雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
まずいい事から。日刊ランキングで三位になっていました! この『読むのに根気が必要』と作者自身が思ってしまう作品を気に入ってくださりありがとうございます。最後まで頑張るよ……多分!
次に一日遅れた理由を。16巻読んだら書こうとしてた内容が吹き飛びました。例えるなら予想外のパンチを受けてKOされるボクサーの気分。作者は十時まで眠っちゃったね!
そして最期に。作者は文才がないので自分の作った話を上手く書き上げることが苦手です。最後の話までキャラ崩壊がないとは絶対に言えません。皆さん付いて来てください(強引)。
「――ルルネ」
「!」
ヘルメスは灰色の魔導士が漆黒の戦士に変わった瞬間、イケロスの追跡と逃走防止のために同伴させていた眷属の一人を呼ぶ。
「急いで
「はぁっ!? 無茶言うなよヘルメス様! 距離はどうにかなるとしても、どうやってあの
「
塔の内部にいたため、何が起きているのかいまいち把握できていない
「【フレイヤ・ファミリア】なら問題ない。【カーリー・ファミリア】はレイン君に執着してるし、そこを突けば簡単に釣れる。行け」
「……りょーかい、ヘルメス様」
自ら
死屍累々、という言葉でしか表せなくなった『ダイダロス通り』に君臨する、どこまでも思考と行動が読めない子供をヘルメスは笑いながらも忌々しそうに睨みつける。
「【ロキ・ファミリア】を捻り潰したかと思えば、『
「君が何を考えているのかさっぱりだけど……せめて白い光をより際立たせてくれる黒い影になって死んでくれ、レイン君」
――それと同時刻。
都市で最も高い
♦♦♦
【ロキ・ファミリア】やヘスティア一行が愕然と目を見張っている中で、フィンの脳裏は真っ赤に染まっていた。たった今目の前で起きた事象が受け入れ難いいくつもの『未知』を彼に突き付け、
(リリルカ……リリルカ・アーデ。あの子の『魔法』!? 待てっ、奴は、レインはアルフィアの『魔法』も使っていた。彼女の『変身魔法』が対象の全てを
レインの『下界崩壊を始める』という宣言。その声音に冗談の色はなく、都市を守らねばならない【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンの思考はすぐに飲み込み、『敵』の手札を推測し始めてしまう。それも優秀過ぎるが故に、極めて正確に。
(あくまで彼女の『魔法』は姿を変えるだけで、変身した後の振る舞いは術者のセンスに委ねられる。そして僕はレインが変身を解くまで『本物』だと信じ込んでいた! それは何故だ? アルフィアと遜色ない『才能』という名の理不尽を見せつけられたからだっ!!)
アルフィアの象徴は『才能』。それをフィンは考えを看破される、
これまでの言動が全て計算されたものなら、最早レインは神に近しい視点を持っている。戦略、過程、勝敗を無視して思い通りの結果を押し付けることを許された者の
(つまり、レインには他者の『魔法』を使える『スキル』がある。しかも詠唱を破棄できる最悪の組み合わせの『スキル』まで……模倣した『魔法』は威力が下がるなんて甘い考えは捨てろ! おまけに【ステイタス】は最低でもアルフィアと同等か、それ以上ときた……冗談じゃない!)
【
このままだと『
(同じ土俵に引きずり下ろすには『手札』が足りない、なら僕が模索するべきは『戦い』を始めさせない方法! 思考を回せ、『才能』だろうと覆せない積み重ねた年月を
「――アホが。『才能』に年の積み重ねなんぞ関係ない。常人が一つずつ上る階段を一気に駆け上がったからこそ、俺やアルフィアみたいに異常な『才能』を持った奴は『秀才』ではなく『天才』と呼ばれるんだ」
(――)
耳に入ったのは脈絡も糞もない、世間話でもするようなレインの声。誰もが眉を顰め首を傾げる中、神経という神経を総動員して行われていたフィンの思考が
――とある学者の論文がある。
人は
フィンも例外ではなく、また、何度も受け入れ難い理不尽な現実を叩きつけられたことが彼から冷静さを奪い、凄まじい精神的負荷を与えていた。
「フィン・ディムナ。いい年こいて童貞こじらせたクソ
【ロキ・ファミリア】がここにいるのは、【
「けれど、お前には『野望』がある。この騒動みたいな一挙一動が名声に影響してしまう事柄なら、お前の思考は手に取るようにわかる……いっそただの馬鹿の方が手強いかもな。己の矜持を押し殺し、他人の目を気にする振舞いしかできない人形なんぞ、俺の敵じゃない」
その【
勘の鋭さ、先見性、知恵、身体能力、技能、どれをどちらが優れているのかわからせた上で刻み付ける――『格』の違いを。
「見届けろ、
♦♦♦
「何を言っている……!? 下界崩壊を始める? フィンの
いくつも告げられる看過できない言葉に、ハイエルフの口からは怒りを超えて殺意を孕んだ声が発せられた。相手が想い人であっても、我慢できなかった。
リヴェリアは知っている。己の全てを野望に捧げて戦うフィンを。野望の助力を誰にも求めず、重荷を分け合おうとしない勇者を。本当は意地っ張りで、生意気で、不器用な
「周りを見てみろっ、貴様が原因で罪のない命が失われた! 戯れで済ませる次元はとうに超えている! 直接手を下してないから関係ないなどとは言わせんぞ!!」
それに認めたくなかったのだろう。レインという人間も知っているからこそ、彼が自分の意思で人が死ぬような真似をしたとは思いたくなかった。仮に崇高で悲壮な『信念』を秘めていても、世界は理不尽に命を奪ったレインを許さない。
柳眉を吊り上げ叫んだ。【ロキ・ファミリア】の副団長として、心を折られかけているフィンを守り、彼の意志を尊重する代行者として。
「どんな目的があってこんな真似をした……答えろッッ!!」
「――そろそろか」
レインは何も聞こえなかったように眉一つ動かさなかった。睨みつけてくるリヴェリアに何も返さず、どこか遠い場所を見るような目をする。
無視されている。眼中にない――それを理解したリヴェリアの頭はカッとした熱に支配され、魔杖を握る手には震えるほどの力が籠る。指の隙間から漏れる杖のきしむ音は、彼女の内に沸いた怒りが溢れかけているようだ。
もう一度、力の限り吠えようとして……言葉となる前に飲み込まれる。
「団長ぉー!!」
血相を変えて走って来た、ラウルの切迫した声によって。
「『扉』がっ、『
派閥の機密情報と呼べる『
しかし、今ばかりは功を制した。
「!」
聞き捨てならない情報は、停止していたフィンの思考を再起させる。仲間からの助けを求める声が
(しっかりしろ! 考えを見透かされる、裏をかかれる、無防備な所へ『奇襲』を仕掛けるなんて何度も実行したし、経験だってしてきただろう! それを目の前で大仰にされただけであがくのを止めようとするなんてらしくないぞ、フィン・ディムナ!!)
一瞬でも弱さを見せた自分を心の中で殴りつける。レインの話術と手管に惑わされないよう気を引き締めてラウルの方へ首を回す。、
「状況は! 君が持ち場を離れるということは
同時に、フィンは『扉』の見張りを任せているメンバーで数少ない
しかし、レインが呟いた直後に起きたという事実が拭いきれない不安と恐怖を生む。虫の知らせを告げる親指の疼痛は未だ収まらない。
そして、嫌な予感は的中する。
「そ、それが……
「……なんだと?」
怪我人? なんだそれは。敵が怪我人を僕達に渡す? 奴等は目的の為なら自分の命すら投げ捨てる異常者の集まりだ。なら、運び出されている怪我人というのは
「……怪我人達の身元はわかるか!?」
「衰弱しきっていてハッキリとは聞き取れませんでしたけど――【デメテル・ファミリア】っす!」
更なる予想外の情報。どうして【デメテル・ファミリア】が『
与えられた
そもそも『敵』となったレインが、『敵』に材料を吟味させる時間を与える訳がない。
「ほぉ……死んだ奴に逢いたいがために
レインの口が裂ける。音を立てて、笑みの形に裂けていく。
乾ききった無表情は、邪笑としか言い表せない相貌へと形を変えた。
「下界崩壊の第一段階の準備はもうすぐ済むだろうし、次の
腕の中にいる竜の少女のほっそりとした首に手を当て、
「【
下界全土を揺るがす、とびっきりの『爆弾』を投下した。
「この子は『
♦♦♦
フェルズは骨の身体になって以来体感していない喉が干上がる、心臓が暴れる、全身から汗が滝のように流れ出る感覚を味わっていた。むしろ骨の身体になっているから味わえた、と言うのが正しい。
この身に肉と皮があったならば、間違いなく意識を手放していた。そう確信できるほどの焦燥と混乱がフェルズの中で暴れまわっていた。
「『
路地裏に潜むフェルズと『
(レインは『
『
理知あるモンスターの存在は、決して明かしてはならないものだ。
喜怒哀楽の『感情』がある? 意思疎通が可能なほどの『知性』がある? 人間に襲い掛からない『理性』がある?
この場にいる人類は、【ロキ・ファミリア】は一人として違わず、同じ意志を持つ。
仮に
『敵』となった同族が語る異端の『
「なんて、おぞましい……!」
あまりの事態に沈黙の僕となっていた一人、潔癖なエルフであるアリシアは嫌悪感を隠さずに呻いた。他の団員もにわかに騒めく。
「貴方は、人の言葉をモンスターが
彼女の叫びはリヴェリアを含むエルフ達だけでなく、【ロキ・ファミリア】の総意だった。彼等彼女等は都市の最大派閥。『遠征』で何度も仲間を失った……モンスターに何度も仲間を殺された。【ファミリア】に入るきっかけが家族や恋人を奪われたことだった者もいる。
「では質問だ、行き遅れエルフ」
【ロキ・ファミリア】のエルフないし数名がこう叫ぶと
「その辺に転がってる奴等は直接手を下してないとはいえ、俺が殺したようなものだ。しかし、そいつらは何故死んだ?」
「それはっ、貴方が『魔法』で住人を怯えさせたから――!」
「違うな。そいつらがここにいたからだ」
エルフの咄嗟の言葉を、レインは断定の声音で斬り捨てる。
「一つの命が奪われる瞬間を見たいと考える奴を、俺は屑だと思っている。俺の中で屑は殺しても問題ない。そいつらは何故ここにいた? モンスターに危機感を抱いた奴はとうの昔に逃げている。答えは
絶句する。迷いなく人が死ぬことを肯定し、モンスターを庇うような発言にその精神を疑った。
「詭弁だ! 亡くなった人々が『楽しもう』などと考えていたと決めつけるな! それに、怪物が死ぬことを喜んで何が悪い! 怪物はっ、モンスターは『敵』だ!」
「お前等の『モンスター』は何だ? 殺傷力のある
「そ――」
「そもそもだ。勝手に怯えて、勝手な思い込みで他者を傷つけ、殺せる人類の方が怪物よりずっと醜い。お前等はどうだ。一度もモンスターを殺すことを楽しまなかったと言えるか? 命を奪う冒険者が正しいと断言できるか?」
「ッ……」
「命の違いなんてどこにもない。怒りに、憎しみに、殺意に従って命を奪った時点で、そいつは『悪』だ」
突き付けられる幾多もの『現実』。全て戯言だと目を逸らすのは容易い。けれど、エルフの矜持が逃げることを許さない。
自分の倫理観と常識が崩れていく。レインの腕の中にいる『
人類の奥底に眠る怪物への嫌悪と恐怖。けれど感じない忌避感。瞳から涙を零し嗚咽を漏らす少女に目を瞑り、耳を貸さず、剣を振るう己の姿を幻視する。
思考がままならない。生じ続ける矛盾と背反する感情がアリシアの心を圧迫し、粉々に砕く。
「茶番だね」
――その寸前。
時間を得た黄金色の『勇者』が窮地の仲間を救う。
「レイン、君の問い掛けには『穴』がある」
「……」
「理知あるモンスターを処分しようとする僕達を責める言葉と、『ヴィーヴル』を庇った事の
「……」
「その『ヴィーヴル』は『
フィンは未だにレインの『真意』を掴みかねている。これまでのレインの言動は
今の指摘も意味があるかはわからない。市壁を背にする東側の民家の陰に潜んでいる集団に、一時的にレインだけを共通の『敵』とみなすと伝えたつもりだが、通じているかは不明。屋根の上で黙りこくっている【フレイヤ・ファミリア】も不気味だ。急がなければ、避難した住人達が戻って来る可能性もある。
そんなフィンの内心を読み取ったのか――パチパチパチ、と。
レインは乾いた称賛をする。
「お見事、正解だ」
♦♦♦
「
拍手をやめたレインの口から語られる
「こいつらは計画の要になっていた。ただのモンスターでは思い通りに動かせない。
異端の怪物達の信頼を踏みにじり、
「
「デメテルは凄いと思えたよ。俺の言うことを何でも聞くから、
「『【ロキ・ファミリア】が怪物の手を取った』ってな感じの情報を、この後でフィンの名前で世界に発信予定だ。
人類のモンスターに対する憎悪と恐怖を弄び、
「偶に優しい俺は選択肢を用意してやったぞ。選ぶのはフィンと決めているがな。天地がひっくり返っても不可能だが、あくまで俺を倒そうと言うなら……お前だけ残して【ロキ・ファミリア】を
『
「ほら、選べよ。とっとと選べ。今すぐ選べ。俺は優しいが、気は短いぞ。一分待ってもお前が答えを出そうとしないなら、俺はお前が前者を選択したと捉えるぞ?」
――『悪』だ。
――この男は、どこまでも『悪』だ。
【ロキ・ファミリア】の団員は荒くなりそうな呼吸を制し、意識を飛ばさないようにするのが精いっぱいだった。それほどまでに今のレインは
心を温かくするはずの笑みが、僅かな違いで身体を凍てつかせるのだと、魔導士の少女は初めて知った。人の本性ほど『未知』を秘めたものはないと、凡人と呼ばれる男は思い知った。
けれど。けれども。
それ以上の怒りが、【ロキ・ファミリア】を動かす原動力となっていた。
仲間の仇を知っていながら伝えなかった。救える命が目の前にあるのに見捨て続けた。慈悲深い女神に不敬な真似をして悲しませた。目の前で罪なき命を散らせていながら、その責任を転嫁した。敢えて生かすことでより苦しめようとした。
命をもって、非道を償わせる。地獄に落として、永遠に罪を償わせ続ける。
【
――もし。
自ら『母』を名乗る酒場の店主がこの場にいたなら、首の骨が折れるほどの力で殴ってでもフィンに『降伏』を選ばせていただろう。もしくは、レイン以上に『仮面』を被ることに慣れている女がいたら、彼の『真意』を余さず暴いていただろう。あるいは、【フレイヤ・ファミリア】以外の誰かが微かに震えるレインの手に気付けていれば……結末は変わっていただろう。
俯けていた顔を上げるフィンを『悪の仮面』の奥から見つめる
「動くなぁ、レイン!!!」
レインが読み違えた原因。自分が信じていたリヴェリアを、彼女が信じていた団員が裏切った。それだけを予測できなかった。
声がした方向へ眼だけを動かす。
ナイフの持ち主の肩を見る。こちらを滑稽だと馬鹿にするように笑う、道化師のエンブレム。
バキリ。奥歯が砕けた。どうでもよかった。
誰かが誰かの名を呼んだ。どうでもよかった。
「……あの時……全部消してしまえばよかった……」
唇が呟きを零す。
「【
終焉の竜に変貌する最強の禁句を。
♦♦♦
ギシリ。
どこかで何かが軋む音がした。
レインは都合のいい希望にすがりません。
レインは最初からモンスターに忌避感を抱かなかった訳ではありません。
フィーネは外に出て見つけた怪我をしている子供を治療院に連れていき、そこで【ロキ・ファミリア】で最初に彼女を傷つけた団員と出会いました。