雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 話がなかなか思い付きませんでした。今回は引き伸ばし回です。


 次の話は人造迷宮(クノッソス)突入前から始まるかもしれません。


四十三話 歓楽街

『最近イシュタルが妙な動きをしているわ。別にどんな隠し玉を持っていようと踏み潰せる自信はあるけれど……何の警戒もしなかったせいで愛しい眷属(あなたたち)を失うような間抜けな女王に私はなりたくない』

 

 二日前、【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)、『戦いの野(フォールクヴァング)』の凄まじい規模を誇る大広間に全ての眷属を集めたフレイヤが開口一番に告げた言葉がこれだ。

 

 フレイヤの言葉を聞いた眷属の反応は様々だ。もったいなきお言葉と(こうべ)を垂れる者。全てを捧げる女神の愛に背筋をわななかせ、更なる忠誠を誓う者。敬愛する女神にかような心配をさせる己の不甲斐なさに怒りを燃やす者など。

 

 適当な事をするだけで主神(フレイヤ)に対する忠誠心が上がっていく【ファミリア】に、広間の隅から傍観するレインは大丈夫かこの派閥? と本気で不安を覚えた。同じ神血(イコル)を刻まれた眷属達に向けるのは、完全にアホを見る目である。

 

 一人を除いて静かに熱狂していた眷属達だったが、次のフレイヤの一言で熱気は霧散する。

 

『だからね、誰か一人でもいいから『歓楽街』に行ってくれないかしら?』

 

 ここで【フレイヤ・ファミリア】の弱点が露見する。

 

 一つ目にフレイヤに向ける忠誠心が大きすぎる事。隣で同じ派閥の者が死んだとしても基本的に冷静さを失わずに行動する彼等だが、フレイヤに関する侮辱だけには怒り狂う。それこそレインが「年中盛ってる痴女女神がっ」と呟くだけで全員が本気で殺しに来る。

 

 これだけの忠誠心を持っているせいで、『歓楽街』に偵察に行くことがフレイヤのためになると分かっていても進んでやろうとは思えないのだ。この思いはアレンやオッタル達の様にLv.が高いものほど顕著だ。

 

 そして二つ目に……ほぼ全員が脳筋なのだ。【フレイヤ・ファミリア】の眷属達はフレイヤの力になるために、日夜『殺し合い』を繰り広げている。休憩は蘇生三歩手前の重症を治療している間か、食事・睡眠の時間くらいしかない。

 

 そんな彼等に密偵(スパイ)としての技量や知識、もといそれを身に着ける時間があるのか? 答えはもちろん否である。そんな時間があるのは幹部の様な一部の者だけだ。

 

 視線が自然と幹部達に集まる。貧乏くじを引くことが決まってしまった彼等は己以外の誰かに押しつけようと、神々が伝えた本家本元(オリジナル)に血生臭いアレンジを加えたジャンケンの(グー)をゴキッと鳴らしながら引き絞る。

 

 大振りのグー(ロシアンフック)高速のチョキ(目潰し)見えないパー(死角からの手刀)を相手の急所に叩き込むために、出方を窺う各々の視線が交差する。無関係の下位団員の息が詰まるほど空気が張り詰めた、その時、

 

『ところでレイン? 貴方、アポロンの子供が都市で騒ぎを起こした時……しれっと参戦していた気がするのだけど?』

『……』

『ギルドから都市の被害に対しての修繕費用を請求されたのだけど?』

 

 とてつもなくいい笑顔のフレイヤの言葉で、誰が『歓楽街』に行くのかが決まった。こいつ(フレイヤ)……最初から自分(レイン)を『歓楽街』に送るつもりだったろうに、眷属がどんな反応をするのかを見るためだけに集めたな。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 その街にはありとあらゆる文化が入り混じっていた。

 

 迷宮都市に来る前に足を運んだカイオス砂漠の絨毯や水差しなどの家具。木造、石造、極東や海洋国(ディザーラ)地方の建築様式を意識した建物。建物の壁や柱に設置された桃色の魔石灯に行燈(あんどん)、幅広の街路の両脇に並ぶ灯篭(とうろう)と数え上げればキリがない。

 

 これも全て客の気分を高揚させ、理性を(とろ)けさせるために、世界中から()()()を集めた結果だ。

 

 艶めかしい赤い唇や瑞々しい二つの果実、大胆なカットの入ったドレスから覗かせる背中に腹に肩に腿、独特な甘い香りの麝香(じゃこう)と妖艶な仕草で男の獣性を刺激する女達――『娼婦』。

 

 昼と夜でがらりと様子を変える街並み、『世界の中心』と呼ばれるオラリオで最も金と物が巡る場所、都市のどんな所よりも異質な街――『歓楽街』。

 

 『竈火(かまど)の館』でベル達と別れ、道中の店を冷かしながら時間を潰したおかげで――神々が嬉々として喋っていた【ヘスティア・ファミリア】の借金(ばくだん)の話でかなり時間を潰せた。稼いだ二億ヴァリスをあげるか悩んだ――空には綺麗な月が浮かんでいる。

 

 夜にしか開かれない『歓楽街』に行くために頑張って時間を消費した男は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここに記載されている男の娼館の利用、及び出入りを禁ず。

 

 【フレイヤ・ファミリア】所属。レイン』

 

 一時間もしない内に出禁を喰らっていた。

 

 『歓楽街』で情報を集めるためには娼婦を相手にしなければならない。口付けを交わし身体を重ねる必要はないが、フレイヤが欲する情報を手に入れるなら選んだ娼婦を利用し、身内を裏切らせることになる。

 

 自らを信じた者を決して裏切らないことを信条とするレインにとって、利用して「はいさよなら」といったやり方は好みじゃない。派閥に引き入れることで匿うことも手段の一つだが、言い方は悪いが寄生虫のように、誰彼構わず男に身を預ける娼婦を【フレイヤ・ファミリア】はとことん嫌う。

 

 レインとしては男女関係なくイケるフレイヤの方が駄目な気もするが……

 

 閑話休題。

 

 気は進まずとも主神命令なら従うしかない。そんなことを考えながら適当な店を選んで中に入ったのだが、

 

「絶対に後ろから飛び掛かってきたヒキガエルが悪いだろ……」

 

 儚い雰囲気を纏うとても綺麗な狐人(ルナール)を指名し、もし彼女が色狂いだとしても世間話で乗り切ろう……神でも見抜けない笑顔の仮面で苦々しい感情を隠し、相手の待っている部屋に歩を進めようとした瞬間、

 

「ゲゲゲゲゲッ! アタイに相応しい雄がいるじゃないかぁ~」

 

 全身に鳥肌が立った。

 

 長身がさっとその場に沈み込み、本能に従うまま頭上を通り過ぎる「世界で一番醜い女はこいつじゃね?」と思うくらい生理的嫌悪感を抱く容貌のアマゾネス目掛けて、鞘に入ったままの魔剣を薙ぐ。

 

 頑丈な壁が壊れる轟音に大女の悲鳴はかき消され、その巨体は大砲以上の勢いで吹っ飛んでいった。 

 

 実は騒ぎを起こしたのがレイン以外であれば、【イシュタル・ファミリア】も罰金で終わらせた。アマゾネスは目を付けた男を力尽くで連れ去らうのでここら一帯が壊れる事は珍しくない。ならどうしてレインは出禁になったのか?

 

 原因はメレンにて【カーリー・ファミリア】の主戦力であるカリフ姉妹を倒した事だ。レインにこてんぱんに負けたカリフ姉妹は、ティオネと同じような恋する乙女を超えた愛に燃える戦士になってしまった。

 

 というか、フレイヤが感づいたイシュタルの妙な動きというのは、レインを求めて暴走する二人のアマゾネスを必死に止めようとしていただけである。

 

 そんな訳で【イシュタル・ファミリア】はレインにいい感情を持っていない。簡単に言うなら「もう金とかいらないから近づくなこの疫病神! ぺっ!!」と唾を吐きたいくらいには嫌っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いけど、もう一回言ってくれる?」

「端的に言えば、正当防衛だ。貞操を守るために決死の反撃を試みたら、何故か出禁になってしまった」

「レイン、ひょっとして貴方、馬鹿なの?」

「俺は馬鹿じゃない」

「偵察に行ったのに一時間で帰ってくる密偵は馬鹿と言われても仕方ないと思うわよ」

 

 ぐうの音も出ない。 




 レインは欲望のために他者のささやかな幸せを壊すアポロンが大嫌いでした。ベルが負けていたら、派閥の面子なんぞ気にせず天界送還にしてやろうと考えていたくらい嫌いでしたね。


 ベルが追いかけられている時は、ダフネのような指揮官を気絶させていました。

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