕の武器を弾いてタックルで突き飛ばした。

 

『空気のエレメント!』

 

 地面に落とされていく僕を、空気のエレメントの力でアースが放った空気玉に閉じ込めて落下速度を軽減させる。やがて浮遊状態でゆっくりと着地する。

 助かった。あの高さから落下すれば体勢を立て直すにも時間が掛かりそうだったのだから……。

 

『我は復讐する!この世界を、私を棄てた人間共を捻り潰す!』

 

「傷が、もう治り始めています……!」

 

『当然だ。この程度で我を倒せるものか!我は復讐者(Avenger)だ!復讐者、のはずだ……!だから我が──私、が、お姉様達の代わりに、復讐を果たさなければ──!!』

 

強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)!』

 

 長髪を更に伸ばして四方八方に広がった直後、魔眼が解放される。

 段々と、長髪が怪物の身体を包み込んでいく。僕やケダリーに向けて仕掛けたような強く締め付けるものではなく、ギュッと強く抱擁するように。

 

「まだ強くなるの……!?」

 

「……いや、というよりかは一度で世界を支配するつもりだ」

 

 そうして"出来上がった"のは、一本の大木。

 "シア"と呼ばれた1人の人間としての最後の名残を完全放棄したオリジナル。それにより行き着いた成れの果てである"怪物"の更に先、つまりは真の終着点を実体化させた最凶形態。

 

『フ、ハハ、フハハハハハハ!!!』

 

 高らかに笑いながら、魔眼から漆黒の光線を放つ。

 一般人であれば即刻命を奪われるなど、指定領域内のあらゆる生命を溶解する(けす)──。

 

『ぷにシールド!』

 

 その光線が、直前で停止していた。

 暴風と高熱を巻き散らしながら、黒炎はプリキュアの防御技によって食い止められる。

 ヒーリングステッキにより出現した4つの盾は彼女らを護り、灰と化そうとする魔弾に対抗する──ように見えた。

 だが、それを黒炎は苦も無く貫通する。

 

「「「「──っ……!」」」」

 

 3つ目の盾が四散する。

 残るは一枚、グレースのぷにシールドのみとなった。

 光線は絶対に貫かんと4つ目の盾に触れ、なおその勢いを緩めない。

 

「それでも、私達、は……!」

 

 殺しきれぬ魔眼の一撃。

 それを直前にした時──。

 

「「「「私達は、お手当てを諦めない!!」」」」

 

『何ダト……!?』

 

 アースを筆頭にフォンテーヌ、スパークル、アースの3人はそれぞれが持つエレメントボトルを輝かせ、グレースの背中に全ての力を注ぎこむ。その力は1つの光となって彼女らを包み込み、黒炎を相殺すると同時に新たなエレメントボトルを誕生させる。

 

「新しいエレメントボトル!?」

 

「今まで集まったエレメントさんの力がひとつになったラビ!」

 

「ワフ~ン!」

 

 さらに、衝撃は続く。

 ラテの一声と共に、所持していたヒーリングステッキとアースウィンディハープ、そしてヒーリングアニマル4匹が1つになって、新たな姿へと"進化"する。

 

「スペシャル・ヒーリングっどボトルに、古に伝われし武器"ヒーリングっどアロー"……!」

 

 注射器と弓……というより、僕が使うものと似たクロスボウをイメージしているようだ。そんなヒーリングっどアローの先端にはそれぞれヒーリングアニマルの顔が配置されている。

 

「ラテ様が僕達の力も1つに纏めてくれたペエ!」

 

「流石ヒーリングガーデンの王女様だぜ!」

 

「グレース!皆んなの力で浄化するラビ!」

 

「うん!」

 

「「「「ヒーリングアニマルパワー全開!」」」」

 

 4人は一斉に、ヒーリングっどアローにスペシャル・ヒーリングっどボトルを装填する。付属されたダイヤルが回り始め、彼女らの姿を新たに変化させる。

 それぞれが髪のボリュームアップや髪飾り等の形が変化、また衣装の丈も伸びて白衣やドレスのデザインへと変化を遂げていく。

 

「「「「アメイジングお手当て準備OK!」」」」

 

 ヒーリングっどアローの引き金を引くことで癒しのパワーを溜め込む。段々と、七色のエナジーが上昇していく。

 

「……よし、僕も行こうか」

 

 あいつらに活躍の場を譲るわけにもいかないからな──僕は怪物の方向へと走り出す。

 距離にしておよそ50メートルにまで詰める。それほどの助走を以て跳びかかるわけではなく、身体を地面に沈めて上空へと高く跳躍する。

 

『──我が宿命、月女神及び太陽神に請い願う』

 

 体を宙に舞わせる中、そう呟きながら左腕を天に掲げた途端、ぎしりと空間が軋みを上げる。

 

『月女神には愛の精神を、太陽神には輝かしき一矢を、そして双方に我が運命を定めよう……次なる運命に幸あれ』

 

 紡がれる言葉に、闇に染まった暗雲の隙間から一筋の光が呼応する。それはキュアラピウスを中心に照らし、かざした掌から白銀の玉を生成した。

 

 そして、スペシャルヒーリングっどスタイルとなった者達は"OK"というパートナーの掛け声で引き金を押し──

 そして、僕はそれを怪物目掛けて上体を反らし──

 

 

 

 

 

「「「「プリキュア・ファイナルヒーリングっどシャワー!!」」」」

汝・白銀の一矢(ヴェロス・オルテュギアー)──!!』

 

 ──一斉の掛け声で螺旋状の光線を放った。

 ──怒号と共に、その一手を振り下ろした。

 

『ッ……!』

 

 先に命中したのはラピウスが放った一矢だ。見た目はちっぽけで、衝突したところで巨体な怪物には小石がぶつかった程度の感覚だろう。

 

『何ダ、身体ガ……!?』

 

 だがそれでも、中身は2人の神に願ったことによって凄まじいエネルギーを持ち合わせており、怪物の体内でそれが膨張し始める。怪物の魔眼は見開き、悶えるように苦しみ出した。

 

『アッ……』

 

 そこに追い打ちを掛けるように、ファイナルヒーリングっどシャワーが襲い掛かる。速足を止めることなく、怪物を容易に貫いていく。

 

『ヤメ、ロオオオォォォォォ……!!!』

 

「「「「……お大事に」」」」

 

 螺旋状の光線は怪物の身体を貫通し、その中に潜む闇の心から一人の少女を両手で包み込むように引き離す。

 辺りが虹色のオーロラのように染まった直後、残骸は拡散した光によって消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──心の中に潜む闇が、悶えるほど苦しかった痛みが消滅を始めていく。

 復讐者であるが故に、もうすぐ私は魂ごと無くなってしまうのだろう。

 だが、奴らによって自分が消えていく恐怖や憎悪などは不思議にも感じられない。それよりも、何処か気分が晴れたような、胸がすく思いだ。

 奴らは私に何を行ったのだろうか。こんな気分は姉様達と肩を並べていた時以来だ。

 

 ……ということは、"快夢"を見せる魔術でも仕掛けたか。

 そう思う理由は2つ、私が今心持ちにしているものだから。そしてもう1つは、違和感を覚え両眼を開いた瞬間に視界に映った世界によって浮かび上がった──。

 

 空のように綺麗で真っ青に広がる海。その付近、今私が立っている自然の色に満ち溢れた大草原。これから沈んでいくであろう太陽の薄暗い日差し。

 何もかもが神秘的であり、まさしく夢のような楽園。そんな世界の中心で、心地良い風が私の髪をなびかせていた。

 

「……あれ」

 

 遠く、地平線の先に人影が2つあることに気付き、目を細めて凝視する──。

 

「っ!」

 

 それはどちらも、優雅な仕種と溢れる気品、可憐で妖艶な佇まいを魅せている。

 間違いない。ああやって世の殿方らを魅了させ、忠誠を誓わせていたのだから。

 2人の正体は絶対に、確実に姉様達だ──!

 

「ぅあっ……」

 

 姉様達の元へと駆け出そうとして、咄嗟に足がすくんでしまった。

 どうしよう、このままじゃ置いてかれてしまう。私は身体を必死に起こそうとするが、何故か立ち上がれない。

 どうして、どうして、どうして……!

 私が姉様達の言うことを聞かなかったから?私がグズで駄目な妹だから?それとも……私が姉様達を殺してしまったから?

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!

 ちゃんと言うことを聞きます。これ以上駄目な妹なんかにはなりません。一生姉様達から離れません……!

 だから、私から離れないで……!私を置いて行かないで……!!

 

「……私達に酷いことをしておきながら、どうしてそんなに怯えた顔をしているのかしら、この子は」

 

「え……?」

 

「同感だわ。姉の前で泣きべそかいてるんじゃないわよ」

 

 あれ……?

 物凄く遠くに行ってしまっていたはずの姉様達が、いつの間にか両隣で両膝をついて私の顔を伺っていた。訳が分からない事態に陥り、頭を抱えて混乱する私に2人は手を差し出す。

 ……ぎゅーっ。

 

「……あの、いひゃいれす(いたいです)。頬をつねらないれくらひゃい(つねらないでください)

 

「あら、命令する気?貴女はさっき完成した怪物と名乗っていたけれど、私達からすれば全くもって不出来な妹よ?」

 

「今もこうして姉2人に手間をかけさせているんだもの。今も昔も変わらずグズで駄目駄目な駄目ドゥシアね」

 

「ええ本当に。そんな駄目な子にはお仕置きが必要よね?」

 

 お仕置き──嗚呼、そうだ。

 私は彼女らからお仕置きを受けなければならない。

 大切なもの、失いたくないものが少ない私にとって唯一大切にしたかった姉様達を殺してしまった。醜い怪物である私が、守りたかったものを喰ってしまったのだから。

 何を愛していたんだろう。何を守りたかったのだろう。そんな葛藤を繰り返しながら、罰を下される。

 ゆっくりと眼を瞑る。生き地獄に遭おうが姉様達に喰い殺されようが、何だって受ける覚悟はあるつもりだった──。

 

「……は?」

 

 突然、身体に違和感を覚える。

 それは痛みでも苦しみでもなく、浮遊される感覚。

 正体を探る為に目を開けてみると、姉様達に身体を持ち上げられていたことに思わず変な声が漏れた。

 

「貴女に酷いことをされた私達が恩を売るために、永遠に自分は姉以下の駄妹だと刻み込むために肩を貸してあげるわ。本当はこんなの御免だけれど」

 

「え、えぇ、姉様!?」

 

 一歩ずつ、ゆっくりとリズムを刻みながら進んでいく。

 何とも言えない気分だ。恐らく、こんなことは二度と起こらないだろう。とはいえ、不思議と心地良くも感じる。

 

「……でも、シアがこうして小さくなったのはとても良いことね」

 

「ええ、そうね。図体がでかい、ましてや怪物の姿だったら即座に潰されていたでしょうね」

 

「その場合、どう連れて行かせたかしら?」

 

「……多分、尻を叩いて歩かせるか酒樽のように転がしていたと思うわ」

 

 そんな他愛もない会話をしながら、私達はまた進んでいく。

 

 ──こんな日々が永遠に続ければ良いのに。

 私達はただ、何もない楽園で何もない日々を過ごしたかっただけだったのに──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わった、のか?」

 

 怪物の姿がどこにも見当たらないことから、プリキュアと怪物との長い戦いは終幕を迎えたと察する。

 だが、赤黒い空は晴れてはいない。ところどころに明るみが出てきているものの、完全に収束とまでは言っていないだろう。

 また、普段賑やかなこの街も未だ静寂に満ちている。怪物に喰われてしまったまま帰って来ていないようだ。

 それも当然か、喰われたってことは"死んでしまった"と同義なのだから。まあ、これで心置きなくこの辺りを蝕みやすくなったから好都合だけど──。

 

「……やはり、彼女では甘すぎたか」

 

 突然、近くにいたキロンが呟いた。

 神妙な面持ちで、闇の空をじっと見つめている。

 

「そういえば、ここは一旦引いた方が身の為ですよ。ダルイゼン」

 

「……は、何でだよ?」

 

「これから私にとっても貴方にとっても、不都合過ぎる事態を起こるかもしれません。まるで薄汚れた世界をまるごと浄化するような、こちらが浄化されてしまいそうな程の、ね」

 

 

 

 

 

「あ、シアいたよ!」

 

 怪物の浄化後、その体内にいたシアが飛んで行った神医総合病院の近くにある林の方へと足を運んでいた。そしてそこに辿り着くと、闇に染まった空で唯一光が差し込んでいた場所に彼女は倒れていた。

 

「慎重に、だからな」

 

「分かってます……!」

 

 どこかに隠し玉を持っている可能性だって考えられる故、自分の身を守りながら接近するのが安全策だ。グレースとアースを筆頭に、恐る恐るシアに近づいていく。

 

「……さま」

 

「え……?」

 

 非常に掠れた声でシアは何かを呟いた。

 それは以前のように冷酷ではなく、気分の良さそうな優しい声音に聞こえた。グレースは彼女の側で膝をつき、後頭部を支えて起き上がらせる。

 

「ね、さま……って、くだ、い……しもねえさ、ま……」

 

 グレースに視線を向け、途切れ途切れの言葉で話す。

 徐々に震えた片手が上がっていき、やがてグレースの頬に添えた。

 

「ど、どういうこと……?」

 

「……多分、シアにはもうボク達のことは見えていないんだと思う。もしかしたら、今見ている景色はお姉さん達が側にいる夢のような楽園なんじゃないかな」

 

 よく見ると、彼女の瞳の奥に靄のようなものが霞んで見え、焦点も合っていないようにも見える。ポポロンはそんな彼女を見て大方察した。

 

「……そっか」

 

 グレースはそう呟くと、優しく微笑んで見せる。

 彼女は生まれた時から悪人だったのではない。姉妹と共にただ平凡に暮らしていたはずのたった一人の少女に過ぎなかった。

 嫉妬、憤怒、憎悪──人間の身勝手な振る舞いが不運にも悪い方向に拡散され、勝手に怪物にされてしまった。挙句の果てにはプリキュアという名の恨んでいた人間達によって浄化されるという、いつの間にか悲劇のヒロインとやらとして扱われてしまったのだ。

 

 そのプリキュアというのが、僕達だ。言ってしまえば、僕達が殺めたのだ。二度と、シアは夢の世界から飛び出すことはない。人々を救う地球の戦士だからと、正義の為だからと言って誰かを殺すことなど許されることではない。

 

 だが、僕達はこの道を選んだことに後悔はない。

 人々を救い出す為に他人を殺した。

 人間との行き違いがなければ、どこかで道が1つに繋がっていれば運命は変わっていたかもしれない彼女を、僕達の手で浄化した。

 後悔は許されない。誰かにとっての正義の味方になるということは、同時に誰かの大切なものを奪うということなのだから。

 

 ……でも、今回は特例である気もすると、彼女の穏やかそうな表情を見て思った。

 恐らく、夢の世界では幸せなのだろう。今回ばかりは彼女の力を奪ったのと引き換えに、彼女の一番大切なものを取り戻してみせたんだと、そう思いたい。

 

「おやすみなさい……」

 

 ──シアは今一度、ゆっくりと瞼を閉じて永遠の眠りへと入っていった。

 

 ……さて。

 

「まだいつもの日常には戻れないみたいだな」

 

 闇に染まった赤黒い空は、未だ晴れてはいない。

 所々に明るみは増しているものの、どうも塞がれている。怪物は倒したというのに、何故戻らないのだ。

 

「……あ、そうだ」

 

 ポポロンは何かを思いついたように、身体の中から何か小道具を取り出してシアの方へ向ける。

 注射器──医療器具よりかは子供が使う玩具に似た見た目のそれを、シアの両方の二の腕にぶっ刺して採決していた。

 

「何してるの?」

 

「ああ、いや、ちょっとね」

 

 何とも歯切れの悪い物言いだ。幾個も注射器を取り出しては血を何滴も抜き取っている辺り、こいつのことだから良からぬことを考えているのだろう。

 

「これで後始末出来るかなって思ってさ」

 

「後始末?」

 

「ラピウス、これを杖の中に入れてくれるかい?」

 

 そう言って、数ある注射器の内の一本を持ち出して僕に差し出す。

 杖の中、というのは恐らく上部にある赤いオーブのことを指しているのか。蛇の召喚や大技を放つ際に使用される部分なのだが、そこにシアの血を注入しろと促していた。

 

「……なるほど」

 

 その真意は思ったよりもすぐに理解出来た。

 確か、シアの血管には左右に異なった効果を受け持っている。右側の血管から流れた血には蘇生効果が、左側の血管から流れた血には人を殺す効果があったはず。

 そして、今僕が手渡されたものは謎のシールに書いてある文字からして前者だ。この血を杖に注入して"あれ"を放つという魂胆か。

 

「了解した。だけど、その前に会っておかないといけない奴がいる……出てこい」

 

 僕は林の奥へと視線を送り、映し出されている人影を呼ぶ。

 

「え、ケダリー!?」

 

 そこからひょっこりと顔を出したのは1人のビョーゲンズ──ケダリーであった。

 僕には敵意はないものの、その周りに先程まで戦っていたグレース達がいる故、やや怯えた表情で恐る恐ると近づいていく。

 

「どうしてここにいるの!?」

 

「ひ……」

 

「まあ待て。もうこいつに戦意はない」

 

 ヒーリングステッキを持って敵意を示すグレース達を一声で制止させ、僕も同じようにケダリーへと近づく。

 せめて、宿敵の幹部であろうともこれだけは言っておかねば──。

 

「……お前にも、礼を言わなきゃいけないな。有難う」

 

「うん。ぼくのからだ、なくなるの、ちょっとこわい。でも、このままでいるのも、いやだ。だから、かくご、できてる」

 

 覚悟──ビョーゲンズでありながらも、その役割を果たすことを棄てた善意によるものだ。

 自分の身体が消滅する、死ぬことに恐怖心はあるが、そうしなければまた誰かが苦しんでしまう。そんな人間らしい心を生み出したケダリーの覚悟だ。

 

「そうか……またいつか、僕達みたいな普通の人間に生まれ変わってもう一度僕に会いに来ることを約束しろ」

 

 その契約に、ケダリーはしばらくの沈黙の末に頭を縦に振って了承した。

 思わず、笑みが零れる。こいつがどれ程の善人になって再開できるか楽しみだ。

 

「……よし、始めるか」

 

 こちらも覚悟を決め、シアが眠っている場所──唯一光が差し込んでいる場所へと足を運ぶ。

 シアの側に杖の先端を置き、オーブに蘇生の血液を注入する。本来赤みを帯びていたそれが、一瞬にしてより血の色へと染まり、球体の中で血液が暴走を始めた。

 

『真の蘇生薬とは比べるべくもない不出来な薬だ。しかし、人類には十分過ぎる処方箋。

 

 ──開放せよ。

 

 倣薬・不要なる冥府の悲歎(リザレクション・フロートハデス)

 

 ──刹那、風が吹き荒れる。

 心地良いとは思えず、しかし鬱陶しいとも思えず。ただ不自然な風が、世界に送られてくる。それにより、闇の空は吹っ飛ばされるように晴れていき、青空が顔を出していく。

 

「あ……」

 

 そんな不自然とは対照的に自然とシアの身体が薄くなり、地面へ吸い込まれていく。

 二度と復讐の為に再誕せぬよう、この場で永遠の眠りにつかせるのだろう。その姿を、グレース達はただじっと見つめる。

 

「ヒーリングッバイ……」

 

 対して、ケダリーは心地良さそうな表情で天を見上げながら浄化されていく。その姿を、僕は横目で見つめた。

 

「あ、見て!皆んな戻ってきてる!」

 

 スパークルが指さす先には、いつもの賑やかな日常が戻ってきている。

 還ってこれたことに抱き合って喜びを分かち合う者。感動の涙を流す者。本当に自分が生きているのか困惑する者など、経緯は一貫しているものの皆んなが皆んな個性的な反応を見せていた。それもまた、人間の面白いところでもある。

 

「……お大事に」

 

 ──いつも通りの風景が、戻ってきたのだった。

 

 

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