平行世界のワーディアン 【お試し版】   作:翠晶 秋

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多分世界は濁ってる。

雨が降る。

黒髪の少女が、民家の屋根の上から街を見下ろしていた。

 

「やっと、返って来たんだ」

 

足元で、黒い毛並みの猫が口を開く。

 

『既に編入の手続きはしてある。この街は……臭うぞ』

「ありがと、グリモワール」

 

猫が喋ることに慣れているのか、少女は気にする事もなく、自身がグリモワールと呼んだ黒猫を持ち上げた。

 

「この街の人間は、知識の飢えを知ってるのかな」

『あるいは、知識の飢えなど無いと思い込んでいる。自らの知識は誰にも負けない、と』

「〝パンが無ければケーキを食べればいいのに″?」

 

茶化す様に言った少女に、グリモワールは小さく笑う。

 

『博識だな』

「常識よ」

 

そうして再び、少女は街を見渡す。

民家の灯りが、地上に星々を瞬かせた。

 

 

 

 

「はくしき……しゃべる……あー、わかんねー!」

「落ち着いて、まずは部首から思い出してみよう」

 

同時刻、とある少年が、国語の居残りを受けていた。

 

「大体、今どきスマホで翻訳できるのに、なんで国語なんてすんの!?」

「翻訳機能が本人が読めないんじゃ意味ないでしょ。高校受験にも使うんだから、まずはそれを覚えないと」

「イヤだなあ……」

 

本は好きだ。

読めないこともない。

だが、書くとなると難しい……!

 

目の前の相手……先祖が神主とかどうのと言っている、成績優秀なヤツを少年は睨んだ。

睨まれた少年はふっと口元を歪め、窓の外を見る。

頭が悪い方……首から下げたプレートに『補修組』と書かれた少年は、不服そうに鼻を鳴らす。

 

「あーあ……世の中、どうにか変わらないものかなぁ」

「さぁね。けど、変わったらとても良いな」

「少なくとも勉強なんかしなくても良いんだろうな!」

「どう変われど勉強は必要だ。さ、今日はやめにしよう。その本、お前が借りたんだからお前が返せよ」

「わかったよ、もう……」

 

少年は補修組のプレートを外してカバンに投げ込む。

まったく、不名誉なプレートだ。

 

「じゃ」

「おう。じゃな」

 

少年は陽の落ちた世界を見つめる。

昼と夜は、まったくの別世界だ。

住む者も、空気も違う。

我ながら何を詩的な、と鼻で軽く笑い、少年は本を抱えて図書室に向かった。

 

「ぐっ、重てぇ……」

 

少年は図書室が補修室の真横で本当に良かったと独りごちる。

まだ完全下校までは時間がある。鍵も開いていた。

まぁ、人はいないけど。

 

「えーと……?『グリモワールの秘宝』?……あいつ、自分が借りたものも押し付けやがった」

 

ちゃっかりしている。あいつに息子が生まれたならば、ちゃんと真面目に育ってくれないだろうか。

少年は『フィクション』の棚に向かう。

本棚の前に立ち、グの字を探した。

 

「あったあった。で、次は……ん」

 

少年は棚の本の一つが出っ張っているのに気がついた。

腰辺りの高さの棚だ。今まで気づかなかったのもしょうがないが……少年は何気なく本を押し込んだ。

もしかして、棚がひっくり返って秘密基地が出てきたり……なんて考えながら。

 

 

カチリ。

 

 

まさか本人も、秘密基地を見つけるとは思わなかっただろう。

抱えた本は床に散乱し、空いた口は塞がらない。ついでに秘密基地の入り口も塞がらない。

……少年は機敏に、周りに誰もいないか確認した。

右、左、オールグリーン。

少年は唾を呑むと、棚の裏側に足を踏み入れた。

 

 

これは、全ての始まりにして、日常の終わりを告げる、物語であった。

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