雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
アイズがダンジョンに潜ろうとした理由は資金稼ぎのためだった。近いうちに遠征があるため、遠征用の資金と武器の整備代を稼がなければならなかった。アイズの武器は
団長であるフィンにダンジョンに行くことを伝え、いざダンジョンへ向かおうとするとレフィーヤと偶然出会った。彼女もダンジョンに
後輩のエルフが自分と一緒にいたいがために嘘をついたことに、麗しき金髪の剣士はちっとも気が付かなかった。
♦♦♦
アイズとレフィーヤはどのあたりまで潜るかを話しながらダンジョンを進んでいた。アイズが提案することをレフィーヤは全て賛成する。崇拝する少女の意見を否定することなどレフィーヤの頭になかった。アイズに集まる視線の主を、レフィーヤはエルフとしてしてはいけない眼光をもって威嚇しながら進む。
たいして時間をかけることなく5階層にたどり着く。そろそろ速度を上げて進もうとアイズが提案しようとした時だった。進行方向に全身黒ずくめの男が現れたのは。
Lv.5の自分だからこそ現れたことを認識できた。それほどの速さで男は移動していた。男はそのままのスピードでこちらに向かってくる。足の向きからして
アイズはそのまま進んだ。強者の名前と顔は憶えているはずの自分がどちらも全く記憶にないことも気になったが、新たにLv.5にでもなった人かと自己完結する。それに身体をずらさなくとも、男と接触する様子はない。
男が横を通り過ぎる。本当に、ただ通り過ぎようとした。
が、そこでアイズの肌が
同時に……隠しようのない黒い炎が背中で燃え上がる。相手が人間だと認識していたはずなのに、隣にいるのがあの黒い竜としか思えなくなる。剣が鞘から引き抜かれる。金の瞳と銀の刃が殺意を纏う。
アイズは何の躊躇も見せず、男の首に斬りかかった。
♦♦♦
レフィーヤはかつてないほどの驚愕に襲われた。アイズがいきなり殺気立ったかと思えば、視認することもかなわない速さで剣を振るったのだ。
そこでようやく気が付いたが、アイズのすぐ横に男がいた。それもとんでもない状態で。
男はアイズの剣を左手で防いでいた。なんと彼は指の腹で剣腹を掴み、見事に止めていたのだ。そして男の右手には青白い剣が握られており、その剣先はアイズの喉元に突き付けられている。
(ありえない!? アイズさんの剣を片手で止めるなんて……!)
アイズの
アイズの剣はLv.6であるフィンやガレスでも、避けるか防ぐしかできない。リヴェリアとの座学を忘れるほど彼等とアイズの訓練の様子を盗み見しまくっていたレフィーヤはそれを知っていた(リヴェリアに叱られることも知っていた。それでもアイズを見る)。
思考の海に沈んでいたレフィーヤだったが、アイズの首に剣が突き付けられていることで我に返る。杖を振りかぶり剣を突き付ける男に振り下ろす。が、男はそれを一歩下がることでやり過ごした。
「なんですか、貴方は!? アイズさんに剣を向けるなど無礼にも程がありますよ!」
「……恐ろしい」
「え?」
男が急に俯いて震えだした。レフィーヤは慌てた。思わず怒鳴り声を出してしまったが、こんなにビビらせるつもりはなかったのだ。震える男に罪悪感を覚えたレフィーヤは謝罪しようと声をかける。
「あ、あの、怒鳴ってしまってすいま――」
「初めて使うはずの『片手白刃取り』を容易く成功させてしまうとは――」
「……はい?」
なんか変な言葉が聞こえた。男は長々と息を吐きだし、陶酔の表情で首を振る。それを見てレフィーヤの中から罪悪感がすっぱり消える。
「――さすが
「!?」
ひょっとして「恐ろしい」って
「で?」
男は急に素に戻って、アイズとレフィーヤを睨みつける。ただごとではない迫力に、レフィーヤも男を睨んでいたアイズもビクッと震える。
「イキナリ何なんだお前らは!! 通りすがりの善良な天才に何の恨みがあるってんだ!!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ……」
恥も外聞もなく頭を下げるレフィーヤ。アイズの方は若干涙目になっている。というか思わず後ずさって……石に躓いて尻もちまでついた。
「特に金髪のお前! いきなり斬りかかって来るとはどういう了見だっ。もしお前が女じゃなかったら、今頃鼻血を噴きながら10
そこで男は恫喝のセリフを中断し、へたり込んでいるアイズを見下ろした。不機嫌そうな顔がごく真面目な表情になる。
レフィーヤはなんとなく、自分達の前に大型のモンスターがいて、品定めをしているような気がした。こいつら、昼飯になりそうかな……みたいな。
男は剣を収めると、ある一点に目を落としたまま舌打ちをする。
「ちっ、スパッツか……」
「どこ見てるんですかぁっ、貴方は!」
顔を真っ赤にしてレフィーヤは吠える。この男、アイズの下着を見ようとしたことを隠そうともしていない!
「普通そこは見ないようにするとか、注意するとかでしょう! 何堂々と見ようとしているんですか! この変態っ」
「馬鹿抜かせ!」
憤慨したように、男は大喝した。
「なんかの拍子に女の下着が見えそうだったら、そりゃ見るに決まってるだろっ。注意する馬鹿がどこにいるんだっ」
あまりの迫力に、一瞬気を呑まれた。足を止めて見ていた冒険者も、戦っていた冒険者も、それどころかモンスターも動きをぷつりと止めるほどの主張だった。表情に一点のやましさもなく、自分の主張に疑問すら持っていないのが分かる。
アイズは思わず頷いてしまう。レフィーヤも頷きそうだったが、何とか留まる。
「だいたいだ」
男の主張はまだまだ続く。
「俺がガキの頃なんかお前、そういうチャンスがなければ自分から作ったもんだぞ!」
「――それはただのスカートめくりじゃないですかっ」
自分達の主神が「これはセクハラやないー!」と言いながら繰り出してくる
しかし男は歯牙にもかけず、
「なんであろうと、それが男だ。おい、お前だって、そう思うだろっ」
いきなりビシッと、冒険者の一人を指さす。
「……俺か?」
指さされたのは、極東の
「そうだよ。お前だ。チャンスは見逃さないよな、男なら」
「いや……そういうのは不誠実だと俺は――」
「おい、おまえ」
パーティメンバーであろう前髪で目が隠れた小柄な少女を見下ろし、黒ずくめの男の言葉を否定しようとした大男だったが、いつの間にか男が目の前に現れ、肩をがっちりつかむ。
「お前も、女の下着が見えるチャンスがあれば、見逃さないよな?」
「いや、だから俺は」
突如、肩からミシリッという音がした。同時に激痛も。痛みのせいで言葉を封じられる。男はじっと見つめてくる。
「見逃さないよな?」
「…………」
汗を流して黙秘しても、肩にかかる圧力は徐々に強くなっていく。大男は近くの少女の顔を見られない。
「三秒で答えろ。さもないとお前の肩はコナゴナになる」
「当然見逃さんっ。お前の言う通りだっ」
ヤケクソに大男は叫ぶ。それを聞いて満足そうに頷いた男は、レフィーヤ達の所へ戻ってくると、髪をかきあげる。
「な? 俺の言ったことは間違ってないだろう?」
「ただの恐喝じゃないですかっ」
『桜花……』「やめてくれっ、俺をそんな目で見ないでくれ!」と可哀想なことになっているパーティを指さし、レフィーヤは叫んだ。
そんなことを男は一切気にせず、
「というか、こんなことしている場合じゃないな。お前らのせいで説教される羽目になったぞ、どうしてくれる」
「私達のせいなんですか!? 絶対私達関係ないですよね! 最初から叱られること決まっていたけれど、私達に責任転嫁するつもりですよねぇ!」
「どっちにしろお前らがいきなり襲ってきたことに変わりはないんだよっ。つべこべ言ってないで大人しくついて来い」
「うぐぐぐぐっ!」
傍若無人な男の言葉に反論する材料をレフィーヤは持っていなかった。出来るのはうめき声を漏らすことだけ……。
(せっかくアイズさんと二人きりだったのにぃぃぃ……!!!)
ヴァレン何某はレインの中に何を感じたんでしょうね?
レインに巻き込まれた【タケミカヅチ・ファミリア】かもしれない大男は可哀想としか。