雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

20 / 81
PCが重い!


二十話 怖い話

 現在、面倒な奴等(アイズとレフィーヤ)から逃げたレインがいるのはとある平屋造りの建物――工房。掃除もされておらず(すす)だらけの工房の中で、レインはまた面倒な奴に捕まったいた。

 

「ふはははは! 何度見ても狂っているとしか思えん武器だな、これは! だが至高の領域に最も近いと言っても過言ではないところが悔しいな!」

「おい、整備が終わったんなら返せ。いつまで振り回しながらブツブツ喋れば気が済むんだ」

呪武器(カースウェポン)だからこそこの領域に辿り着いている……。ならば手前は誰だろうと使える武器としてこの剣を超える作品を作ってやろうではないか!」

「……………」

「やめなさい、レイン。気持ちは痛いほど分かるけど、その振り上げている大剣を下ろして頂戴。椿もいい加減にしなさい」

 

 レインの武器をジーッと眺め続けるのは、左目を眼帯で覆う女鍛冶師、椿・コルブランド。上半身は胸を隠すさらし一枚、下半身は真っ赤な袴という格好で武器を見続ける彼女は、いろんな意味で変態と見られてもおかしくなかった。

 

 ここに来る時、空は青かったというのに、既に太陽は西の空へと沈もうとしている。昼ご飯を食べたり工房内にある武器を手に取ったりと時間をつぶしていたレインだったが、拘束され過ぎて我慢の限界が来た。椿を気絶させて帰ろうと近くにあった大剣を振りかぶる。

 

 それを止めたのは艶やかな紅髪の女神、ヘファイストス。鍛冶師として今の椿の行動も理解できるのだが、そうではないレインにこれ以上付き合わせるのは失礼だと考え、自由気ままな眷属をたしなめる。

 

「なんじゃー、主神様よ。減るものではないし、よいではないかー」

「俺の時間が減っているんだよ馬鹿! 『手前が剣を触っている間に呪いが発動するかもしれないからどこにも行くな』とか言って、どんだけ時間を取らせるつもりだ!」

「まだ半日も経っておらんではないかー。武器を作る時は一日二日は簡単に過ぎるものだぞ?」

変態鍛冶師(おまえ)と一緒にするなっ。さっさと頼んでいた物をよこせ」

 

 整備代をタダにする代わりに武器を見せろという提案に頷いたのは失敗だった、と思いながら《ルナティック》を奪い返す。

 

「むぅ……器の小さい男だなぁ、お主は」

「……………」

「レイン、本当にごめんなさい。椿に頼んでいた物の代金は私が半分負担するから、その振りかぶっている戦鎚(せんつい)を下ろして」

 

 工房の奥の方へ引っ込んだ椿にぶん投げてやろうと2M(メドル)を超える戦鎚を持ち上げるが、再びヘファイストスに止められる。主神に振り回される【フレイヤ・ファミリア】とは完全に逆の主従関係だとレインは思った。

 

「ほれ! これが注文されていた品……『不壊属性(デュランダル)』の薙刀、《紅閻魔(べにえんま)》だ」

 

 椿が持ってきた白い布に包まれていたのは、刃先は不壊属性(デュランダル)特有の銀色、持ち手は真紅で彩られている薙刀。持ち手が紅なのは薙刀は一番紅が似合うかららしい。レインは黒にするよう頼んだのだが、無視したようだ。それでいいのか、最上級鍛冶師(マスター・スミス)

 

「第一等級武装並みの威力が出るように作るのは骨が折れたぞ。しかし……レイン、お主は薙刀が使えるのか? 普段から使っている長剣と似たようなものの方がよかったのではないか?」

「ふっ、そこらの凡人と違って俺は何でもできるんだよ。薙刀にしたのは、ただ突くだけの槍と違って斬ることもできるからだな」

 

 調子を確かめるように軽く薙刀を振り回す。試し斬りだけでLv.5になるほど武器を使ったことのある椿から見ても、レインの動きは全く淀みがなかった。

 

「いい武器だ。代金は近いうちに払う」

「あいわかった。ところでレインよ、なぜ不壊属性(デュランダル)で作らなければならなかったのだ? 他の材料を使えば、威力は桁違いのものが作れたぞ?」

 

 椿の疑問に、工房の扉に手をかけていたレインは振り返り、

 

「最近、深層で何でも溶かす気色悪いモンスターが出るからだよ」

 

 と答えた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「いらっしゃいませー……なんだ、レインさんですか……」

「人の顔を見て露骨にため息をつくな」

 

 晩御飯を食べるために常連の酒場、『豊饒の女主人』に入るなりウェイトレス失格の対応をするのは薄鈍色の髪の少女、シル。

 

「せっかく素直で可愛い兎さんと話していい気分だったのに、偏食狼さんのせいで台無しです」

「俺に毒を食う趣味はないんでな」

「ひどーい! レインさん以外の人は食べてくれますよ! 謝ってください!」

 

 両手を上げて怒っているアピールをしているシルを無視して店のカウンター席の隅へ向かう。普段そこに席は一つしかないのだが、何故か二つあったためその内の一つに座る。もう片方に座っていた人物はレインに挨拶でもしようと思ったのか、顔を横に向ける。

 

「あ、どうも……って、ええっ!?」

「人の顔を見るなり大袈裟なリアクションをするの流行っているのか」

 

 レインの定位置に座っていたのは白髪の少年。どっかで見たことがある顔に名前はなんだったかを思い出そうとするが、

 

「Lv.6の冒険者、【美神の伴侶(ヴァナディース・オーズ)】――」

「なあベル・クラネル。ちょっと怖い話をしてやろう。俺の聞いた中でいっとう怖い話だ」

 

 いきなり名前を口にされ、ベルは二回驚いた。いまだLv.1である自分の名前を知っていたことと、そんな自分にまるで親友を見るかのような笑顔を向けてきたことにだ。

 

「れ、Lv.6のレインさんが怖がる話ですか?」

「ああ、俺の知っている冒険者の話でな。そいつを仮にウサギとしとくが……そいつはある時、自分の二つ名を嫌っている第一級冒険の二つ名でその冒険者を呼んでしまったんだ」

「そ、それで、どうなったんですか、そのウサギは?」

 

 ベルは変な汗が止まらない。さっき飲んだお酒が全部流れ出たような気がする。レインは沈みきった悲壮な声で大仰に首を振り、

 

「そりゃもう悲劇だね。何度もモンスターを押し付けられるだろ、どっかから魔法が飛んできたりするだろ、獲物を横取りされるだろ、しかも好きな人に自分の悪い噂を流されるんだ。どうだ、怖いだろう?」

「む、むちゃくちゃ怖いです。怖すぎます」

 

 がくがくと頷くベル。顔色は青を通り越して白っぽくなり、泣きそうになっている。レインはその目をじいっと覗き込み、低い声でのたまう。

 

「で、お前はなんて俺を呼ぼうとしたんだ?」

「レインさんです! 僕、アイズさんくらいしか二つ名を知りません!」

「わかればいいんだ、わかれば。未来の第一級冒険者はお前だ、ウサギ!」

 

 バシッ、バシッと景気よく肩をレインに叩かれる。何事もなかったかのようにレインは機嫌よく注文する。

 

(……僕は、とんでもない人に目をつけられたのかもしれない)

 

 雲の上の存在である第一級冒険者を見ながら、ベルは唯一の癒し(ヘスティア)に助けを求めた。

 

 その祈りは、現在不機嫌なロリ巨乳女神には届かなかった。




 シルの料理の話を書きたいなぁ、と思っています。


 レインは自分の二つ名が嫌いです。この二つ名になると予想していた人はいますか?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。