雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 この小説を書き始めてから半年が経ちました。ここまで付き合ってくれている読者の皆さんに感謝です。

 今回の話は繋ぎ……ぶっちゃけ、次の話にいくための穴埋めです。ネタの詰め合わせです。頭を空っぽにして書きました。ロクな話じゃありません。読み飛ばしてもらってかまいません。


 ソード・オラトリアの八巻は書きません。あれがないとベートは嫌われるままだし。それにレインを絡めにくい。


 次回から真面目な話になります。


小話4

 あの日の夜はベルにとって間違いなく人生の岐路だった。

 

 

 あらゆる作戦と手段を使って勝利をもぎ取った【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。その代償として自分の派閥の手札を限りなく知られた状態で【アポロン・ファミリア】以上の大派閥、【イシュタル・ファミリア】にたった一晩言葉を交わしただけの少女を救うために挑む。

 

 

 後に仲間達(みんな)お前(ベル)らしいと笑ってくれたけど、あの行動は第三者から見れば愚か極まりない我儘だった。記憶の中の祖父(あの人)の笑みで自分の気持ちに正直になったけれど、その時の道具、装備、行動のどれか一つでも間違えていれば全てを失っていた。

 

 

 それでも……結果として助けたいと思った少女は隣にいる。ベルの敬愛する女神の家族(ファミリア)となり、故郷(極東)からの友人の少女と手を取り合って笑っている。

 

 

 最善の選択だったと思う。あの日の夜の決断はベルにとって最良の選択だった。

 

 

 でも、考えてしまう。僕にもっと力があれば、前触れもなく現れた”あの人”に夥しい数の命を()()()()()()()()()()()()()()()。僕がもっと強ければ、”あの人”を傷つけることなんてなかったんじゃないか。

 

 

『これは八つ当たりだ。どうしても消えない俺の怒りと苛立ちを他にぶつけて紛らそうとする、愚か極まりないもの。八つ当たりのきっかけを大切な人から作った、非道で傲慢な真似だ』

 

 

 女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)に現れたベルが密かに憧れの念を抱く戦士の顔からは、いつものふてぶてしい笑みが消えていた。代わりにあるのは何一つとして気持ちが込められていない、果てがない暗黒の如き無表情。

 

 

『逃げたい奴は逃げていいし、戦意のない者も見逃そう。だが……淫乱腹黒根暗外道蛆虫ブサイク女神と、一度でも戦う意志を見せた身の程知らずは殺す、必ずだ。今の今まで他人からあらゆるものを奪い、壊し、踏みにじってきたんだ……ここで死ぬのも覚悟の上だろ?』

 

 

 仮面のような表情にも関わらず、その口から告げられる言葉は不気味な程に嘲りの感情を含んでいた。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()……そう感じてしまう程、表情と声音が釣り合っていなかった。

 

 

 一拍の間を置いて、ベルを取り囲んでいた敵団員達があの人に襲い掛かった。そもそもアマゾネスは強い雄を求めて戦う種族。敵が都市最強派閥のLv.6だろうと恐れはしないし、さっきの言動もただの挑発にしか思えない。それに数の暴力か格上のLv.5(フリュネ)でどうとでも出来る弱い兎より厄介な、無敗を誇る黒き剣士を優先するのも当然だった。

 

 

 逆にベルは何も出来なかった。生まれた隙を見逃さず上の階を目指すことも、「殺す」とはっきり意志を示したあの人を止めることも、あの人に戦意を見せてしまった娼婦に逃げるよう呼びかけることも。憧れの人が見せる初めての表情(かお)は、世界の広さを知らない少年に心の底から恐怖を感じさせ、身体から活力を根こそぎ奪い取る。

 

 

 直後にあったことをベルはよく理解していない。一瞬だけ青い軌跡が空に残り、頭からつま先までを得体の知れない何かが覆うように通り抜けた感覚。ベルの身体や装備、建物にはかすり傷一つない。それでもそれが攻撃だったのは分かった。

 

 

 だって、消えてしまったから。さっきまでベルを囲んでいたアマゾネス達はおろか、上下から挟み込むように追ってきていた娼婦達まで髪の毛一本残さず消え去っていた。床に落ちてむなしい金属音を響かせた武具だけが、そこに人がいたことを物語っていた。  

 

 

 ベルにあの人を責める権利はない。自分が誘拐されたように、【イシュタル・ファミリア】は後ろ暗い事に手を出している。何の罪もない一人の少女を犠牲にして【フレイヤ・ファミリア】を倒すことに何の疑問も抱かない程、嫉妬に取りつかれた美神の眷属は命を奪ってきたのだろう。自業自得だ。

 

 

 しかもあの人は迷宮都市(オラリオ)を代表する【ファミリア】に所属している。都市の平和を守るために手を汚すことだってあるだろう。つまりあの人を責めるということは、ベルが隣に立ちたいと目指す金の剣士を侮辱するのと同義。

 

 

 それに、あの人が【イシュタル・ファミリア】の注意を引き付けてくれたおかげで、ベルは狐人(ルナール)の娼婦を助けられた。他にも屋上にいた百名以上の戦闘娼婦(パーペラ)達を倒すために意図的な魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こし、致命傷を負った命を治療して連れてきてくれた。

 

 

 だからお礼を言うべきだ。思惑や行動はどうであれ、仲間の命を助けてもらった。感謝を伝える以外に何がある?

 

 

 なのに――

 

 

『ひっ……人殺し! 来ないでくださいっ……!』

 

 

 ごめんなさい。全部言い訳にしかならないけれど、初めて人が人を殺すところを見て動揺したんです。人の血が付いた剣を怖いと思ってしまったんです。貴方にそんな顔をさせるつもりはなかったんです。貴方を止められなかったのに酷いことを言ってごめんなさい、心が弱くてすいません。

 

 

 もしも過去に戻れるならあの時の自分を殴りたい。物理的に無理だけど。

 

 

 本拠地(ホーム)に直接謝りに行けばいい話だけど、あの壁の中から『ウオオオォォォッ!』とか『ヒャハアアアア!!』とか「もう蘇生と変わりないじゃないですか馬鹿アァァァァァ!!!」って聞こえて怖いんです。何ですか「蘇生」って。

 

 

 だから次に会えたら絶対に謝ります。誠心誠意謝ったら僕は――

 

 

「ベル、理由は聞くな。お前は俺にトイレを使わせるんだ」

「いや本当に何があったんですか!?」  

 

 

 【イシュタル・ファミリア】との抗争から数日後。

 

 

 胸の内にもやもやしたものを抱えるベルの前に現れた”あの人”――レインは開口一番、真っ白な顔でトイレの貸し出しを要求してきた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「……え~っと、今の話は本気で言ったのかな?」

「俺はくだらん嘘を吐きに来るほど暇じゃない」

 

 

 【ヘスティア・ファミリア】本拠地(ホーム)、『竈火の館』一階の居室(リビング)には【ヘスティア・ファミリア】の眷属全員と、二十分トイレに籠ってからは顔色が少しマシになったレインがいた。

 

 

 レインは狐人(ルナール)のメイド、春姫が入れた湯気が立ち昇る紅茶のカップを持ち上げながら、もう一度用件を伝える。

 

 

「仕方ねぇなあ……馬鹿にも分かるように言うぞ。『豊饒の女主人』にいる訳アリ記憶喪失のフィーネという美少女に料理を教えてくれ。以上」

「「天才でも分かるかッッッ!!」」

 

 

 リリとヘスティアの叫びが重なる。何故だ、これ以上ない程分かりやすく簡潔に纏めたというのに。

 

 

「訳アリで記憶喪失の美少女って……どれだけ欲張り属性なんだ!」

「そのセリフ、幼女で黒髪で巨乳でボクっ娘のヘスティア(あんた)が言うか?」

「第一、記憶喪失って何ですか!?」

「そのままの意味だ。記憶がない」

「そうじゃなくて! 何で記憶がないのか質問してるんです!」

「それは言えない。もしここでお前らに教えてしまえば、お前らがあの子に伝える可能性がある」

「まるで俺達が了承するのが決まっているみたいな言い方だな、おい」

 

 

 レインの言い草に壁際で腕を組んで黙っていたヴェルフが声を出す。レインは眉を寄せたヴェルフの言葉にあっさりと頷いた。

 

 

「ああ。お前らは間違いなく引き受けるし、そもそもお前らに拒否権はない」

「なんで上から目線なんだい!? 言っておくけどレイン君、君には十八階層やイシュタルの時の恩があるけど、僕達が知りもしない子供をそう簡単に受け入れるなんて出来ない。……それに女ならなおさらだよ! これ以上ベル君に近づく泥棒猫を増やしてなるもんか!」

 

 

 ヘスティアの言っていることの半分は完全に個人的な感情だが、他は正しい。レインの性格と所属する派閥(ファミリア)の性質上密偵(スパイ)の可能性は限りなく低いが、【ヘスティア・ファミリア】はオラリオでも立派な中堅【ファミリア】だ。迂闊な真似はできない……料理を教える事が迂闊なのかは知らんけど。

 

 

 全員が目を合わせて頷く。申し訳ないけど断固としてお断り――

 

 

 だが! レインも手段は選んでいられないのだ!

 

 

 フィーネにきちんとした料理を覚えて貰わないとマジでヤバイ。料理の工程を見せてもらって明らかに料理に使わない物は取り除いたが、絶対に劇物が出来上がるのだ。意味が分からない。このままじゃ本当に料理で人が死ぬ。

 

 

 昨日の試食会では参加者の大半が幼児退行する羽目になった上、リューが「正義とは巡るもの……なら身体を巡る毒も正義なのでは……?」と狂ったことを言い出す始末。レインも語尾が変になった。地獄のような光景だった。

 

 

 正直、ミアにでも頼めばいい話だが、フィーネに料理を教えたきり姿を見せなくなった女に苛立ってしまい、店を出る間際に「あの女が帰ってきたら『お前の母ちゃんでべそ』って言っとけ!」と叫んだ結果、ミアは料理を教えてくれなくなった。心が狭い。図星だったのだろうか?

 

 

 そんなこんなで考えに考え抜き、料理上手の少女がいる【ヘスティア・ファミリア】に白羽の矢が立った。他の候補はろくでもない対価を要求してくるので論外。それに派閥の全員が他に好きな人がいるのも良い。

 

 

 そんな訳でレインは何が何でも首を縦に振らせるべく、切り札を切っていく。  

 

 

「鍛冶師、実は面白い物をダンジョンで見つけたんだ。保存もしてある」

「面白い物?」

「壁画だ。ヘファイストスがブル――」

「ヘスティア様、俺は受けてもいいと思います!」

「ヴェルフ君!?」

 

 

 最初に陥落したのはヴェルフ。

 

 

「命。お前にはこれだ」

「……何でしょう?」

「とある巨乳な女神から貰った『天然ジゴロを落とす指南講座』、その2の参加権だ」

「私の持つ技術の全てを伝授しましょう!」

「命君も!?」

 

 

 次は命。

 

 

「私はちゃちな脅迫や賄賂に屈しませ――」

「おっと。こんな所に誰に渡してもいい一〇〇〇万ヴァリスが」

 

 

 無言で金貨の入った袋をひったくる守銭奴小人族(パルゥム)。チョロい。

 

 

「くっ! 既に三人もやられてしまった。春姫君、僕達がしっかりするんだ! いいね?」

「さっき命に渡した『天然ジゴロを落とす指南講座』だが、『鈍感な年下を落とす指南講座』もある」

「わ、(わたくし)も、メイドとしての心得(房中術)をしっかり伝えます!」

「裏切者ー! 僕もそっちに行くぅー!」

 

 

 さて……後は青ざめた顔でブルってる兎一羽だけだ。

 

 

「なぁ……もう一回怖い話をしようと思うが……聞きたいか?」

 

 

 絶対に聞きたくないベルは全力で首を横に振った。 

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 その後。

 

 

 フィーネは美味しい料理を作れるようになった。

 

 

 『豊饒の女主人』でフィーネの料理の味を知っていた店員はミアが雷を落とすまで喜んでいた。

 

 

 そして口移しの体勢で料理を食べさせられそうになったレインは、床に鼻から溢れた情熱で「天然」と書いて倒れた。




Q:レインが何で王国(ラキア)との戦争に参加してないのか?

A:劇物をバスケットに包んで、「これを毎日食べて戦えるなら参加してやんよ!」と【ロキ・ファミリア】に送ったから。


補足 レインがシルが通う教会近くの隠し通路を知るのは、ベルに「バーバリアン」がいたと教えてもらってからです。

 命を連れてきた時、なんで剣に血が付いていたのか?

 ベルが近くにいる時は臓物をぶちまける訳にはいかんと配慮したからです。いなくなれば直接バッサリ。

 

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