雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 ハーメルンで小説を書いてると、何故か勝手にエンターキーが押される。なんで?

 レインの【ロキ・ファミリア】への対応、納得できるかは分からないけど、作者はレインならこうするんじゃないかと思いました。


五十三話 正義の妖精 上

 大切な少女の命を理不尽に奪われ、あまつさえ自身の命も死神の鎌に刈り取られる寸前の少年が流した涙を、私はきっと忘れない。

 

 五年前の私は『正義』であることに固執しすぎていた。より正確に言うならば融通が利かず、今は亡き極東の知己、輝夜の言葉を借りるなら『頭でっかちなポンコツエルフ』だった。

 

 大切な仲間達が傷つき、かけがえのない友を亡くし、多くの人々が血と涙を流し、それでも戦い抜いた七年前の大抗争を経て力をそぎ落とされた闇派閥(イヴィルス)。『絶対悪』を名乗る邪神の御旗を失った闇派閥(イヴィルス)は次々と討ち取られていったが、御旗を失ったが故に逃げ出す輩もいた。

 

 ふざけるなと思った。私達『正義』はどれだけの犠牲を払っても、目の前に何度も絶望が立ちふさがっても戦い続けたというのに、『悪』は負けの目が見えただけで罪を償いもせず、『悪』としか呼べぬドス黒い欲望を満たすために逃げ出す。

 

 なんだそれは。散々好き勝手に破壊と悲劇をもたらしオラリオを混沌の渦巻く無法の都にしたくせに、反省の一つも見せず逃げるだと? 正しき者達が多く死んだのに、どうして『悪』が生きている?

 

 許さない。許せない。許すものか!

 

 アリーゼとアストレア様に頭を下げて頼み込み、私は逃げた『悪』を追いかけた。

 

 この時、私は輝夜と『大局のために、少数を切り捨てるか否か』で衝突していた。言い争いは輝夜に『私達程度の実力で、全てを救えると思うな』という鋭い目と、冷然とした口調で私が言い負かされて終わった。

 

 ……きっと私は認めたくなかったのだ。私達では犠牲を払わなければ平和を手に入れる事ができないと、私の信ずるアストレア様が司る『正義』が都合のいい『理想』なのだと。

 

 だからこそ、私は逃げた『悪』がもたらす被害がオラリオより遥かに小さなものだとしても滅ぼすと決めた。輝夜が過去の経験から告げた言葉を否定するために。なにより、自分の『理想』のために最大限の努力をしたかった。『悪』に屈したくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時の『正義』の断罪に、少なからず復讐とは呼べずとも八つ当たりを超える感情が含まれていたことに、私は気付いていながら見えないふりをした。

 

 結果、私は三つの『悪』を滅ぼす代償に、三人の『幸せ』を破壊することになる。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「結論から言うぞ。俺は今後一切、お前らに協力しようと思わない」

「……そうか」

人造迷宮(クノッソス)であの子を殺さなかったこと、そして治療院に運んでくれたことには感謝してる。あの子が敵にしか見えなくて罵倒した奴の気持ちも理解できる。でも、それとこれは話が別だ。恩着せがましいが、俺もフィン達の傷を治しているしな」

 

 場所は東のメインストリートにある二階建ての喫茶店。およそ二か月前に神々でも滅多に会うことが叶わない『美の神』が訪れた噂がある喫茶店は、今日も今日とて一縷の望みに賭ける客達で賑わっていた。

 

 だが二人の客が入店したことにより、客足は一気に遠のいた。正直、店員としては営業妨害にもほどがあるので出ていってほしいのだが、その問題の客に出ていってほしいと言う度胸はない。

 

 一人は『美の神』には劣るものの、他の神々とは一線を画す美貌を持つハイエルフの女性、リヴェリア。もう一人は入店するなり、自分達に――というか、リヴェリアに不躾な視線を向けてきた周囲の客や店員に物理的な圧迫感を与える威圧を放った男、レイン。どちらも平凡な喫茶店員は想像もつかない実力を有する都市最強の冒険者だ。

 

 二人とも営業妨害に来た訳ではない。仲間を亡くしても立場のせいで暇がなかったリヴェリアが都市南東区画に存在する『冒険者墓地』へ墓参りに来ており、彼女に用があったレインはそれを邪魔しては悪いと思い、待ち合わせの場所が『冒険者墓地』に近かったこの喫茶店になった。ただそれだけのこと。

 

「今でもフィーネを傷つけたお前の所の団員(クソヤロウ)を殺してやりたい気持ちに変わりはない。俺がそれをしないのは、その団員を大切に思う奴が少なからずいるからだ。お前(リヴェリア)やロキとかな」

「……そうか」

「だから警告だ。もし俺の前でフィーネのことを悪く言う奴がいるなら、俺は今度こそ、そいつを殺す」

 

 レインの要件は協力体制の打ち切り。元々レインが協力していたのはギルドからの指示と、レイン自身の【ロキ・ファミリア】にあまり死んでほしくないという善意からだ。レインを縛れるものは何一つない。

 

 【ロキ・ファミリア】の副団長としてのリヴェリアが『「深層」以上の脅威であるあの人造迷宮を前にレインを使えないのは痛い』と思考する。同時に『感情に振り回されるな。割り切ってくれ』という思いも浮かび上がるが、一個人としてのリヴェリアは軽く頭を振って打ち消す。 

 

 リヴェリアは昨日、怒り狂ったレインが繁華街に消えていくのを見送った後、何かを知っていると思しきヘルメスを締め上げてレインの過去を吐き出させた。レインの怒りと殺気を含んだ威圧をぶつけられて弱っていたヘルメスは、万力の握力で己の腕を潰そうとしてくるリヴェリアにあっさり屈し(ゲロッ)た。

 

 当たり前に享受できるはずだった日常と大切な人を奪われる絶望。戦いを嫌う性格にも関わらず、剣を取らなければ生きていられない程の悲しみ。憎しみの対象の違いはあれど、自分が娘同然に愛している少女と似た境遇。

 

 そんな男に憎まないでくれ、などと言えるはずもなかった。九年間の絆がある少女の黒い炎すら消せない自分なら尚更。

 

 何も喋らなくなったリヴェリアを見て、レインはこれ以上話すことはないと判断したのか席を立つ。しかし去り際にリヴェリアの顔をちらりと見ると、苦虫を百匹嚙み潰したようなしかめっ面でぶっきらぼうに言い放った。

 

「……別にリヴェリアのことまで嫌いになった訳じゃない。お前の頼みなら治癒魔法くらい使ってやる。俺はまだ、フィーネを傷つけた奴が誰だか分かってないしな」

「……本当にすまない。そしてありがとう」

 

 不器用なレインなりの精一杯の気遣いと優しさに、リヴェリアは気持ちを言葉で伝えることしかできなかった。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リヴェリアと別れたレインがやってきたのは西のメインストリート。都市にいる誰もが気付く抗争を引き起こした美神の眷属の中でも、ギルドに呼び出される程の被害をもたらしたレインにギョッとした目を向けられるが、先程の喫茶店とは違い微塵も頓着せず太陽の降り注ぐ大通りを進んでいく。

 

 やがてある場所まで来るとレインの足が止まった。周りにある酒場の中でも一番大きい建物。ドアに『Closed』の札がかかっていることを気にせず、レインは酒場『豊饒(ほうじょう)の女主人』に足を踏み入れた。

 

 ドアの上に取り付けられている鐘が鳴り、店内で若葉色のジャンパースカートとサロンエプロンに身を包んだ茶髪の少女が、レインに気付いて笑顔になった。

 

「レイン! お腹がすいたのかもしれないけど、まだお店はやってないよ?」

「ちゃんと表にある札は見たから知ってるさ。今回はフィーネが楽しく働けているのか確認に来ただけだ」

 

 うっかりさんを見るようなフィーネの眼差しにレインは笑顔で対応しながらも、『豊饒の女主人』のウェイトレス姿のフィーネに大興奮していた。神々の言う『萌え』をレインは理解した。

 

 フィーネがどうして『豊饒の女主人』でウェイトレスをしているのか? それを説明するに三時間ほど時間は巻き戻る。

 

 朝早くからフレイヤと一緒に召喚されたギルドで、どうして宣戦布告もなしに抗争を引き起こしたのかを説明したレインは――ギルドへの言い分は『ついうっかり手が滑って、魔剣(ルナティック)の遠隔攻撃が【イシュタル・ファミリア】に当たった』にしておいた――フィーネがいる治療院に向かった。

 

 職員に許可を貰ってフィーネがいる病室に入ると、フィーネは既に起きていた。くそっフィーネの寝顔見られなかった! と考えていたレインに、フィーネは予想だにしなかったことを言い出した。

 

『私の身体はいくらで売れると思いますか?』

『うーん、とりあえず早まらないでくれない?』

 

 突拍子もないことを言い出したフィーネを一度寝台(ベッド)に座らせる。ついでに過呼吸になりそうな心肺機能も落ち着かせる。ふぅ……。

 

『それで? 君なら一〇〇億ヴァリスでも足りないくらいには価値があるけど、お金が欲しいのか? ならいくらでも用意するぞ。それとも一日も立経たない内に詐欺にでもあったの? 教えてそいつ潰すから』

『詐欺にあった訳じゃないです。それにレインさんに用意してもらうんじゃ意味がないです』

『どうして?』

『だって、レインさんにお金を渡したいから……』

『!?』

 

 えっ俺守銭奴に見られてたの!? 昨日の『俺は君の味方だ』も君に初めて告白した時並に勇気を出したのに! と、表面には出さずともかなりのショックを受けるレイン。

 

『レインさんは「ストーカー」のお仕事をしているんでしょう? ならお金を払った方がいいかなって』

『必要ないから! 善意でする仕事だから!』

 

 『ストーカー』を仕事だと言い張った嘘が尾を引いてるし。

 

『身体で払おうと考えましたけど、レインさんには綺麗なエルフの恋人がいるでしょう?』

『リヴェリアは恋人じゃないぞ! そして何故身体で払おうと思った!?』

 

 リヴェリアとの距離が近かったせいで恋人と勘違いされてるし。

 

『やっぱりお金じゃないとダメかなって思いながらトイレに行ってたら、『くそっ、【フレイヤ・ファミリア】のせいで男も金もパァだ! 男と肌を合わせてりゃ簡単に金も稼げたのによ』って聞こえました』

 

 感情に任せて【イシュタル・ファミリア】を潰したせいで、【ディアンケヒト・ファミリア】に治療を受けに来た(恐らく)娼婦に、フィーネが必要ない知識を教え込まれてるし!

 

『そのトイレで聞こえてきた奴の特徴は分かる?』

『個室に入っていたので姿は見てません。女の人なのは間違いないですけど。……あ、たしかお肉みたいな名前で呼ばれてました』

 

 ビーフかポークかチキンか。それともステーキやソーセージやサラミみたいな肉料理の名前か。どれだろうと関係ない、待っていろよ肉女(レイン命名)。その名前にぴったりのミンチにしてやる……!

 

 レインの中で様々な感情の炎がブォンブォン荒れ狂う。それを知ってか知らずか、フィーネが悲しげな顔でぽつりと呟く。

 

『レインさんが「味方」と言ってくれて凄く嬉しかったです。でも……その言葉を信じきれない私もいるんです』

『!』

 

 冷水を浴びせられたようだった。今のフィーネには誰一人として知っている人物がいないのだ。【ロキ・ファミリア】が過剰に精神的負荷(ストレス)を与えることで、レインを味方だと信じ込ませる。フィーネにあの行動をそういう意味に取られてもおかしくない。 

 

『レインさんに失礼なことを言っているのは分かっています。それでも、私は一人で生きていけるようにしたいです。……貴方に負担をかけたくないです……』

 

 最後の声はかすれていた。フィーネがどれだけの心労を堪えながら今の気持ちを伝えたのか。それを察せないレインではない。

 

『じゃあ、訳ありの人でも雇ってもらえる酒場を紹介しよう。そこはオラリオで一番安全な酒場とも言われてるし、命の危険もない』

『……ごめんなさい』

『謝らないでいい。君が俺を気遣ってくれているのは十分わかるよ。どうしてもというなら、そうだな……俺のことはレインと呼んでくれ。敬語も使わなくていい』

『……わかったわ、()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆いい人だよ。ミア母さんも怖いけど、とっても優しい人だった」

「フィーネを見た最初の一言が『客をどんどん捕まえれそうだね!』のばあさんを優しい人と呼べるのか怪しいがな」

 

 本当に楽しそうなフィーネの笑顔を見てレインも嬉しくなる。カウンターで下仕込みをしていたミアがフライパンを投げようと構えるが、威圧して動きを止める。もちろんフィーネをきっちり避けて。

 

 (オウガ)みたいな形相になったミアと睨み合っていると、厨房の方からエルフがやって来た。

 

「フィーネさん、店内の清掃が終わったらこちらへ。厨房での作業をシルが教えてくれます」

「はい、分かりました。じゃあね、レイン」 

 

 手を振りながらフィーネの姿は厨房へ消えていった。これ以上いたら邪魔になるだろうと、レインは踵を返して店を出た。

 

「――待ってください」

 

 直後、声を掛けられた。振り向くとそこにはエルフの女性――リューがいる。

 

 この時のレインは割と驚いていた。初めてだったのだ、リューがレインに話しかけるのは。

 

「大切な話があります。ついてきて下さい」

 

 レインが返事をしていないにも関わらず、リューは酒場の裏方へ回り込む。礼儀を重んじるエルフにあるまじき行動に首を傾げながら、レインはリューの後ろを付いていく。

 

 日陰になっている路地裏で、エルフとヒューマンが向かい合った。

 

「告白か? だったら雰囲気(ムード)を考えた方がいいぞ。こんな場所で告白を受け入れる奴は滅多に――」

 

 おちゃらけたレインの言葉はそこで止まった。何故なら目の前のエルフが――リューが頭を地べたにこすりつけていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レインさん。五年前、貴方の幸せを奪った『悪』をけしかけたのはこの私、【疾風】のリオンです」  




 レインは【ロキ・ファミリア】の気持ちも彼等彼女等が根っから悪い人ではないと分かっているので一度だけ見逃します。

 イシュタル? 普通にアウトです。

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