雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
グチャブチッ……ベキベキバキゴリッ……ドチャリッ!
柔らかい何かを力任せに引きちぎるような、硬い何かを何度も砕くような、高い所から湿っぽい何かが落とされたような音が、石材で構成されている開けた空間に響き続ける。
その空間を照らすのは『
美しさと禍々しさが共存する紫紺の石の光は、あらゆる物の本来の色を塗りつぶす。強靭な筋繊維が尋常ではない怪力で引き裂いかれたことで飛び散る『赤』も、生物の肉を引き裂いたことで覗いた『白』も、己の身体の一部を失う度に震える『緑』の巨体も。
紫紺の光がなかった時、この空間の惨状を一目見るだけで失神する者が後を絶たなかった。自分達が悪の中の悪と疑っていなかった『
『オイ』
「……」
今も耳を塞ぎたくなる音を奏でる『黒』に、不気味な仮面と
『オ前ノ望ムモノガ来タゾ』
その言葉と同時に、
荒々しい風を浴びた『黒』は立ち上がり――今の今まで座っていた
『黒』は仮面の
無数の羽蟲が飛び交うような音を立てる、青白い剣を携えて。
♦♦♦
時は一人の少女が仲間を信じて命を燃やし、『
少女の
完璧に体制が崩れた
狙っていた訳ではないだろうが、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達が広間から一時的に
「……ちッ。いつになっても
「!」
第一級冒険者から奇襲を受けて壁に体をめり込ませていたレヴィスが舌打ちしながら煙の奥から現れた。風を纏ったアイズすら圧倒した
相対する【ロキ・ファミリア】の状態は最悪に近い。未知の領域で嫌というほど『絶望』という名の見えない敵と戦っていた団員の心は折れかけていた。心の負担は身体中に疲労の枷を取り付ける。
そもそもLv.7を超える力を手に入れたレヴィスに対抗できるのは、アイズ達【ロキ・ファミリア】の幹部のみ。そんな彼等彼女等は下位団員を庇う、強敵と戦うなどで誰よりも
それでも、やらねばならない。生きて帰りたいならば、大切な人に逢いたいならば、仲間を守りたいならば、命を賭して戦わなければならない。
直後。
広間の
「は?」
何の前触れもなく降ってきた石板と
誰もが武器を構えて待つこと数分。徐々に薄くなっていく煙の中から現れたのは――全身の至る所に火傷と殴られた痕があり、赤い布で辛うじて要所が覆われた意識のない女性。ぶっちゃけ、「強姦魔に抵抗の限りを尽くしたけど負けた女性」にしか見えない。
予想外にも程がある出来事に、アイズ達の呼吸が一瞬止まる。
「――頑丈すぎるだろ、こいつ。何回もモロに急所に食らったのに、全然倒れないとは。あの無駄にタフな
天上に空いた大穴から降り立った黒衣の男が、抜け抜けと言い放つ。男の姿は数時間前から何一つ変わっていない。つまり、無傷。
金髪の少女は力を抜いた。彼が来たならもう大丈夫だと、
赤髪の
男は傷ついた【ロキ・ファミリア】を一瞥するなり抜剣し、背後に残像を引き連れながらレヴィスの元に走ってきた。先程の無駄口が嘘のように、ただ殺気だった黒瞳がまっすぐにレヴィスを射抜く。
レヴィスは可能な限りのスピードで避けようとしたが……遅すぎた。不吉な輝きを放つ魔剣が己の胸に迫り来るのは知覚出来ている。だが、それを防ごうと持ち上がる腕が致命的に遅かった。
胸部中心を左斜めに走り抜けた剣撃。切り裂かれる極彩色の『魔石』。目の前で手足の先から灰になっていく
ぼろぼろと崩れていく身体を無理矢理振り返らせたレヴィスが最後に見たのは――殺気を消して僅かに頭を下げる、悲しげな男の顔だった。
♦♦♦
積み上がった大量の灰に僅かに頭を下げ、レインは自分に信じられないものを見るような眼を向けてくる【ロキ・ファミリア】に駆け寄る。正確には、出口がどこにあるのか分からないまま歩き回れば
――出し惜しみはなしだ。
「【ディア・パナケイア】」
それはとある愚者の『全癒魔法』。様々な色彩の光玉が瀕死の
レインは毒に侵されている者、疲弊しきっている者、身体の一部が潰れている者に次々と魔法をかけていく。一分も経たないうちに広間から負傷者はいなくなった。
相変わらず目を見開いている面々をぐるっと見渡し、満足気に一つ頷く。唯一『魔法』を使っていないアリサを肩に担ぎ、
「よし、出口を探すぞ」
「よし、じゃねぇッ!」
耐えきれなくなったベートが吠えた。急に声を上げたベートをレインは「情緒不安定かこいつ」みたいな目で見る。というか、実際に言った。
「情緒不安定か、ベート」
「違えよ! 何だ今使った『魔法』は!?」
「『全癒魔法』だ。『
「いやいやいや。あたし達が聞きたいのはそこじゃないよ。今、アルゴノゥト君と一緒で詠唱してなかったよね?」
「詠唱がいらなくなる『スキル』を持っているからな」
しれっと、魔導士達が喉から手が出るほど欲しがる『スキル』を明かす。
「助けてくれて感謝する、レイン。今回改めて思ったよ……君だけは絶対に敵に回したくない」
まだ何かを聞き出そうとする団員達を手で制し、フィンは礼を言う。穢れた精霊が哀れに思える雷の『魔法』を何度もぶっ放し、傷を与えてもすぐに回復される……とても勝てる気がしない。
「お前らが本当に殺る気で来なければ何もしないさ……。さっさと行くぞ。まだ合流できてない団員がいるんだ――」
姿の見えない団員のことを案じるレインの言葉は最後まで続かなかった。
「――貴方は必ず来ると思ってた」
広間に響いた声は、この冷たい迷宮に似つかわしくない程澄んでいて。
「貴方は優しいから……世界で誰よりも優しい人だから。親しい人が危険な場所へ行くのを見逃せないと分かってた」
これは夢だ。そんなことがある訳ない。きっと無意識の願望が幻聴を生み出したに決まってるっ。こんな自分が彼女に逢う資格なんてない! だから、
胸の中であらゆる感情と考えが浮かんでは消える。自分の身体が自分の物ではなくなったかのように、勝手に振り向いた。振り向いてしまった。
「…………フィー……ネ」
見間違うことなどありえない最愛の人が、悪夢のように青白い魔剣を手に立っていた。