雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
『嘘……だよな? いつもの、冗談だよなっ?』
もしも前世の罪があるとしたなら、自分は世界中の人々に恨まれる大罪を犯したのだろうか。
それとも自分の運命を決める神がいて、その神は自分の事を心の底から憎悪しているのか。
迷子のような
『何度でも言ってやる……俺達はわざとお前の恋人を見殺しにした。ああでもしなけりゃお前は剣を
『彼』の父である男が言葉を信じたくない。自分の息子に対する仕打ちとは思えないほど過酷な訓練を強いてきても、決して死ぬことがないように徹夜で訓練内容を考えていたのを『彼』は知っていた。
聞き間違いであればどれだけよかっただろう。
『お父さんの言ったことは本当よ。あんな気配の消すどころかむき出しにする蛆虫の侵入を、私達が気付けないはずがないだろう?』
『彼』の母である女の声が遠くに聞こえる。毎日のように傷を負って帰って来る『彼』を嫌な顔をせずに治療し、くじけそうになればそっと寄り添ってくれる優しさを持っていると『彼』は知っていた。
幻聴であってほしいとどれだけ願っただろう。
『憎しみや恨みによる強さには限界がある……。ドス黒い感情に心が耐え切れないからだ』
『では、もし耐えられる者がいたとしたら? 目の前で自分より大切な人が殺されるなんて……嗚呼、私なら脆弱な己が許せない! 億を超えるほど自分を殺しても飽き足りない! その果てがない憎悪を選ばれし者が身に宿せば、紛れもない「最強」に至るだろう!!』
二人の言葉が本当なのだと、今の『彼』にはわかってしまう。『彼』の人生を変えた”雨の日”、
『『これも全て「終末」の竜に届く「一」を作るため……。
確かなのはあの”雨の日”、『彼女』は死なないで済むはずだった。
『彼』の才能を開花させるために『彼女』が死ぬのを見逃した父と母は『悪』なのか。
はたまた父と母が『悪』なのであれば『悪』にしてしまった自分はそれ以上の『悪魔』なのか。
誰を責めたらいい?
腹の底から溢れ出るこの激情は誰に吐き出せばいい?
心を映し出すように
瞳から紅い雫を流す『彼』にはわからない。
♦♦♦
「ここを使うのも久しぶりだな」
誰に聞かせるわけでもなく呟いたレインの声が、薄暗い人工の道に響いて消える。
レインがいるのは『秘密の抜け穴』という表現がぴったりの通路だ。窓や扉の類は一切存在せず、光源は継ぎ目が見当たらない不可思議な材質で出来た壁に刻まれた、うっすらと光沢を帯びる紋様のみ。
この場にはレインしか見当たらない。故に彼の呟きに返事はない。
「……私もこの抜け道を使いたくはなかったのだがな」
――かと思えば、反応があった。男とも女とも区別がつかぬ中性的な声の持ち主は、この薄暗い通路と同化してしまいそうなほど全身をあますことなく黒い衣で包んだ人物。黒衣の人物にはどこか疲れ切った雰囲気があった。
「で、何の用だ、フェルズ。こんな暗がりに俺を呼び出すなら、
黒衣の人物――フェルズが疲れていることに気付きながらも、レインは気遣ったりしない。むしろ「さっさと要件言って帰らせろやっ」と言いたそうな顔をして
「……一応、骨になる前はそれなりの美女だったと自負している」
知ってる。黒衣の下にある肉も皮もない骨の身体を隅々まで観察して、骨格からもし肉があればエルフ以上の美女だったと分かっている。骨格からそこまでの情報を取得してしまう自分の才能が怖い。
しかし、それはあくまで肉があればの話だ。肉がないフェルズなんぞ、異常な程の知恵と技術を有した喋る骨でしかない。女には甘いと自負するレインであっても、性別の概念がなくなってしまった人骨に優しくするつもりは毛頭なかった。
「知らんよ。それより要件を話せ。お前は骨になってるから分からんだろうが、この通路には大量の埃が溜まってるんだ。炎熱系魔法で焼き払っていいか?」
「それに関しては素直に謝罪しよう。ここ数年、この通路をまともに利用するのは私ぐらいのものだからな。月に一度は掃除をしておく」
なら良し。フェルズの返事に満足したレインは腕を組み、壁に背を預ける。が、それだけの動作で大量の埃が舞った。レインが盛大に咳き込む。しばらくして咳が止まった彼の瘦身から可視化できる濃度の『魔力』が立ち昇る。
こいつ、
「待て! 『魔力』を抑えろ! この通路の存在がバレたらどうする!?」
「チッ……ゴキブリが出たらお前の眼窩に突っ込んでやる」
「……」
こういった一面があるのでフェルズはレインが苦手だ。
今までフェルズ自身も無理難題だと思った任務を与えてきたが、レインが任務を失敗したことは一度もない。
二度と生れ落ちないように発生条件を秘匿していた『
能力面、特に戦闘では全幅の信頼を置けるレインなのだが、子供っぽい、言い方を変えるなら短絡的になることが稀にある。その状態のレインは何をするのか全く読めず、いつの間にか額に「骨」と書かれていたのも一度や二度じゃない。実際に
なので急いで要件を教える。
「昨日の夕刻、都市西北西での騒ぎは把握しているか?」
「してるさ。【ヘスティア・ファミリア】が匿ってるはずの『
昨日、街中に『有翼のモンスター』が現れて局所的な混乱が起きた。現れたモンスターは石を投げつけられても一切の反撃をせず、何者かによって連れ去られた。慌てて逃げようとして転んだ幾人かを除けば、
「馬鹿しかいないのかね。投石を受けても反撃をしないモンスターがいる訳がないのに」
レインが失笑を漏らす。彼が嗤うのは、モンスターに碌な被害を受けた事もないくせに憎悪を向けた民衆と、モンスターの異常性に違和感を覚えもしない間抜けな冒険者達だ。
フェルズは何も咎めない。人類にモンスターに対する潜在的嫌悪と恐怖があるのは理解している。だが、『
「本題だ。もう彼等を泳がせることは出来ない。彼等も『
「……多分、『
あたかも見てきたように話すレイン。使い魔を通して事情を把握していたフェルズは、僅かな情報だけで正解を導くレインの鋭さに舌を巻く……舌ないけど。
「とにかく、新たな『
「護衛? 監視じゃなくてか?」
「見極めたい。そのためには『隠れ里』まで辿り着くことが前提条件だ。君が独断で『
そう言って、フェルズは話を締めくくった。
♦♦♦
「――すまない、ウラノス。私には伝えられそうにない」
本当に自分以外誰もいなくなった隠し通路で、フェルズがここにはいない神に謝る。
レインをこの隠し通路に呼び出したのは、本命の要件を伝えた時、万が一レインがキレた場合に備えてである。
「これ以上あの子供に背負わせるなんて、できるはずがないだろう? もう十分戦ったあの子供は、
僅かに震える漆黒の
何度も、何度も。やるせない想いをぶつけるように。
『十九年前、
しばし手元に置いて様子を観察し、都市外の人里離れた山奥の村へ誘導。都市の外にいる間は存命を許すが、再びこの都市に現れた場合、殺害を決定。
真名は【フィーネ】。意味は
フェルズに命ずる。世界の安寧のため、レインにフィーネ殺害の命を下せ。髪一つ残さず抹消せよ』
ゼウスとヘラの眷属が野盗の侵入に気付かない訳がないよね。
フェルズはきっと女。だってダンメモで幼女になってたし。
私用でしばらく投稿が開くかもです。その場合、月末には投稿します。