雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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五十八話 残酷な世界

『嘘……だよな? いつもの、冗談だよなっ?』

 

 もしも前世の罪があるとしたなら、自分は世界中の人々に恨まれる大罪を犯したのだろうか。

 

 それとも自分の運命を決める神がいて、その神は自分の事を心の底から憎悪しているのか。

 

 迷子のような表情(かお)をする『彼』にはわからない。

 

『何度でも言ってやる……俺達はわざとお前の恋人を見殺しにした。ああでもしなけりゃお前は剣を()らなかったしな』

 

 『彼』の父である男が言葉を信じたくない。自分の息子に対する仕打ちとは思えないほど過酷な訓練を強いてきても、決して死ぬことがないように徹夜で訓練内容を考えていたのを『彼』は知っていた。

 

 聞き間違いであればどれだけよかっただろう。

 

『お父さんの言ったことは本当よ。あんな気配の消すどころかむき出しにする蛆虫の侵入を、私達が気付けないはずがないだろう?』

 

 『彼』の母である女の声が遠くに聞こえる。毎日のように傷を負って帰って来る『彼』を嫌な顔をせずに治療し、くじけそうになればそっと寄り添ってくれる優しさを持っていると『彼』は知っていた。

 

 幻聴であってほしいとどれだけ願っただろう。

 

『憎しみや恨みによる強さには限界がある……。ドス黒い感情に心が耐え切れないからだ』

『では、もし耐えられる者がいたとしたら? 目の前で自分より大切な人が殺されるなんて……嗚呼、私なら脆弱な己が許せない! 億を超えるほど自分を殺しても飽き足りない! その果てがない憎悪を選ばれし者が身に宿せば、紛れもない「最強」に至るだろう!!』

 

 二人の言葉が本当なのだと、今の『彼』にはわかってしまう。『彼』の人生を変えた”雨の日”、最強の派閥(ゼウスとヘラ)に所属していた二人が冒険者崩れの侵入に気付かないなどありえない。『世界最硬の男』と呼ばれた父と、『神を超える女の勘』を持つ母なら尚更。

 

『『これも全て「終末」の竜に届く「一」を作るため……。お前(あなた)という――「最強の兵器」を生み出すためだ』』

 

 確かなのはあの”雨の日”、『彼女』は死なないで済むはずだった。

 

 『彼』の才能を開花させるために『彼女』が死ぬのを見逃した父と母は『悪』なのか。

 

 はたまた父と母が『悪』なのであれば『悪』にしてしまった自分はそれ以上の『悪魔』なのか。

 

 誰を責めたらいい? 

 

 腹の底から溢れ出るこの激情は誰に吐き出せばいい?

 

 心を映し出すように魔光(パルス)を荒ぶらせる数多の命を奪った剣は、何処に向けるのが正しい?

 

 瞳から紅い雫を流す『彼』にはわからない。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ここを使うのも久しぶりだな」

 

 誰に聞かせるわけでもなく呟いたレインの声が、薄暗い人工の道に響いて消える。

 

 レインがいるのは『秘密の抜け穴』という表現がぴったりの通路だ。窓や扉の類は一切存在せず、光源は継ぎ目が見当たらない不可思議な材質で出来た壁に刻まれた、うっすらと光沢を帯びる紋様のみ。

 

 この場にはレインしか見当たらない。故に彼の呟きに返事はない。

 

「……私もこの抜け道を使いたくはなかったのだがな」

 

 ――かと思えば、反応があった。男とも女とも区別がつかぬ中性的な声の持ち主は、この薄暗い通路と同化してしまいそうなほど全身をあますことなく黒い衣で包んだ人物。黒衣の人物にはどこか疲れ切った雰囲気があった。

 

「で、何の用だ、フェルズ。こんな暗がりに俺を呼び出すなら、魔道具(マジックアイテム)かなんかでとびっきりの美女になってから呼べ」

 

 黒衣の人物――フェルズが疲れていることに気付きながらも、レインは気遣ったりしない。むしろ「さっさと要件言って帰らせろやっ」と言いたそうな顔をして威圧(プレッシャー)をかける。

 

「……一応、骨になる前はそれなりの美女だったと自負している」

 

 知ってる。黒衣の下にある肉も皮もない骨の身体を隅々まで観察して、骨格からもし肉があればエルフ以上の美女だったと分かっている。骨格からそこまでの情報を取得してしまう自分の才能が怖い。

 

 しかし、それはあくまで肉があればの話だ。肉がないフェルズなんぞ、異常な程の知恵と技術を有した喋る骨でしかない。女には甘いと自負するレインであっても、性別の概念がなくなってしまった人骨に優しくするつもりは毛頭なかった。

 

「知らんよ。それより要件を話せ。お前は骨になってるから分からんだろうが、この通路には大量の埃が溜まってるんだ。炎熱系魔法で焼き払っていいか?」

「それに関しては素直に謝罪しよう。ここ数年、この通路をまともに利用するのは私ぐらいのものだからな。月に一度は掃除をしておく」

 

 なら良し。フェルズの返事に満足したレインは腕を組み、壁に背を預ける。が、それだけの動作で大量の埃が舞った。レインが盛大に咳き込む。しばらくして咳が止まった彼の瘦身から可視化できる濃度の『魔力』が立ち昇る。

 

 こいつ、本気(ガチ)で焼き払うつもりか――フェルズは焦った。『魔法』の威力を減衰させる魔道具(ローブ)を着ていても、レインの炎は骨の髄までこんがり焼いてしまう。

 

「待て! 『魔力』を抑えろ! この通路の存在がバレたらどうする!?」

「チッ……ゴキブリが出たらお前の眼窩に突っ込んでやる」

「……」

 

 こういった一面があるのでフェルズはレインが苦手だ。

 

 今までフェルズ自身も無理難題だと思った任務を与えてきたが、レインが任務を失敗したことは一度もない。異常事態(イレギュラー)が発生しても、顔色一つ変えずに対処する。

 

 二度と生れ落ちないように発生条件を秘匿していた『破壊者(ジャガーノート)』をよりにもよって『深層』で呼び出し、あまつさえそれを無傷で倒したと報告された時など、故障かと思って衝動的に交信の魔道具(マジックアイテム)である『眼晶(オクルス)』を叩き壊した――後に耳を傷めたと怒ったレインにヤスリ片手に追い掛け回された――。

 

 能力面、特に戦闘では全幅の信頼を置けるレインなのだが、子供っぽい、言い方を変えるなら短絡的になることが稀にある。その状態のレインは何をするのか全く読めず、いつの間にか額に「骨」と書かれていたのも一度や二度じゃない。実際に黒い悪魔(ゴキブリ)も骨の身体にねじ込まれた事もあった。あの時の不快な感覚は二度と味わいたくない。

 

 なので急いで要件を教える。

 

「昨日の夕刻、都市西北西での騒ぎは把握しているか?」

「してるさ。【ヘスティア・ファミリア】が匿ってるはずの『異端児(ゼノス)』が街にいたんだろ」

 

 昨日、街中に『有翼のモンスター』が現れて局所的な混乱が起きた。現れたモンスターは石を投げつけられても一切の反撃をせず、何者かによって連れ去られた。慌てて逃げようとして転んだ幾人かを除けば、()()()に被害と呼べるものは皆無だった。

 

「馬鹿しかいないのかね。投石を受けても反撃をしないモンスターがいる訳がないのに」

 

 レインが失笑を漏らす。彼が嗤うのは、モンスターに碌な被害を受けた事もないくせに憎悪を向けた民衆と、モンスターの異常性に違和感を覚えもしない間抜けな冒険者達だ。

 

 フェルズは何も咎めない。人類にモンスターに対する潜在的嫌悪と恐怖があるのは理解している。だが、『異端児(ゼノス)』がどのような存在なのかを知ってしまっている二人は、本質を知ろうともしない人類にいい感情を抱けない。

 

「本題だ。もう彼等を泳がせることは出来ない。彼等も『異端児(ゼノス)』を匿うことが【ファミリア】にとってどれだけ危険(リスキー)なのか、身をもって体感している。このままでは都市外に逃がすことが最善と判断しかねん」

「……多分、『異端児(ゼノス)』が街に無策で飛び出したのも、自分をどう扱うべきかを直接言われたか、偶然耳にしたかのどっちかだろ」

 

 あたかも見てきたように話すレイン。使い魔を通して事情を把握していたフェルズは、僅かな情報だけで正解を導くレインの鋭さに舌を巻く……舌ないけど。

 

「とにかく、新たな『異端児(ゼノス)』を『隠れ里』に送り届けるよう【ヘスティア・ファミリア】には強制任務(ミッション)を渡す。君には彼等の護衛を任せたい」

「護衛? 監視じゃなくてか?」

「見極めたい。そのためには『隠れ里』まで辿り着くことが前提条件だ。君が独断で『異端児(ゼノス)』についての情報を漏らした時は腹が立ったが、おかげで君なら敵ではないと判断されるだろう。……話は以上だ。帰ってもらって構わない」

 

 そう言って、フェルズは話を締めくくった。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「――すまない、ウラノス。私には伝えられそうにない」

 

 本当に自分以外誰もいなくなった隠し通路で、フェルズがここにはいない神に謝る。

 

 レインをこの隠し通路に呼び出したのは、本命の要件を伝えた時、万が一レインがキレた場合に備えてである。

 

「これ以上あの子供に背負わせるなんて、できるはずがないだろう? もう十分戦ったあの子供は、残酷な真実(こんなこと)を知る必要なんてないだろう?」

 

 僅かに震える漆黒の手袋(グローブ)が懐から取り出した羊皮紙を握りつぶす。

 

 何度も、何度も。やるせない想いをぶつけるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『十九年前、最恐の派閥(ヘラ・ファミリア)の団長である【女帝】の身内に女児が誕生。【ステイタス】を刻んだ結果、この子供は決して生まれるべきではなかったと判断。真名は「スキル」にちなんだものである。

 

 しばし手元に置いて様子を観察し、都市外の人里離れた山奥の村へ誘導。都市の外にいる間は存命を許すが、再びこの都市に現れた場合、殺害を決定。

 

 真名は【フィーネ】。意味は神々(われら)の言葉で【終焉を(もたら)す者】を指す。

 

 フェルズに命ずる。世界の安寧のため、レインにフィーネ殺害の命を下せ。髪一つ残さず抹消せよ』  




 ゼウスとヘラの眷属が野盗の侵入に気付かない訳がないよね。 

 フェルズはきっと女。だってダンメモで幼女になってたし。

 私用でしばらく投稿が開くかもです。その場合、月末には投稿します。

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