雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 レインが途中までポンコツ、キャラ崩壊。ではどうぞ。


五十二話 味方です

 レインが座っている。顔に真っ赤な足跡を付けて膝を抱え込んで部屋の隅で座っている。更に寝台(ベッド)の上で驚いている少女の方ではなく壁に向かって座っている。ついでに壁に訳の分からない指文字……いや、極東の「ゐ」の字を綴っている。なんで「の」じゃないのかは謎だ。

 

 レインを知る者が見れば真っ先に偽物の可能性を疑う状況。神々が見れば『ワロスww』と言いながら嬉々として傷口に塩を塗り込むだろう。もちろんそんなことをすれば、レインは神々の尊厳その他諸々を木っ端微塵に粉砕するレベルの反撃をするだろうが……。

 

 早い話、レインは盛大にいじけていた。

 

「今のお前はどんな気持ちなんだ?」

「超死にたいです」

 

 リヴェリアの問い掛けに、普段のレインなら天地がひっくり返っても有り得ない口調と言葉が出てきた。虚ろな目で「壁が真っ白できれい……」とか言っている時点で大分重傷だ。

 

 落ち込んだ時の人格のブレ方がアイズに嫌いと言われたベートの比じゃないな、とリヴェリアは思った。

 

「それとリヴェリア、お前が本当に魔導士なのか疑わしくなってきたんだけど。背もたれを使って飛び蹴り(ミサイルキック)とか、完全に一流の脳筋……武闘家じゃないか」

「隠せてないぞ。お前、割と余裕あるだろう?」

 

 椅子の背もたれに手を置くことで助走なしに蹴りの威力を上昇させる。それを一瞬で、しかもあの威力で実行するとなれば、かなりのバランス感覚とセンスが求められる。近接格闘を極めた天才(レイン)だからこそ断言できるが、間違いなくあの蹴りは一級品だった。

 

 大分前に『リヴィラの街』で見せた黄金の右ストレートといい今回の蹴りといい……戦士なのに『魔法』も極めているレインが言えた事ではないが、普通の魔導士の持っている技ではない。

 

 それにレインが病み上がりなのを配慮したのか、装靴(グリーブ)を脱ぎながらの蹴りだった。

 

「あ、リヴェリアの足は臭くなかったぞ」

「よし死ね」

 

 いじけて避ける気力がないレインは再び蹴りを喰らい、今度は三角座りのまま床に倒れた。けれどレインに痛がる様子はない。

 

 それも当然だ。サンドバッグのようにボコボコにしたフィーネの『力』が異常なのであり、レインの『耐久』はとても高い。ひたすら痛めつけられた事で『耐久』の能力値(アビリティ)はより上昇しており、リヴェリアの蹴りなど痛くもかゆくもなく、何事もなかったように倒れたまま「床ひんやり……」と呟きだした。

 

 精神的ダメージが大きすぎるせいでキャラが変わっているレインを見ていると、リヴェリアまで悲しい気持ちになってきた。無理やり立ち上がらせ、寝台(ベッド)の上の少女に聞こえないよう小声で話しかける。

 

(で? どうして『すとーかー』などと名乗った? たしか神々の言葉で、意味は『犯罪者予備軍』だろう?)

(正確には面識もなしに、一方的に相手の事を知り尽くしている奴の事だな。今のあの子は記憶を失っている。どうして記憶を無くしたのかは後で詳しく説明するとして、ここまではいいか?)

(ああ。しばらく観察してみたが演技の線もなく、本当に記憶がないようだ)

 

 顔を寄せ合いながらちらりと目を向ける。少女は二人の会話を何とか聞き取ろうと耳を澄ませていたが、バレたと分かった途端、わざとらしく窓の外の景色を眺め出した。

 

(自慢じゃないが、俺はこの世界で誰よりもあの子……フィーネを理解している自信がある。好きな男のタイプからホクロの数まで。まぁ、フィーネにホクロないけど。あと、フィーネが靴をどっちの足から履くのかも知ってる)

(――本当にすまない、レイン。お前が真剣に話しているのは分かるが、今私は心からお前を気色悪いと感じている。後で【ガネーシャ・ファミリア】に行かないか?)

(はっ倒すぞてめぇ)

 

 だったらティオネはどうなんだー、もう見慣れてるし別にー、と憤慨したレインと憤慨させたリヴェリアの小競り合いが続くこと数分。真面目な顔に戻った二人は話を再開させる。

 

(で、だ。俺とあの子はお互いを知り尽くす程度には親密な関係だったが、記憶が無いあの子にとって俺は他人だ。何て名乗ろうか悩んでいたら『ストーカー』の条件を満たしていることに気づいて、つい……)

(……アホか、お前)

道化神(ロキ)みたいな言葉を使うな、腹が立つから。でもな、思いつきだけで『ストーカー』を名乗った訳じゃないぞ) 

 

 レインの考えはこうだ。

 

 今からリヴェリアに『ストーカー』がどういうものかフィーネに説明してもらう。『ストーカー』が犯罪者と似たようなものだと分かってもらったら、リヴェリアがレインにフィーネがどんな人だったのかを喋らせる。家族を忘れたとかだったらフィーネは傷付く可能性があるけど、犯罪者(ストーカー)なら忘れてよかったと思えるはずだ。

 

 雑な案だが、フィーネに対する配慮は完璧だ。レインも咄嗟の思い付きにしてはいい出来だと、一人頷いている。

 

 しかしリヴェリアはいい顔をしない。レインと寝台(ベッド)にいる少女がどんな関係だったのか、これまでのレインの言動から察しが付く。一人の女としての悲しみがある。だが、それ以上に、この男がどれだけ辛い想いでこの案を口にしているのか……想像するだけで胸が締め付けられる。

 

 顔に出したつもりはない。でも、目の前の男は人の好意にはとことん鈍いくせに、人の悲しみには敏感だ。

 

(そんな顔すんな。俺がこの程度で傷ついたりする訳ないだろ? 心臓が不壊属性(デュランダル)で出来ていると揶揄(やゆ)される事もあるんだぞ)

先刻(さっき)まで落ち込んでいた奴が何を言ってるんだ……)

(それは忘れろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、私の名前がフィーネで、綺麗なエルフの貴女(あなた)がリヴェリアさんで、男の人がレイン・ストーカーさんですか?」

 

 無垢な少女による言葉の不意打ち! 効果は抜群だ! レインの精神に一〇〇〇のダメージ! レインはめそめそしている!

 

 いざ少女に話しかけようとした直後。自分から話しかけようと勇気を振り絞った少女の言葉は、レインの心に突き刺さった。

 

(どうしよう。ありそうっちゃありそうだけど、神々(バカども)に聞かれたら玩具にされること間違いなしの名前と勘違いされてる)

(九割がた自業自得だろうがっ)

 

 今のレインは神々の言う『豆腐めんたる』だ。数多の罵詈雑言・威圧・脅迫を笑って受け流していたのが嘘のように、少女の言葉一つで翻弄される。

 

 これで馬鹿正直に『ストーカー』が何たるかを説明して、嫌悪の目で見られでもしたら……想像だけで嫌だ。即座に考えてあった案を作り直し、レインが話しかける。

 

「フィーネ。俺の言った『ストーカー』は名前じゃないんだ。俺の名前はレインだ。しかも世界最強だ」

「? では『ストーカー』とは何ですか?」

 

 世界最強発言は無視(スルー)された

 

「『ストーカー』には二種類あってね。一つはうじ虫以下の犯罪者の名称だけど、俺のは違う。依頼を受けて対象人物を詳しく知っておくんだ」

「なるほど。そんなお仕事があるんですね……」

 

 ものは言いようである。無知な少女に嘘を教え込む男にリヴェリアが非難の目を向けるが知ったこっちゃない。別の部屋から知り合いの黒髪のエルフの叫び声が聞こえるけどそれもシラナイ。

 

「さて、何を聞きたい? 答えられるものなら何でもいいよ」

「……じゃあ、ここはどこですか?」

「迷宮都市オラリオ。世界に一つしかない『ダンジョン』を有する地であり、様々な文化が集まる特徴から『世界の中心』とも呼ばれている。そしてここは医療系派閥(ファミリア)、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院。他に質問は?」

「なら――」

 

 フィーネは色んなことを聞いてきた。己の年齢。家族構成。治療院にいる理由。依頼人。ets……。

 

 レインは全て答えた……都合の悪いことは優しい嘘で覆い隠して。十九歳。幼い頃に両親をなくし祖母と二人暮らしだったが、祖母も事故で他界。君も事故に巻き込まれて治療院にいる。守秘義務で話すことはできない。etc……。

 

 しばらくの間、真っ白な病室に二人の声だけが響いていた。リヴェリアは何も言わず、二人のやり取りを見つめていた。

 

 少女の問い掛けが三十を超えた時だろうか。初めて少女が訊くか訊くまいかを悩むように言い淀んだ。この時のレインは予想内の質問だけだったことに安堵しており、「溜め込むより、吐き出した方がいいよ」と促した。

 

 この時、レインは話すように促したことを、リヴェリアは静観していたことを後悔する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……人殺しですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………は?」 

 

 頭が真っ白になった。人殺し? 誰が? そもそも何故そんなことを訊く?

 

「昨日、朱色の髪の神様と一緒に来た人たっ、達が、『お前がいなければあいつは死ななかった!』って、『死んで皆に詫びろ』って! 何回も何回も何回も何回も! 私は知らない! 何も知らないのに! 知らないって何度も言ったのに! 知らないよ知らないよ誰か助けてよぉ!?」

「っ!?」

 

 ――三日間眠っていたレインは知らなかった。フィーネが尋常じゃない精神的負荷(ストレス)を与えられていたことを。

 

 『蘇生魔法』でフィーネが記憶を失っているのを知っていたのは術者であるレイン一人。レイン以外の者にとって、フィーネはようやく捕まえた情報源かつ、明確な『復讐対象』……怒りをぶつけても誰も咎めない。それこそ、殺したとしても。

 

 これもレインが知らないことだが、【ロキ・ファミリア】から死者が出ている。自殺用の『火炎石』の爆発に巻き込まれた者、敵の武器の当たり所が悪かった者、『呪道具(カースウェポン)』で付けられた治らない傷のせいで血が止まらなかった者。

 

 仲間が死ぬのを見ていた【ロキ・ファミリア】の団員たちは憎んだ。彼等彼女等を()()()()()()()()()『全癒魔法』を持つレインを瀕死に追い込んだフィーネと、瀕死に追い込まれたレインを。

 

 レインに悪い所は一つもない。人造迷宮(クノッソス)最大の脅威であるレヴィスを倒し、重症を負ったフィン達も治した。感謝される理由は腐るほどあるが、責められる(いわ)れはない。

 

 全て『弱者』の我儘であり戯言であり特権だ。仲間を死なせた自分の弱さを憎まず、仲間を死なせた責任を背負う気概もなく、仲間を殺した『敵』を憎み、仲間を守れなかった『強者』に責任を押し付ける、『弱者』の醜い心の弱さ。レインやベートのように、仲間を殺した敵より弱かった自分を憎める『強者』は極僅かだ。

 

 道理も何もない『弱者』達によって溜め込まれたフィーネのストレスは、レインという優しい相談相手(はけぐち)が現れたことで遂に爆発した。フィーネは叫びながら周囲と自分を傷つける。

 

 それをレインは止める。頭を()(むし)ろうとするフィーネの両手を押さえつけ、足を絡めて両足も封じる。布を口に含ませて舌を嚙まないようする。布を含ませる時に頭を殴られたが、それは敢えて避けなかった。

 

 力を緩めれば即座に暴れ出そうと震える少女を押さえつけながら目を合わせ、レインは心からの想いを告げる。

 

「君が人殺しかどうか、だったか? 正直知らないし興味もない。仮に君が人殺しだとしても、俺はきっと君以上に人を殺してる。でもな、俺が言いたいのは人を殺した証拠でも、人を殺した数でもないっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全世界の全てが君の敵になったとしても、俺は最後まで君の味方だ。それだけは信じてほしい」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 変化は劇的だった。

 

 フィーネの身体から力が抜ける。瞼がゆっくりと下がり、すぐに規則正しい呼吸が聞こえてきた。

 

 目が覚めたら見知らぬ場所で知らない人達に囲まれて。自分の名前すら分からなくて恐ろしいのに、身に覚えのない恨みを向けられる。夜になって部屋から誰もいなくなっても、憔悴した少女は満足に休めない。

 

 怖かっただろう。辛かっただろう。

 

 そんな少女はやっと安らかに眠れる。世界最強の戦士が味方だと言ってくれたから。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「レイン! 頼むから冷静になってくれ!」

「冷静? リヴェリアは馬鹿だな……俺が冷静になりたい訳がないだろう?」

 

 フィーネの治療室から出たレインは、リヴェリアに何故フィーネがあんなに怯えていたのかを問い詰めた。

 

「本当にふざけた奴等だな。百万歩譲って、俺を責めるならまだ分かるぞ? しかし、自分の弱さを棚に上げてあの子を責めるとは……残念だよ、競い合う派閥が消滅するのは」

「彼女の記憶がないことを知らなかったとはいえ、それを言い訳にする気はない! 彼女に心無い言葉を投げた者には厳罰を与える! だから落ち着いてくれ!」

 

 結果、レインはキレた。自分がいた治療室に戻ると二振りになった青白い魔剣を引っ掴み、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)がある方向へ振りぬこうとした。青ざめたリヴェリアが必死に止めたものの、

 

「そうだな。遠隔攻撃だと吹っ飛ばした【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)で、街に被害が出るな。直接殺らないと」

 

 寿命が少し伸びただけだった。今もリヴェリアは恥も外聞もなくしがみ付いているが、レインの歩みは止まらない。まだ治療院の中だが、外に出たら十分もしない内に本拠(ホーム)に辿り着く。

 

「あーレイン君、怒らないでほしいんだけどいいかな?」

 

 年甲斐もなくリヴェリアが泣きそうになった時、冗談抜きに救いの神(ヘルメス)が現れた。何故かボロボロで汗を垂らしながら震えていたけれど、リヴェリアは初めて(ヘルメス)に感謝した。

 

「実は俺の眷属(こども)が勝手に美神(イシュタル)と取引をしていてね? 本当に俺は知らなかったんだ、マジで! 勝手なことをした眷属は粛清したけど、取引したのが『心臓』でさ……待ってお願いしますどんな頼みでも一回は叶えるのでその剣を下ろして命だけは助けてください!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。一つの最上級派閥が【フレイヤ・ファミリア】に潰された。

 

 最も被害をもたらした美神の眷属は、呼び出されたギルドでこう語ったという。

 

『カッとなってやった。反省も後悔もしていない』  

 

 

    

 ♦♦♦

 

 

 

 レイン

 

 Lv.9

 

 力:Ex 17482

 耐久:Ex 21059

 器用:Ex 38914

 敏捷:Ex 33598

 魔力:Ex 18667

 

 狩人:S

 耐異常:S

 魔導:S

 治力:S

 精癒:A

 覇気:A

 剣士:B

 逆境:C

 

 《魔法》

 【デストラクション・フロム・ヘブン】

 ・攻撃魔法。・詠唱連結。

 ・第一階位(ナパーム・バースト)。

 ・第二階位(アイスエッジ・ストライク)。

 ・第三階位(デストラクション・フロム・ヘブン)。

 

 【ヒール・ブレッシング】

 ・回復魔法。

 ・使用後一定時間、回復効果持続。

 ・使用時、発展アビリティ『幸運』の一時発現。

 

 【インフィニティ・ブラック】

 ・範囲攻撃魔法。

 ・範囲内の対象の耐久無視。

 ・範囲はLv.に比例

 

 《スキル》

 【憎己魂刻(カオスブランド)

 ・成長速度の超高補正。

 ・ステイタス自動更新。スキルのみ主神による更新が必要。

 ・効果及び詠唱を完全把握した魔法の模倣(コピー)。魔法効果は自身の魔力に比例。

 ・自身への憎悪が続く限り効果持続

 

 【竜之覇者(ドラゴンスレイヤー)

 ・魔法効果増大、及び詠唱不要。

 ・ステイタスの超高補正。

 ・魔法攻撃被弾時、魔法吸収の結界発現。一定量で消滅。

 ・精神力(マインド)回復速度の超効率化。

 

 【竜戦士化(ドラゴンモード)

 ・任意発動(アクティブトリガー)

 ・竜人化。発動時、全アビリティ超域強化。

 




 次は酒場のエルフの話ですかね。

 レインのレベルは上がりません。まだ上位の経験値が必要です。

 フィーネは神の恩恵自体をなくしています。一度死んでいるのでリセットです。

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