雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 リヴェリアの問いに対するレインの答えはいかに!?


三十四話 緊張クラッシャー

 時計だけが朝と夜を告げる迷宮の奥深く。時計の針は明朝の到来を告げる。

 

「リヴェリア様、団長と何かあったんですか……?」

「何もない。私の事より自分の状態(コンディション)を確認しろ。もうすぐ出発するぞ」

 

 王族(ハイエルフ)に師事するエルフの少女は、いつも相思相愛(カップル)と噂されるような雰囲気ではなく、どこかよそよそしい団長と副団長の様子に違和感を覚え、

 

「団長、様子がおかしくありませんか? まるでとんでもない弱みを握られてしまったかのような……」

「ちょっと寝不足なだけかな。昨日『とある秘密を知ってしまったおかげで、超美人なアマゾネスと結ばれた小人族(パルゥム)のF』という話を聞いて、なかなか寝付けなかったんだ」

「何故でしょう、とてもいいお話の気がします! お話で興奮して眠れなくなる団長、とっても可愛いです! 『遠征』が終わってお暇が出来たら、詳しくそのお話を聞かせてもらえませんか?」

「ハハ、ならこの『遠征』を無事に乗り切らないとネ……」

 

 想い人(フィン)の些細な変化には気が付いたアマゾネスの姉(ティオネ)は、想い人の意外な一面にますます好感度をアップさせて、その想い人がこっそり片手で腹部をさする事には気が付かず、

 

「……フィンとリヴェリア、様子がおかしいけど、どうしたんだろう?」

「さぁな。大方リヴェリアが着替えている途中で、フィンが天幕に入ってしまったとかだろ」

「そう、なのかな……?」

 

 長い付き合いの二人の様子の変化に何かを察しかけた金髪の剣士は、隣で朝食をかっ食らう黒い戦士の適当な言葉を信じこんた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――真相はこうである

 

 昨晩、先輩のアマゾネス(ティオネ)後輩のエルフ(レフィーヤ)団長(フィン)の天幕に侵入しようと計画し、それを『勘』で察したフィンは鍛冶師達のいる天幕に避難するか、レインのいる天幕に避難するかを思案。

 

 鍛冶師の天幕に避難しようと考えたが、そこには自分を抱き枕にすること間違いなしの女鍛冶師(椿)がいることを思い出し、もし抱き枕にされれば確実にティオネに殺されると判断。フィンはレインの天幕に避難することを決める。

 

 しかし避難した先では、まるで情事に及ぼうとする前の睦言(?)を交わす二人が! 見なかったことにしようとしたフィンだったが、見られた二人がそれを許すはずもなく、フィンは天幕に引きずり込まれた。

 

 顔を真っ赤にしてリヴェリアは立ち去りレインは笑顔で、

 

『これは俺が聞いた中でも、いっとういい話なんだがな? 俺の知ってる小人族(パルゥム)の話でな、仮にFとしとくが……ある時Fは、協力者である天才と身内の密会を目撃してしまったんだ。で、そいつは実におしゃべりな奴でな、それを酒の席で肴として漏らしてしまったんだな、これが』 

『……それでどうなったんだい、そのFは?』

 

 もうレインが何を言いたいのか理解しているフィンは、その続きを促す。

 

『なんやかんやあって自分を慕ってくれるアマゾネスの美女と結ばれるんだ。そのアマゾネスはとてもいい女でな。何も言わずとも朝から晩まで、ズッコンバッコンだ。結ばれた小人族(パルゥム)はそのアマゾネスにしか興味がなくなり、いつまでも幸せに暮らすんだ。どうだ、いい話だろう?』

『なんやかんやの部分がとても気になるし、それは洗脳と言っても過言じゃ――』

『いい話だよな?』

『ソウダネ……』

 

 レインはフィンの目をじっと覗き込む。

 

『で、何か見たか、F?』

『何も見てないよ。いや、羨ましいね、その同族(パルゥム)は』

『だよな。こんなに幸運な奴、滅多にいないよな。幸運は自分でつかみ取る物だと俺は思うがな!』

『『ハッハッハ!!』』

 

 明日から51階層に進攻(アタック)だというのに、胃がとても痛かった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 そんなことがあっても小人族(パルゥム)の団長は周りに心配させぬよう、『勇者』の仮面を被る。51階層へ続く大穴への道の前に立つ彼の後ろに、剣、大戦斧、杖、銀靴、大双刃、数々の武器を持つ冒険者が並ぶ。

 

「――出発する」

 

 フィンの静かな号令とともに、総勢十四名の精鋭パーティは出発する。前衛のベートとティオナがぎゃーぎゃー言い争う以外は何事もなく、51階層へ続く大穴に到着した。

 

「――行け、ベート、ティオナ」

 

 そこからパーティはフィンの指示に従い進み続ける。余計な戦闘、余計な物資は消耗をしない。倒さなければならないモンスター達は、前衛であるティオナとベート、遊撃を任せられたレインが始末する。走行の勢いは緩まない、緩めない。

 

「――来た、新種!!」

 

 進路上のモンスターの大軍を始末したティオナが、幅広の通路を埋め尽くす【ロキ・ファミリア】が最も警戒していた芋虫型のモンスターを発見する。攻撃しても防御をしても、武器と防具を破壊するモンスターは、

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

 不壊属性(デュランダル)の前に破鐘(われがね)の絶叫を轟かせながら散る。

 

「ははははは! 弱い、弱すぎるぞ!」

「うるせぇっ、黙って戦いやがれえぇえええっ!」

「ベートもうるさいよー!」

「……皆、もう少し静かに……」

 

 芋虫型を真紅の薙刀《紅閻魔》で両断するどころか粉砕し、風車のように振り回すことで腐食液を弾くレインにベートが怒鳴り、ベートに怒鳴るティオナの声でアイズの小声がかき消される。

 

 サポーターを怯えさせる程騒ぎながら行われた塵殺は、奮闘の陰でリヴェリアが『並行詠唱』を終了させたことで終わった。白銀の長杖から放たれた三条の吹雪が一直線に突き進み、無数の氷像を作り出す。

 

 乱立する氷像を砕きながら正規ルートを進むパーティは、あっさりと下部階層に続く階段に辿り着く。

 

「ここからはもう、補給できないと思ってくれ」

 

 道具(アイテム)の使用はこの場で済ませろと言外に告げる団長の言葉に、ここまで無傷で来た冒険者達は、ただ張り詰めた表情をみなで共有する。

 

「レイン、手前はここまで深い階層に来たことがない。何かあるのか?」

「さあ? 俺も49階層までしか潜ったことがないからな。『やっべぇ……途中でトイレに行きたくなったらどうしよ……』とでも考えているんだろう。特に女性陣が」

「なんと! それは確かに不味いな……いかに恥を捨てた手前と言えど、戦いながら致すのは避けたい。ん? レインは何故49階層までしか潜っておらんのだ?」

「それが不思議なことに50階層以降の情報が制限されているんだ。『遠征』も俺が不在の時を狙って行われるし……何でだろうな? 恥ずかしがり屋?」

『……………………~~~ッ!』

 

 部外者のレインと椿の会話に突っ込みたい【ロキ・ファミリア】。でも突っ込めば緊張感が微塵も残らず吹き飛ぶと分かっているので、割と必死に気を引き締める。

 

「――行くッ、ぞ」

(((めっちゃ我慢してる……)))

 

 感情に表に出さないよう苦労する団長に、【ロキ・ファミリア】の面々は気の毒そうな目を向けた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

「――全く。ラウルもそうだけど、お前らは周囲に対する警戒が足りな過ぎるぞ!」

「今回は! 絶対にっ! 貴方が原因ですぅうううう!!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()形成された長大な縦穴を落下しながら、レフィーヤは危機的状況にも関わらず目の前の男に叫んだ。自分を助けに来てくれたのだとしても、叫ばずにはいられなかった。

 

 レフィーヤは『デフォルミス・スパイダー』の糸に気が付かなかったラウルを庇い、結果的に58階層に生息する砲竜『ヴェルガング・ドラゴン』の砲撃によって出来た大穴に落ちた。

 

 ヒリュテ姉妹が彼女を助けるために大穴に飛び込もうとしたが、

 

「俺一人で十分だ! 凡人のお前らは固まって行動しろ!」

 

 レインが先に飛び込んだ。煽られてムキになった二人はすぐに後を追って飛び込もうとしたものの、レインの強さを信じたフィンに制止される。

 

「レインさんと椿さんが変な事言うから緊張感がなくなったんです!」

「どんな時も動揺せず、一定の緊張感を保つ。それができてこその一流だと俺は思うぞ」

「あ、ああ言えばこう言う……!」

 

 のらりくらりと躱すレインに、レフィーヤは抱えられている腕から逃げ出したくなった。しかし、この状態が最も安全だと分かっているので歯を食いしばるしかできない。

 

 レインはレフィーヤを横抱きし、横から飛んでくる『イル・ワイヴァーン』を足場にして落下していた。ただ足場にするのではなく、足場にした飛竜(ワイヴァーン)()()()()()()()下へ進むレインを見て、レフィーヤは飛竜(ワイヴァーン)に同情する。

 

「よし、地面が見えたぞ」

「――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 返事代わりに魔法を放つ。小型、中型、大型の様々な深層モンスター達は【妖精追奏(スキル)】によって底上げされた広域魔法で焼き尽くされた。

 

「おらよっ、と」

『ガッッ!?』

 

 

 降下しつつ適当な大紅竜の息の根を止めながら、レインは58階層に着地する。レフィーヤを丁寧に下ろしてやり、告げる。

 

「俺はここにいる全てのモンスターを殺す。お前は適当に魔法を撃て」

「…………私の魔法、必要あるんですか?」

 

 レフィーヤの返事を待たずに走り出し、ほぼ同時に残っていた七体の大紅竜を屠ったレインを見てレフィーヤは半眼で呟いた。もうレインの頭のおかしい発言に突っ込まない。

 

 何もしなくても目に見える勢いでモンスターが灰になるので、レフィーヤは自分を守る剣の結界を辛うじてすり抜けたモンスターに魔法を作業のように撃ち続けた。




 今回はネタ成分多めです。だってレインの強さと性格的に、スリルに満ち溢れた『遠征』なんて考えられないし……。


 そこ! ハブられたとか言わない!

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