雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ほぁあああああああああああああっ!?」
ダンジョン5階層にモンスターの雄叫びと少年の悲鳴が響き渡っている。ダンジョンでそういった光景は珍しくないが、おかしいのは『上層』である5階層に『中層』のモンスターである『ミノタウロス』がいるところだ。
追いかけられている白髪の少年は不運と言う他ない。とはいえ少年はギルドの受付嬢から5階層に潜るなと言いつけられていたにもかかわらず、美少女に出会うことに目がくらんでこんなことになっているので、自業自得とも言えるかもしれない。
ひたすら逃げ回る少年にミノタウロスの
足を取られた少年はダンジョンの床を転がり、壁際に追いつめられる。
涙を流しながら恐怖で不細工な笑みを浮かべる少年に、ミノタウロスは荒く臭い鼻息を吐き出しながら少年をひき肉にするために蹄を振り上げる。
だが次の瞬間、尻もちをついている少年の頭上に亀裂が刻まれた。一拍遅れて怪物の胴体に銀の光の線が刻み込まれ、ただの肉塊に成り下がる。
『グブゥ!? ヴゥ、ヴゥモオオオオオオオオオオオォォォオォ――!?』
断末魔を響かせながらミノタウロスの体はずれ落ちていき、赤黒い液体を噴出して一気に崩れ落ちた。大量の血のシャワーは目の前にいた少年に降りかかる。
「……大丈夫ですか?」
時を止めていた少年はその声で動き出すものの、声のした方ではなく自分が背を着けていた壁を見る。そこには大剣を叩き込んだんじゃないかと思うサイズの斬撃痕があった。
戦々恐々をしながら少年は振り返る。自分を救ってくれたのはどんな化け物なのかと。
牛の怪物に変わって現れたのは、筋肉もりもりマッチョマン――ではなく、女神と見紛うような少女だった。どんな筋肉の怪物がいるのかと内心怯えていた少年だったが、そんな怯えは消し飛んだ。
今にも爆発しそうな心臓。じわじわと赤くなっていく頬。相手の姿を映す潤んだ瞳。
早い話……少年は一目惚れしたのだ。目の前の金眼金髪の女剣士。最強の一角と言われるLv.5の冒険者。【
「立てますか?」
少年を心配したアイズが剣を収め、手を差し伸べる。少年は何事もなかったように爽やかに笑い、少女の手を取って立ち上がる――
「だっ――」
「だ?」
――ような真似ができるはずもなく。アイズが首を傾げる暇も与えず、少年はがばっと跳ね起き、
「だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
全速力で、アイズから逃げ出した。
♦♦♦
「……」
ぽかんと、アイズは目を見開いて立ち尽くす。彼女はあまりの出来事に、誰にも見せたことがないような呆けた表情を作った。
「……っ、……くくっ!」
後ろを振り返れば、灰色の
この出来事のせいで、少女はいつの間にか壁にあった斬撃の痕について話すことを忘れていた。
その二人がいる壁越しに、
「……ゴフッ」
男は喉元からせり上がってきた血の塊を吐き出し、急いで地上へ足を進めた。
♦♦♦
「アミッドー、お前に頼まれた
「今度はなにをやらかしたんですかこの人はぁああああ!?」
清潔な白一色の石材で造られた建物、【ディアンケヒト・ファミリア】に笑顔で入り、すぐさま大量に吐血して白い建物を赤く染める男に聖女や精緻な人形と称えられる少女、アミッド・テアサナーレが額に青筋を浮かべて吠える。
血を吐いたにも関わらず笑っている男の手を引っ張り、奥の診療室に連れていく。男が吐いた血は慣れたように【ディアンケヒト・ファミリア】の団員が拭いて綺麗にしていく。
「これよく見たら全部剣で刺した跡ですよね! 急所はきちんと避けていますが、なんでこんなに剣で刺されているのか説明してもらえますか――レインさん!!」
急いで回復魔法を施し、怒っていることを隠そうともせずに、アミッドは目の前でヘラヘラ笑う人物――都市最強の一角と呼ばれる
「いや、Lv.6になった時に手に入れた『発展アビリティ』が瀕死の時にしか使えないものでな? 最初は一人で58階層まで行けば嫌でも瀕死になると考えていたんだが、担当のアドバイザーに情報を制限されて50階層から下は道が分からん。ならやることは限られてくるだろう?」
「……まさかとは思いますけど、自分で自分の身体に剣をグサグサ刺した、とか言いませんよね?」
「なんだ、分かってるじゃないか」
「『分かってるじゃないか』じゃありません!」
昔、がめつい性格をした客に嫌がらせで
「三年前貴方に助けられた時にお願いしましたよねっ。『自分を大切にしてほしい』と、『貴方は死んでもいい人じゃないんだ』と!」
――アミッドは昔のレインを知っている数少ない人物だ。三年前、アミッドがオラリオの遠方に所用で出かけた時、彼女は野盗に襲われた。戦いが専門ではなくてもアミッドはLv.2、問題はないはずだった。
だが、その野盗たち四十人余りが軒並みLv.2。四人いた幹部はLv.3で、頭目はなんとLv.4というオラリオの外で最強クラスの野党と言っても過言ではない強さを誇っていた。
彼等は自分達がオラリオの冒険者を除けば強いと理解していたため、好き放題に暴れていた。アミッドが乗っていた馬車を襲ったのもそこに欲望を満たすことの出来る美少女がいて、たとえ護衛がいたとしても自分達に勝てるはずがないと思っていたから。
野盗達にしても乗客にしても予想外だったのは……その馬車にいた黒衣の少年がLv.5だった事だろう。誰も馬車にLv.5が乗っているとは思わなかった――
「あの時はそれが最善だったっだろう?」
「小さな子供を守るために魔法をその身でかばったこと自体は責めません。でも貴方は魔法で迎撃するもできたはずです」
野盗の頭目は『魔剣』を持っていた。そして魔剣はレインにではなく、レインが強いと分かって遠くに避難することもせず見学していた乗客に振るわれた。
「貴方の目を見て分かりました。貴方は全く自分のことを大事にしていない」
「今では俺の命が最も価値があると思っているんだが?」
「知ってますか? 私は職業柄、人の嘘や変化が分かるんです。貴方は初めて出会った時から変わっていません」
オラリオで久しぶりに出会った時、アミッドはレインが自分を大切にしてくれるようになったと思って喜んだ。だからこそ、内面が微塵も変わってないことを知って悲しかった。
アミッドはレインに死んでほしくない。この黒衣の青年がとても優しい人だと知っているから。
「これだけは忘れないでください。もし貴方が死んだら、最低でも一人泣く人がいるんです。その人を泣かせたくなかったら自分を大切にしてくださいね」
「……俺が死ぬことなんぞ天地がひっくり返ってもありえんがな」
依頼の品が入っているバックパックをアミッドに押しつけて、レインはギルドに向かった。
少女はレインに自分を大切にしてほしいと願ったが、そんなことはできない。
何度も傷ついて何度も痛みを味わって、もう誰も失わず守れるように強くなる。それだけがレインの生きる理由なのだから。
レインの訓練。全身をめった刺しにして適当に魔法を使い、
他にも片腕をもいで戦ったりとかしたこともある。その時アミッドのお世話になった。
アミッドと出会った時、レインは16歳になったばかり。Lv.5としては最上位だった。
今レインがLv.6ということになっているのは、ウダイオスを一人で倒したから。瞬殺したため、ウダイオスが黒大剣を使うことを知らない。