雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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四十五話 殺せぬ敵

 遡ること二年。とある国で史上初の永久手配を受けた罪人が現れた。罪人の素性は誰も知らない。ただ全てが黒い男としか分からない。

 

 

 罪状は大量殺戮。国神、神の眷属、関係性が見つからない一般人、千を遥かに超える命を奪い取った男は、世界で類を見ない殺人鬼として伝えられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人の命をなんだと思っているか? どれだけ使い潰しても湧いて出てくるいい資材かな☆』

『貴方みたいな戦士だって力試しとか言ってモンスターを殺すじゃないですか。私みたいな薬師が新薬の実験のためにネズミじゃなくて自分の育てた孤児を使って何が悪いのよ?』

『そうだそうだ~! 君みたいに人の命が家畜やモンスターより上みたいな考えをする奴を偽善者って言うんだぞ☆』

『ここにいる()孤児達も、私達が助けなければ死んでいた。救い上げた命を救い上げてやった者がどう使おうと勝手でしょうが!』

 

 

 屑の教本のような奴等だった。孤児や浮浪者に食事を振舞うと嘘をついて集めるなどまだ序の口。病人に新薬と称して麻薬を打ち込む、恋人や家族を人質に取るなど目的のためなら手段を選ばない。

 

 

 そいつらの目的が何だったのかは分からない。しかし、判明しているものは全て碌でもない事ばかりだった。

 

 

 特に(おぞ)ましかったのは「人の身体に生命力が異常に強いモンスターの『ドロップアイテム』を埋め込むことで、高い戦闘力と回復力を持つ半人半魔の兵器製造計画」。この実験で失敗作は肉片一つ残さず消し飛ぶことになり、成功しても自我は存在せず、破壊と殺戮を振りまくだけの人の形をした怪物になる。

 

 

 この実験が安定して成功するようになれば、どれだけの犠牲が出るか……モンスターの地上進出より酷いことになるのは間違いない。

 

 

 レインは殺した。倫理観の欠片もない悪神、甘い汁を吸っていた悪神の眷属達、自分を殺すために解き放たれた名もなき怪物、その全てを。

 

 

 結果として、レインは殺人鬼の烙印を押される事になる。何も知らない者から見れば、レインは(表向きは)沢山の施しを与えた善神とその眷属を殺した悪人だ。人の道を踏み外した実験をこの世に出さないために実験施設を丸ごと焼き払った事で、それが一層レインの印象を悪くしていた。

 

 

 何も言わず立ち去ろうとするレインに、名前も知らない人から罵倒が浴びせられ、石が投げつけられる。威圧すれば簡単に黙らせる事はできた。『恩恵(ファルナ)』を授かっていない一般人の投石程度、止まって見えた。

 

 

 当時のレインは一切の抵抗をしなかった。どれだけ大層な理由があろうと、自分が罪のない命を奪った事に変わりがないという考えがあったからだ。雨のように降り注ぐ石が絶え間なくレインの身体を打ち据え、容赦のない言葉が心を抉る。

 

 

 もう、誰が何を言っているのか分からなくなる罵詈雑言の嵐に包まれていたレインの耳に、その女性の声はやけにハッキリと聞こえた。

 

 

『許さない……! 世界で一番大切なお姉ちゃんを殺したお前を、私は決して許さないっ!』

 

 

 これが二年前の真相。一生関わることすらないであろう人々の命を救った男の『愚行』は、悲しいほどに、惨いほどに、誰一人として理解してもらえなかった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ああああああああアアアアアッッッッッ!!!」

 

 

 モンスターの咆哮(ハウル)と聞きまがう大声を上げながらレインの眼前まで接近したアリサは、大上段から真紅の刀《サクリファイス》を振り下ろす。ハッキリ言って、己の命を顧みない隙だらけの特攻だった。

 

 

 頭上に落ちてくる真紅の刀身を、レインは寸前で躱す。残像を頭からつま先まで切り裂いたアリサは手首を返し、間髪いれず後ろに回り込んだレインの首を狙う横殴りの斬撃を放つが、振り上げられた青い魔剣がそれを止める。人二人には広すぎる闘技場にやかましい音が響いた。

 

 

「姉さんを殺したお前がのうのうと生きているだけで(はらわた)が煮えくり返ったぞっ。私の手でお前を殺すことで、私はやっとお姉ちゃんの所へ逝ける!」

 

 

 ぎりぎりと鍔迫り合いを演じつつ、アリサが不吉な声音で呪詛を吐き続ける。笑みを消し去り、何の感情も窺えない無表情となったレインは淡々と言い返す。

 

 

「お前には無理だ。既に俺と二度戦ったお前が勝つことなど、億が一にも有り得ない」

「――殺してやるっ。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるっ私が殺す殺す殺す殺してやるっ!!」

 

 

 アリサの顔にビキビキッと血管が浮き上がる。怒りで刀を押し込もうとする力が単調になったのを感じ取り、レインはやや身体を沈める。体重をかけすぎたせいで前のめりになったアリサの腕を掴み、壁に向かってぶん投げた。

 

 

 そのまま叩きつけられて気絶してくれたら良かったが、レインへの憎しみで戦う復讐者(アリサ)はそこまで弱くない。空中で体勢を整え、刀の切っ先をレインに突きつける。

 

 

「いくら回避に長けたお前でも、逃げ場が無ければ終わりでしょう! 【我が怒りの炎に焼き尽くされろ】! 【コンフラグレーション・ブラスト】!!」

 

 

 刀の先から途方もない大爆発が起きた。特大の炎の塊がいくつも弾け、壁に設置されていた魔石灯を一つ残らず吹っ飛ばした。真紅の炎がレインの前進を覆いつくそうとするが、対人戦では初めて使う『反魔法障壁(アンチマジックフィールド)』が発動し、燃え盛る炎の魔力を吸いつくす。

 

 

「……相変わらず見境のない奴だ」

 

 

 十数秒後……光源が青白い魔石灯から四方八方で燃え続ける炎に切り替わった闘技場で無傷なのはレイン一人だけだった。『魔法』を使った張本人であるアリサは、見える範囲だけでも決して軽くない火傷を負っていた。それでも刀を握りしめて立っていられるのは、焼けた服の下から除く『サラマンダーウール』のお陰だろうが……。

 

 

 昔戦ったことがあるから知っているが、アリサの『魔法』は今いる闘技場より有効範囲がずっと広い。小さな村なら焼き尽くして余りある炎嵐の『魔法』をこんな閉じ切った空間で使えば術者自身も巻き込む。それが理解できないアリサではない。

 

 

 自分も巻き込まれることも承知で使ったのだろう。炎耐性の装備を身に纏う者とそうでない者。どちらが大きな損傷(ダメージ)を負うのか、文字通り、火を見るより明らかだったはずだ。

 

 

「……ふざけるな! 何故お前は傷一つ負っていない!? 結界魔法を使う素振りなどなかったぞ!」

 

 

 アリサの動揺は大きかった。この小さな闘技場を戦いの場に選んだのも、今しがた使った『魔法』を必ず当てるための作戦だ。最低でも動きを鈍らせるには十分な傷を与えられるはずなのに、どうして!?

 

 

「あれは俺の『スキル』だ。間合いの外から放たれた『魔法』を吸収し、俺自身の精神力(マインド)として還元する。見ての通り、俺に『魔法』は通用しない」

「そんな馬鹿みたいな『スキル』があってたまるかっ! 【噛み殺せ、双頭の雷竜】――【ツイン・サンダーブラスト】!!」

 

 

 絡み合う二条の雷がレインを飲み込み、超硬金属(アダマンタイト)と『魔法』の威力を大きく減殺する『オブシディアン・ソルジャーの体石』を重ね合わせて造られている迷宮の壁を、()端微塵(ぱみじん)に粉砕する(知る由もないが、都市最強魔導士(リヴェリア)でも破壊出来ないと断言した壁を、だ)。

 

 

 アリサは強い。剣の腕前はアイズと同等かそれ以上。短文詠唱、超短文詠唱でありながらリヴェリアに匹敵する『魔法』を習得し、たった二年でLv.4からLv.6に上り詰める程の鍛錬を重ねた。

 

 

「無駄だよ、アリサ。お前がどれだけ強くなろうと、俺を殺せるチャンスはもうやってこない」

 

 

 ()()()()()()。未だに(くすぶ)っている炎を踏み消しながら、無傷のレインが現れる。さすがにアリサも愕然とした様子を隠しきれていなかった。

 

 

 それでもアリサは長い黒髪を舞わせ、激しく首を振った。細面(ほそもて)の美しい顔を厳しく引き締め、レインに刀の切っ先を突きつけながら決然と告げる。

 

 

「だからどうしたっ。お前と私の実力が天と地ほど離れていようと私は諦めたりしない! 大好きなお姉ちゃんを殺したお前を絶対に許さないと誓った! 刺し違えてでも、お前を殺す!!」

 

 

「お前の姉は人の尊厳を弄ぶ屑中の屑だったぞ」――その言葉をレインは静かに飲み込む。レインは決して聖人ではない。もし相手がアリサじゃなかったら、何の躊躇いもなく真実をぶちまけていただろう。 

 

 

 アリサはレインへの憎しみだけで生きている。本当は繊細で優しい人が無価値な人間を憎むだけで生きてくれるなら、レインは敢えて真実を隠そう。憎悪を向けて当然の悪役(ヒール)でいよう。

 

 

「来いよアリサ。強くなければ何も守れない事を教えてやる」

「死んで償えクソ野郎!」

 

 

 真実(ほんとう)を知らない罪な『正義』の刀と真実を隠す優しい『悪』の剣が、真紅に染まった闘技場で再びぶつかった。

 




 魔族の代わりはレインになっています。

 今作のアリサのお姉さんには悪者になってもらいました。 生命力の高い魔物が何かはいつか分かります。


 アリサは本当に何も知りません。彼女の姉がアリサがレベル5になったら実験台にしてやろうと考えていたことも知りません。レインが全て燃やしたので。


 レインはアリサが何も知らないとか関係なしに、どれだけ屑でも彼女にとって大切な人を奪った事を少しだけ後悔しています。謝る気は全くありませんし、過去をやり直せるとしても絶対に殺します。


 生物兵器が完成していたら、戦争大好きなラキア王国が仕入れそう。

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