雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
今回は後半が重要です。
「――」
優男の笑みを浮かべる腹黒男神の言葉にレインは激しく動揺した。強靭な自制心ですぐさま精神を立て直しほぼ全てを内面だけに留めたが、人の弱い一面をついて試練を生みだす神は見逃さない。
「どうやら君にとって聞く価値のある情報だったようだね。とりあえずアスフィが失禁寸前だから、殺気を引っ込めてくれ」
「……」
ヘルメスの言葉を聞いて、レインはまともに息もできず顔色が青を通り越して白になっている
「誰だったっけ、遺言がどうとか言ったのは――っと、待ってくれよっ。ちょっとくらい仕返ししてもいいだろ?」
「さっさと話せ」
レインの内面を表すように
誰がこの場を支配し、誰がこの場で有利なのか……それを理解しているのはたった二人。
「俺が君を本格的に調べようと思ったのはタケミカヅチ……技と武を司る俺の神友から面白いことを聞いたからだ」
「面白い話、だと……?」
「そうさ。半月くらい前かな、あいつが
レインの頭の中に偶然見かけた体運びや足さばきが凄かった、ジャガ丸くんのエプロンを付けた神が現れる。教えを乞うか少し考えながらも、結局その神の動作を眺めるだけに留めた事を思い出した。
タケミカヅチとやらに見られた可能性があるとすれば、おそらく孤児院の子供達に剣を振る姿を見せてほしいと言われた時だろう。武神ならばそれを見るだけでレインの技量がどれ程のものか見抜けるはずだ。
「よっぽど悩んでいたのか、ジャガ丸くんを盛大に焦がしていたよ。まあ、そのおかげで簡単に悩みを聞き出すことができた。その悩みの種の子供が、青白い剣を持った黒ずくめの青年だってことをね」
ヘルメスが顔を上げ、ある方向を見る。そこには武の神を主神として仰ぐ三人の冒険者がいた。彼等彼女等は悪趣味な
「タケミカヅチの教えを受けた命ちゃん達より、『技と駆け引き』を極めたと武神に言わせた子供……。本腰を入れて調査をするには十分だろう?」
今度は眼下の光景を眺める。ベルと透明になったモルドの決闘の
観客を失った天然の舞台の上でベルとモルド、二人だけの決闘が続く。
「付け加えればこの魔剣《ルナティック》……『古代』に双子の鍛冶師によって作られた邪剣を使いこなす精神力も素晴らしい。むしろこっちが調査に踏み切る契機だったのかもね」
喉元に突き付けられている魔剣を指さす。邪剣、という言葉に反応したのか《ルナティック》の
「調べてみれば信じられない戦績が出るわ出るわ。『古代』から『神時代』に至るまで数多の英雄を見てきた俺が断言しよう! レイン君、君に比べれば全ての英雄が凡人に成り下がると! 君こそ真なる英雄に相応しい!」
ヘルメスの言葉で、レインの剣を握る手に力が入る。『全ての英雄が凡人に成り下がる』……聞き逃せる言葉ではない。成し遂げたことに差があろうと、英雄に優劣など存在しない。
語る内に興奮してきたのかヘルメスの声は大きくなり、顔には狂喜と言っても過言ではない程、口が吊り上がっていた。
「【
ヘルメスが眼を見開く。
「そして俺は君が戦士になった理由を探した。――さあ、最初の質問に戻ろうか!
君の故郷を調べ尽くしたけど、フィーネちゃんは墓はおろか遺体すら見つからなかった。そしてフィーネちゃんが亡くなる事になった事件から君は丸々一ヶ月眠っている――レイン君。フィーネちゃんの遺体がどこにあるのか知っているのかい?」
♦♦♦
あの雨の日を一日たりとて忘れた事はない。
『ったく、ついてねェな! あの女から逃げ隠れた森で運よく
『おいババァ! 酒くらいねーのかよ! こちとら世のため人のため戦った冒険者様だぞ!』
『人のためとか言いながら人殺してるじゃねーかよ!』
『馬鹿野郎! 老い先短ぇババァを殺して楽にしてやったんだぞ? むしろ感謝してもらいてェくらいだ!』
『『『ははははは!!』』』
三人の盗賊達――後からオラリオを追われた元冒険者だと知った――の汚い笑い声。げらげら笑いながら小屋の中をひっくり返し、フィーネの誕生日プレゼントとして贈った花を踏みにじる足。おばあちゃんの遺体を足蹴にする姿。
『おばあちゃん!!』
『なんだぁ? ガキが隠れていやがったか』
祖母に駆け寄ろうとしたフィーネを盗賊の一人が捕まえ、その首にナイフを突き立てようとした。
それでも……それでも
その時、フィーネは何度も何度も叫んでいた。殺さないでほしいと懇願する絶叫ではなく、助けを呼ぶ悲鳴じゃない、
『逃げて!!』
フィーネが息絶えるまでの間、彼女の口からはレインの身を案じる言葉しか出なかった。
少年の番になった時、傭兵をしている少年の親父がドアを蹴り破って入ってきた。おかげで少年だけは助かった。
運が悪かった。これは世界中に溢れている『悲劇』の一つ。無力な少年に悪い所は一つもなく、ただ運が悪かった。
『――ちがう。俺が、弱かったんだ……』
冬の雨の日。一人の少女の誕生日は一人の少女の命日となり――
『強く、誰よりも強く、この世のどんな存在よりも強くっ! もう誰も失わない力を、守れるような強さを、何者にも屈しない強靭な心を!』
――読書好きの弱い少年の命日になり、世界最強の黒い戦士の誕生日になった。
しかし、この事件には不可思議なことがある。
少年の命を救った彼の親父は盗賊達を殺した後、フィーネと彼女の祖母が完全に亡くなっている事を確認している。だから彼は生きていた息子だけを家に連れ帰り、一ヶ月の間看病した。
少年は生きていたとはいえ虫の息。二つの遺体を埋葬するための時間などなく、フィーネ達の遺体は一ヶ月の間、放置されていた。少年の家族以外でフィーネ達と接する者はおらず、小屋に近付こうとする奴はいない。
そして動けるようになった少年と彼の親父が再び小屋を訪れた時――フィーネの遺体が消えていた。
血でどす黒く汚れた床と、蛆の沸いたフィーネの祖母の亡骸が二人にあの雨の日が夢ではない事を教えるが、フィーネの遺体は見つからない。靴の底がすり減って完全に壊れ、足が血まみれになる程探しても見つからない。
少年は世界中を旅した。誰よりも強くなるため、亡き恋人の遺体を探すため。それでも彼女の遺体は見つからない。
少年は今でもフィーネを探している。
皆さん……ヘルメスが墓を荒らしたと思ったでしょう?
神なので遺体に大して意味はないと思っていますが、最低限の常識はあります。
まあレインの恋人まで調べていたのは、脅して手駒にしようとしていたからですが。もし墓があったら平気で荒らしていた。
結局ヘルメスは善神とは言えませんね。