黒い戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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作者の投稿スタイル。出来たら投稿、それだけ。

今回は長めです。


5話 砂の海を渡る

「寝過ぎた……! 悠長にしている暇はないというのに!」

 

 

 王子である身分を隠すアリィが飛び起きたのは、日の出からしばらく時間が経った後だった。奴隷になる前も後も移動続きだったので、疲弊しきっていたのだ。今は疲労もほとんど残っておらず、頭もスッキリしているが。

 

 

 慌ただしく行動を開始し、旅支度を済ませる。フレイヤに借りを作りたくないアリィだが、背に腹は代えられぬとお付きの従僕達に差し出された旅装を着込む。ちなみに旅装は腹立たしいほど着心地がよかった。

 

 

(何なんだあの女神は……私のことを『本命の一つ』などと言っておきながら、簡単に解放するなど……。恐らく他の『本命』は私と一緒に部屋に呼ばれた……いや、今はそれどころではないか)

 

 

 もし自分がいなくなれば、フレイヤの興味は完全にあの黒い少年に行くのだろうか? あの面倒くさそうな女神に付き合わされていた少年に同情しながら、アリィはフレイヤが購入した『オアシスの館』を出た。

 

 

 その間際、門衛よろしくたたずんでいて、何故か片頬が赤く腫れあがっていた猫人(キャットピプール)に、

 

 

「ちッ」

 

 

 と露骨な舌打ちをされたが。

 

 

 身に覚えのない苛立ちをぶつけられ、うろたえたものの――すぐにその疑問は解消されることになる。

 

 

「……何故、ここにいるのですか?」

 

 

 屋敷が建つオアシス中心の島から町の北側にかかる、木製の大橋の上。そこには女神と黒い少年が待ち構えていた。アリィの頬が引きつる。

 

 

 アリィはフレイヤという神の性格を分かってない。フレイヤは確かに『解放する』と言ったが、この神が興味を示したものをむざむざ手放すわけがない。どこへだろうとついて行って、近くで観察するだろう。

 

 

 ――自分の伴侶(オーズ)に相応しいかどうか。

 

 

 当然のごとくアリィはついてくるなと拒絶したが、フレイヤに「『路銀(ろぎん)』はあるの?」と言われて黙りこみ、「私の同伴を許可するなら、それで『恩』を返してもらったことにする。支援も最大限する」という言葉に折れた。呻きながら肩を落とし、渋々といった様子で許可を出す。

 

 

 猫人(アレン)が舌打ちした理由は、こうなることを予想していたからだ。ちなみに頬が腫れていたのはフレイヤを簀巻きにしたレインに怒りを抱き、夜中の内に始末しようとレインを襲撃したが、見向きもせず放たれた裏拳で沈められたからである。

 

 

 目の前でにっこりと笑う女神(フレイヤ)と不機嫌そうな表情をしている少年(レイン)の後ろを、アリィは諦め半分の思いで、歩き出すのだった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 フレイヤの『路銀』(フレイヤ曰くデート資金)の調達方法は、酒場にいた金をたっぷり持っている商人と自分の身体を賭けてゲームをすることだった。美の神の身体を好きにできると思った商人は、すぐさま賭けに乗った。

 

 

 遊ぶゲームはチェスに似たこの砂漠地帯で主流の『戦盤(ハルヴァン)』と呼ばれる盤上遊戯(ボードゲーム)。フレイヤはこれを一度もやったことがないまま、ゲームを始めた。

 

 

 結果は――フレイヤの圧勝。いっそアリィの胸がすくぐらいボコボコにしていた。真っ白になっている商人の男の手からフレイヤは財布を受け取る。

 

 

 フレイヤが圧勝した理由は単純だ。神は地上に降りても『全知零能』。ルールさえ分かってしまえば勝つことは容易い。これを教えられたアリィは、あらためて感じた超越存在(デウスデア)の理不尽さに、胸焼けを起こしそうだった。

 

 

 ちなみにレインはこの酒場にいる間、気配を完全に消し切っていた。フレイヤの傍にいると視線が鬱陶しいからである。

 

 

 資金を手に入れたアリィだが、買い物でも疲れ果てることになった。フレイヤがあまりにも自由過ぎるからである。食料や水以外の無駄なものを買うなと言っても、女神は様々な魔石製品を買っていた。

 

 

 砂漠の旅の過酷さをアリィが語っても、フレイヤは「旅をつまらないものにするつもりはないから、私は『嗜好品』を揃える」と言って聞かなかった。それどころかアリィが王宮でもさんざん言われた言葉、「貴方(おうじ)頭が固い(きまじめすぎる)」でたしなめられる。

 

 

 図星を突かれたアリィが反抗的な態度を取っても、フレイヤはどこ吹く風だった。自由奔放な女神の言動に、アリィは頭を掻きむしりたくなる。そんな少女の様子に、女神はクスクスと笑う。上機嫌に。

 

 

 見る者が見れば、今のフレイヤの様子に驚いただろう。自分への口答えを許し、むしろ楽しそうに受け入れているのだから。

 

 

 周囲に散らばり、陰から見守る美神の眷属たちは、不愛想な表情を浮かべる者、不機嫌を隠さない者と様々だったが、猪人(ポアズ)の武人だけは僅かに目を細め、気ままな女神の笑顔を、眩しそうに見つめた。

 

 

 レイン? 女神と少女が買った商品を自然と押しつけられて、釈然としない表情で女神が少女を振り回すのを見ていたが。

 

 

 アリィが何度も叫び、フレイヤが機嫌よく旅支度を進める。その後ろをレインはため息を吐きながらついて行った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 『リオードの町』に玄関口と呼べるものは四つある。南に設けられた砂海の船(デザート・シップ)の港と、旅人や隊商(キャラバン)が頻繁に出入りする北と東西の門だ。レイン達は北の門から出発した。レインは徒歩、アリィとフレイヤは駱駝(ラクダ)に乗ってだ。

 

 

「砦は一日二日で行ける距離ではない。いくつか中継点を見繕ってあるから、そこで夜を過ごして出発の繰り返しだ。今日は北のオアシスに向かう」

「好きにして頂戴。私はついて行くだけだから」

 

 

 レインの意見は聞かれなかった。もとより何かを言うつもりはないが、釈然としない。

 

 

 荷物を結んだ駱駝にまたがった二人の女性は、視界一面に広がっている砂の海を渡りながらも言い争っている。アリィがフレイヤに対してつっけどんな態度を取っているだけだが。

 

 

 今の口論の内容は、「本当に護衛を探さなくてもよかったのか?」だった。アリィは何度も探そうと言ったが、自由気ままな女神は「必要ないわ」と言って本当に探さないまま出発した。

 

 

 レインから見れば、アリィがいつモンスターに襲われるのかと気を揉んでいるのが分かった。Lv.9(レイン)にとってそんなものは杞憂に過ぎない。いきなり目の前にモンスターが出現したとしても、一秒と掛からず葬れる。

 

 

 それに自分たちの周りには――このカイオス砂漠にも名声が聞こえてくるほどの最強派閥がいる。

 

 

『――――ッッ!?』

 

 

 砂漠の大蜥蜴『デザート・リザード』が、断末魔の悲鳴すら許されず()()()()()。五頭いた四メートルを超えるモンスターは、神速の銀槍によって屠られていた。アリィは、その一瞬の出来事を目で追うこともできなかった。

 

 

「……護衛がいらないとは、こういうことか」

 

 

 くだらなそうに槍を振り鳴らすアレンを見ながら、アリィが呟く。彼にとってはフレイヤを守っただけで、アリィやレインのことを守ったつもりではないのだろう。アリィのことは無視、レインには微かに殺気が込められた目を向けていた。

 

 

 アリィはアレンしかいないと思っているが、さほど離れていないところに()()いる。それをフレイヤに教えられて辺りを見渡しているが、恩恵(ファルナ)も授かっていない少女に見つけられるわけがない。アリィは顔を引きつらせた。

 

 

 一方で、フレイヤは駱駝から下りていた。お尻が痛いし、酔いそうらしい。神を上から見下ろす気になれないアリィは、仕方なしに自分も下りる。駱駝を買った意味がなくなった瞬間である。

 

 

 体力を消費するから無駄話をしないと言っていたアリィだが、退屈なのか話を振ってきたフレイヤに根負けしたらしい。話す内容はどうして奴隷に堕ちていたか。

 

 

 答えは敵軍(ワルサ)から逃げるため。どれほどひどい扱いをされようと、王子(アラム)の立場では逃げることが最優先。それ以外は些事に過ぎない。

 

 

 最後の言葉は、言い切るまで躊躇があった。話を聞いているはずのフレイヤは、特に何も言わなかった。レインも、何も言わなかった。

 

 

 三人は進む。この地に住まうアリィでさえ、地平線の先でも途切れることがないのではと思うほど、広大な砂の海を。そんな彼女等を、道中、モンスターは何度も襲ってきた。

 

 

「――シッ」

 

 

 その全てがアレンの銀槍の餌食となった。大蜥蜴(デザート・リザード)も、砂蠍(サンド・スコーピオン)も、空を飛ぶ狩鷹(バルチャー・ハンター)も全て例外なく全滅する。

 

 

 まるでとらえることの出来ない闘猫(とうびょう)の影に、アリィは感嘆を禁じえなかった。下界の住人はここまで『規格外』なれるのかと。すぐそばに『規格外中の規格外』がいるとアリィは考えもしなかったが。

 

 

 アレンしかフレイヤの眷属が姿を見せないのは、アレンが最も速く、効率よく危うげなくフレイヤを守ることが出来るからだ。何度もアレンを見るうちにアリィはそれを察した。

 

 

「じろじろと見るんじゃねえ、クソガキ。煩わしい。黒い野郎は死ね」

「クソガっ……!?」

「何故俺まで文句を言われねばならん」

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】の凄まじさ、恐ろしさの一端を垣間見て、戦闘を終わらせたアレンの横顔をつい見つめていたアリィに、乱暴な文句が飛んでくる。なにもしていないレインにまで。

 

 

『あなたの方こそ私と負けず劣らずチビではないか!』と憤ろうとしたアリィ(160センチ)だが……直前でやめた。その言葉は禁句の気がした。あと問答無用で八つ裂きにされそうな気がした。

 

 

「フッ、お前もアリィ(こいつ)位の身長しかないだろ。チビ猫」

 

 

 そんなことを恐れないレイン(180センチ半ば)は、容赦なく言い返す。鼻で嗤うおまけ付きで。ぶち殺そうとするアレンだが、レインの覇気(アビリティ)によって動きを封じられる。できるのはレインを睨みつけることだけだ。

 

 

「もっと言ってやれ」「いい気味だ、あのクソ猫め」「あの方に発情しながら反発する錯乱猫が」「ここの砂を持って帰って、あいつのトイレとして設置しておこう」

 

 

 アレンによくチビと言われる小人族(パルゥム)達の罵詈雑言に、アレンの額に青筋が刻まれる。黒い少年からウザい四つ子の小人族にターゲットを変更。察したレインが覇気(アビリティ)を解除する。

 

 

「……貴方は何故、あの女神にそこまで尽くすんだ?」

 

 

 そんなやり取りを目にしながらもアリィの口から出てきたのは、単なる疑問だった。私だけ何も言い返せないのは癪に障る、というだけで発した疑問だったが。小人族を仕留めに行こうとしたアレンの足が止まる。

 

 

「てめえに言う必要がどこにある、間抜け」

「っ……! 貴方は町を出る前も、出てからもずっと不機嫌そうだっ。主神のお守りなど面倒だと、今も思っているのではないのか!?」

 

 

 返ってきた暴言を前に、声を荒げる。だが、アリィに背を向けていたアレンから帰ってきた言葉は、少なからず少女に衝撃を与えるものだった。

 

 

「俺は俺であるために、あの方に身も心も捧げている」

「!」

「本音を言えば鎖で縛って閉じ込めておきたいが、それをしたら『あの方』は『あの方』じゃなくなる。俺が俺じゃなくなるようにな。なら……俺が面倒に苛立っている方がうまく回る。それだけのことだ」

 

 

 態度は最悪、性格は凶暴。しかしこれだけ屈強な眷属を従えていることが、アリィとフレイヤの『王』としての差を提示しているようだった。

 

 

 片や味方とはぐれ全てを失った自分、片や精鋭に忠誠を誓われ女王のごとく振る舞う女神。それはアリィの劣等感を刺激した。  

 

 

「……お前たちは、何故そこまであの女神に忠誠を誓う?」

「……なに?」

 

 

 気づけば、アリィの唇はそんな言葉を吐いていた。警備に戻り、ついでに小人族を半殺しにしようとするアレンが立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 

 

「あの女神は、自分勝手だ。神らしいと言えばそれまでだが、横暴に過ぎる。娯楽だと言って笑い、己の欲を満たすことしか考えていない。王などではなく、まるで妖婦のようにっ」

「おい、口を塞げ。俺はお前の喉を引き裂く許可をもらっちゃいねえ」

「アリィ、流石に言い過ぎだ。フレイヤにイラつくのは分かるが、一旦落ち着け」

 

 

 フレイヤを侮辱されて、アレンの口調に明確な棘が混じり始める。しかし、それも静かな怒りだった。妖婦は少しひどいと思ったレインがアリィを宥める。それは駄々っ子を慰めるようだった。

 

 

 前者には歯牙にもかけられず、同類だと思っていた少年にも敵に回られた。レインにそんな気はなかったが、その行動がアリィの頭に血を上らせ、見境を奪った。

 

 

 一人先を歩いていたフレイヤが振り返り、こちらを見守ってくる中、アリィは叫んでいた。

 

 

「貴方達は口では文句を言いながらもどうせ女神の美に酔い、体のいい人形に成り下がっているのだろう! あの女が『魅了』したが故に!!」

 

 

 直後、アリィは()()()()()。不要な言葉を捨て、一筋の純粋な殺意を抱き、アレンは銀の穂先を繰り出した。

 

 

 それを止めたのは猪人(ポアズ)黒妖精(ダーク・エルフ)白妖精(ホワイト・エルフ)、四つ子の小人族(パルゥム)。彼等は殺生を忌避してアレンを止めたのではない。むしろ彼等もアリィに怒りを抱きつつ、それでも女神のために制止した。

 

 

「アレン、槍を下げて頂戴」

 

 

 オッタルの言葉でも、首に刃を突き付けられても少女を殺さんとしていた猫人(キャットピプール)は、その女神の一声を聞いて槍を下ろす。怒りと忠誠心がせめぎ合うのが見て取れる、遅々とした動作だったが。

 

 

 そんなアレンにフレイヤは微笑み、アレンに倒された少女に歩み寄り、手を伸ばす。衝撃が抜けきらないアリィは無意識にその手を取り、立ち上がっていた。

 

 

「行きましょう」

 

 

 武器を下げて音もなく離れていったオッタル達を尻目に、美の神は旅を再開させる。レインは呆然と立ち尽くしているアリィをどうするか悩んだが、フレイヤの近くにいることにした。アリィの傍には未だアレンが残っているが、殺すことはしないだろう。

 

 

 痛がっていた臀部は回復したのか、駱駝に腰かけていたフレイヤに並ぶと、

 

 

「あら、私の傍に来るなんて……ようやく私の魅力に気が付いた?」

「別に。アレンがアリィに何か言いたそうだったからな。それだけだ」

「嘘つき」

 

 

 フレイヤの軽口を適当に返すと、昨日の夜に見せられたあの笑顔で否定された。レインはそれを直視できない。見てしまえば全てを見抜かれてしまいそうで――。

 

 

「アレンの言葉に思うところがあったんでしょう? だからアリィが殺されそうになっても、貴方は止めようとしなかった」

「…………」

「想像したのでしょう? 貴方の持つ『ナニカ』を否定されたとして……自分が冷静でいられるかを」

「……どこまで見抜いているんだ。あんたは」

「そうねぇ……貴方の魂にかかる雲の正体を教えてくれたら、私も教えてあげるわ」

 

 

 そこから二人は何も喋ることなく、ようやく追いついてきたアリィと共に砂の海を渡っていった。 

 

 




 はやく原作に入りたい。

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