雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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三話 砂漠の町

 レイン達がたどり着いたのは、『リオードの町』といった。オアシスを中心に築かれており、海にポツンと浮かぶ島のような印象を受ける。

 

 フレイヤと共に船から港に降りると、フードと外套を被っているのにもかかわらず、フレイヤの存在に気付いたものは老若男女関係なく目を奪われる。もはや慣れ切ったかのようにレインとフレイヤは、ボフマンとその子飼いを引き連れて港の真ん中を突っ切っていった。

 

「ではフレイヤ様、ここからの護衛はこの町に潜り込んでいる貴方の眷属に任せます。そんなわけで失礼」

 

 レインはおざなりに頭を下げ適当な言葉をまくし立てると、フレイヤの返事を聞くこともなく立ち去ろうとする。周りからの信じられないものを見るような目が癪に障る(ウザい)が、この面倒くさい女神から離れるのが最優先。

 

 だが、そんなことは女神とその眷属が許さない。周りに気付かれることなく現れた猫人(キャットピプール)、アレン・フローメルがレインの背後から銀槍を突き付ける。見えないがここを囲むように他の眷属も潜んでいる。

 

 それに気が付いたレインは顔を思いっきりしかめ、フレイヤはレインの態度に怒ることもなく、むしろ楽しそうに笑い、

 

「もしここで離ればなれになってしまったら、私は世界中に依頼(クエスト)を出さなければならないわね。私の伴侶(オーズ)になりえるかもしれない、レインという少年を見つけてね、と」

「チッ」

「あの方に舌打ちしてんじゃねえ。殺すぞ」

「お前もさっきまで舌打ちしてただろうが……」

 

 結局フレイヤから逃げることは出来ず、レインはこの町――『イスラファン』という国に属する、ボフマン曰く『商人の町』――を探索することになった。フレイヤの『探しもの』――伴侶(オーズ)を探すために。

 

 レインはさっさとフレイヤの目にかなう人物を見つけて、そいつに自分の身代わりになってもらいたいと考えていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レイン達を迎えたのは目抜き通りの市場(バザール)だった。幅広の道を埋め尽くさんばかりの多くの店が並んでいる。店の種類は食品・武具・嗜好品と様々だ。

 

 レインがすぐそばにあった焼肉料理(ケバブ)を買って食べ歩く。三口食べたところでフレイヤに一口ねだられたので丸ごと渡したが。「つれないわね」というフレイヤの言葉も、フレイヤに気が付き股間を膨らませた男からの視線も無視する。

 

 そのまま進んでいくと少し空気がひりついてきた。フレイヤもそれに気が付いたのか瞳を細めている。二人の様子に気が付くこともなく頻りに揉み手をしていたボフマンが手で周囲を示す。

 

「ご覧の通り、この町には多くの人と物が集まります。異国の品はもとより――奴隷も」

 

 その言葉に反応したかのように、とある集団が横道から目抜き通りに現れる。同時にこれまでとは異なる喧騒が市場(バザール)に響きわたる。

 

 性別、種族に統一性がない彼らは、一様に服とは言えない襤褸(ぼろ)を纏っていた。その顔は疲弊しきっており、瞳には悲観や絶望が滲んでいる。両手には鉄枷が、首には錆びた首我が付けられ鎖とつながっている。

 

 鎖でつながれ列を作る彼らは、正真正銘『奴隷』だった。

 

 今更奴隷を見てもレインは驚かない。昔の自分なら全ての奴隷を救おうと考えただろうに、今の自分はそういうものだ、奴隷を扱わなければ生きられない者もいる、奴隷にならねば生きられない者もいる、と割り切っている。そんな自分に思わず自嘲の笑みをこぼした。

 

 ボフマンの話に耳を傾けると、このカイオス砂漠では戦争が起こっているらしい。戦っているのは北の『シャルザード』という王国と、東の『ワルサ』という国だ。

 

 いきなり『ワルサ』が宣戦布告し、『シャルザード』は敗北した。敗因は『ワルサ』が強大な傭兵系の【ファミリア】を軍部に引き入れたため、『シャルザード』はまるで歯が立たず、王都は陥落、国内は蹂躙されたそうだ。

 

「つまり国が荒れ、奴隷が生まれやすい環境になっているということね」

「おっしゃる通りですぞ」

 

 フレイヤとボフマンが話をまとめる。奴隷たちは無辜の民だったのだろうが、血と暴力に酔った戦士たちにそんなことは関係なかったのだろう。これで町の空気がどこか物々しかったのかもわかった。

 

「で、ですがご安心を! 『シャルザード』の王都は確かに落ちましたが、軍部は逃げのびた王子を擁護して、今でも各地で抗戦を続けておりますぞ! 『ワルサ』もそれに手一杯でしょうし、こちらに飛び火することはまずないでしょう!」

 

 フレイヤの機嫌を損ねまいと思ったのか、ボフマンが必死に言葉をまくし立てる。とはいえそれに意味はないだろう。フレイヤはそんなことを気にする神ではない。

 

 いつまでも奴隷を見ていたいとは思えないし、さっさと別の場所に行こうと提案しようとしたレインだったが、風が吹いてフレイヤの美貌を隠していたフードが外れたため、提案できなかった。

 

 『美の女神』の美貌に当てられ、彼女に気が付いたものは例外なくぼうっと夢心地のような面持ちとなる。ボフマンもフレイヤの顔に性懲りもなく見惚れている。

 

 レインは表情を微塵も揺るがすことなく、また足止めを喰らうのかと辟易していると、フレイヤがとある方向を凝視していた。それに気が付いたレインはその方向を見てみる。

 

 そこにいたのは褐色の肌にぼさぼさの黒の髪の少女。瞳の色は薄紫で、顔は薄汚れているが、とても整っている。年は十五、十六といったところか。他の奴隷と同じようにその身を襤褸で覆っている。

 

 なぜフレイヤが彼女を見ていたのかがわかった。彼女はレインと同じようにフレイヤを()()()()()()()

 

 正気を取り戻した遣いが鞭を振るい、奴隷の歩みを再開させる中、少女はレインの視界からも見えなくなった。気配でどこにいるのか分かるので特に変わらないが……

 

 フードを被り直し、フレイヤが風のように歩き出す。三日月の形に変わった女神の唇が行き先を告げる。

 

「ボフマン。奴隷市場に連れて行って頂戴」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 ――数時間後。レインは街の住人から『オアシスの屋敷』と呼ばれる、町一番の豪商のみが住むことを許される『リオードの町』で最も大きい建物の中にいた。この屋敷は現在、とある女神の私物と化していた。

 

 奴隷市場に行ったフレイヤ。ここでこの女神はとんでもないことをしでかしたのだ。

 

 ”目的の奴隷の子を手に入れるために、全ての奴隷を買い取る”という暴挙を。奴隷商が何かを言っても、都市最強派閥(フレイヤ・ファミリア)の名前で黙らせていた。

 

 本人曰く、「汚い魂が目に入るなんて嫌だから、全部買い取って町を綺麗にする」とか言っていたが、奴隷はそんな言葉を聞いても大喜び。レインの視線の先で長ソファーに横たわっている女神に、その奴隷たちが食事を運んだり、大きな団扇で風を送ったりしている。

 

 フレイヤは奴隷を買い取ると同時にこの屋敷も買い取り、奴隷たちに食事をふるまっていた。彼女にとっての最低限の落とし前で、これをしなければ彼女の『品性』が損なわれるらしい。

 

 そんなフレイヤに奴隷たちは心酔していた。自分達を救ってくれた麗しき女神に、深い敬愛と忠心を抱いている。傍に侍っている美男美女の瞳は陶酔の色で濡れていた。

 

『ハーレム? 逆ハー? (ぬる)いわ』などと言わんばかりの光景だった。

 

 フレイヤは小さな子供から老人に至るまで、さまざまな人物たちから感謝の言葉を受け取っていた。フレイヤが慈愛や慈善の精神でやったわけではないことを知っているレインとしては、その光景は言葉にしがたい。偶に送られてくる嫉妬の視線も鬱陶しい。変わってやろうか、本当に。

 

 ちなみにフレイヤの無茶ぶりをやり遂げて戻ってきたボフマンだが、憔悴しきっていた。もし気に入られていなければ、レインもこの扱いだったのかもしれない。

 

 そんなボフマンだが、ポロリと欲望を漏らしたことで音もなく現れた四つの影――ガリバー兄弟のアルフリッグ、ドリヴァン、ベーリング、グレール――によってどこかに連れていかれた。「たっ、助けっンンンアアアアアアアアア!?」という悲鳴に元奴隷たちは驚いていた。

 

 彼等の賢い選択は全てを忘れ、フレイヤへ礼を告げていくことである。

 

「――あら、来たわね」

 

 『その少女』が現れたのは、並んでいた列が終わろうかといった時だった。

 

 美しき薄紫色の瞳を持つ彼女の名は、アリィ。フレイヤが見初めた少女であり――旅の目的である『伴侶(オーズ)』になりうるかもしれない人物。レインにとっては身代わりになってくれそうな少女である。

 

 ぎこちなくお礼を告げた少女に女神は顔を近づけ、何かを呟く。すると少女は後ろによろめくが、その顔を強くゆがめている。それを見てフレイヤの笑みが深まる。ついでにフレイヤを見ていたレインの『フレイヤ、被虐趣味(マゾヒスト)疑惑』も深まる。嫌な顔をされるほど笑うとか……マゾなのか?

 

「夜が来るまでに、身を清めておきなさい。私の寝室に来るのに相応しい、あなたの美しい姿を見せて頂戴」

 

 呆然としているアリィを残してフレイヤは椅子から立ち上がり、レインの前まで来る。

 

「貴方もよ、レイン。今夜は私と寝るのだから、身を清めておいてね」

「!?」

 

 その言葉と微笑に、レインは顔を上げ睨みつける。フレイヤは愉快気にその場を後にした。

 

 フレイヤの眷属たちが見張っているこの屋敷。唯一この屋敷を逃げ出せる力を持っているレインは、本気で逃げるかしばらく悩むことになる。

 

 屋敷の外で日が落ちようとしている。夜はもう、すぐそこだった。




 レインが逃げなかったのは、フレイヤはやると言ったら本当にやるとわかったからです。
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