雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
窓から差し込む黄昏色に染まった輝きが白を基調とした清潔な室内を染め上げる中、窓際にある
覚醒して初めに感じたのは瞳の奥を焼く眩い光……ではなく、嗅ぎなれた消毒液や薬品の匂いが入り混じった空気。そして何故か、森林の奥深くにある泉のような清涼な香りがした。
次に感じたのは心地よい温かさと柔らかさ。心地よさの発生源に目を向ければ、レインの胸元から下をすっぽり覆いつくしている白い
大きさとしては、小柄な人間一人分である。
身体を起こし、ゆっくりとシーツを
……ひどくまずそうな体勢だった。それはもう、誰かに見られでもすれば弁解のしようがないくらい。
この時レインが取った行動は、「この子は柔らかくて気持ちいいな」と思いながらの放置である。この場合、レインのするべき行動は赤面しながら飛びのくか、見なかったことにしてわざとらしく
この世の男達が見れば血涙を流しながらハンカチを食い千切りそうな状況だったが、そんな夢の時間はレインが起きたことを察したアミッドが目覚めて終わりを迎えた。
とりあえずレインは声を掛けた。わざとらしく、明るく、能天気に。
「ようアミッド! 夜這いをするならもう少し暗くなって、俺が起きている時にしてほしいんだが」
「……」
返事がない。よく見ればいつも以上に表情が無に近い。そもそも、アミッドがレインが寝ている
訳が分からないレインは思わず訊いた。
「……何かあったのか?」
次の瞬間、アミッドの手が後ろに引き絞られた。すぐに迫って来る手にレインは勘付いていたが、彼にしては珍しく、その手を避けることなく受け入れた。
ばしんっ、と。レインの頬から乾いた音が響く。勢いよく振り抜かれたアミッドの右手は赤く腫れていた。
「……『何かあったのか』、ですか……?」
アミッドの整った柳眉がはっきりと吊り上がり、思いっきり睨まれる。更に胸ぐらを掴んで揺さぶられた。
「それは私のセリフですっ! いきなり運び込まれたと思えば何ですかあの大怪我は!? 身体は傷がない所を見つけるのが難しいくらい重傷で! 内臓も一つ残らず傷ついて! 血まみれのあなたの身体は寒気がする程軽くなっていて! 呼吸も鼓動も今にも止まりそうな程小さくて! しかも私の治癒魔法の効果が現れにくかった! それを見て私が動揺しないと思いますかっ!?」
でかい声でどやされた。ここにきてようやく、レインはアミッドが本気で怒っていることに気が付いた。アミッドは顔がくっつきそうな距離まで近づき、弱弱しく呟く。
「私は言いましたよね? もし貴方が死んだりすれば、一人は悲しむ人がいるのだと。……私の言葉はレインさんにとって軽いものですか……貴方に死んでほしくないという私の想いは、貴方の命を繋ぎ止めるには取るに足らないものですかっ?」
アミッドの瞳から感情の結晶がぽろぽろと零れ落ち、いつの間にか着替えさせられていたレインの服に吸い込まれていく。自分のために泣いている少女を目にしたレインの心は、申し訳なさでいっぱいだった。立場が逆ならレインだって腹を立てたし、叩きはせずとも大きな声で怒鳴っただろう。
何よりやるせなかったのは、それでもレインは自分に、目の前の少女が泣くような値打ちがあるとは思えない事だ。悪気はないのだが、自分が心配されているという実感がどうしても湧かない。
「……いや、心配かけてすまない」
素直な気持ちを絞り出しながら、アミッドを抱き寄せる。女性にしても小柄な身体は、レインの腕に容易く収まった。
「俺がアミッドの立場だったら意識がないのをいい事に、股下スレスレでスケスケのネグリジェに着替えさせるくらい怒り狂ったかもしれない。本当に悪かった」
「……私の気持ちが分かっているのか疑わしいセリフですね。怒りより、心配の方が大きいのですが」
初めて見るアミッドの姿についいつもの癖で
――などとレインは、恐ろしく見当外れの事を考えている。
それ故に、真っ赤な顔で己の唇を見ていたアミッドにちっとも気が付かなかった。
「レインさん、少し間、目を閉じて下さい」
「? 分かった」
言われるがままに目を閉じる。すると頬を挟むように手が当てられ、アミッドが顔を寄せて来たのが分かった。
「レインさんの鈍さは世界一ですからね。こうでもしないと伝わらないでしょう」
二人の距離がなくなっていく。少女の手と吐息に熱が孕んでいくのを感じながら、レインは目を閉じたまま動かなかった。
窓から差し込む光が、重なり合った二人の影を映し出していた。
三日間。それが蘇生魔法を使ったレインが意識を失っていた時間である。
付きっ切りで看病していればもっと早く目覚めたかもしれないが、レイン以外にも『
治療師として最低な
白い廊下を歩きながら意識を失っていた間の情報をまとめていたレインは、廊下の突き当たりにある治療室を見て思考を切り上げた。
アミッドの機嫌を直して真っ先に聞き出したのは二人の女性の安否。黒髪の女性は意識を取り戻したので、【ガネーシャ・ファミリア】へ連行。もう一人の女性は少し様子が変だったため、専用の治療室で【ロキ・ファミリア】の幹部が見張っているとの事。
今日の見張りはリヴェリア。なるほど、先程まで自分がいた治療室に彼女の匂いがしたのはそういうことか。
「……」
ドアノブに手をかける。レインはこの部屋の中に誰がいるのか知っている。
(皮肉なもんだ。あの子に逢う資格なんてないと言いながら、こうして自分からあの子に逢わなければならないなんて)
今でもレインは逢う資格がないと思っている。逢わない事が償いになると考えている訳ではない。変わり果ててしまった自分を見られたくない訳でもない。ただ理由もなくそう思っている。
それでも、これが最後になるとしても、あの『魔法』を使った責任を果たさなければならない。
そう言い聞かせながら、レインは扉を開いた。
♦♦♦
部屋の中にいた二人の女性が、新たに現れた人物に目を向ける。一人は椅子に腰かけながら、もう一人は
レインは椅子に腰かける
急にやって来た男にガン見された
「えっと……
少女の
蘇生魔法【ディア・エウリュディケ】。
その効果は対象人物の『蘇生』。
使用条件は対象人物に対する一定以上の
そして蘇生対象は……記憶を全て失う。自分の名前はおろか、これまでどんな人生を歩んできたのかさえも。
なんて残酷な『
知っていた。レインは蘇生魔法を使えばどうなるか知っていた。この『魔法』をどうして
「俺は……」
君の恋人。ずっと君に逢いたかった。君を守るための力を手に入れた。もう二度と君を傷つけさせない。
そう言えたらどれだけ嬉しいか。笑顔で受け入れてもらえたらどれだけ幸せか。
「俺、は……」
言えるわけがない。守るための力を掴んだ手は、
「俺、は……っ」
それが分かっていても声が震えそうになる、涙が滲みそうになる。目を見開き腹に力を込めてどちらも阻止する。
何と答えるべきかレインは考えた。友人、却下。親戚、ダメ。身内、論外。フィーネが容赦なく扱き使える立場が望ましい。そして彼女が知りたい情報を教えることもできる称号。
導き出される最適解。これ以上はない程自分に似合っている答えに、レインはニヤリと笑う。
「俺の名前はレイン。そして――」
「君のストーカーだ! フィーネ!!」
最低すぎる叫び。一秒後、リヴェリアは全力の
「うわぁあああああああああ何で今頃あの時の事を思い出すんだ私はぁあああああ死にたい死にたい死にたい誰か殺してくれぇっ!!!」
同時刻。【ディアンケヒト・ファミリア】の近くを通った黒髪のエルフが発狂し、そのまま診療所に運び込まれたそうな。
【ディア・エウリュディケ】
・蘇生魔法。 ・一定以上の
・使用時、全
・蘇生対象の記憶の全
レインはストーカーの意味を理解しています。
作者はレイン大好きです。決して馬鹿にはしていません。馬鹿なことはさせるけども!