雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
レインがギルドに入り受付に並ぶと、問答無用でエイナにボックス室に連れ込まれた。
防音設備が整っている部屋に入った途端、エイナはレインを怒鳴りつけた。
「正直に話しなさい! なんで君は昨日帰ってこなかったの!?」
「中層まで潜っていたからな。そりゃあ帰ってこられないだろ」
「嘘を言わないで! Lv.1の君が中層まで行けるわけないでしょう!」
エイナは未だレインがLv.1の自信家だと思っていた。だから本当に心配していたのだ。レインが調子に乗って5階層に潜って死んでしまわないか、ダンジョン内で冒険者同士のトラブルを起こしたりしないか……。
そのため、本当のことを話してくれないと感じて悲しかった。いっそのこと、「娼館で遊びすぎて時間を忘れていた」とでも言ってくれれば長時間のお説教と軽蔑の眼差しで済ませることができたのに。
いつか彼は足元をすくわれて死んでしまう。今も不敵に笑っているレインを見て、エイナはそう思った。実際はエイナの思い込みのせいでこんなことになっているのだが。
「レイン君、本当にダンジョンは危ないんだよ。今は大丈夫かもしれないけど、下層になるほど危険度はグッと跳ね上がるの。お願いだから――」
「なんだ、まだ俺がLv.5だと信じていなかったのか」
エイナがレインにダンジョンの危険性を分からせようとすると、レインはそれをぶった切るように遮った。
「俺がLv.5じゃないと思っているからそんなに怒っているんだろ? ならLv.5であることを証明しようじゃないか」
「えっ?」
許可を出す前にレインは部屋を出る。そして一分もしないうちに二人の人物を引き連れて戻ってきた。
♦♦♦
「……ヴァレンシュタイン氏の本気の攻撃を、片手で止めた……?」
「はい……。正確には、レインは私の攻撃が届く直前まで、動いてない、です……」
「……本当ですか、ウィリディス氏?」
「私はよく見えませんでしたが、アイズさんが言うなら間違いないと思います」
レインが連れてきたのはアイズとレフィーヤ。エイナはたどたどしく喋るアイズの言葉が信じられなくてレフィーヤにも確認をするが、帰ってくるのは無情の肯定。
「じゃあ……レイン君は本当にLv.5?」
「嘘をついても仕方ないだろう?」
思いっきり嘘をついているが、それを一切悟らせずふんぞり返るレイン。エイナはようやく自分が疑っていたことが原因だと気づき、素早く頭を下げる。
「本当にごめん! 都市の外からくる人でLv.5なんて今まで見たことなかったから、全然信じられなくて……本当にごめんなさい!」
「信じられないのも無理はない。この天才である俺だからこそできたことだからな! ま、俺の言ったことが本当だと分かってくれればそれでいい」
「……本当にごめんなさい」
レインの言葉がエイナの心を抉る。レインの事を全く信じておらず、勝手にLv.の項目をいじってしまったことがエイナの良心を責め立てる。いつかレインが困ったときは全力で助けようと、エイナは密かに誓う。
ここで話は終わるかと思いきや、エイナは余計なことを口にしてしまう。
「そういえば、どうしてヴァレンシュタイン氏がレイン君に攻撃することになったの? 下手すれば【フレイヤ・ファミリア】に【ロキ・ファミリア】が宣戦布告したことになっちゃうけど……」
そう、レインがLv.5であることを証明するにはアイズとのやり取りを説明しなければならなかった。必然的にアイズがいきなりレインに襲い掛かったこともバレる。
とはいえ、そのことを指摘されるのはレインにとって想定内だ。ここに来るまでに考えていた
「……なるほど。ヴァレンシュタイン氏とウィリディス氏は中層域でモンスターを倒すことに夢中になりすぎてしまい、ついレイン君に襲い掛かってしまったと。本当ですか?」
「ああ。もう目が血走って
「……ハイ、ソウデス」
確かめるようにアイズとレフィーヤを見れば、二人とも素直にうなずく。レフィーヤは若干引きつった笑みだったが。
実はダンジョンから地上に戻る時、レフィーヤはごねたのだ。レインが説教を回避するために作り上げた嘘があまりにもひどすぎたので。
『なんですかそれは!? 私もアイズさんもそんなに血の気多くありませんよ!』
レフィーヤとアイズを馬鹿にするような作り話にレフィーヤは憤慨したが、レインの見せたもので一気に青ざめた。レインが見せたのは【フレイヤ・ファミリア】のエンブレム。
『お前らのやったことは【フレイヤ・ファミリア】に喧嘩を売ったようなものだ。それをなかったことにしてやるんだから文句言うな』
『ふぐぅ……ッ!』
アイズとの二人っきりの時間を奪われまいとしたエルフの抵抗は、あっさりと封じ込まれた。
レインの話を信じたエイナは、アイズとレフィーヤに向き直り、
「ヴァレンシュタイン氏とウィリディス氏はもうこんなことがないように気を付けてください。次は
「ハイ、気ヲ付ケマス……」
こうしてレインの危惧していた説教はなくなった。【ロキ・ファミリア】の一部の団員の信用と引き換えに。
♦♦♦
レイン達が部屋から出っていった後、エイナは部屋の鍵をもとあった場所に戻し、受付に戻った。
書類処理などのやることをすませたら、上司に冒険者のLv.を偽装して提出してしまったことを謝りにいかねばならない。事情が事情だけに同情してもらえるかもしれないが、自分がレインを信用しなかったことが原因だ。どんな罰でも受け止めよう……。
「やあっ、エイナちゃん! そんなに暗い顔してどうしたんだい?」
ついため息を零すと、たった今ギルドに入ってきた優男に声をかけられた。その人物はギルドの受付嬢なら全員が知っている。主に悪い意味で。
「ヘルメス様ですか……いつお帰りになられたんですか?」
「今日だよ! いや~、エイナちゃんは優しいなぁ。他の子に声をかけると無視されるか汚物でも見るような目で見られるかだからねぇ!」
「それはヘルメス様がしつこくデートに誘ったりするからだと思いますよ」
「エイナちゃんも厳しいね……。ところでどうして暗い顔してたんだい?」
聞き上手な神に尋ねられ、エイナは素直に話す。今回の出来事は自分が悪かったと分かっていても、愚痴を零さずにはいられなかったのもある。
「もう何日かすれば分かると思いますが……都市外からLv.5の人が来たんですよ。でも、その人の態度が軽すぎて……Lv.5というのを信じられなくて……」
「俺でも信じられないね、それは! ところでそのLv.5の子の名前はなんていうんだい?」
「レインという男の人ですよ。いつもふてぶてしい笑みを浮かべています」
「――へえ」
男神の目が細められたことにハーフエルフは気が付かなかった。
♦♦♦
『
都市最大派閥の広大な原野は昼間にも関わらず、激しい『殺し合い』が繰り広げられている。女神の力にならんとするために、同派閥の人間としのぎを削り合う。
そんな中、レインは飛び交う血と雄叫びに一瞥もくれず、素早く広大な庭を突っ切っていく。
レインに飛び掛かる者はいない。しかし、フレイヤ命といっても過言ではない団員達が、レインのフレイヤを全く敬っていない態度を見て何も思わないはずもない。
団員達がレインに襲い掛からないのはその実力を理解しているからだ。レインのフレイヤに対する態度にキレたほぼ全ての団員達が襲い掛かったが、それをレインは返り討ちにした。アイズに言ったように10M以上吹っ飛ばした。
戦士たちの荒野を通り抜けたレインは丘の上の屋敷に入り、そのまま真っ直ぐ主神の神室に向かう。ここ最近、フレイヤはバベルではなく
彼女は一人で本を読んでいた。常に傍らにいるはずの
「珍しいな、あんたが一人っきりなんて。あの脳筋はどこに行ったんだ?」
「ダンジョンよ。限界まで潜るつもりらしいわ」
ページをめくる手を止め、フレイヤが応える。ちなみにオッタルが今回ダンジョンに向かった理由は、鍛錬のためとレインを越えるためである。レインの本当のLv.は幹部たちにのみ伝えられている。
「フレイヤ、俺もしばらくダンジョンに籠るから、何日か帰ってこないと思う」
「あら、どこまで進むつもりなの?」
「37階層。あそこには面白い
フレイヤの返事を待たずレインは扉に向かう。もしフレイヤに行くことを止められてもレインは無視したし、フレイヤには止める気はさらさらなかった。
が、一つ聞いておかねばならないことがある。
「ところでレイン。ロキのお気に入りの
アイズがレインに斬りかかったのは5階層。『上層』なので目撃者は当然多い。目撃者に口止めをしたわけではないので、彼等は遠慮なく周りに話を広げるだろう。そしてこの女神は噂を集めるのが非常に速い。
「あっちは攻撃したつもりかもしれんが、俺にとってあんなもん攻撃にならん」
「これを理由に【ロキ・ファミリア】と戦えるかもしれないわよ? 貴方の目的は強者と戦うことでしょう」
純粋なフレイヤの疑問。それにレインは真顔で、
「
今度こそレインは神室から出ていった。
ベル君はステイタスの限界を突破しますよね? レインも当然の如く突破しています。
レインは既にLv.9の範疇に収まっているのでしょうか?