雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 レインの無双回。今回は真面目な話を書くつもりだったのに、ネタ回感が半端ない。


 キャラ崩壊もある(かもな)ので、暖かな目で読んでください。


三十五話 穢れた精霊

 オラリオの『頂天』は彼を『怪物』と呼んだ。

 

 オッタルが口にした言葉を聞いた者、彼がそのオッタルを下したと聞いた者は、彼が強者だということは理解できても、彼が『怪物』であるとは思えなかった。

 

 彼が実際にオッタルを下したのを見ていないというのもある。彼の普段の言動が『怪物』という言葉を思いつかせないのもある。

 

 だが、【ロキ・ファミリア】はオッタルの言葉がどれほどの重みを含んでいたのかを理解する。

 

 ――『怪物』の片鱗を見ることによって。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レフィーヤを守ってくれたこと、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)を倒して我々の隊を手助けしてくれたこと。感謝するぞ、レイン」

「ふむん、その礼がお前からの抱擁か?」

「ああ。嫌だったか?」

「まさか! お前ほどの美人ならいつでも歓迎(ウェルカム)だ」

 

 産出幕間(インターバル)に入ったのか、モンスターの出現が止まった58階層。フィンの指示で移動した南端で、功労者であるレインをリヴェリアが笑顔で抱きしめている。背中に手を回してしっかりと抱きつく姿は、まるで仲睦まじいカップルのようだ。

 

 が、周りの者達は笑わない。というか笑えない。嫉妬云々(うんぬん)は関係なく、リヴェリアの背中から黒い(もや)もとい瘴気が見えるのだ。似たような物をレフィーヤで見たことのあるアイズは、周囲を警戒するふりをしてさり気なくガレスを盾にする。

 

 エルフのレフィーヤとアリシアに何とかしろ! という目が向けられるが、二人とも何も言えないしできない。いや、今すぐにでも「リヴェリア様! そのような男に触れれば御身が(けが)れます!」と叫びたいのだが、下手すればあの抱擁が自分達にされるかもしれないのだ。

 

 羨ましいとは微塵も思わない。だってリヴェリア、力いっぱい抱きしめているもん。逃がさない――それどころか、このまま抱き殺してやる――という意志が透けて見える。

 

 リヴェリアから発生している重圧を至近距離で受けているはずのレインは笑顔だ。「こいつの心臓、絶対超硬金属(アダマンタイト)で出来ているだろ」と、キャラが崩壊しかけているフィンは心の中でそう思った。

 

 そんな周りを気にせず、レインとリヴェリアは笑顔で話す。

 

「ところでレイン。地面から生えている砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)はなんだ?」

「発生した瞬間に倒した。そうすれば死体が邪魔になって、そこからモンスターは出現しないからな」

「なるほど。ざっと見ても四十を超える地面から生えた砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)はそのせいか」

「おう。八時間は戦ったが、後半はかなり楽だったぞ」

「そうか。……で、その半分以上の頭部が地面にめり込んでいるんだが? まるで力の限り地面に叩きつけられたかのようにな」

「そいつらは尻から出てきた可哀想なタイプだ。生まれた瞬間、尻にとんでもない激痛を味わって死ぬ……やむなく実行した俺も、思わず泣いちまったぜ」

「涙どころか汗一滴見当たらないがな。では、壁面に頭部をめり込ませている十匹もか?」

 

 改めて58階層を見渡す。オラリオの面積を軽く超える長方形の広大な広間(ルーム)。壁だろうが地面だろうが、どこかに目をやれば大紅竜(ヴァルガング・ドラゴン)の死体が見える。

 

 四方の壁には最低一匹はめり込んでいる。つまり、レインはレフィーヤをモンスターの大軍から守りながらオラリオの端から端まで横断できる【ステイタス】を持っているということだ。仮にLv.6になるまで『敏捷』アビリティをSの999まで極めても不可能だ。Lv.6になって一年も経っていないレインなら尚更(なおさら)

 

 考えられるのはレインが【ステイタス】を偽っている、【ステイタス】を大幅に強化する魔法か『スキル』、または【ステイタス】の成長を促進させる『スキル』を持っているか、だ。リヴェリアはこの中のどれかが当たっていると確信している。そうとしか考えられない。

 

「壁の奴はレフィーヤだな。躊躇いなく尻に魔法をぶち込む姿に、俺もビビっちまったぜ」

「…………」

 

 レインとリヴェリア以外のパーティメンバーは、流石にこの重圧に耐えきれなかったのか離れた場所で武器の整備をする椿の周りに集まっている。武器の整備が必要ない魔導士なのに、レフィーヤは椿の近くにいる。そしてこちらを見ようとしない。

 

「……教えてくれないのか?」

 

 強力な『スキル』は生まれや素質も関係するが、ありきたりなのは強い感情による発現だ。それも憎悪、怒り、悲しみといった負の感情ほど発現しやすい。アイズの持つ対怪物最強の『スキル』がいい例だ。

 

 嫌な予感がする。ここで聞きださなければ、ずっと後で後悔するという予感が。

 

「――リヴェリア、レイン。もう出発するよ」

 

 再び王族(リヴェリア)の邪魔をしたのは、団長として時間を無駄にできない『幸福なF(笑)』だった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 意識を切り替えたパーティは未到達階層59階層に進出した

 

 【ゼウス・ファミリア】が残した情報では59階層は『氷河の領域』。至るところに氷河湖の水流が流れ、極寒の冷気が第一級冒険者の動きすら鈍らせると……。

 

 しかし、レイン達の目には氷山どころか氷塊一つ見当たらない。あるのは不気味な植物と草木が群生する、報告とは違い過ぎる59階層だった。

 

 直上の58階層の規模を超える『密林』をフィンの指示で動く。進むのは何かを咀嚼し、何かが崩れ、何かが震えるような音がする方向。密林の左右に視線を走らせ警戒して進み続けること数分。

 

「……なに、あれ」

 

 先頭にいたティオナがパーティの総意を零す。樹林が姿を消し、現れた灰色の大地。吐き気を催すほどの芋虫型と食人花のモンスターと、その大軍に取り囲まれる巨大植物の下半身をもつ女体型。

 

 女体型は貪欲に『極彩色の魔石』を取り込んでいた。その姿を見てパーティは自分達が踏みしめている大地が、尋常でない数のモンスターの死骸そのものだと気付く。

 

『――ァ』

 

 レインは見た。

 

『――ァァ』

 

 醜かった上半身が盛り上がり、美しい身体の線を持った『女』が生まれるのを。

 

『――ァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 鼓膜を破壊するかのような歓喜の高周波に耳を塞ぎながら、

 

「完成体でこれか? 弱すぎるだろ……というか『エニュオ』とかいう奴、馬鹿だろ」

 

 『エニュオ』が迷宮都市(オラリオ)崩壊のシナリオを描くに至った『穢れた精霊』を、思いっきり馬鹿にした。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 圧倒的な忌避感を振りまく『穢れた精霊』がアイズを『アリア』と呼びまくり、それを聞いた【ロキ・ファミリア】達が動揺を露わにする。たどたどしく言葉を紡ぐ『彼女』にレインが冷めた眼を向けていると、

 

『――ソコノ汚イ黒ハ嫌。死ンデ、消エテ――私ノ前カライナクナッテッ!!』  

「んだとこらっ! 誰が汚いだ、もういっぺん言ってみろ!」

 

 『彼女』もレインに――正確にはレインの腰にある剣に――冷たい眼を向けてきた。レインの叫びに反応した訳ではないと思うが次の瞬間、『魔石』を献上していた残る芋虫型と食人花が、勢いよく反転する。ほぼ同時に、出入り口が緑肉で塞がれた。

 

「総員、戦闘準備!!」

 

 誰よりも早いフィンの号令。鋭い首領の声に、混乱していたティオナ達の体が反応し、武器を構える。破鐘の咆哮を轟かせながら芋虫型と食人花がアイズ達のもとに驀進し、『穢れた精霊』は笑みをこぼしながら緑の触手を振るう。

 

 触手はアイズを狙ったものだった。ティオナとティオネが疾走して迎撃したが、触手は彼女達の手を痺れさせるほど重く、切り払われた敵の触手には傷一つない。それでもティオナ達が舐めるなと迎撃を重ねる。

 

「リヴェリア、詠唱は待て」

「フィン?」

 

 戦況を見定め行動に移そうとしていたリヴェリアをフィンは止める。右手の痙攣させ、戦況に誰より危惧を抱く彼の顔から、統率者の仮面がひび割れ、今にも剥落しそうになっている。

 

 女体型はそんなフィンを見て――笑みを深くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『【火ヨ、来タ――】』

「【嚙み殺せ、双頭(そうとう)雷竜(らいりゅう)】――」

 

 同時に、レインも笑みを浮かべた。二〇〇M(メドル)以上離れているにも関わらず、『穢れた精霊』には白い歯まではっきり見えた。

 

 女体型とレインから吹き上がる『魔力』の奔流。妖精(エルフ)以上の魔法種族(マジックユーザー)であるはずの『穢れた精霊』より、ただの人間であるレインの『魔力』が大きかった。そしてアイズは――初めて会った時と同じように、レインに殺意を抱く。

 

 モンスターが詠唱をした驚きすら掻っ攫った男は、必死に詠唱を続けながら下半身の十枚の花弁を正面に正面に並べる女体型に左手を向ける。

 

「――【ツイン・サンダーブラスト】!!」

 

 叱声と共に、千の雷光を束にしたような巨大な電撃の奔流が、よりにもよって二筋、竜の姿を模して互いに絡みつくようにして『穢れた精霊』に押し寄せた。

 

 女体型を守るようにして立ち塞がった芋虫型と食人花、撃ちだされた触手は、まるで噛み千切られたかの様に消滅した。二体の雷竜が巨大な花弁に触れる直前、フィンの目に女体型の泣きそうな表情が映る。

 

「―――――」

 

 レインの魔法は遠く離れた向かい側の壁まで届き、途中に広がっていた密林、張り付いていた緑肉を爆砕する。59階層を青白く染め上げた光から目を庇った腕を下ろすと、そこには、

 

『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ――】』

 

 十枚の花弁の盾を失いながらも、勝ち誇った表情を浮かべる女体型がいた。どうやら花弁を焼失させながらも、受け流すことに成功したらしい。

 

 リヴェリアに結界を張る指示を出し遅れたフィンだったが、もう苦渋の感情なんて欠片も残っていない。他の団員も似たような状態だ。『穢れた精霊』、お前、勝ち誇っているけど――

 

「【嚙み殺せ、双頭の雷竜】」

 

 お前の詠唱速度がいくら早かろうと、レインは超短文詠唱。お前より早いぞ……。

 

「【ツイン・サンダーブラスト】」

 

 『穢れた精霊』が誰から見ても分かるくらい顔を引きつらせた。

 

『――イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 59階層に『穢れた精霊』の泣き声が響き渡った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言うと『穢れた精霊』は生きていた。泣き声に応えるように地面から――あたかも下部階層から放たれたかのような触手がレインの魔法を辛うじて防ぎ、『彼女』を救った。

 

 しかし女体型は恐怖で『魔法』の制御を乱し、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を発生させた。再び姿を現した女体型は、ちょっと同情するぐらいボロッボロだった。

 

 その姿を見てレインを除いたパーティは、早く倒して楽にしてやろうと意思統一。レインに残っていた芋虫型と食人花の相手をしてもらい、見事に『穢れた精霊』討伐を成功させた。

 

 相手は瀕死だったにも関わらず【ロキ・ファミリア】はかなりの傷を負わせられ、全員がレインの異常性を認識することになる。

 




 レインのスキル【竜之覇者(ドラゴンスレイヤー)】。レインは発現してしばらくの間は発動させっぱなしでしたが、怪物祭辺りで制御に成功。

 遅すぎると思うだろう? でも常時発動型の『スキル』を抑え込むこと自体が異常なのだよ。


 五十を超える『ヴァルガング・ドラゴン』……ハンマー投げとモグラ叩きを経験し死亡。


 レインの剣……次回で何かわかるかもしれない?

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