雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 まずは感謝を。今作に高評価をしてくださった方々に、心から感謝します。しばらくしたらまたモチベが下がるかもしれませんが、最後までは書き切ります。


 そして謝罪を。作者の文才がないため、作中に纏めきれなかったものをあとがきに載せてあります。駄文間違いなしです。


(あとがきは1000文字を超えました)




四十九話 言葉の意味は

 「無駄になると思っていたが、氷系統の『魔法』を使っといて助かった」……頭の片隅でそんなことを考えながら、レインは高熱で服が肌とくっついてしまった身体を壁から引き抜く。レインがフィーネの身動きを封じるためにぶっ放した『魔法』は全て反射されており、跳ね返された『魔法』は壁や床に着弾していた。そのおかげで超硬金属(アダマンタイト)で構成されている空間は殺人的な熱を放ちながらも、金属としての硬さを保っていた。

 

 

 仮に『反魔法障壁(アンチ・マジックフィールド)』だけでフィーネに対抗していれば、レインは壁に叩きつけられた時点で溶けた金属に飲み込まれて窒息、もしくは体の穴から高温の金属が流れ込んで体内から焼け死んでいたかもしれない。

 

 

 今すぐにでも膝を折ってしまいそうな程の痛みを堪え、レインはエクシードを極限まで高めた。下界でも両手の指の数にも満たない人数しか習得できなかったエクシードは極めれば身体能力を跳ね上げ、一時的に出血と痛覚を抑えることができる。代償として十数分で体力が尽きるが――

 

 

(どう足掻いても動きが鈍るなら、少しの間でもいいから、鈍っても問題ないくらい能力を高めればいい)

 

 

 フィーネを傷つける覚悟を決めたレインが狙うのは彼女の右肩。剣を持つ腕の骨の間に異物――それも魔剣をねじ込めば、如何に再生力が優れた怪人(クリーチャー)であろうと剣を引き抜き、傷を塞ぐ数秒間は腕を使えなくなるだろう。

 

 

 そのまま寝技に持ち込んで意識を奪う。筋力にどれだけの差が存在しようと片腕がないならば、体術も極めたレインから逃れるのは不可能だ。その唯一の優位性(アドバンテージ)である『力』も、今はレインが上回っている。

 

 

(あの厄介な反射魔法は常に術者(フィーネ)から離れた場所に展開していた。恐らく密着してしまえば意味をなくす!)

 

 

 二人が推定17階層に落ちてから過ぎた時間は五分を超えた。どれだけ戦いたくなくても、どれだけ相手が強敵だろうと、レインはフィーネの『魔法』の特性や攻撃の癖を正確に見抜いていた。

 

 

 猛然と床を蹴って走り出す。一呼吸もしない内にフィーネの前に残像を引き連れたレインが現れ、閃光のような突きを放つ。接近した時にフィーネがあたかも鏡合わせのように魔剣を引き絞っているのが見えたが、それはレインが止まる理由になりはしない。

 

 

 ――フィーネの攻撃が腕や足を狙うものなら避けなかった。首や心臓だったら急所を逸らすだけで突き進めた。見知らぬ『魔法』だろうと受けきれる自信があった。  

 

 

「――レイン。私は貴方を愛しています」

 

 

 だからこそ。

 

 

 もう二度と見ることが叶わないと思っていたはずの微笑みを、彼女が浮かべるなんて予想外で。

 

 

 もう二度と聞くことが出来ないと分かっていたはずの言の葉を、彼女から告げられるなんて想像もできなくて。

 

 

 レインは、世界最強の黒い戦士は、優しい心を捨てきれなかった男は――剣を止めてしまった。

 

 

 青白い魔剣が黒影を穿つ。禍々しい血泉(けっせん)が派手に噴き出て、雨のごとく広間に降り注いだ。黒影の胸を貫いている魔剣に血が伝い、持ち手の手袋に染み込んでいく。

 

 

 男は目を見開いていた。女は変わらず笑っていた。

 

 

 そして、永遠にも等しい一瞬が過ぎ……()()()()()()()()は男に寄りかかるようにして、ゆっくりと膝を折った。

 

 

 レインは氾濫寸前の感情と思考を必死に押しとどめながら、瀕死の少女を抱きかかえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネッ、君は――最初から、俺に殺されるつもりだったのか!!!」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 愛しい人の腕に包まれる私の身体が、足の先から灰になっていく。私の胸に突き立つレインの魔剣は心臓を貫き、近くにある怪人(クリーチャー)の急所である魔石に(ひび)を入れた。直接見ることはできないけど、生じた罅がどんどん大きくなっていくことを感じ取れた。

 

 

 ……恐怖はない。好きな人に看取られて逝ける私は、間違いなく幸せだ。

 

 

「殺されるつもりなんて、なかったよ……。むしろ、確実にレインを殺すために……あの言葉を使ったわ。優しいレインなら、絶対に動きが鈍るだろう……って――げほっ」

 

 

 ……『愛している』も『殺すため』も私の本心。あの言葉で動きが鈍ったところで心臓を刺してやろう……そんな屑みたいな考えで、私はあの言葉を口にした。

 

 

 効果はあった。優しいレインは卓越した反応で剣を止め、隙が必ず生まれると思っていた醜い私は足を進めて、間抜けなことに自らレインの剣に当たりに行くことになった。

 

 

 そこまで話した途端、もうこれ以上彼の耳を汚すなと言わんばかりに喉に血が絡まり、苦しくなった私は咳き込んで吐き出す。

 

 

「もう喋らなくていいっ。大丈夫だから、今度こそ俺が助けるから!」

 

 

 今にも泣きだしそうな顔でレインが叫ぶ。すぐさま胸を穿つ魔剣を引き抜き乱暴に投げ飛ばし、傷を治療しようと私の戦闘衣(バトルドレス)を引き裂き……そこで手が止まった。

 

 

「フィーネ……これは、まさか……」

「……見られたく、なかったなぁ」

 

 

 ――私の胸には貌があった。それはまるで、この世のものとは思えない絶望と恐怖を味わいつくした天女と言うべき悍ましく歪んでいる女の貌だ。怪人(クリーチャー)になる前の私が見たら、絶対に悲鳴を上げるくらい気持ち悪い。

 

 

 でも、レインが手を止めたのはこれじゃない。多分傷口から覗く私のどす黒い心臓を見たからだろう。それこそが、私が一番見られたくなかった物だ。

 

 

「『陸の王者(ベヒーモス)』の心臓!? くそっ、二年前に全て潰したはずなのにまだ残っていたのか!」

 

 

 レインはきっと責めている。二年前、大罪人として知らない人々に恨まれてでも世界からなくそうとした兵器が私の中にある事を。

 

 

 兵器の正体は『ベヒーモス』の心臓――正確にはいくつにも分けた上に毒素を取り除かれた一部。私は『ベヒーモスの心臓の欠片』と『宝玉の胎児』の二つを取り込み、レインと渡り合えるだけの力を得た。

 

 

(そういえばこの時からかな。私がレインに死んでほしい、なんて世迷い事を考えるようになったのは)

 

 

 どうしてこんな事を考えたのだろう? 私が怪人(クリーチャー)になってから力を付けることに躍起になったのは、これから先、レインが避けられない未来(絶望)を退けるためだったのに。

 

 

 沢山のつらい思いをしてもレインは意志が強い人だから、決して見捨てず逃げ出さない。いっぱい傷ついても、守りたいと思った人のために戦い続ける。誰よりも強い人だからこそ、彼を守れる人はいない。

 

 

 レインが私のことを知らなくても、彼の代わりに戦いたかった。彼が笑顔でいられるように、彼の大切なものを守りたかった。

 

 

(そっか……私は()()()()()()()()……)

 

 

 しかしレインに降りかかる絶望は多すぎて、全知全能の神様に遠く及ばない『人間』の私は全ての絶望を斬り払うことができなくて、彼を幸せにすることが私には不可能だと思い知らされて。

 

 

 このまま時間が過ぎていけば、レインはどこまでも救いのない終わりを迎えることになる。だから私はレインを殺そう(救おう)とした……それが何よりもレインを傷つける分かっていながら、ただ自分が楽になるために正当化している事に気づきながら、目を逸らしていた。

 

 

 どうしてだろう……レインが死んだら私も死んだも同然なのに。

 

 

「あああああああっ何でこんな時に回復魔法が効かないんだ畜生っ!? 止まれっ! 止まれよっっっ!!!」

 

 

 レインの声がどこか遠く聞こえる。既に私の下半身は灰になって崩れ去り、無慈悲な亀裂が上へ上へ広がっていく。視界が狭まり、愛しい人の顔が闇に飲まれて見えなくなっていく。

 

 

「……レ、イ……ン」

「!」

 

 

 最後の力を振り絞り、鉛のように重くなった両腕を持ち上げる。その動作は途轍もなく緩慢で、震える指先は小さな音を立てて消えていく。

 

 

 それでも、届いた。右手は日光を浴びた雪像みたいに崩れ落ちたけど、必死に伸ばした左手はレインの顔に触れることができた。

 

 

 その黒瞳から溢れ出る、世界で一番温かい雫を拭うことができた。

 

 

 役目を果たし終えた左手が、ほどけるように崩れていく。

 

 

「私はね――」

 

 

 自分の中から命が割れていく音を響かせながら、私は言葉を紡ぐ。本当に、幸せな笑みを浮かべて言葉を遺す。

 

 

 未来を知っていながら、それを変えようと全力では抗わなかった。私欲のために多くの人々を傷つけた。挙句の果てには大好きな人をこの手で殺そうとし、無理矢理十字架を背負わせた。

 

 

 間違いなく私は大きな罪を犯した。私はどうしようもない悪党だ。どこまでも自分だけが大事な利己主義者(エゴイスト)

 

 

 嗚呼、私は、私は、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方に出会ったことで、もう、とっくに幸せだった(救われた)もの」   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ずっと……一緒にいたかった。

 

 

 どれが本当の最期の言葉か分からないまま、一人の少女は世界から消え去った。 




 フィーネ

 Lv.000

 力:000
 耐久:000
 器用:000
 敏捷:000
 魔力:000


《魔法》

【リフレクションフィールド】
・反射魔法。 ・解除後、連続の使用は不可能。

【グリム・エグソダス】
付与魔法(エンチャント)。 詠唱によって効果変更。 ・二重使用は不可能。


《スキル》
絶望予知女(アンティゴネー・パンドラ)
・???

人怪融合(モンストルム・ユニオン)
・異種混成。 ・超越界律。 ・神理崩壊。 ・穢霊浸食。

精霊超人(スピリット・ネメシス)
・魔法効果増大。 ・精霊系統魔法の執行権。 ・精神力消費による全能力超高強化。
・精神汚染。

王者代行(オルタナティブ)
・全アビリティの超域強化 ・悪感情の丈により効果上昇。 ・悪感情増幅。 ・思考汚染


 この作品では何らかの技術を駆使して、ベヒーモスの心臓を回収できた事になっています。

 ちょくちょく出てきていた『兵器』としての完成型がフィーネ。『心臓』はいくつに分割されても生きています。『心臓の欠片』は取り込んだ生物の心臓と融合し、本来の性能を発揮します。しかし、フィーネ並の肉体性能がなければ、人間では使うことができませんでした。使えばほぼ使い捨ての『兵器』になります。


 毒素が取り除かれているのは、一度毒素があるまま使用したところ、毒をまき散らして組織が潰れかけたからです。アホですね。


 レインは二年前にベヒーモスの心臓そのものと心臓の欠片を取り込んだ人を焼き払いました。それで終わっていたように見えましたが、心臓の欠片はまだ残っていました。


 ・エクシード
 いわゆる『気』です。本来の用途は身体能力を高め、怪我をしても万全で戦えるようにするものです。ゴライアスを握りつぶすのに使うものではありません。


 ・フィーネの言動について。


 彼女は自分のことをエゴイストかつ屑だと思っています。理由はレインが苦しむ姿を見たくないがために、レインを殺そうとしたからです。


 彼女はレインを傷つけたのは全て自分のためと言っていますが、本心は彼女自身もわからなくなっています。


『レインの近くに守られるべき弱い人がいるから、レインが傷つくことになる。なら最初から弱い人がいなければいい』
『でもその人が傷つけばレインは悲しむ』
『ならレインがいなければ、レインが悲しむことはない』


『ベヒーモスの心臓』と『宝玉の胎児』を取り込んでからというもの、フィーネの頭ではこんな考えが常にありました。これは例の一つで、もっと沢山の支離滅裂な思考があります。


 こんな考えは可笑しいと分かっていても、決して思考を止めることはできませんでした。【ロキ・ファミリア】の『人造迷宮』に突入するのが数日遅れていれば、フィーネは無差別にオラリオの人々を殺しに行ったかもしれません。


 レインの魔剣で胸を貫かれたのも偶然なのか、それとも自分の中の黒い衝動を止めてもらいたかったがために、自ら当たりに行ったのか……。


 レインを殺そうとしたのも、全部自分のためなのか、見えた未来がそんなに酷いものだったのか……


 一つハッキリとしているのは、フィーネは殺されるならレインに殺されたいと思っていたことです。


 好きだからこそ殺してほしい。好きだからこそ、自分を殺すことで手を汚してほしくない。皆さんはどっちですか? 


 無理のある構成でしたが、今回の話は作者にとって一番書くのに苦労し、考えさせられるものでした。

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