雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
次の話は
『最近イシュタルが妙な動きをしているわ。別にどんな隠し玉を持っていようと踏み潰せる自信はあるけれど……何の警戒もしなかったせいで
二日前、【フレイヤ・ファミリア】の
フレイヤの言葉を聞いた眷属の反応は様々だ。もったいなきお言葉と
適当な事をするだけで
一人を除いて静かに熱狂していた眷属達だったが、次のフレイヤの一言で熱気は霧散する。
『だからね、誰か一人でもいいから『歓楽街』に行ってくれないかしら?』
ここで【フレイヤ・ファミリア】の弱点が露見する。
一つ目にフレイヤに向ける忠誠心が大きすぎる事。隣で同じ派閥の者が死んだとしても基本的に冷静さを失わずに行動する彼等だが、フレイヤに関する侮辱だけには怒り狂う。それこそレインが「年中盛ってる痴女女神がっ」と呟くだけで全員が本気で殺しに来る。
これだけの忠誠心を持っているせいで、『歓楽街』に偵察に行くことがフレイヤのためになると分かっていても進んでやろうとは思えないのだ。この思いはアレンやオッタル達の様にLv.が高いものほど顕著だ。
そして二つ目に……ほぼ全員が脳筋なのだ。【フレイヤ・ファミリア】の眷属達はフレイヤの力になるために、日夜『殺し合い』を繰り広げている。休憩は蘇生三歩手前の重症を治療している間か、食事・睡眠の時間くらいしかない。
そんな彼等に
視線が自然と幹部達に集まる。貧乏くじを引くことが決まってしまった彼等は己以外の誰かに押しつけようと、神々が伝えた
『ところでレイン? 貴方、アポロンの子供が都市で騒ぎを起こした時……しれっと参戦していた気がするのだけど?』
『……』
『ギルドから都市の被害に対しての修繕費用を請求されたのだけど?』
とてつもなくいい笑顔のフレイヤの言葉で、誰が『歓楽街』に行くのかが決まった。
♦♦♦
その街にはありとあらゆる文化が入り混じっていた。
迷宮都市に来る前に足を運んだカイオス砂漠の絨毯や水差しなどの家具。木造、石造、極東や
これも全て客の気分を高揚させ、理性を
艶めかしい赤い唇や瑞々しい二つの果実、大胆なカットの入ったドレスから覗かせる背中に腹に肩に腿、独特な甘い香りの
昼と夜でがらりと様子を変える街並み、『世界の中心』と呼ばれるオラリオで最も金と物が巡る場所、都市のどんな所よりも異質な街――『歓楽街』。
『
夜にしか開かれない『歓楽街』に行くために頑張って時間を消費した男は――
『ここに記載されている男の娼館の利用、及び出入りを禁ず。
【フレイヤ・ファミリア】所属。レイン』
一時間もしない内に出禁を喰らっていた。
『歓楽街』で情報を集めるためには娼婦を相手にしなければならない。口付けを交わし身体を重ねる必要はないが、フレイヤが欲する情報を手に入れるなら選んだ娼婦を利用し、身内を裏切らせることになる。
自らを信じた者を決して裏切らないことを信条とするレインにとって、利用して「はいさよなら」といったやり方は好みじゃない。派閥に引き入れることで匿うことも手段の一つだが、言い方は悪いが寄生虫のように、誰彼構わず男に身を預ける娼婦を【フレイヤ・ファミリア】はとことん嫌う。
レインとしては男女関係なくイケるフレイヤの方が駄目な気もするが……
閑話休題。
気は進まずとも主神命令なら従うしかない。そんなことを考えながら適当な店を選んで中に入ったのだが、
「絶対に後ろから飛び掛かってきたヒキガエルが悪いだろ……」
儚い雰囲気を纏うとても綺麗な
「ゲゲゲゲゲッ! アタイに相応しい雄がいるじゃないかぁ~」
全身に鳥肌が立った。
長身がさっとその場に沈み込み、本能に従うまま頭上を通り過ぎる「世界で一番醜い女はこいつじゃね?」と思うくらい生理的嫌悪感を抱く容貌のアマゾネス目掛けて、鞘に入ったままの魔剣を薙ぐ。
頑丈な壁が壊れる轟音に大女の悲鳴はかき消され、その巨体は大砲以上の勢いで吹っ飛んでいった。
実は騒ぎを起こしたのがレイン以外であれば、【イシュタル・ファミリア】も罰金で終わらせた。アマゾネスは目を付けた男を力尽くで連れ去らうのでここら一帯が壊れる事は珍しくない。ならどうしてレインは出禁になったのか?
原因はメレンにて【カーリー・ファミリア】の主戦力であるカリフ姉妹を倒した事だ。レインにこてんぱんに負けたカリフ姉妹は、ティオネと同じような恋する乙女を超えた愛に燃える戦士になってしまった。
というか、フレイヤが感づいたイシュタルの妙な動きというのは、レインを求めて暴走する二人のアマゾネスを必死に止めようとしていただけである。
そんな訳で【イシュタル・ファミリア】はレインにいい感情を持っていない。簡単に言うなら「もう金とかいらないから近づくなこの疫病神! ぺっ!!」と唾を吐きたいくらいには嫌っている。
「……悪いけど、もう一回言ってくれる?」
「端的に言えば、正当防衛だ。貞操を守るために決死の反撃を試みたら、何故か出禁になってしまった」
「レイン、ひょっとして貴方、馬鹿なの?」
「俺は馬鹿じゃない」
「偵察に行ったのに一時間で帰ってくる密偵は馬鹿と言われても仕方ないと思うわよ」
ぐうの音も出ない。
レインは欲望のために他者のささやかな幸せを壊すアポロンが大嫌いでした。ベルが負けていたら、派閥の面子なんぞ気にせず天界送還にしてやろうと考えていたくらい嫌いでしたね。
ベルが追いかけられている時は、ダフネのような指揮官を気絶させていました。