雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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幕間 かつての「最強」が見た幼き「天才」

 大陸の北にある森林。それなりの規模を誇る森の中には木こりを生業とする人々の村があった。

 

『……』

『……』

 

 その村で一番森に近く、村で最も大きい家のリビングでは漆黒のドレス姿の女性と、女性の腰までの背丈しかない小さな子供が見つめ合っていた。女性の方は目を閉じているので、見つめるという表現が正しいのかは不明だが。

 

『……この子供がそうか?』

 

 緩やかなウェーブがかかった美しい灰髪を背中に流す女性――アルフィアが呟く。彼女はシミ一つない肩や脇、胸もとが大胆に開かれた服を着ていながら淫靡な雰囲気は微塵もなく、本人の恥じらいを一切見せないその姿は『深窓の令嬢』『大貴族のお嬢様』などの言葉がよく似合う。目を閉じたままでも不自由な様子を見せないところも、彼女の神秘性を引き上げていた。

 

 アルフィアに見つめられる(?)子供もまた、綺麗だった。幼いが故に見た目で性別を判断することは出来ないが、男であろうと女であろうと将来を期待される見た目をしている。

 

『そうだ。俺は間違いなくお前より才能があると思ってる。これから先の人生、こいつ程の才を持つ人間が現れるとは思えねえ。つっても、似たようなことを言われまくった奴には説得力がねえか。なぁ……「才能の権化」さんよぉ。相変わらずエロい恰好しやがべらっ!?』

『次、私の服をエロいなどと言えば零距離で「魔法」を使うぞ』

 

 椅子に座っていた家主である男が、アルフィアの問いにふざけて答えて殴られた。頬を抑えて倒れこんだ男の頭に子供が座る。どうやら肩車をしてもらえると思ったらしく、急かすように頭を叩き髪の毛を引っ張っている。子供は無邪気で残酷だ。

 

 しばらくの間、子供は倒れた男の頭の上に居座っていたものの、飽きたのか軽やかな足音を立てて別の部屋へ消えていった。

 

『いつまで狸寝入りしている。起きろ』

 

 子供がいなくなるのを確認した後、アルフィアは男に蹴りを入れる。すると男は何事もなかったかのように起き上がった。男の頬は腫れ上がるどころか、欠片も赤くなっていない。

 

『あんな軽口で殴るなよ。全然見えないから避けれねえし、Lv.7のお前に殴られたら頭が粉々になるだろ。もしくは首がねじ切れるか』

『「死から最も縁遠い生命体」とまで呼ばれるに至った「耐久」と「耐異常」を持つ貴様が何をほざく。殴った私の手の方がイカれそうだ』

『いや、最近はその呼称に疑問を覚えるんだ。嫁と毎日何十回もヤってたらマジで死にそ――うおおっ!? 目はやめろォ!』

『私の胸を見て喋るな。お前の嫁にチクるぞ』

『本当に死んじゃうから勘弁してください……俺の聖剣(エクスカリバー)を縦に真っ二つにされそうになるのはもう嫌だ……。(ケツ)に杖ねじ込まれて「魔法」を使われるのはもっと嫌だ』

『……学習能力がないな』

 

 

 恥も外聞もなく土下座する男を踏んづけて、アルフィアは男が使っていた椅子の肘掛けに腰を預ける。クッソ、座ってくれたら顔を押し付けてクンカクンカできたのになぁ! でもあの肘掛けは後で取り外して保存しよう。あとは下着(パンツ)を確認せねば……あっ、何をする!? ヒールで顔を踏もうとするな! やめろ目が潰れる鼻にヒールが刺さる!

 

『帰りにこの椅子は破壊する。残しておくと子供の前で変態行動に及びそうだからな』

『なにィ!? そんなこと九割しか考えてないぞ! お前に人の心はないのか!!』

『あるさ。だから「おばさん」と呼ばれるのが嫌で、甥には会っていない』

『まだ生まれて一年も経ってねえだろ! 馬っ鹿じゃねえの!?』

『それに「おばさん」と呼ばれてしまえば……絶対に殴る。そして「お義母さん」と呼ぶように刷り込む』

『本当に容赦ねえな!』

『この程度、【ヘラ・ファミリア】では序の口だ』

『否定ができない!!』

 

 ぎゃいぎゃい騒く男だったが、

 

『本題を話せ。雑音を聞かせるためだけに私を呼んだなら、この家を吹き飛ばす』

『イエス・マム!!! この駄犬に何なりとご命令を! お代は身体で結構ですぜ!!』

『【福音(ゴスペル)】』

 

 家の上半分が消し飛んだ。あの爺ー! 『女王属性』を持つ女はこう言えば満足するなんて噓つきやがって!! とマイホームを破壊された男は、出掛けている嫁が帰って来たらどうなるかを想像して泣いた。それでも家の残りを吹き飛ばされないために本題を話す。

 

『……ほら、あいつの惨状を見れば才能があるって分かるだろ』

 

 涙を流す男が指さすのは、股間を押さえて倒れる2M(メドル)を超す大男。

 

『子供の外見を十二分に利用して接近し、急所に容赦なく頭突きを叩きこむ……。信じられるか? 「神の恩恵(ファルナ)」を持ってないのにLv.7(ザルド)を倒したんだぜ!』

『純粋に抱き着きに行って、そこにデカブツの股間があっただけだろう』

最強の傑物(マキシム)にも通用したぞ』

『……狒々爺の【ファミリア】は馬鹿しかいないのか?』

 

 肩をすくめる、ため息を吐くと言った仕草をせずとも、アルフィアがあきれ果てているということは男にも分かった。それだけで才能があると判断したのか? と思っているんだろう。

 

 だから男はとっておきの証拠を教える。

 

『今のは冗談だ。才能があると判断したのは、あいつが団長(マキシム)の剣技を真似た時だ』

『浅慮極まりない、と言ってやろう。幼い身で「才禍の怪物(わたし)」と同じ事が出来ただけで、私より才能があると思えたのか?』

『違えよ。お前と一緒じゃねえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『目で追えたんだ。二歳になったばかりの子供が、Lv.8の本気の剣技を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………なんだと?』

 

 アルフィアが目を開いた。美しい双眸が驚愕に彩られている。

 

『アルフィア、お前は一度見た技は完璧に模倣できるよな? でもさ、二歳で、しかも「神の恩恵(ファルナ)」なしでLv.8の剣を目で捉えられるか?』

『…………』

 

 無理だ。『才能の権化』『才禍の怪物』と呼ばれ、病さえなければLv.9に到達していたと言われたアルフィアであっても、『神の恩恵(ファルナ)』がなければ病弱な女でしかない。

 

息子(ガキ)がな、遊びに来ていた団長(マキシム)に尋ねたんだよ。「つよいの?」ってな。団長っつう立場にいるくせに全部ごり押しで終わらせる脳筋(マキシム)は、「よっしゃ! 俺の超凄い技を見せてやる!」って叫んで……「海の覇者(リヴァイアサン)」の時に編み出した技を使いやがった』

『……海水を無数の剣戟で押しとどめるアレか』

『「海に道がないなら、剣で海をぶった斬ればいいじゃない!」で編み出した技を、よりにもよって陸上(ここ)で使ったんだ。そのせいで二つあった森の片方が根こそぎ吹っ飛んだ』

『阿保だな』

『腹が立つのはさぁ! その後始末を【ファミリア】総出でやる羽目になったことだよ! 俺は引退してんのにさぁ! 森林資源の損害分の金を村人に払って、出来た大穴を塞ぐために山を買って、それでまた大金を使うことになって、山を崩してできる土をここまで運ぶんだ!! 死ねって心底思った』

 

 思い出して苛立ちが蘇ったのか、男は床をバンバン叩く。でかい音だ。アルフィアは眉をひそめる。

 

『穴を埋めている間の息子の世話を男神(ゼウス)に任せていた時にな、「どうだ! 凄かっただろう!」って大馬鹿野郎(マキシム)が笑いやがったんだ。俺達が円匙(スコップ)鶴嘴(つるはし)で思わず殴りかかるくらい、いい笑顔していやがった!』

 

 あの時、【ファミリア】の心は一つになってた。こいつ殺して埋めてやろうぜ、証拠隠滅に丁度いい穴もあるしよぉ! 

 

 でも負けた。全員穴に落とされた。邪悪な笑みで勝ち誇る団長(マキシム)が落としてきた土の味は今でも忘れない。

 

『五月蠅い』

 

 愚痴に変わっていた男の悔しさの雄叫びは、アルフィアの目潰しにより途絶えた。痛みによる絶叫も顎を蹴られて強制的に途切れた。

 

 なんという慈悲のなさ! こんな我儘で、神経質で、乱暴な女に【静寂】なんて二つ名があっていいのか! 周囲から絶叫を引き出す事にかけては他の追随を許さないくせに! 【騒音】のアルフィアに改名してしまえ!

 

『……あの、アルフィア? どうして俺の身体をひっくり返す? なあ、どうして俺の股を開く? とりあえずその引き絞ってる足を下ろそう? 君の嫌いな雑音がしちゃうよ? もしかして雑音が嫌い嫌い言いながら好きなの? このツンデレさんめっ! ……ちょっと待てどこまで引き絞るつもりだ!? 反対側からならパンツ見えるぞ!? やっぱりお前は痴女――』

 

 ボゴォッッ!! という股間からしてはいけない音を響かせながら、男は壁を突き破って外へ吹っ飛んでいった。

 

 くるりと身を翻したアルフィアが近づくのは、倒れたままの大男。アルフィアを苛つかせまいと仲間が色んな意味で死にそうになるのを見逃していたザルドは、股間を押さえたまま小刻みに震えた。

 

『いいか? 私は雑音が嫌いだ。必要な情報だけ音にしろ』

『分かった』

 

 指で丸を作った方がいいか? と考えたザルドだったが、それをやったら本当に殺されそうな気がした。

 

『奴の話は本当か?』

『……本当だ。奴の子は確かに団長(マキシム)の剣を見切っていた。完璧には程遠い上に使ったのは木の枝とはいえ、見えなければ百と三十九回の剣戟を真似できんだろう』

『マキシムが手加減をした訳ではなく?』

脳筋(あいつ)にそんな事ができると思うか?』

 

 嘘はない。様子を観察していたアルフィアはそう結論付ける。

 

『アルフィア、俺からも訊きたい事がある』

『なんだ?』

『奴とその子供……似てなくないか? 髪色は奴と同じ黒だが、それ以外は――』

 

 ザルドがなんとなく思ったことを口にしようとした時、扉が開いた。入ってきたのは本を二冊持った子供。どうやら本を取りに行っていたらしい。『魔法』で屋根が消えたにも関わらず本を吟味していたとは……かなりの図太さだ。 

 

 子供はアルフィアに走り寄ると、椅子にしっかり座らせた。すぐにアルフィアの膝の上に許可も貰わずに座り、彼女の胸に頭を預ける。

 

 そして、

 

『よんで、おばさん』

 

 本を差し出した。

 

 アルフィアは本を受け取り、躊躇なく本で子供の頭を殴った。子供の視界に星が飛び散り、頭を押さえて蹲る。

 

『「おばさん」じゃない。「お姉さん」と呼べ』

『……よんで、お姉さん』

 

 アルフィアは実際の年齢より上に見られがちだ。それが自身の上品すぎる所作や立ち振る舞いにあると本人は気付いていない。

 

 素直に「お姉さん」と呼んだ膝の上の子供の前に本を開いてやり――思い切り握りつぶした。ビクッ! と怯えた子供が逃げようとするが逃がさない。落ちぬよう子供の胴に回されていたしなやかな腕が、拘束と処刑を兼ねた凶器に早変わりする。

 

『正直に答えろ。噓を吐けば骨を折る』

『ぴぇっ!?』

『この本――「病弱な私の特効薬♡ それは貴方の×××」。どこからどう見ても私を模型(モデル)にしたエロ本はどこから持ってきた?』

『とうさんの本棚! きれいな人が描いてあるから読んでみたくなったけど、むずかしい文字がいっぱいあったから……お姉さんなら読めるかなって』

『なるほど』

 

 瞬く間にアルフィアは消えた。壁に出来た穴から「ヤバかった! 『スキル』の発動が間に合ってマジで良かった!」「【祝福の禍根、生誕の呪い。半身喰らいし我が身の原罪】――」「いやあぁぁぁぁ!? その『魔法』だけはヤメテ!! 本当に空まで吹っ飛んでお星様になっちゃうっ!!?」といった愉快な悲鳴が聞こえてくる。

 

『おじさん、よんで』

『……俺に、エロ本(これ)を読み聞かせろと言うのか……』

 

 そして、残ったもう一冊のエロ本を押し付けられるザルドは戦慄していた。

 

『……だめ?』

『くっ……貸してみろ。そうだ、俺は【暴喰(ぼうしょく)】。羞恥の感情だろうと喰らって糧にしてや――』

『無駄にカッコ付けながら、うちの子に何しようとしている?』

『あっ』

『あと、我が家のこの惨状はなに?』

『……』

 

 この日、【ゼウス・ファミリア】は【ヘラ・ファミリア】に潰された。ボロボロになった二人は治療も受けないまま、必死に家を建て直す羽目になる。


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