雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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遅くなった理由。アストレア・レコードを見てプロットを書き換えたくなった。


四十七話 力の一端

「本当に『コレ』は強いんだろうな?」

 

 

 魔石灯をほぼ撤去し、真っ当な人間なら自然と恐怖を抱いてしまう闇に包まれる空間は迷宮の中で最も重要な場所の一つ、闇派閥(イヴィルス)の拠点であった。壁際に存在する『呪い』を具現化したような外見を持つ武器が不気味な光を跳ね返す。

 

 

 ぼんやりとした青い燐光に照らされる空間に響いた声は、まるで聞くだけで脳みそが蕩けるのではないかと錯覚してしまう程の艶を含んでいた。その声は疑念や苛立ちの感情を孕んでいて尚、美しい。

 

 

 声の主は大きく胸や肢体を露出させた褐色の肌と、誰もが目を奪われてしまう美貌を持つ『美神』、イシュタル。彼女は青白い水膜が張られた台座を煙管(キセル)片手に覗き込みながら、一歩離れた場所からこちらを眺めるタナトスを睨みつける。

 

 

出資者(スポンサー)様の期待は裏切らないさ。あんたには散々世話になったことだし、そのことを俺達はとっても感謝して頑張っているんだから少しくらい信用してよ」

「する訳がないだろう。あの美神(フレイヤ)眷属(ガキ)共を潰すための切り札がどうなっているのか確認してみれば、『あ~、イシュタルの牛? 目を離している間に壊れちゃった。メンゴメンゴ☆』……殴るだけで済ませた私の慈悲に感謝しろ」

「ちょっとした冗談(ジョーク)なのに……」

 

 

 濃紫色の長髪で隠れていて見えないが、赤く腫れ上がった頬を抑えながらシクシクと泣き声を漏らすタナトス。そのわざとらしい泣き真似に苛立ちを覚えたイシュタルは台座を蹴りつけ、音に驚いて顔を上げたタナトスに紫煙を吹きかける。

 

 

 煙をモロに受けて激しくむせるタナトスの心配は一切せず、イシュタルは水膜の中で【ロキ・ファミリア】と相対する漆黒の少女に目を向ける。

 

 

 繊細でとても優しい顔立ちの女だ。しんと静まった雰囲気を漂わせており、どこか神秘的な印象を受ける。肌の露出がない漆黒の戦闘衣(バトルドレス)と手袋を身に纏っており、舞踏会のための衣装と言われても納得できる服装だった。

 

 

 見た目も非凡だった。仮に彼女が神なら、間違いなくイシュタルやフレイヤと同じ『美神』に分類されていただろう。それ程の美貌を持っている。

 

 

 はっきり言って、戦場に全くと言っていいほど似つかわしくない女だ。

 

 

「で、『コレ』はどの位の力を持っている? 本来私が貰い受ける予定だった『天の雄牛』より下であれば、もう投資(カネ)は落とさんぞ」

「大丈夫さ。だってイシュタルの牛を潰したの、その子だから」

「なにっ?」

 

 

 ようやく復活したタナトスに疑わし気な目を向ける。タナトスは軽くせき込みながら笑う――ただ一つ、虚無だけが存在する笑みを浮かべて。

 

 

「ヴァレッタちゃんがあの子……フィーネちゃんの死体を持って帰った四年前に『魔石』を埋め込まれた時点で、フィーネちゃんは今のレヴィスちゃんや都市の破壊者(エニュオ)の切り札より強かったし」

「私はレヴィスとやらも『天の雄牛』の潜在能力(ポテンシャル)も知らん。もっと分かりやすく言え」

「ん~、そうだなぁ……」

 

 

 死神(タナトス)は少し間を開けて、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全盛期の最強の男神(ゼウス)最強の女神(ヘラ)派閥(ファミリア)、全員を相手取って皆殺しにできるくらいかな?」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインの肩からアリサが滑り落ちた。当然、何も知らない【ロキ・ファミリア】は音のした方、つまりレインの方へ眼を向けることになり、驚愕する。

 

 

 都市の頂点(オッタル)、『穢れた精霊(デミ・スピリット)』、赤髪の怪人(レヴィス)を前にしても飄々(ひょうひょう)とした態度を微塵も崩さず不敵に笑っていたあのレインが……泣きそうな顔で微かに、でも確かに震えていた。

 

 

 【ロキ・ファミリア】の警戒が最大レベルまで跳ね上がる。この豪胆で神がかった戦闘能力を持つ男が震えるなどただ事ではない。復活したフィンが指示を出さずともガレス、ベート、ティオナが前に出ていつでも飛びかかれるように身構える。壁役(ウォール)の陰に隠れる魔導士達も小声で長文・短文詠唱を口ずさむ。

 

 

 女は姿を見せた時に喋ってからは何もしない。『魔法』を使う素振りも、武器を構えることもしない。ただ静かに剣をだらりと下げたままだ。

 

 

(『魔法』の詠唱は聞こえているはず……何故魔導士を潰そうとしない?)

 

 

 遂に魔導士達の詠唱が完成しだした。後はフィンが合図を出すか前衛が大きな隙を作り出すタイミングで一斉掃射すればいい。仮に目の前の女がレヴィスと同格かそれ以上の強さだろうと、魔導士の『魔法』の中には広範囲殲滅魔法がいくつもある。全ての『魔法』を防ぎきることなど出来ないし、仕留めきれずとも隙は必ずできる。

 

 

 レヴィスが厄介だったのは、馬鹿魔力(レフィーヤ)の『魔法』でも一発なら片手で防いでしまう事である(レフィーヤ並でなければ有効打にならなかったのもある)。それ故にレヴィス相手に『魔法』は牽制にも攻撃にも使いづらく、広範囲魔法はレヴィスを相手にする仲間を巻き込むため使えなかった。

 

 

 今は違う。敵は【ロキ・ファミリア】と二〇M(メドル)以上離れているので、仲間を巻き込む可能性はない。しかし、フィンはぴくりとも疼かない親指を見ながら思考を回す。

 

 

(攻略するための手段と手順はもう完成する。敵は恐らくレインの知人だろうが、この際は関係ない。知人であるなら、僕達に襲い掛かってくればレインは必ず止めるだろう。これで防御面も問題ない。なのに、どうして()()()()()()……親指(かん)も疼いてないのに――ッ!?)

 

 

 一秒にも満たない思考でフィンは気付いた、気が付いてしまった。『勘』が疼かないのは危険がないからではなく――無意識に体が勝つ(生きる)ことを諦めてしまうほど、力の差が隔絶しているからではないかと。

 

 

 その可能性に気が付いた時点でフィンは撤退の指示を出すべきだった。だが、もう遅い。

 

 

「おい女。その臭え匂い……てめえも化物女と同じか」

「……」

「てめえらみてえなモンスターより汚え奴は、俺の前から消え失せろッ!」

 

 

 決して口には出さないが、ベートは仲間を怪人(レヴィス)に傷つけられて静かに苛立っていた。そこへ怒りを容赦なく叩きつけてもいい怪人(クリーチャー)が現れたなら、溢れ出る戦意を抑える必要はどこにもない。

 

 

 侮蔑と唾棄の感情を吐き捨てながら肉薄し、レインの『全癒魔法』で万全の状態となった右こぶしを叩き込もうとする。ベートの突進に合わせて魔導士達は、援護のための『魔法』を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【リフレクション】」

 

 

 決して大きくはない超短文詠唱(つぶやき)。しかし、効果は嫌という程目に映った。

 

 

 黒い少女の顔に叩き込まれるはずのベートの拳が、少女の前に現れた薄ら透ける白い障壁に阻まれる。障壁にぶち当たった右拳は轟音を奏で――潰れた。ベートの右腕は本来の半分の長さまで無理やり押し潰され、随所から肉袋に収まりきらなかった砕けた骨が筋肉を貫いて飛び出し、とても痛ましい果実(ザクロ)を作り出す。

 

 

 そこからの『一瞬』を動くことが許されたのは……この場で二人だけの『黒』。

 

 

 すぐに冷静さを取り戻したレインが神速でベートに近づき、まだ痛みが体に追い付いていない狼人(ウェアウルフ)の首を掴んで背後にぶん投げる。直後、ベートの頭部を粉砕せんと振り上げられていた少女の足が、何層も折り重なる超硬金属(アダマンタイト)で造られた迷宮の床を()()()()

 

 

 たおやかな少女の足を中心に凄まじい衝撃と亀裂が発生し、散弾のように飛び散った超硬金属(アダマンタイト)がすぐそこまで迫ってきていた『魔法』を全て貫く。『魔法』をかき消した凶弾はそれだけでは満足しないのか、微塵も勢いを殺さず【ロキ・ファミリア】に迫る。

 

 

 が、凶弾はいきなり停止する。それはまるで不可視の壁にぶち当たったような不可解な止まり方であり、運動エネルギーを失った超硬金属(アダマンタイト)の欠片達は一斉に床に落ちる。レインがエクシードで全ての欠片を受け止めたからだ。

 

 

 そのままレインは両腕を振るい、覚えのある妖精(気配)が近づいてくる通路に【ロキ・ファミリア】を叩き込む。鎧や兜が頭にぶつかって鈍い音や苦しそうな声が聞こえたが、レインの意識から彼らのことは消えていた。

 

 

 次の瞬間、大広間が丸ごと崩壊する。少女が生み出した破壊の爪痕は天井、壁、床を留まることなく走り抜け、足下に底が見えない大穴を作り出した。レインは落盤に巻き込まれる気など毛頭なく、既に落下を始めている足場を蹴って跳ぼうとしていたが、咄嗟に腕を交差(クロス)させながら振り返る。

 

 

 いつの間にか頭上にいた少女がレインの腕に踵落としを叩き込んだ。霞む速さで振り下ろされた断頭刃(ギロチン)の如きその一撃は、防御に用いたレインの腕に激痛をはじけさせ、穴の底へ叩き落とす。

 

 

「……」

 

 

 長い黒髪の奥にある口から発せられた言葉は、音にならず空に消える。少女は己に降りかかる重力に逆らわず、世界でたった一人の大切な人がいる場所へ落ちていく。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ははははははははははははははっ!! 出鱈目じゃないか! なるほど、本当に男神(ゼウス)女神(ヘラ)の眷属だろうと皆殺しにできそうだ! ここでフレイヤのお気に入りも消え失せる! もうあの女神(おんな)は死んだも同然だ! 私の勝ちだっ、ははははははははははははははっ!?」

 

 

 台座に映し出された大破壊の光景に、褐色の美神は仰け反りながら哄笑を上げる。期待を遥かに上回る力を見せつけた怪人(フィーネ)に興奮して、頬を紅潮させ(よだれ)をまき散らす姿は、絶頂を繰り返して壊れる寸前の淫婦そのものだ。

 

 

「うっわ。イシュタルに貰った『兵器』も取り込ませたけど、ここまでヤバい事になってたの?」

 

 

 別の空間から聞こえてくる『人造迷宮(クノッソス)』の製作者(バルカ)の絶叫と、彼の癇癪を鎮めて欲しいと懇願する眷属たちから目を逸らし、何かを思い出すように目を細める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネちゃんが死ぬ原因を作った『正義の味方』には感謝しないとねぇ」

 




三十九話に『あの女』というセリフがあることに皆さんは気付いていましたか?
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