雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
それと誤字報告が。
「キャットピプール」× → 「キャットピープル」〇
「ヴィーヴィル」× → 「ヴィーヴル」〇
「リヴェラ」× → 「リヴィラ」〇
でした。似たような間違いをしているかもしれません。可能ならでいいので、見つけたら報告をお願いします。
ではどうぞ。
『やっとあんたに会えたよ、お若い人。喪に服した黒衣の戦士……世界の命運にかかわる者……知られざる天才剣士……そして――ゼッ、ゴホッ、ガッ、ゴホッ!』
ズタ袋同然の汚い服装の老人だった。
『世の中には、眼前に巨大な壁が立ちはだかっていても、あえて避けずにそこを通ろうとする者がいる。神の御言葉さえ耳を貸さない者がいる。数は両手で数えられるくらい少ないがな……愛すべき頑固者は確かに存在する。あんたはそういう男の一人だ』
そう言って老人は、眩しそうな瞳で少年を見た。
『この老いぼれの言葉を覚えていてほしい。今は理解できずとも、その時が来ればわかるであろう』
一呼吸置き、老人はカッと目を見開いた。
『あんたは強い。とてつもなく強い。かつて誰も到達し得なかった強さまで、己の技量を高めるかもしれぬ。だからこそ、あんたにしか決められない選択を迫られる時が来る』
重々しい声が響く。少年は黙って耳を傾ける。
『あんたが安易な選択をすれば、世界は衰亡の運命を辿る。しかし、あんたが血塗られた破滅への道を選べば……世界は救われる。終末を免れる』
『……』
『じゃが、その時のあんたの傍には、心から欲した幸せがあるじゃろう。あんたを慕う、大切な人がおるじゃろう』
俺に幸せなどない、そもそも慕う人間もいないと言い返したかったが、結局何も言わなかった。死にゆく者に、大人げない真似はできない……そう思ったのかもしれない。
『どうするか、お若い人よ。安易な道を選べば、あんたは最期まで幸福だろう。破滅への道を選べば、世界と引き換えに大切な人を失うだろう。さぁ、どちらを選ぶ?』
『迷うまでもない。答えは決まっている』
少年は獰猛で、どこか透明な笑みを浮かべた。
『破滅への道だ。手放したくないほどの幸せがあるなら、その手を切り落としてでも進んでやるさ』
『……そう答えられるあんただからこそ、世界の命運は託されるのに相応しいのかもしれんな』
(――半分以上は信じていなかったってのに、まさか全部本当になっちまうとは……)
人類の裏切者として罪人の烙印を押し付けられた『仮面』を被る青年は、自分を見てくる【ロキ・ファミリア】や民衆に目もくれず、心の中で静かに呟いた。
(――さよならだ、
♦♦♦
「う、あ……あああああぁぁ……!?」
「嘘……なんでっ……?」
『旧式の地下水路』にある
見えたのは憧れと尊敬を向ける幹部達、破壊された建造物、立ち上る煙、逃げようとしない住民、縫い付けられた『怪物』。そしてその近くに立つ、良くも悪くも【ロキ・ファミリア】が意識していた白髪の少年と、灰髪の女。
異変の確認に来た数名の内、Lv.4の第二級冒険者、ラウル・ノールドとアナキティ・オータムが無意識に最後に回していた女に目を向けた途端――二人は見る見るうちに顔面蒼白になっていった。
「ラウルさん? それにアキさんもどうしたんですか? モンスターなら団長の槍で動きを封じられてますし、すぐに討伐されると思いますよ。だからそんなに焦らなくても……」
付いて来ていた女性団員はモンスターの地上進出に焦っていると勘違いしていた。他の団員も似たり寄ったりの考えである。
だからこそ、Lv.4の二人の言葉に耳を疑う。
「どうするべきなんすか!? 俺達が増援に行っても意味がない! すぐに殺されるか足手まといになるだけだ!」
「行かなきゃ駄目でしょうっ! 無力を理由に逃げるなんてできない!!」
「じゃあアキは、俺達の力が役に立つと思うんすか!?」
『死の七日間』を知るラウルはアナキティに吠える。
「リヴェリアさんとガレスさんを
一方、人目から隠れながら付近の路地裏に駆け付けていた『
「……!?」
「ベルっちに……誰だ?」
「
『
(まさか……【ヘラ・ファミリア】に変身するとは……! どうするつもりだ、下手すればモンスターが地上に進出する以上の大混乱が起きるぞ……!)
見守ることしか出来ぬ賢者の成れの果ては、その骨の手を包む手袋をギチリと鳴らす。
「――ひひっ、ひひひひひっ、いひひひひひひっ……!?」
迷宮街の中心部に建つ塔。手すりが存在せず、蒼穹に囲まれる塔の屋上から『ダイダロス通り』を見下ろす
「ロキの
紺色の髪を振り乱して瞳を輝かせながら歓喜する神の隣。
「……………………………………」
漆黒の青年と取引をしたヘルメスは笑いもせず、心の内を測れない無表情で眼下の光景を見つめていた。
♦♦♦
轟き渡っていた民衆の歓声が途絶えたことで、『ダイダロス通り』の一角は不自然な静寂に包まれていた。
民衆や下位冒険者は唐突に現れた女性――自分達の心地よい熱狂をかき消した元凶に視線を向ける。その眼差しには無神経で場を乱す発言に対する『非難』と『嫌悪』が満ちていた。
誰か一人が石を投げれば、それに合わせて石を投げても許される……そんな空気が生まれつつあった。
「どうしてここにいるアルフィア! 七年前のあの時、貴様が敗れたことが【アストレア・ファミリア】全団員を【ランクアップ】可能にした!!」
「致命傷を負った貴様が灼熱の奈落に身を投げるのを、『
「答えろ! 何故生きている!!」
痛いほどの静寂を破ったのはまたもリヴェリアとガレス。民衆は女性の「五月蠅い」という発言ではなく、全く別の事について問いただす【ロキ・ファミリア】幹部に怪訝な顔をする。しかし、すぐに弾劾を始めるだろうと気にしなかった。
(何よこいつ……隙が微塵もない……!)
(リヴェリアみたいに杖で殴れる魔導士とも違う……なにあれー!?)
(下手な攻めをすりゃあ、頭ごと牙を持っていかれる……!)
――そのせいで、彼等は気付けなかった。自分達は分かりやすく怒りの感情を見せているのに、【ロキ・ファミリア】は緊迫した空気を漂わせていることに。
故に、民衆の頭から『【ロキ・ファミリア】の邪魔にならぬようこの場から離れる』という選択は消えていた。とても強い大派閥に怒り(?)を向けられた女はどんな反応をするのだろうと、濁った期待を胸に成り行きを見続ける。
無数の視線を浴びる女性――アルフィアはゆっくりと口を開き、
「――無駄に年を食って耳が遠くなったか、癇癪持ちのエルフに老け顔のドワーフ。私は『私を殺して』と言った。ならば生き返った他に答えはあるまい。少しは頭を使え。それとも、この程度の思考もできないほど耄碌したのか、年増ども」
「~~~~~~~~~~~~~~~!!」
「普段からベートに婆と呼ばれておるのに何故挑発されるのだ、リヴェリア! あと儂はこやつと違って年相応の姿よ! 撤回してもらおうか!」
「灰にしてやろうかガレスッッッ!!!」
挑発した。都市最大派閥の威光に屈するどころか、Lv.6の第一級冒険者を侮蔑するという、とても正気とは思えない真似をする。
「リ、リヴェリア様!」
「リヴェリア様のご尊顔がメロンの様に……!」
「私は何も見ていない、何も聞いてない!」
一般人、冒険者問わずエルフ達は怒髪天を突いたハイエルフの顔を見てうろたえる。
しかし、古くからの戦友が昔ながらのやり取りをする前に冷静さを取り戻していたフィンは、あらゆる可能性を考慮しつつ言葉を発する。
「ならアルフィア。君はどうやって生き返った? 君が
――フィンは真っ先にアルフィアが偽物であると考えた。
フィンの知っている死者の蘇生方法は主に二つ。リヴェリアから聞いたレインの持つ『蘇生魔法』と、今は亡きオリヴァス・アクトとレヴィスのように『極彩色の魔石』を埋め込み、
二つ目は絶対にないと断言できる。アルフィアは傲慢だが、同時に誇り高い。
そして一つ目。確かに可能性はある。『
しかし、全貌は知り得ていないが、フィンはレインの『蘇生魔法』に厳しい代償と条件があると確信している。安全から程遠い『
十中八九、レインの『蘇生魔法』はアルフィアに使えず、仮に使っていれば隠しようがない。
だからこそわからなくなる。眼前のアルフィアは明らかに記憶がある。言葉遣い、細かな所作は身体に染みついていたとしても、「私を殺して」という発言は本人の記憶・経験がなければ出てこない、そんな実感が籠っていた。
最も可能性が高いと思っていたのはアルフィアの背後にいる
だが……フィンは全ての可能性に自信を持てない。どの可能性もなまじっか根拠や証拠があるせいで、どれも怪しく思えてしまう。一つに絞り込めない。断定が、決断ができない。
だからフィンは相手から情報を掠め取るために隙を探す。無理矢理尻尾を掴んで
聡明な勇者は目の前の女の髪を
――そんな彼の胸中を読み解くことなど、『才能の権化』にとって造作もなかった。
「愚か極まりないな、
「……ッ」
「貴様がすべきだったのは私の真偽を問うことではなく、周囲の雑音どもに消え失せるよう命ずることのみ。……ああ、己の無能も悟らせないべきだったな。それ以外は不快な雑音と同義だ。変わらんな、全てを無意味な雑音へ変貌させる無様な癖は」
「黙ってりゃ団長に舐めた口ききやがってこのクソ女っ!! ぶち殺してやる!」
「落ち着きなよティオネー!?」
化物め。フィンは内心で盛大に毒づいた。あれっぽっちの問い掛けと表情の変化で――目を閉じているのに――自分の思考の過程すら見抜くなんてふざけてる。心を読み取る『スキル』を持っていると言われた方がまだ信じられる。
(いや、これはチャンスだ。アルフィア(?)はどんな手段で生き返ったのかを明言していない。僕が本物と信じ込ませるなら、嘘でもいいから生き返る方法のヒントを出す。そこから突き崩していけば――)
――新たな算段を立てようとしたフィンだったが、彼は当たり前のことを失念していた。
ここにいるのは自分とアルフィアだけではなく、激昂したティオネと同じように、何も知らぬ民衆も大勢いることを。
今、民衆の間にはアルフィアへの『
「何なんだよお前はっ! いきなり出しゃばってふざけた事ばっか言いやがって!」
「そんな態度を取るってことは冒険者か? ならとっととモンスターを殺せよ! 薄汚え迷宮の化物を殺すのは冒険者の義務だろうが!」
「【ロキ・ファミリア】もそんな女なんか無視しろよ! つーか、モンスターを殺すのを邪魔するってことは『怪物趣味』なんじゃないか!?」
「人類の敵! モンスターと一緒に死んじゃえ!!」
彼等の多くは知らなかった。自分達がこうして正当化できる怒りに身を委ね、罵詈雑言を浴びせ、地面に落ちていた石を投げつけている女が何者なのかを。【ロキ・ファミリア】が未だに手出ししていない理由を。
残り少数は愚かだった。少数は『死の七日間』の凄惨さと女の正体を既知としておきながら、今回もまた、
「――覚悟も意志も力もない木偶人形ども。罵倒するなら中身を纏めろ。貴様等のそれは声でも雄叫びでもない、ただ五月蠅い音の波。私がこの世で二番目に嫌う、不要で不愉快な旋律だ」
その女は絶対なる『個』。村も、街も、都市も、国も、たった一人で滅ぼせる無慈悲な暴君。あらゆる暴力、殺戮、蹂躙、破壊、終焉の手段を華奢な身体に宿す人の形をした正真正銘の怪物。
「私の手を煩わせる羽虫どもが。物言わぬ醜悪な肉塊となり、二度と静寂を妨げるな」
ゆるり、と。アルフィアはゆっくりと手を持ち上げる。その動作は、聖職者が迷える子羊に救いの手を差し伸べるのに似ていた。
ようやく民衆は気付く。自分達が投げている石や
「行くなっ、ガレス!!」
危機を察知した生粋の
明晰すぎる頭脳を持つ勇者の口から出た叫びには無辜の民を守る指示ではなく、逆に切り捨ててでも戦友を死なせたくない想いが籠っていた。
そして――呪われし
「――【
大爆音。
ティオナとティオネは五年前にオラリオへ来たため、アルフィアを知りません。
ベートはいましたが、多分アルフィア本人を見てないでしょう。恐ろしさは知ってそうですが。
リリの魔法って魔力の能力値が高くなれば体格とか無視できそうかも?