雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
「覚えておけ。
天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶を砕いて生まれ落ちた
火炎の大過に包まれる漆黒の巨人に立ち向かうのは、白光と
南の草原にヘルメスと共に残されたレインも疾駆するベルに視線を向ける――ことなく『ゴライアス』に手を向ける。世界最強の黒い戦士は雰囲気に流されることなく、『英雄の一撃』より先に『巨人の鉄鎚』が炸裂することを見抜いた。
ヘルメスだけが見えた。レインが手を向けた瞬間、『ゴライアス』の右腕による一撃がベルに当たる直前で止まったのを。それはまるで、巨大な見えざる手で握りしめられているようで――
「俺はダンジョンの秘密も、
レインが何かを握り潰すように手を閉じる。不可視の力によって巨人の身体に
「だから
冒険者達が諸手を突き上げ、あるいは隣の者と肩を組みながら声を上げる。興奮の赴くまま顔を赤く染め歓喜を分かち合う彼等とは違い、ヘルメスはすぐ側に立つ戦士の目の奥にちらつく
「――天界送還など生温い、本当の死を与えてやる」
♦♦♦
夢を見ていた。
レインはこれが夢だとすぐに気が付いた。なぜならレインの視線の先にはフィーネと彼女の祖母が暮らしていた小屋があり、窓からは昔日のレインとフィーネが仲睦まじくしている姿が見えるからだ。
心からの笑みを浮かべたレインが持ってきた本や花を贈り、フィーネと彼女の祖母も笑顔を浮かべて喜ぶ。人生で最も幸せだった時間で、漠然とずっと続くと思っていた光景だ。
遠くに見える幸せな光景とは裏腹に、今のレインが踏みしめる黒い泥沼のような大地には夥しい数の死体が横たわっており、全員がレインを睨んでいる。中には怨嗟の声を漏らす者もいた。……全てレインが殺し、死を悼むべき者達だ。
――この夢を見るたびどれだけ命について考えを巡らせた事だろうか?
何度も死にたいと思った。世界で一番愛する人を守れなかった自分に生きる価値などないから。あの子のいない世界で生きたいと思えないから。
何度も生きなければと思った。愛する人の最後の願いは『逃げて』……生きてほしいだったから。あの子の命で救われたなら、自分は生き続けなければならない。
彼女を死なせた自分が人並みに幸せになるなんて間違っている。息が出来なくなるまで、心臓が動かなくなるまで、魂が消滅する最後まで戦い続けるべきだ。
でも……最近少し考える。彼女がこんな自分を見て喜ぶのか? 限りなくゼロに近いとしても遺体が見付からない限り、彼女が生きている可能性があるのだ。
『もし貴方が死んだら、最低でも一人は泣く人がいるんです。その人を泣かせたくなかったら自分を大切にしてくださいね』
こんな男のために泣いてくれる
――フィーネはもういない。無力な俺が目の前で成す術もなく死なせたからだ――
――剣をどうするつもりだ? 何が遅くないんだ? 蟻一匹殺せなかった俺が何人殺した? とうの昔に手遅れだ――
――優しいフィーネが今も生きているかもしれない? 俺に逢う資格なんてない――
――もう誰も失わない。守れるように強くなる。この世界に蔓延るクズ共を滅ぼし、小さな幸せだろうと奪わせない――
――彼女に到底顔向けできない無様な道でも、それだけがあの雨の日に戦えなかった弱い俺に唯一できる贖いなのだから――
――それさえ忘れて、何故自分を許そうとしている。二年前のあの時も、砂漠にいたクズもお前は
――もういい。誓いを忘れて泣き言を漏らすならお前の身体を俺に寄越せ!――
「――くっ!」
被っていた毛布を跳ね飛ばすようにして目を覚ます。夜着として使っている半袖の黒シャツが大量の汗を含んで気持ち悪い。いつもと変わらぬ自室のベッドの上で、窓からは朝日が差し込んでいる。
「夢を見たのは久しぶりだな……」
夢を見る事になった原因は分かっている。一昨日、一緒に地上に戻ってきた優男の笑みを貼り付けた神にフィーネの遺体について訊かれたからだ……遺体を探すのを手伝おうかと言われたが、間違いなく断った。
しばらくベッドの上で夢を思い出していたレインは、やがて顔に手を当てて首を振り、ベッドから下りた。妙な夢を見るということは知らん内にストレスでも溜まってるのかもしれん。『遠征』も終わったことだし、今日くらいはゆっくりするか。
きっぱりと頷き、洋服ダンスに向かう。いつもの黒ずくめの格好に着替え、軽くあくびを漏らす。やっといつもの調子が戻ってきた。食事が用意されている食堂へ行くため部屋を出る。
いつものようにベッドに潜り込んでいたフレイヤはアレンの部屋に放り込んでおいた。レインが来てからストレスが溜まっているのは間違いなく、【フレイヤ・ファミリア】の幹部達だろう。
♦♦♦
場所はオラリオの海の玄関口であるメレン。暇な時間を潰すため【ディアンケヒト・ファミリア】に
頼まれたのは血や肉が薬の材料になる海の生き物の配達。渡されたメモには
オラリオの市場で売られているのを買えばいいじゃないか、と言ったら、生きたままでなければ品質が落ちるし大量に買い占めれば他の客に迷惑がかかると返された。……どっかの目的の為なら手段を択ばない女神とは大違いだ、マジで。
「いいか? こっちの亀は獲物に噛みつけば食い千切るまで離さないし、こっちの魚は穴を見つければ潜り込もうとする性質を持っている。取り扱いには十分気を付けろよ」
「分かってるって! 絶対に男の逸物に噛みつかせたりしないし、ケツの穴にねじ込ませたりしないさ! だからこのメモの量だけ売ってくれ」
「今の言葉を聞いて俺が売ると思ってんのか!? というか、これだけの量を買って何をするつもりだ!? どれだけの男に恨みを持ってんだ!」
「薬の材料にするんだよ。安心しろ。十人ちょっとが不能になって、
「安心できるか馬鹿野郎っ! お前には絶対に売らねえから帰れ!」
「なんだと? 無駄に年を食った老け顔に相応しい頑固さを発揮しやがって……」
「誰が老け顔だ! 俺はまだ十八だぁ!」
「えっ、嘘だろ? どう見ても五十代……」
「貴様ぁー!」
そんなこんなで依頼の亀と魚を見つけたのだが、老け顔ドワーフの男の店主が頑固で売ってくれない。くそっ、売ってもらえないと依頼が達成できない上に、
心底悔しそうな顔をしながら生け簀に手を入れる。「おいっ!? 両手に持ったスッポンどうするつもりだ! つーかその被害者みてえな顔やめろ腹立つ!」と叫ぶ店主の股間に口を開閉する亀をじりじりと近づけていると、
「オマエ、強そうだな。昨日見た、ティオナとティオネと一緒にいた金髪の剣士と緑の
突然だが、常日頃レインは俺に怖い物がないと言っている。神々ですらビビるリヴェリアやシルの説教を受け流せるのは、オラリオにはベートかレインしか存在しない。
しかし、そんなレインにも苦手な物はある。例えば
このレインが苦手な物の条件全てを揃えた種族がいる――そう、アマゾネスである!
知ってる? ウナギに精力増強の効果はあんまりないんだって。