雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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『古代』の英雄が強すぎて笑う。恩恵なしで黒竜の片目を奪うってよく考えたら凄い化け物じゃん。


五十六話 生まれ、出会う

 下界最大の『未知』の構造物、ダンジョンの中で珍妙な怪物(モンスター)が走っていた。

 

 

 怪物がダンジョンを駆け回る事は珍しくない。彼等を殺しに来る冒険者から逃げ回る。逆にモンスターが冒険者を殺すために追いかけ回す。獲物を探して迷宮の中を徘徊する……等々から、走るのはモンスターにとって呼吸の次に多い日常動作だ。

 

 

 珍しいのは走るモンスター――『彼女』の容姿である。

 

 

 『彼女』の姿は竜が魔法で少女に変身したと形容するに相応しい、まるでおとぎ話から出てきたかのような外見だった。

 

 

 美しく滑らかな青銀の長髪。年頃の少女と同じ柔らかそうな肌は、髪と同じく青白い。更に肩や腰には『竜種』の証とも呼べる頑丈で鋭い鱗が生えていた。琥珀色の瞳は爬虫類のように縦に割れ、額に埋まる輝かしい宝石が紅の光を放つ。

 

 

 『彼女』は走る。天井や壁、地面が木で作られた階層を走り続ける。通路に生い茂る様々な形の葉っぱや神秘的な花々に、青白い肌に刻み込まれた傷から流れる真っ赤な血を意図せず振りかけながら走り抜ける。

 

 

 『彼女』は逃げる。凶悪な咆哮と上げ、鋭い爪と牙を振りかざす同族から逃げ続ける。『彼女』の美しい容姿を目にした途端、同族より遥かに醜い形相で追いかけてくる人間達から逃げ惑う。

 

 

 やがて怪物と呼ばれる所以(ゆえん)かつ、その怪物の頂点である『竜種』の潜在能力(ポテンシャル)でモンスターと人間の追っ手を振り切り、独りで迷宮を走り続ける。孤独な足音と乱れた呼吸が母なる大穴に響き渡る。

 

 

「あうっ!?」

 

 

 下り坂。

 

 

 そこで彼女は足を踏み外し、勢いよく滑り落ちていく。

 

 

 ようやく勢いが弱まったところで立ち上がろうとした『彼女』は足を痛めたことに気付いた。何とか足を引きずりながら身体を動かし、迷宮の一角に隠れる。

 

 

 壁に背を預けて座り込み、傷つきぼろぼろになった両腕で自分を抱きしめる。双眸から透明な涙を落とし、細い(のど)から小さな嗚咽を漏らし、果てしない恐怖にがたがたと震える。

 

 

 そこへ聞こえる、『彼女』のものではない一つの足音。剣で斬られた痛みを思い出し震えが激しくなる。身体を抱きしめる両腕に一層の力がこもる。

 

 

 そして。

 

 

「モンスター……『ヴィーヴィル』?」

 

 

 白い髪に深紅(ルベライト)の瞳を持つ少年、都市を今も興奮させる【リトル・ルーキー】(ベル・クラネル)は、涙を流す『彼女』に出会った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 レインが『竈火(かまど)の館』に行こうと考えたのは完全な気まぐれと暇つぶしである。

 

 

 今や日常動作(ルーティーン)の一つになった『豊饒(ほうじょう)の女主人』に預けたフィーネへの顔見せ。一度あまり会うべきではないだろうと月一回の面会制を提案した事もあったが、「わ、私のこと嫌いになったの……?」と涙目になられたため、基本的に毎日『豊饒(ほうじょう)の女主人』を訪れるようにしている。

 

 

 しかし、ここ一週間程やる事があったせいで行くに行けなかった。しばらく来る事が出来ないと伝えてはいたけれど、変に傷ついて引きこもりになったりしてないかと心配になる。もしなってたらリューは泣かせるなって怒るだろうし、ミアは看板娘が使い物にならないってフライパンを投げてくるだろうし、いやいや俺はそこまでフィーネに慕われる人間じゃない、いやでもなー……と、周りから見ればいつも通りのふてぶてしい笑みを浮かべながら、その頭の中で思考の渦をかき回す。

 

 

 そんな訳で(アミッド並みに人間観察に優れた人物にしか分からない程度に)緊張しながら扉を開けると、

 

 

「レ、レイン、どうしよう……? レインがいない間ずっと、顔も名前も知らない人達から手紙がたくさん届くの……。怖いから一緒に読んでくれない?」 

 

 

 涙目になる寸前ぽいフィーネがいた。その手に抱えられているのはリンゴ箱いっぱいの手紙の山。ざっと見ても二百枚はくだらない。

 

 

 とりあえず床に手紙の山を置かせ、適当に取ったものを開けてみる。

 

 

オイラだけの女神であるフィーネたんへ

 

 

 フィーネたんを惑わせていた黒い害虫がいなくなったってことは、オイラとの結婚を決めたんだね! お金がないから立派な結婚式はできないけど、いっぱい子供をつくろうね!』

「【ナパーム・バースト】」

 

 

 ふざけた文面が見えた瞬間、レインは久しぶりの『精霊使役魔法』を使った。刹那の間に現れた超高温の純白の炎が灰も残さず焼き尽くす。ふぅ、汚物は消毒できた。後でフィーネが働き出してからよく来るようになった変態太陽神(アポロン)の元眷属である小人族(パルゥム)消毒し(燃やさ)なきゃ……。

 

 

「!? レイン、手紙がどこかに消えちゃったよ!?」

「あれはフィーネが見ていい物じゃない。前にも言った悪い『ストーカー』からの手紙だ」

「悪い『すとーかー』からの手紙……」

 

 

 フィーネが手紙が消えてしまったことに驚いている。その可愛らしい表情に、レインは糞みたいな妄想が書かれたふざけた手紙を読んですさんだ心が洗われていくのを感じた。

 

 

 『良いストーカー(笑)』が二枚目の手紙を開ける。

 

 

『やっほー、フィーネちゅわ~ん。俺神〇〇〇って言うんだけどさ~、俺の眷属になんない? 今なら猫耳と猫しっぽを付けて俺にご奉仕できる権利をあげるよ~。俺みたいな超イケメンにご奉仕させてあげるなんて、俺超優しい☆ デュフフフ』

「……」

 

 

 無言で手紙を放り投げ、周りに被害が出ない程度に力を込めて拳を振るう。パンッ! という音がして手紙は木っ端微塵になった。犯人はフィーネをいっつも「デュフフフ」とか気持ち悪い笑い声を漏らしながら見ている男神か。こうもはっきりと証拠を残すとは……全知全能が聞いてあきれる。手紙に笑い声を書く時点で大分アホだな。

 

 

 こいつはボコボコして以来、肯定しかしなくなったヒキガエル(フリュネ)と付き合わせるか。神々はカップルを見ると『リア充爆発しろ!』と言ってるし、自分達がリア充とやらになってしまえば爆発しても文句は言わんだろう。ん? フリュネの気持ちや意志はどうなのかって? フィーネをブサイクといった奴なぞ知らん。

 

 

「手紙が! 袋が割れるような音がしたと思ったら粉々に!」

「今のは不倫のお誘いだったよ。下手すれば読むだけで不倫扱いされる危険物だ」

「手紙って怖い……」

 

 

 フィーネがレインに抱き着く。むにゅり、と二つの果実がレインの身体に押し付けられる事で形を変える。

 

 

 まずい、鼻腔から興奮が溢れてしまう……! 咄嗟にエクシードを高めて出血を止める。前にも同じ事があった時に鼻をつまんで血を止めたら、逆流して目から溢れてしまったからな。血涙(鼻血だけど)を流してフィーネには凄く心配させてしまったし、危ないところだった。

 

 

 先程から『レアアビリティ』と『レアスキル』を無駄遣いしながら、嫌いなアマゾネスと神を諸共爆破してやろうと計画する黒き愛のキューピッド(人生の墓場への使者)が三枚目の手紙を取る。

 

 

「……ん?」

 

 

 封筒の中に便箋以外の何かが入っている。どれも小さいが、感触は硬い物と柔らかい物の二つ。

 

 

 フィーネの目に入らないように覗く。見えたのは様々な色の髪の毛、大量の爪、縮れただけと思いたい毛――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、総じて碌なものがなかった。一番マシだと思えたのが、ひたすら同じ単語が書き綴られている手紙という始末である。とりあえず手紙は全部レインが預かり、フィーネには「知らない人から物を貰っちゃいけない」と言って別れた。

 

 

 つまりレインは、不幸の手紙と言っても過言ではない物体の山を持って『竈火(かまど)の館』に向かっている。これは中堅派閥になっていながら節約を余儀なくされている【ヘスティア・ファミリア】に暖炉の火種として使ってほしいという、レインの善意だ。断じてフィーネに余計な事(房中術)を教え込んだエロ狐への仕返しとかではない。

 

 

「ったく、オラリオにはフィーネの見た目だけに引き寄せられる馬鹿が多すぎる。どいつもこいつも下半身で生きやがって……身の程をわきまえろ。最低でもベル並みの性格、絶対にフィーネを不自由させない財産、俺に傷を付けられる強さを持ってから手紙を書けよ」

 

 

 フィーネが怖がる姿を見たレインはご機嫌斜めだ。普段の音痴な歌の代わりに口から出るのは、完全にフィーネの父親的立場からの愚痴になっている。

 

 

 そのまま愚痴を吐き出したかったレインだが、足は絶えず動かしていたので目的地に到着する。

 

 

 手紙が詰まったリンゴ箱を脇に抱え直して門に手を伸ばし――地上で感じるはずがない『異質な気配』に目を細めた。


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