雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
迷宮都市オラリオ。富、名声を求めてたくさんの人々が訪れる『世界の中心』。
数日掛けてやってきたオラリオを目の前にしたレインは腰に佩いてある剣と背嚢に変なところがないか確認し、問題なしと判断。
入国審査の列の最後尾に並ぼうと足を進め――
「ちょっといいかしら」
――ようとしたところで声をかけられた。レインでも聞いたことがないと思えるほどの美しい声だ。
声の主は商人、旅人、吟遊詩人に囲まれていたフードを被った人物だった。人の檻を抜け出すと、レインの目の前までやってくる。
「何か用か?」
「ええ、あなたに用があるの」
――この後、レインは後悔する。聞こえないふりをしてでも、このフードとローブで姿を隠している人物に関わるべきではなかったと。
目の前の人物がフードを取り払う。現れるのは天界随一と呼ばれる美貌をもつ美の女神、フレイヤ。彼女は歌うように告げる。
「私とデートをしてくれないかしら?」
♦♦♦
レインが目を下に向けると、ぎらついた日光を照り返す『砂の海』が流れていくのが分かる。彼が乗っているのは『
船に乗っている者達がターバンやフードで全身を隠しているにも関わらず、レインの恰好は黒い長袖シャツと黒ズボンだ。それでも違和感がないのはレインの雰囲気のせいか、はたまた他に原因があるのか。
「ふふっ、砂漠を船で行くなんて新鮮ね。あなたもそう思わない?」
「……そうだな。無理やり連れて来られていなければ、素直に楽しむことが出来たのだがな」
「あら、厳しいわね」
レインは隣にいる女神が全員の視線を集めきっているからだと考えている。レインの嫌味にもフレイヤは楽しそうに笑い、それがさらに視線を引き付ける。
フレイヤに「デートしない?」と誘われたレインだが当然断った。他の人々のように見惚れることもなく、表情をピクリとも動かさず「え、嫌だけど」と断った。
そのまま列に並ぼうとしたが、フレイヤが呟いた言葉に足を止めざるをえなかった。「私が
その結果、こうしてレインはオラリオの南東にある『カイオス砂漠』にいる。フレイヤの言葉ではデート、レインの言葉で言えば雇われた護衛の関係で。
ぼ~っと砂漠を眺めていたら、いつの間にかフレイヤが縦にも横にも太いボフマンとかいうデブ男に揉み手されていた。指紋がなくなるんじゃないかと思うほどの揉み手を見てレインは、自分がやられたら殴るかもしれないと思った。
しゃべり方や笑い方がイラっとする。なんだ「ドゥフフフ」って。どうやったらそんな笑い方になるんだ。フレイヤも若干イラついているのがレインにはわかった。他の奴等にはわからないだろうが。
ボフマンとフレイヤのやり取りを見ているとボフマンが、
「フレイヤ様、私も少なくない旅費を捻出している身です。貴方様の旅の目的がかなった暁には、ぜひ『ご寵愛』を賜りたいものですぞ……」
気色悪い欲望丸出し(本人は隠しているつもり)の笑みで、その顔に似合う気色悪いことを言う。下界において『美の神』と同衾できるというのは、最高の栄誉にして快楽だ。中には命や全財産を擲ってでもかなえようとする者がいるほどである。
この気色悪い奴の傍にはいたくないと思ったレインが離れようとすると、フレイヤがレインの腕にそのしなやかな腕を絡め、瑞々しい肢体を隠す薄絹を押し上げる二つの果実でレインの腕を挟みながら、
「残念だけれど――今の私はこの人以外に抱かれるつもりはないわ。やっと見つけた『
「なっ――」
ボフマンやフレイヤの従僕が絶句する中、レインはフレイヤから腕をほどくと剣を抜いた。唐突なレインの行動に周りの者がギョッとするが、フレイヤだけは目をつむり告げる。
「音が聞こえるわね」
「はっ?」
「あまり歓迎したくない『音』が」
船の真側面、地雷のように大量の砂がはじけ飛んだかと思うと、現れたのは巨大な砂色のミミズ。ミミズと違うのは船を見下ろすほどの体躯と頭部の位置に並ぶ円形の大口の醜悪な牙。
「あ、あれは『サンド・ワーム』!? しかもでかい! ふ、船を転進させりょ――」
ボフマンが間抜けな声で叫び散らすが、遅すぎる。索敵が間に合わなかったのもあるし、距離も近すぎた。
普通ならモンスターに船を破壊されて終わりだろう。そう、
『ゲェッッッ!?』
前触れもなく『サンド・ワーム』の
視界にうっすら残った青の軌跡。それが全てを終わらせていた。ボフマンと船員、みな時間を止めた。
やった張本人であるレインは青白く光る剣を鞘に納め、フレイヤの視線を受け止めながら砂塵の奥に見える八つの影を見る。
四つの小人の影、二人の妖精の影、大剣を肩に担ぐ武人の影、こちらに殺気を飛ばしてくる闘猫の影。最強のファミリアの主神を守る女神の眷属たちだ。
フレイヤが時を止めている船員たちに声をかけると、彼らは慌てて船を操作する。モンスターの死骸を置き去りにして、船は砂の海を進んでいった。
「ようやく追いついたが……なんだあいつは。あの方の傍に陣取りやがって」
「羨ましい」
「妬ましい」
「死ねばいいのに」
「ボロクソ言い過ぎだろ、お前ら……」
殺気を放っている闘猫、アレンがモンスターの死骸に唾を吐き、ガリバー四兄弟の弟たちが毒を吐く。それを苦労人の長男がたしなめる。そこでオッタルが口を開く。
「行くぞ」
彼の指示を聞くまでもなく、女神の眷属たちは逃がさんとばかりの速さで、遠ざかっていく船を追うのだった。
レインがやったこと。
オーラを剣に纏わせて、それを思いっきり振ることで飛ばした。Lv.9の力で振るわれたそれは、Lv.5でも防げない。