雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
誤字の報告をしてくださった方、ありがとうございました。
『アリィ。お前が国の平和を望むなら、今回取るべき手段は敵の『撃退』ではなく『殲滅』だ』
『!!』
『決して比喩じゃない。敵軍の数割を削って大損害、とかの一般的な話をしている訳ではないんだ。中途半端に敵を残せば泥沼化は避けられない。絶対に将来の禍根になる』
月を僅かな雲が隠し、砂漠の夜はいつにも増して暗い。原始的恐怖を呼び起こす闇の中を歩くのはレイン。彼は少し前の会議を思い出しながら進む。
『ボフマンに集めさせた情報によると、ワルサの軍勢はおよそ八万。この数と戦う上で一つ問題がある』
『……やはり、戦力が足りないか……』
『いや、それは十分すぎるくらいある。何なら俺一人でも皆殺しにできる』
『はぁっ!? い、いくらなんでも冗談だろう?』
嘘であってほしいと願うように、少女が同じ部屋にいる【フレイヤ・ファミリア】を見渡す。だが現実は無情だ。彼等は一切表情を変えなかった。アリィの頬が引きつる。
ここ数日でアリィの中の常識が何度も破壊される。常識ってなんだっけ、と思考放棄しそうな少女を軽くはたいて会話を続ける。
『問題なのは敵があちこちに散らばっていることだ。討ち漏らしを出さないためには、全軍を一か所に集める必要がある。変な気を二度と起こせないよう徹底的に叩き潰すために』
淡々としたレインの言葉。自分とさして生きた年月は変わらないはずの少年の言葉に、アリィは喉を鳴らし、ひたすらにうろたえる。
『だから、お前にも働いてもらう』
『……!』
『お前には、敵も味方もおびき寄せる『餌』になってもらう。……できるか?』
澄み切った黒の双眸がアリィを見つめる。彼だけではない。オッタルやアレン達、みなが彼女に目を向けていた。値踏みするような眼差しに――アリィはぎゅっと手を握りしめた。
『やるさ! やってやるとも! 私を使え、レイン! 到底信じられないお前の
『どうか私の国を救ってくれ! 勇敢なる戦士達!』
『王』の気迫を纏って、言い放った。
レインが向かっているのは一つの遺跡。そこには連絡の途絶えた先遣隊の消息を確かめるための部隊が休息を取っていた。レインの目的はその部隊の皆殺し。正確には――『リオードの町』から5
町から出て一分とかからずレインはワルサの部隊を見つける。派手な魔法は使わない。【ナパーム・バースト】などを使えば、発動時の光で他のワルサの部隊にばれてしまう。
よって……発動するのは二つ目の魔法。こちらは威力を絞ればそれほど目立つことはない。
「――【アイスエッジ・ストライク】」
次の瞬間、
ワルサにとって悪夢が襲い掛かり始めた。
「ひいいいいいいいいっ!?」
ワルサの部隊が声を上げて逃げ出していく。彼等が必死に逃げようとしているのは、部隊一つを丸ごと
レインの持つ青白い長剣の名は《ルナティック》。『
だがこの武器は
現所有者であるレインはその強靭すぎる意志でその呪いをねじ伏せる。というか……そんな呪いがあること自体に気付いていない。
恐ろしき魔剣によって砂漠は大量の鮮血を吸い、赤く染まっていた。そんなものを見てしまえば誰だって逃げ出すだろう。
視線の先で南下していくワルサ兵。その先にあるのは『リオードの町』だ。痛めつけられた獣が、見境なく餌に喰いつくことを知っているはずのレインは、そのまま追うことをやめる。
レインとヘディンで考えた作戦。それを実行するには、誰が見ても本気で襲ってきていると思う敵がいる。
やるべきことをやった少年は、防衛線を通ってしまったワルサの兵を全滅させるために駆け出した。
アレンは不機嫌の極みにあった。
「ワルサの兵がまた攻めてきたー!!」
「でも尋常じゃないほどべらぼうに強い
「そんな彼等に命令を出す、あの高貴なお方は誰なんだー!!」
歓声を上げる民衆の前で、『芝居』を打たされていたからである。現在の時刻はちょうど町の人々が起きだす時間帯だ。見計らったように現れたワルサ兵を、アレンは苛立ちも合わさっていつもより雑に、派手派手しく倒している。
レインとヘディンの考えた
生き残った住人及び多くの商人は強き戦士に感激し、それを率いる一人の『王』に感謝と敬意を抱く――というのがこの
あらかじめレインは町の住人が見ている中で『リオードの町』を出ていっていた。恐ろしかった少年がいなくなったところに自分達を救ってくれる者達が現れれば、反動でアリィ達を簡単に信用する。
住人は思惑通りに感激に打ち震えていた――ちなみに最初の説明臭い声援はファズ―ル商会の
アレンが苛立っているのはこの『茶番』に付き合わされているのも原因だが、その前にレインに言われたことも苛立ちを増長することになっている。
この
『じゃあ、お前の代わりはヘグニにやってもらおう。お前は砂遊びでもして、民衆の好感度を稼いでろ。砂で遊ぶの好きだろ、チビ猫』
いちいち反発して話を止めるアレンに苛立っていたレインの暴言の威力はすさまじかった。部屋に響きわたるほど強く歯を食いしばることでなんとかその場にとどまった。そのまま立ち去っていれば、レインに言い負かされたことになるため、とどまるしかなかった。
前夜のことを思い出してアレンの不快
「やめろ、アレン! 殺生はするな!」
うるせぇ、潰すぞ。背後から飛んでくる少女の声に、更に不快+殺意の
微妙に気が入らない顔を浮かべたオッタルと共に、アレンは泣き喚くワルサ兵を豪快に薙ぎ払うのだった。
♦♦♦
住人達の熱い歓迎をかわした翌日。その日のカイオス砂漠は、いつにも増して暑かった。
アリィがいるのは普段は
重要な話があると言って、アリィが――正確にはヘディンが――この場を設けさせた。町を救った『英雄』の頼みを、『リオードの町』の住人は快く聞き入れた。
今からアリィは演説をする。それはシャルザード全軍への号令であると同時に、ワルサの軍勢を呼び寄せるための『餌』でもある。つまり自分の演説次第で、この砂漠の運命が決まる。
「フ、フフ……今こそ聖なる号砲を鳴らすとき……これは――」
「お前は喋るな、ヘグニ。……
アリィに【フレイヤ・ファミリア】のヘグニとヘディンが声をかけてくる。ヘグニの言葉はヘディンに遮られてよく分からなかったが……。
二人の言葉を聞き、アリィはふと自覚する。
――そうか、ここが私の戦場か。
同時に思い出すのは昨晩のこと。アリィはヘディンに身支度を整えられたり、王としての心構えを教えられたりした。そして彼が去り際に告げたのが、
『仮初の主、貴方に多くは求めません。……しかしどうか、私達を失望させないでください。女神に選ばれたのなら』
その言葉を思い出しながら、王である少女は叫んだ。
覚悟を決めた少女の宣誓は素晴らしかった。群衆が歓声を上げ、希望を託して熱砂の砂漠を討ち揺るがした。商人たちの覚悟と声が砂の風に乗り、カイオスの空へ羽ばたいた。
それを見て、【フレイヤ・ファミリア】の面々も、その『王』たる少女を認めるのだった。
姿形は見えずとも、風に乗って聞こえてきた少女の声に、住人に見つからないよう砂漠にいた少年は、目的以上の働きをしてくれた少女に心からの称賛を送った。
あと二・三話で砂漠の話を終わらせたい。