雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 書きたい話が近づいてきた!


 あとシルの毒――味見役の女性のヘルンさん、ヒューマンでした。エルフと間違えていてすみません。


四十二話 順風満帆?

 たった一枚の羊皮紙に記されている情報が都市をざわめかせる。

 

 

「さすがにこれは冗談だろ……?」

「馬鹿か? 嘘だったらギルドが罰則(ペナルティ)を与えるだろうし、そもそも発表自体されねえだろ」

「どんな真似をすりゃ、こんな頭のおかしい記録を出せんだよ……」

 

 

 老若男女。獣人妖精(エルフ)アマゾネス。冒険者に一般人。年齢も種族も職業も関係なく、その情報紙は人々の注目と驚愕を集める。

 

 

 その情報とはとある冒険者()の公式昇華(ランクアップ)の報せ。幾日が過ぎても戦争遊戯(ウォーゲーム)の興奮が醒める気配がない中、多くの者達を騒がせる情報が都市中を駆け巡った。

 

 

 ――所要期間、一ヶ月。

 ――ベル・クラネル、Lv.3到達。

 

 

 これがヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)達が注目していた情報――ではない戦争遊戯(ウォーゲーム)ではLv.3のヒュアキントスを倒す大立ち回りを見せつけ、Lv.2の世界最短記録(ワールドレコード)に続いてLv.3の記録(レコード)まで塗り替えた少年(ベル)の知名度は留まることを知らず、そのままいちやく一躍有名になるはずだった。

 

 

 世界記録(ワールドレコード)更新の衝撃すら上回る報せ。それは――

 

 

「どんだけ化物なんだよ……【フレイヤ・ファミリア】は」

 

 

 ――オッタル、Lv.8到達。

 ――アレン・フローメル、Lv.7到達。

 ――ヘディン・セルランド、Lv.7到達。

 ――ヘグニ・ラグナール、Lv.7到達。

 ――アルフリッグ・ガリバー、ドリヴァン・ガリバー、ベーリング・ガリバー、グレール・ガリバー、Lv.6到達。

 

 

 迷宮都市オラリオの双頭と呼ばれる【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。つい先日まで完璧に並んだ、いやいや既に追い越したと【ロキ・ファミリア】を持ち上げていた者達とはしゃいでいた神々の横面を殴り飛ばすような情報である。

 

 

 順風満帆だった白兎が『すんません、自分調子乗ってたっす』と土下座しそうなくらいとびっきりの話題は、今まで以上の興奮で都市を包み込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オッタル達はフレイヤの寵愛を受けるベルが憎くて【ランクアップ】の報告を合わせた訳ではない。図らずして当て付けのようになってしまったし、嫉妬がないと言えば嘘になるが、ただ単純に報告も忘れるほど鍛錬を重ねていたのだ。

 

 

 己が全てを捧げた女神の寵愛に応えるために。遥か先を歩む『怪物』を超えるために。

 

 

 そんな彼等は今日も限界を超えるまで身体をいじめ抜く――

 

 

「さあっ、遠慮なくどんどん食べちゃって下さい! おかわりは沢山ありますので! 余ればミア母さんのお店の従業員(みんな)に持っていきます!」

『…………………………』

 

 

 ――ことなく、【ランクアップ】を経てより強靭になった消化器官が総動員で抵抗してもあっさり蹂躙される(意訳:死ぬほど不味い。ってか死にそう、ナニコレ?)料理を、今にもテーブルをひっくり返しそうになる手を抑えて食べていく。

 

 

 彼等が立ち向かっているのは【ランクアップ】に認められる『偉業』に匹敵しそうな苦行だった。既に一名、脱落している。年頃の女性がしてはいけない顔で失神している。

 

 

「新しくベルさんの【ファミリア】に入った命さんはとても料理が得意だそうです! しかも、掃除洗濯何でもござれの家庭的な女性だとか……! このままではベルさんの胃袋とハートを掴まれてしまう可能性が! 一刻も早く唯一無二の究極で至高の料理に至らないと……そして喜んだベルさんは私を美味しく食べちゃったりして……!? きゃっ、ベルさんったら大胆なんですから♪」

『……………………………………………………』

 

 

 オッタル達の手の中で加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)銀匙(スプーン)が音を立てて愉快なオブジェに生まれ変わるが、桃色の妄言を吐きながらも青い煙が上がる鍋をかき混ぜるシル(アホ)には見えないし聞こえない。

 

 

 素早く銀匙を元の形に力尽くで戻し、戦争遊戯(ウォーゲーム)のお祝いに行ってくると一人だけ逃げ出した男の殺人計画を本気で考えながら、彼等は無表情かつ機械的に匙を動かす。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 カランカラン。うららかな日差しを浴びる豪邸の呼び鈴を鳴らすのは花束と小袋を持つ一人の男。扉の奥から「少し待っておくれー」と声が聞こえてから待つこと一分。

 

 

「【ファミリア】の入団試験ならあと三十分後だよ――って、レイン君か。ボクのベル君の人気をかっ攫ったフレイヤの眷属(こども)が何の用かな?」

「久しぶりだな、ヘスティア。用件はあんたの【ファミリア】が戦争遊戯(ウォーゲーム)で勝ったことに対するお祝いだったんだけど、このまま帰ってやろうか? この袋には単価五〇万ヴァリスの万能薬(エリクサー)が十本入っているんだが……」

「すいませんでしたっ!」

 

 

 扉を開けてレインに対応したのは黒髪(ツインテール)の女神。やって来たレインを見る目がキラキラした目からジト目に変化していったが、袋の中身を知った途端、玄関で土下座をした。ヘスティアの後ろを付いてきたベルが神としての威厳もへったくれもない姿にギョッとする。しかし、ヘスティアに余裕はない。

 

 

 一時期ベルのサポーターを神なのにやるくらい冒険者についての知識が無いに等しいヘスティアだが(ゴブリンにタコ殴りにされた)、回復薬や装備品の値段や効果は薬神(ミアハ)鍛冶神(ヘファイストス)に教えられて知っている。

 

 

 ヘスティアの中で万能薬(エリクサー)は超高価だけど死んでなければ治る超凄い薬になっている。故に愛する眷属達がいなくなる可能性が少なくなる薬が手に入るなら土下座の一つや二つ、いくらでもして見せるのだ。

 

 

「か、神様、土下座をやめてください。神様は神様なんですから恥と外聞を捨てちゃダメです!」

「止めるなベル君! ボクは君達のためなら泥水だろうとすするって決めてい……るん……」

 

 

 顔を上げたヘスティアがある一点を見たまま固まる。ベルはヘスティアの視線の先にあった物――レインの腕に抱えられた白い花束を見て真っ青になった。

 

 

 普段のベルなら「綺麗な花ですね、ありがとうございます!」と頭を下げるがその花だけは例外だった。何日か前にアイズが持ってきただけでホームを混乱に陥れた花の名前は雪落花(スノードロップ)。花言葉は『お前たちの死を望む』……他の【ファミリア】にこの花を渡すのは事実上の宣戦布告である。  

 

 

 今最も勢いがあるはずのファミリアの主神と団長が玄関で土下座をしている光景を見れば、誰も【ヘスティア・ファミリア】に入ろうとはしなくなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、戦争遊戯(ウォーゲーム)勝利と【ランクアップ】おめでとう」

「ありがとうと言いたいけど……なんであの花をお祝いの品として持ってくるんだ……」

「綺麗な花だと思って選んだからな。そんな花言葉があるとは知らんかった」

 

 

 嘘である。この男、花言葉はもちろん知っていたし、花屋の店員に祝い事には向かない花だと言われながら購入したのである。昔適当に言った「好きな人のハートを溶かします♡」が実現してしまい、毒味をさせられることになった原因(ベル)に仕返しをしたかっただけである。

 

 

 嘘を見抜けるヘスティアがジト目を向けてくるが気にしない。

 

 

「こんなに万能薬(エリクサー)をもらってもいいんですか? これ、とっても高い物ですよね?」

「賭けで大勝ちしたんでな。今の俺は金持ちだ」

 

 

 本当(マジ)である。この男、ベルが勝つと見抜いて一〇〇〇万ヴァリスを賭けたのである。金持ちの貴族や豪商はこぞって【アポロン・ファミリア】に賭けていたのでつり合いも取れ、レインは二億ヴァリスを手に入れた。

 

 

 嘘を見抜ける貧乏神が虚無の目で見てくるが、気にしないったら気にしない。

 

 

「他にやる事もあるし、もう俺は行くぞ。さっきヘスティアが言った通り、入団希望者が来るだろうからな」

「そうさ! フレイヤの所には負けるけど、僕たちも中堅【ファミリア】になったんだ!」

「そうです! ついに僕たちも零細【ファミリア】脱出するんですよ! どんな人が来てくれるんでしょう……!?」

 

 

 嬉しそうに手を取り合うベルとヘスティア。「お前らの所に来る輩はうまい汁(クロッゾの魔剣等)を吸う目的で入ろうとするのが多いぞ」と警告しようとして……やめた。その辺はあの元盗人の小人族(パルゥム)が対処するだろう。

 

 

 入団させる人物の妄想を膨らませる二人を尻目に、レインは『竈火(かまど)の館』を後にした。

 

 

 庭の門を通った黒衣の男が歩を進めるのは都市南東部。そこには色と欲にまみれた『夜の街』がある。


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