雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
今回はネタ回に近い。
18階層の『夜』が終わり、朝が来た。朝食を食べ終わったベル達は、安全に地上に帰還するための都合上で出来た暇を用いて、ダンジョン内に存在する『街』を訪れていた。『街』を訪れるメンバーはベル救出パーティ及び、【ロキ・ファミリア】の幹部三人の予定だったのだが――
「――よく俺の前に顔を出せたな、まっくろ黒助!」
「桜花殿、落ち着いてください!」
「そ、そうだよ……この人はまっくろ黒助みたいに可愛くないよ……」
極東の
仲間に危機が迫ろうと冷静さを失わない精神を持つと思っていた男の怒りに、ベル達は驚く。仲間の命と千草は驚いていないが。
対峙するのはまっくろ黒助、もといレイン。レインは
無駄にでかい声にレインは顔をはっきりとしかめながらも大男をじろじろと眺め、問うた。
「……お前、誰だ?」
「貴様、俺のことを本当に覚えてないのか!? あれだけのことをしておいて、俺の名前どころか顔も覚えてないだと!」
「俺は男はあまり記憶しない方だから」
大真面目な顔で首を傾げるレインに、桜花が唾を飛ばして喚いた。周囲の面々は、桜花の怒りっぷりや彼の仲間である命達の反応、レインの性格から何らかのいざこざがあったのだと察する。
「俺の【ランクアップ】が報告されたのはあのすぐ後だぞ! 少しぐらい記憶に残ってないのか!」
「……ああ、よく見たらお前……ダンジョンで『女の下着が見えそうだったら絶対に見逃さねえ! それが俺だあぁぁぁ!』とか叫んだ変態じゃないか」
「とんでもない出鱈目を言うんじゃないぞ貴様あぁぁぁぁっ!? タケミカヅチ様に誓ってそんな妄言口にしたことがない!」
「あ~……悪い。声に出してたか。お前の知られたくない過去を言ってしまってすまん」
「俺をからかっているな貴様っ! ここまで侮辱されて聞き流すほど、俺は人間が出来ていないぞっ」
「うん、そりゃ見れば分かるな」
そういや初めてダンジョンに潜った時にいたな、とレインは今更ながらに思い出す。しかも思い出したことをそのまま口にしていたようで、桜花の顔が思いっきり引きつっていた。額に浮かんだ青筋が脈打っている。
レインの言葉を聞いたアイズと命と千草以外の女性陣が、桜花に軽蔑の目を向けかけたが、
「そもそも、さっきのセリフはお前が言ったんだろうがっ! どれだけ都合よく記憶を捻じ曲げているんだ! あの後、仲間からの目が凄まじく厳しかったんだぞ!」
必死に自制しているのか全身が震えるほど拳を握りしめた桜花の叫びを聞いて、一気に同情する目になった。ベルとアスフィは仲間を見る目を向けている。特にヘルメスの命令でレインを尾行し苦労させられたアスフィは、何かを思い出したのか目頭を押さえていた。
「俺が聞いたら激しく同意しただろうが」
「同意しなかったら肩を握り砕くと脅したのはどこのどいつだ!」
「そんな奴、知らん!」
「お前だろうが! っておい、話を聞け!」
レインは何の
♦♦♦
「ここにあるバックパックと大刀をくれ。代金はボールスに請求しろ」
「毎度ありっ」
『リヴィラの街』の特徴である地上の同種の品と桁が一つ二つ異なる商品を、レインは惜しげもなく買う。購入された品は、欲しがった張本人のヴェルフとリリの手に渡された。
「ほれ。お前らが欲しがった物だ」
「ありがとうございます。ですが、よいのですか? 代金を他の人のツケにしたようですけど……」
「問題ないぞ。本人も納得している」
「いやそれ、絶対に嘘だろ。さっきの店の店主が請求しに行った奴、すげえこっちを睨んでるぞ」
ヴェルフが指を向ける先には、桜花の「ぼったくり」の言葉を聞いてギロリと凄んだ眼帯の大男がいた。大男は桜花の時の数倍の眼力でレインを睨みつけているが、レインは露ほども動じてない。それどころか、
「あっれぇ~? レイン君、昨日、外で小石が跳ねる音を聞いただけで、胸がドキドキする小心者って言っだダダダダダァ!?」
リリが怯む眼光を向けられても平然としているレインを、昨日の話を持ち出して、からかおうとしたヘルメスの頭にアイアンクローをかける。男神から上がる汚い悲鳴を聞き流し、ティオナが気になっていたことを尋ねた。
「レインってさ、この街じゃ支払いをぜーんぶ、ボールスに押し付けてるよね。何でなの?」
「私も気になってたわ。あの金の亡者が滅茶苦茶渋ったとはいえ、ちゃんと代金を払っているもの。おかげで
全員が金の亡者と呼ばれた男を見る。ティオネが言った通り、ボールスはすごく嫌そうな顔で『魔石』や『ドロップアイテム』を代金分、相手に渡している。
「俺とボールスで賭けをしたんだよ。目先の欲に目がくらんで自爆したのがあの馬鹿だ」
ベル達が無言で詳しく話せと促してくるのでレインは教えてやった。
まずボールスという男はクズだ。金と女が大好物で、弱い相手や弱みを握った相手には強気に出る。そしてイケメンは死ねと思っている。
「初めてこの街に来た絶世の美男子である俺を
(((((うぜぇ)))))
自然な動作で髪をかき上げながらの自画自賛。
ボールスが考えたのは、『初めてこの街に来た男は、この街の頭のボールスと力比べをしなければならない』というもの。しかも必ず賭けをしなければいけないという条件付きだ。これを受け入れなければ、一切街を利用させないとの脅迫文もある。
ボールスにとって勝ちの目しかない勝負だ。初めて『リヴィラの街』に来るということはほぼ確実にLv.2。Lv.3のボールスが負ける理由がない。ボールスが最初に狙った相手は、武器だけは一級品だが他はただの黒い服の男。
誤算だったのは、その初めて見る顔の男が最強にも程があるLv.9だということ。
「詭弁をまくし立てながら襲い掛かってきたボールスに、俺は恐怖と狼狽を乗り越え、決死の反撃を試みた。実に危ないところだったが、俺は勝った」
レインは悲壮な声で語り終えたが、最後の言葉は誰一人信じなかった。全員、この男が狼狽することなんぞあり得ないと確信していた。
「どんな風に反撃したの?」
「よく覚えてない。でも火事場の馬鹿力が発揮されたのか、ボールスは三〇
ティオナの問いにレインは悲壮な声で答える。
「賭けの内容は何だったのですか?」
「『一年間、相手の命令に絶対服従』だ。仕方なく使ってるけど、本当はやりたくないんだ」
リリの問いも悲壮な声で答える。約束を破った時は【
ボールスもレインを奴隷のように扱おうとしていたので、レインも容赦はしない。あの馬鹿みたいな案は勝負に勝ってからすぐに破棄させた。
「……レイン君……、確か……捨て猫に涙を……浮かべるんじゃ……なかったのかい……」
「捨て猫は殴れないが、野郎なら殴れるさ」
瀕死のヘルメスの言葉は普通の声で斬り捨てた。このレインが作った名言は神々に
この後、レインは18階層名物『ダンジョンサンド』を人数分頼み、それに加えてヘスティアが目に付けた香水の代金をボールスに押し付けた。
リヴィラの街をずっとリヴェラの街と勘違いしてました。見つけたら誤字報告してもらえると助かります。