雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 文を区切るところに♦♦♦を入れてみました。


四話 少女の正体

 レインは(強制的に)浴場に連れていかれ、身体を隅々まで洗い、ボサついていた髪をくしで整えられることになった。他人に身体を洗われるなど恥でしかないので、身体は自分で洗ったが……。

 

 嫌々ながらも用意された砂漠での夜着を身に纏い、この屋敷の最上階にあるフレイヤの部屋に向かう。元奴隷たちからの羨ましそうな視線を振り払うように階段を上っていると、その途中でレインと同じくフレイヤに目をつけられた少女、アリィに出会った。

 

 彼女のボサボサだった髪はくしで整えられ、清楚な砂漠風のドレスを着せられている。身体は隅々まで洗われ、香油もたっぷり使われたのだろう。ほんのりと耶悉茗(ジャスミン)の香りがした。

 

 アリィもレインに気が付き、こちらに目を向けてくる。

 

「貴殿は……確かレイン、だったか? 大分見た目が変わっていて驚いたぞ」

「そうか。そういうあんたも随分綺麗になったな」

「ぶっ!? い、いきなり綺麗とか言うな! 驚くだろうが!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴ってくる。アリィの方が褒めてきたから当たり障りのない返事をしたというのに……解せぬ。

 

 歩き方が若干乱暴になった少女の横に歩幅を合わせて並ぶと、レインは気になっていたことを尋ねてみた。

 

「アリィ。お前は王族、もしくはその関係者か?」

「!!」

 

 変化は劇的だった。アリィはうつむきがちだった顔を上げ、その薄紫の瞳を見開き歩みを止める。ふむ、なるほどな。

 

「そんなに露骨な反応をすれば、図星だと言っているようなものだぞ」

「……なぜ私が王族関係者だと思った?」

 

 警戒心丸出しの目でこちらを見るアリィ。その態度が正体を露見させているようなものなのだが、それは置いておく。

 

「一つ目にしゃべり方。普通の奴隷は人を呼ぶとき『貴殿』なんて呼ばないよ。商人ならその呼び方をしても不自然ではないけど、商人が奴隷になるとは考えにくい」

「考えにくいだけで、なる可能性はあるだろう。私が王族だという証明にはならない」

 

 こいつ自分から王族だと暴露したな……開き直ったのか、おっちょこちょいなのか……真面目な顔から察するに後者だろう。つい喋ってしまった感じだな。

 

「二つ目にアリィ。お前は俺に『貴殿』と言いながらレイン『殿』とは言わなかったな? 商人ならば失礼のないように相手が誰だろうと『殿』か、最低でも敬称をつけるだろう。『貴殿』といいながら呼び捨てにするということは、それだけの権力と立場を持っているか、余程の馬鹿のどちらかだ」

 

 二人ともフレイヤの部屋に向かって進めていた足を止め、その場で向かい合って話す。周りに人は一人もいないので、声を潜める必要もない。

 

「そして三つ目。フレイヤの前でぎこちなく礼をしたことだ。多分だけどあんたは『拝礼』をしようとしてやめたな? だから礼をするのが他の奴らよりぎこちなくなったんだ。これが一番の決め手かな」

「…………」

 

 黙りこくってしまったアリィ。頭の中は自分の迂闊(うかつ)さを攻めているのか、自分のふるまいを見直しているのか……フレイヤの部屋に行くことを忘れているのは確実だろう。

 

「ところでアリィ。あんたは『男装』が似合いそうだな。身なりを整えれば、『一国の王子』に見えなくもないだろう」

 

 その言葉で、アリィの顔が致命的なまでに歪んだ。

 

「俺が聞いた話によると、アラム王子は処刑されたシャルザード王の唯一の子供で、絶世の美男子。年齢は十六で、姉や妹といった人物は存在しない。王は子宝に恵まれなかったらしいな」

「っ……!」

 

 沈黙したまま肩を震わせる少女。レインはアリィ――正体を隠しているアラム王子の秘密を突き付ける。

 

「アラム王子は男児ではなく、『女児』。子宝に恵まれない王が男として育ててきた……そんなありきたりな話だろう」

 

 アリィは目の前の男を恐ろしく思った。この男はわずかなヒントだけで自分の正体にたどり着き、さらに重大な秘密まで見抜いた。どんな思考回路をしているんだ、こいつは!

 

「私を脅すつもりか……!」

 

 もしこの男がこの秘密を言いふらすつもりならば、自分はこいつの口をなんとしても封じなければならない。金や権力は今は使えない。同性の自分ですら頬を染めてしまうフレイヤの美貌を鼻で笑うこいつに、色仕掛けが通用するとは思えない。なら、殺すしか――

 

「ないな。脅す気なんて欠片も」

「なっ……」

 

 レインはあっさりと返答した。思わず間抜けな声が漏れる。

 

「強いて言うなら、忠告とフレイヤに対する嫌がらせだ。あいつもあんたの正体に気付いているぞ」

「え!? そ、それは本当か!」

「あの女神の場合、あんたの雰囲気で気付いたんだろうな。あれは奴隷が持つ『威風』じゃないぞ」

 

 初めて見た時、レインはアリィのことを『雌伏して時を待つ虎』だと感じた。『魂』を見ることが出来るフレイヤなら、その時にアリィの本質に気が付いていただろう。

 

「あの女神のことだ。これから部屋に行ったら俺と似たようなことを聞くだろう。それに対するあんたの反応を楽しむ気だろうな」

「そのためだけに、私の正体を考えたのか?」

「ああ。俺はここに無理やり連れて来られたからな。なるべく嫌がらせをしてやるつもりだ」

「……貴方も大変だな」

 

 アリィの目が同情するようなものになった。言葉遣いも若干砕けている。意識して変えたのだろう。

 

「さっさと行くか。待たせすぎると何されるか分からん」

「確かにな。急ごう」

 

 二人の男女は急いでフレイヤの部屋に向かった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインの予想通り、フレイヤはアリィの正体に気付いていた。アリィの正体を聞かされることになったボフマンは顔を青ざめさせていたが。

 

 アリィはフレイヤの言葉を聞いても平然としていた。もしレインから忠告されていなければ、動揺を態度に現してしまっていたかもしれないけれど、一度経験すればどうということもない。

 

 フレイヤはアリィの様子につまらなそうにしている。このフレイヤの表情を見れただけでもレインとしては満足だ。

 

 フレイヤが話し終えると、アリィがここから解放して欲しいと言い出した。自分は王だから、救わなければならない民と、自分を待っている兵士たちがいる。貴方への恩は必ず返すから、シャルザードへ行かせてほしい、と。

 

 それをフレイヤはあっさりと快諾。女神に利益がないと判断したボフマンが口を開こうとしていたが、そんなことを気にすることなくフレイヤは、

 

「私は従属する人形が欲しかったわけじゃないし……貴方の言う『恩』は必ず返してもらうわ」

「……感謝します。外の世界の女神よ」

 

 拍子抜けしたような顔をしていたアリィは、その言葉に緊張を纏いなおす。悪魔と禁断の契約を結んだかのような(間違っていない)面持ちで、深く頭を下げ、形ばかりの礼を告げた。

 

 彼女はボフマンに連れられて部屋を出ていき、フレイヤとレインだけが残った。

 

「あの子が私に正体を見抜かれた時、ちっとも『魂』に揺らぎがなかった……。レイン、あなたの仕業ね」

「知らんな。彼女の心があんたの予想より強かったんじゃないのか?」

「……まあいいわ。貴方は絶対に真実を喋らないでしょうし」

 

 来なさい、とフレイヤは人二人など余裕で収まる寝台(ベッド)に座った。レインもこちらの腕が一方的に届く距離をあけて座る。

 

「レイン、貴方の目的は何かしら?」

「あんたに言う必要がないな。話がそれだけなら――」

「私は貴方の『魂』の本質が見たい」

 

 フレイヤがゆっくりとレインの方へ近づいてくる。レインはフレイヤの言葉を聞いて動かない。

 

「貴方の『魂』は美しいわ。盗賊や闇派閥(イヴィルス)達のように不快な”黒”ではなく、つい目を奪われてしまう夜空のような”黒”」

 

 月に例えられることのある(フレイヤ)に相応しいわね、と言いながらフレイヤはレインの顔を両手で挟みこむ。全てを見透かす銀の瞳で、レインの黒い瞳を覗き込む。

 

「そんな夜空に雲が掛かっている。私はその雲を取り払って、月と星々が輝く美しい夜空を見てみたい」

 

 レインは弱弱しくフレイヤの腕を振り払う。レインの瞳を見る時、フレイヤはからかうような笑みではなく、天界(うえ)から子供たちを見守る、まさしく超越存在(デウスデア)の笑みを浮かべていた。その笑顔を見てしまえば、さすがのレインも皮肉を返すことが出来ない。

 

 それを見透かしたかのように、フレイヤは昼間に見せたからかうような笑みを浮かべ、

 

「さあ、私に一夜の夢を見せて頂戴」

「今の俺なら従うと思ったのか。あんたに一瞬でも抱いてしまった俺の尊敬を返せ」

 

 押し倒そうとしてきたフレイヤをレインは容易くかわす。そのまま近くにあったカーテンの紐を取ると、フレイヤを布団で簀巻きにした。神を恐れぬこの所業。こんなことが出来るのはレインか、とある酒場の女将くらいだろう。

 

 簀巻きの美の神という世にも珍しい物体を残してレインは部屋を出る。扉を閉める間際、

 

「……雲が取り払われることなんてない。俺にその意思がないのだから」

 

 呟かれた言葉は誰にも拾われることはなかった。

 

 ーーたった一人の女神を除いて。

 




 レインの魂にかかっている雲とはいったい……

『拝礼』……王族たちが習う、神に対する礼の仕方。
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