黒い戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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ダンまちで一番好きなキャラはアルゴノゥト。めっちゃかっこいいので。


6話 女神の神意

「食事にしましょう。私、お腹が空いてしまったわ」

「……ああ」

 

 

 フレイヤ達がいるのは中継点の一つである小オアシス。既に日は落ちて夜になっているものの、予定より早く辿り着いた。そのことに喜ぶこともなく、アリィは生返事を返す。上の空のアリィと疲れたフレイヤの代わりにレインが駱駝を木につなぐ。

 

 

 オッタル達は出てこない。フレイヤの言いつけなのか『三人の旅』の域を乱す真似はしないようだ。代わりにオアシス周辺を警戒している。

 

 

「調理して頂戴。私、料理は上手くないの」

「ああ……」

「(暴君みたいだしな……)」

「干し肉ばかりは嫌。果物が食べたいわ」

「ああ……」

「実は私、パンより重いものを持ったことがないの。だから食べさせて」

「ああ……」

「……アレンって好きな奴には嫌な態度をとる『つんでれ』ってやつだよな」

「ああ……」

「「…………」」

 

 

 生返事に、上の空。食事の準備を進める少女と会話が成立しない。

 

 

 フレイヤがわざと我儘(わがまま)を口にしても、生返事を利用してレインがアレンの嫌がりそうなことを言っても、怒ったり叫んだりといった反応がない。フレイヤはつまらないとばかりに、レインはフレイヤが何かをしでかすと察してため息をついた。

 

 

 そうして、食事を終えた後、レインの予想通り――

 

 

「アリィ。私、泳ぐわ」

「ああ…………はっ?」

「いきなり何を言い出すんだこの女神は」

 

 

 そう切り出したフレイヤに、生返事しかしなかったアリィは動きを止めた。やるとしてもアリィにキスをするぐらいが精々だろうと予想していたレインは、冷めた目でフレイヤを見た。

 

 

 二人の男女の反応に、フレイヤは唇の端を吊り上げる。

 

 

「泳ぐの。このオアシスで」

「なっ、何をいきなり!?」

「だって、あれから貴方、碌に口を利かないじゃない。アレンも悪いけれど、このままじゃ私が退屈で死んでしまうわ。レインは滅多に喋ろうとしないし。だから、泳ぐの」

「おい、あんたが泳いだらここが観光名所になって、迷惑がかかるだろうが……」

「そこじゃないだろうっ!! 何寝ぼけたことを言ってるんだ、お前は!」

 

 

 オアシス周辺で音もなく小人族と小競り合いをしていた猫人(キャットピプール)が鼻を鳴らすのがアリィには聞こえた気がしたが(レインには聞こえた)、すっとぼけたことを言う少年に怒鳴った後、荷物を漁っている女神に食ってかかる。

 

 

「オ、オアシスは旅人の共同の財産だ! 垢を落として汚していいわけがっ――!」

完全な存在(デウスデア)から老廃物(きたないもの)なんて出ないけれど……気になるなら魔石製品を使いましょう。これで入る前より綺麗になるわ」

「い、今だって寒いのに、水浴びなんてすれば凍えるぞ!」

「それも魔石製品ね」

 

 

 アリィの言葉の弾幕を、全て『魔石製品』で撃ち落とす美の神。オラリオ万歳とばかりに、レインが持っていた袋から次々と魔石製品が出てくる。浄化柱やいろんな色の暖房機(ストーブ)。砂漠の旅に限りなく必要ない魔石製品(おにもつ)だ。

 

 

 それを運んでいたレインは、オアシスの岸にそってストーブを設置し、作動させて笑っている女神を呆れた目で見る。アリィはフレイヤがこれを最初からやるつもりだったと悟って、卒倒しそうになった。

 

 

「――って、本当に脱ぐなぁ!?」

「女同士なのだから、隠す理由はないでしょう?」

「俺がいるんだが」

 

 

 遠慮なく服を脱ぐ女神に、アリィが赤面しながら叫び、フレイヤが服に手をかけた時点で後ろを向いていたレインが存在を主張するが、

 

 

「私は気にしないわ」

「気にしろよ。不運な誰かがアンタを見て、失明することになったらどうするんだ」

「そ、そうだ。誰かに覗かれたりなんかしたら――」

「オッタル達が見張っているから大丈夫よ」

「だからこそ言ってるのに……」

 

 

 レインの後ろには、この世のものとは思えない美しすぎる裸体があるのだろう。それを見てしまった者は、【フレイヤ・ファミリア】によって目を潰される(バルス)だろう。潰される者が幸運なのか不運なのか、レインにはさっぱりわからないが。

 

 

「あはっ、冷たいけれど――気持ちいい!」

 

 

 そんな中、フレイヤは遠慮なくオアシスの中に飛び込んだ。

 

 

 魔石灯の光にライトアップされた水飛沫(しぶき)が、貴石のようにきらめく。七色に輝く水と戯れる女神は宝石世界の住人のようで、やはり此の世のものとは思えない美しさを誇っていた。

 

 

 それを見ることなくレインはオアシスの外に足を進める。今も頬を染めて眺めているアリィに自覚はないが、そこは遍く世界の男神と人々がうらやむ特等席だ。

 

 

 それを()()()()()()と切り捨て、昨日はあまりすることの出来なかった鍛錬をしようとしたが、

 

 

「レイン――笑っていなさい」

 

 

 何の脈絡もなく放たれたフレイヤの声に足を止め、振り返る。フレイヤは笑顔で水との戯れを続けたままだった。その相好はレインが見たことのない無邪気な少女のそれだ。

 

 

「貴方はきっと、私がどれ程言葉を与えても変わらないのでしょう。それだけの『自分』を貴方は持っている」

「……それが笑っていることに、どう関係するんだ」

「始まりの英雄」

 

 

 再び何の脈絡もなく告げられる言葉。その単語は知っている。昔いた本が好きなだけの無力な少年が、この世で最も大切な人と同じのお気に入りの英雄譚に出てくる英雄。その名前は――

 

 

「彼――アルゴノゥトはどんなにつらかろうと、悲しかろうと、やせ我慢だろうと笑った。周りに笑顔を与え続けた。私が知っている英雄たちでも、彼より心が強い人間(こども)はいないかった。――レイン。貴方が何を抱えているのか(わたし)にも分からない。どうして一度も心から笑わないのかも」

 

 

 抱えていること自体は分かるんだけどね、と言いながらフレイヤがオアシスから上がる。きめ細やかな肌と美しい銀髪を濡らす水滴は、女神の美貌をより際立たせる装飾品(アクセサリー)だ。フレイヤの裸体を見まいと、レインは背を向ける。

 

 

 その少年の背をなぞるように指を這わせ、紡がれる女神の神意。それを少年が忘れることはきっとない。

 

 

「笑っていなさい。貴方が一人で背負うには重すぎるものを背負いたくても、貴方は人を惹きつける。その意志を貫きたいならば、笑っていなさい。周りに心配などされず、希望と勇気を与え続ける、強く気高い――英雄のように」

「…………」

 

 

 レインが何かを返そうとする前に、フレイヤはオアシスの方へ戻っていった。あのやり取りが休憩ついでに行われたのか、ここに来る前から予定していたものなのか、レインには分からなかった。でも、どちらであろうと少年には関係なかった。

 

 

 女神の方を見てみると、今度は王子である少女と話していた。彼女等からなるべく離れた場所に設置された魔石灯の傍に近づく。正確にはオアシスに。  

 

 

 魔石灯の光のおかげで、水面は鏡のようになっている。そこに映るのは瞳に光がなく、感情のかけらもない不愛想な少年だ。少し見るだけでも「何か悲しいことがあります」と言っているように感じられる。というか、それ以外感じられない。

 

 

 口の端を吊り上げる。しばらく使うことのなかった表情筋は思うように動かなかったが、それでも笑顔と呼べるものが出来た。

 

 

 この日から少年の日課に、笑顔の練習が加わった。 

 

 


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