黒い戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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タイトルを決めるのが結構大変。


7話 少年の嫌いなもの

「レイン。何故、見る者をイラっとさせるふてぶてしい笑みを浮かべているんだ? フレイヤの言葉に翻弄される私を馬鹿にしたいのか?」

「……そんなつもりはなかったんだが。すぐに作ることができる笑顔がこんなのだったんだ」

「純粋な善意で忠告するが……その笑顔を人前で見せるのはやめておけ」

 

 

 目指していた国境の隠し砦が見つかったのは、アリィたちが『リオードの町』の町を出発して三日目の夜だった。彼女らが見る国境は、岩盤が露出した岩石砂漠(ハマグ)だった。

 

 

「あそこだ! シャルザードの隠し砦がある場所は!」

 

 

 レインとの会話を切り上げたアリィが駱駝の上から指さすのは、山のごとくそびえる岩石群。かつて訪れたことがあるのか、岩の塊にしか見えない場所に確信の笑みを浮かべ、旅の終わりを喜んでいる。

 

 

「……」

 

 

 それに対して、レインは眉をひそめた。特に優れたところのない人間(ヒューマン)でも、Lv.9になれば視力に優れた種族である小人族(パルゥム)、嗅覚に優れた獣人よりも五感が優れている。

 

 

 ()()()()()()の姿が見当たらない。それどころか僅かな魔素の残留と、風に乗った血の匂いがわかる。

 

 

 オラリオで摩天楼施設(バベル)最上階から『魂』を見ることが出来るフレイヤの視力も優れている。彼女の銀の瞳には、『魂』の輝きが映っていない。

 

 

「アリィ。血の匂いがする。あの砦ではいつも血の匂いがしているのか?」

「……えっ?」

 

 

 アリィは最初、何を言っているのかわからない顔を浮かべた。しかしその意味を受け止め、理解すると、彼女は青ざめ駱駝を走らせた。その後をレイン、フレイヤ、フレイヤに砦の様子を確認させられたアルフリッグが追う。

 

 

 洞穴を利用した砦に足を踏み入れた瞬間、彼女達を迎えたのは、焼き払われた肉の臭い、そして血を吐いて転がる数々の死体だった。

 

 

「そんな……そんなっ!?」

 

 

 アリィは悲鳴を上げた。すぐに一人の将校駆け寄って、その体に手を伸ばす。少女が片腕を失い、胸を穿たれた亡骸を、涙を流しながら抱きしめるが、すでに潰えた命は二度と瞼を開けることはなかった。

 

 

 笑みを消し去ったレインが泣き崩れるアリィを尻目に、砦の奥に足を進める。剣で斬られた痕、槍で貫かれた痕、魔法で焼かれた火痕。鎧をまとった死体が無念を語るように致命傷を晒すその奥から、大量の血の匂いがする。

 

 

 恐らく司令室だったそこは無残なものだった。壁に掛けられていたシャルザードの国旗、三日月と一輪の耶悉茗(ジャスミン)の紋章が無残に引きはがされ、その代わりに兵士達の血ででかでかと文字が書かれていた。

 

 

「『名乗り出よ、アラム王子。でなければ、次はイスラファンを火の海に変える』……」

 

 

 抑揚のない声で、レインは血の文字を読み上げた。レインを追ってきたアリィはおぞましい所業に吐き気をこらえる。商人の密告か、あるいは神の慧眼か、ワルサは王子(アラム)商業国(イスラファン)に身を寄せていることに気付いたらしい。

 

 

 そして、

 

 

「『最初の見せしめは、リオード』……」

 

 

 アリィが引き継いだ言葉を読み上げたところで、レインの姿はその場から消えていた。

 

 

「えっ……レインが消えたっ?」

「行くわよ。『リオードの町』に」

 

 

 血の文字を読んで初めて感情を消した女神が、戸惑う少女の手を引いて洞窟を出る。間に合うはずがないと少女は言うが、第一級冒険者の『足』ならば、駱駝で三日かかる行程など()()()で走破出来る。

 

 

 フレイヤが心配しているのは、もしも自身の予想通りのことが起きていたとすれば、自分はどうやって()()()()()()()()()、だ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 爆発したかのように砂が舞う。Lv.9の『足』を全力で動かすレインは、()()()()()()で『リオードの町』を視界に捉える。

 

 

 だが、それでも――遅きに失した。

 

 

 『リオードの町』は燃えていた。砂漠の夜の下、赤々とした炎と煙が、まるで火葬のごとく立ち上る。

 

 

 耳をすまさずとも聞こえてくるのは女子供の悲鳴。許しを乞うのは商人達の叫喚か。最も耳に障るのは、黒く濁りはてた欲望を含む、獣以下に堕ちた兵士達の嗤い声。

 

 

 レインの目を楽しませた市場(バザール)はすでに荒らし回されており、色とりどりの商品がぶちまけられている。死体もそこかしこに転がっている。

 

 

 生存者の影は見えない。代わりに悲鳴が町の中央から聞こえてくる。そこに向かおうとしたレインは、すぐそばの脇道を見て、体中の血を凍らせた。

 

 

 目に入るのは鎧をまとった複数の男。その中心で汚されるのは、レインに焼肉料理(ケバブ)を売ってくれた可愛らしかった少女。近くでは手足を斬られ動くこともできず、血涙を流す少年が男たちを睨みつけている。二人の左手薬指にあるのは同じデザインの指輪。

 

 

 光を失った瞳から尊い雫を流す少女の唇が小さく、それでもハッキリと動く。欲望に身をまかせる男たちは気にも留めない。

 

 

『にげて、にげて。あなただけでも』と何度も何度も。その口も欲望の満たす道具として使われ、汚される。

 

 

 

 

 

 

 

 「逃げて」と身体を鋭利な刃物で何度も刺される少女が叫ぶ。彼女は大切な人の無事だけを願っていた。腹を貫かれた少年は身動きすらままならず、少女がただ死にゆくのを眺めていた。無様に、滑稽に……許しがたいほどに。

 

 

 少年は自分の中で、黒い炎が心を包むのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、本当に気が付けば、足元には兜をまとった男達の首が転がっていた。その顔は下卑た笑みのままだ。それをレインは無感動に()()()()。その手には血の付いた青白い剣が握られている。

 

 

 少女はこと切れていた。心が死んだことで体も生きることをやめたのか、それとも別の理由なのか。瞳から血の涙を流していた少年も、憤怒の表情で力尽きている。

 

 

 レインは汚れるのも厭わず、少女を担ぎ上げて少年の隣に並べる。その行為に意味がなかったとしても、せめて天界か来世で一緒になれるようにと願う。

 

 

「――おや? ラシャプ様より頂いた兵士を殺したのは君かね?」

 

 

 無駄にでかい声がレインのいる脇道に響く。振り返るとマントを羽織った精悍な(ヒューマン)がいた。そいつは右手に魔導士の杖を、左手にはまだ幼い少年と少女の死体を持っていた。

 

 

 少年と少女には見覚えがあった。フレイヤに救われ、解放してくれた女神に幼いながらも恩を返そうとしていた子供たちだ。開ききった瞳孔からは血と涙が流れている。

 

 

 男の声に気付いたのだろう。『リオードの町』を焼いた襲撃者たちが集結する。画一的な武装を纏った武装兵たちだ。

 

 

「殺した理由は町を焼いた我々に対する義憤に駆られてかな? 残念ながらそれは無意味だ! コレは我が主、ラシャプ様の神意に従ってのこと! それに刃向った君は、この神ラシャプの恩恵を賜いしマルザナの昇華を遂げし炎が焼き尽くす! この身はLv.2――」

「コレをやったのはあいつを――アラムを探し出すためだけか?」

 

 

 居丈高に己の能力(ステイタス)を誇るマルザナの言葉を遮り、レインが口を開く。口上を遮られたマルザナは顔をしかめたが、レインの言葉に含まれていた人名に、唇を吊り上げる。

 

 

「さすがラシャプ様!! こうしてアラム王子を知っている者を見つけ出すことができるとは、御身の眼はまさに全てを見通す天眼のごとく!」 

「質問に答えろ」

「いかにもその通り! さて、そんなことはどうでもよい。君にはアラム王子の居場所を教えてもらおうか。正直に答えれば苦しまずに殺してあげ――」

「もういい、黙れ」

 

 

 地獄の底から響くような低い声に、ワルサ兵の高揚していた気分が一気に消え去る。レインは一瞬で少年と少女の遺体を奪い取ると、包み込むように覇気(アビリティ)を発動させる。巻き込まないために。

 

 

 レインの瞳に()()は映っていない。殺すことすら生ぬるいほどの罪を犯した()()を、レインは決して許さない。

 

 

「【我に従え、(いか)れる炎帝(えんてい)】」

 

 

 呟かれるのは一小節。スキルで必要ないのにもかかわらず唱えられた詠唱は、ワルサ兵には死の宣告のように響いた。

 

 

「【ナパーム・バースト】」

 

 

 その手から大紅蓮が放たれた。

 




 詠唱した理由。スキルを忘れるくらいキレていた。

 レインが嫌いなものの一つ。幸せに生きることを許されている者から、下劣な欲望で幸せを奪う奴(盗賊とか山賊とか)。レインの過去が関係している。

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