雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
最初の頃は三千文字いってりゃいいかー、って思っていたのに五十話あたりからずっと四千文字超えてた。
今回もあとがきに補足説明があります。
ではどうぞ。
輝く純白の炎を全身に纏う
神々が常に発散している神威に近しい波動を持つ存在……『精霊』がレインの手元に展開された魔方陣より二柱、顕現した。一目で普通の精霊と一線を画すと感じさせる精霊達は、そうすることが当然のようにレインの横へ侍った。二つの白は暗雲に覆われた都市で鮮烈な光を放っていた。
総身は17階層に出現する巨人『ゴライアス』に匹敵するほど大きい。
「炎の大精霊フェニックス……氷の大精霊クリュスタロス……!?」
異常な出力の風が乗せられた【
『フェニックス』と『クリュスタロス』。
どちらも
低級の精霊にも敬意を払うエルフ達ですら、この二柱には嫌悪を向ける。神々によって人類を救うために遣わされた精霊。その中で最も力を与えられた筈の大精霊の二柱は、存在理由を否定するかの如く唐突に人類を滅ぼそうとした。
焼き払う。凍らせて砕く。
間違いなく『古代』の怪物達に匹敵する邪悪な精霊……いや、『魔獣』!。
「馬鹿な……ありえない。そんなこと、あってはならないだろう……!」
そして、ベル以上に驚愕し、絶望しているのがフェルズ。
『スキル』を抑え込める
しかし『詠唱連結』を併用した時の効果は正確に把握していない。レイン本人に『魔法』を試しに発動してもらうのを拒否されたこともあるが、フェルズの予想では各魔法の威力増強が精々であり、リヴェリアのように魔法効果・出力・威力を変容させるまでのものではないと思ったため、その時も強く迫ることなくあっさりと引き下がった。
当然である。
三種の精霊使役魔法、三種の砲撃魔法、三種の対軍魔法。これらは全て精霊の『魔法』、故に従来の『魔法』に比べ威力と効果は桁違いだ。そこに回復魔法と大規模攻撃魔法を加えた計
突如出現した精霊に正体を知る者も知らない者も攻めあぐねるが――させるものか、と身体に流れる血の囁きとダンジョンでの経験から行動させる前に殺すべきだと判断したアイズが、黒い嵐を纏って斬りかかった。
「ッッッ!!」
音無き咆哮を上げながら跳躍し、驀進の勢いと黒風を全て剣に乗せた回転切り。防御も知覚も不可能と思える音を引き千切って置き去りにする斬撃は直撃するも、やはり竜鱗の上を滑り、剣はその身を削られる。
(足りない。力が、足りない)
憎いのに、
(力を……もっと力を!)
過剰な風によって身体から上がる悲鳴を糧にしていた【
『
「―――――――――――――――――ッ!!!」
袈裟斬り、大薙ぎ、刺突、斬り上げ、振り下ろし。
剣で繰り出せる攻撃という攻撃を放つ少女。裂帛の雄叫びを喉から引きずり出す彼女は時間と共に失われていく余裕に、技の冴えに、壊れていく己の半身に目を向けない。命の限界を訴える思考も燃料にして剣を振るう。
大好きな母と同じで嬉しかった金の髪が風に煽られはためいて、視界を覆って鬱陶しい。関節や眼球を狙っていた父の斬撃も、今や狂ったように鱗を殴るだけの滅多斬りに成り果てた。無意識がこのままじゃ駄目だと
荒々しい暴風の勢いは止まらず、黒い炎は猛り続ける。『
そして――。
「……耳元でぶんぶん聞こえる黒い羽虫の音が五月蠅いな」
――命を賭けた少女の猛攻撃は――。
「邪道な方法で大精霊の力を引き出されるのは不愉快だ」
――無造作に、本当に虫を追い払うような仕草で振り払われた手で剣を弾かれ、止められた。
剣を握っていた右手が千切れそうなほど後方へ引っ張られる衝撃。肩の肉と骨が潰れかけた。剣を離さなかったことが奇跡だ。
「身の程を思い知れよ、小娘」
致命的に硬直する少女に、『竜』は冷気を纏う左手を向け、
「――【
唱えた。
♦♦♦
「「【ヴェール・ブレス】!」」
仲間の危機を感じたエルフの師弟がフィンの指示を待たず防護魔法を使う。
咄嗟に風を前面に噴出しながら両手を交差させた防御態勢を敷いたアイズ。地を蹴って距離を取ったところで、彼女は自分に起きた変化に気付いた。
風が止まっている。『魔法』だけではなく『スキル』も……後者は『魔法』が解除された影響で停止したのだろうが……身体の中で暴れまわっていた力の奔流が嘘のように消えていた。あるのはリヴェリアとレフィーヤが与えてくれた
(
これが大精霊の力――詠唱内容から判断するに
「……【
もう一度『
だが、そんなことは関係ない。『スキル』がなくても、『魔法』が使えなくても、武器が壊れても戦う。疲労で沈んだ足に力を入れ、そのまま前に進もうとして、
「――ゴフッッ!?」
喉からせりあがって来た
反射的に口元に当てた結果、血で汚れた手を目にして、防護魔法に含まれる微量の回復効果で得られた余力と体力が一瞬で奪われた。混乱しそうな頭で原因を探ろうとした瞬間。
「――ぁああああああああああっ!?」
全身がバラバラになりそうな痛みが襲い掛かった。まるで神経という神経、肉という肉を抉って鋭利な刃物を突き立てられたような激痛。更には顔と四肢の血管が音を立てて木の根のように浮かび上がる。
身体を抱きすくめながら倒れたアイズの耳朶をレインの声が揺らす。
「大精霊は『大神』に類する特別な精霊だ。極めれば……精霊の本質を理解すれば『
『奇跡』だと? ふざけるな、こんなものが『奇跡』であってたまるか。そう叫ぼうとしたアイズの喉からは血の塊しか出てこない。口だけでなく鼻からも出血が始まった。
「
左手を横にかざす。Lv.3を筆頭にした上級冒険者のエルフ六名の手で射られ、風を切って飛来していた矢はレインの左手に当たる直前でピタリと止まった。一瞬の滞空を経た後、矢は重力に従って落下し、空しい音を立てて転がった。矢を放ったエルフ達は不可解な現象に放心し――自分達の額や心臓に突き刺さる寸前で防護魔法に弾かれた矢に顔を青くした。
レインの足元に転がっていた複数の矢。それらは彼が指を鳴らした途端、まるで命が宿ったかのように飛び跳ね、エルフ達の急所を貫こうとした。気を抜いてしまった彼等は、本来避けれる程度の速度だった矢も避けれず命を落とすことになるはずだったが、防護魔法が命を繋いだ。
――ここで死んでいた方が彼等にとって幸せだったかもしれないが。
「凍ったものは消える訳じゃない。落ちていた矢は俺が『
言葉を続けるレインにアイズは何の返事もしないまま、ひたすら睨み続ける。レインによって『魔法』と『スキル』の発動を阻害されたことで開けた視野が捉えたのだ。仲間達が全方位に広がり、一斉攻撃の陣形を整えるのを。
レインも仕掛けようとする気配を感じているだろう。それを気にする素振りも見せずペラペラと話されるのは癪に障る。だが、その傲慢が仲間に時間を与えるなら耐えてやる。もう一人ではないことを思い出した少女は、その時が来るまで注意を引き付け時間を稼ぐ。
アイズがそう考えた時だった。
「――そういえば。お前の風、
「――――――――――――――――――」
一瞬の出来事だった。
――階層主の
――けれど、それは『竜』の残像で。『竜』にとってただの移動でしかなくて。『竜』は死神のように背後に立っていて。
――少女の腹から『竜』の手が飛び出した。その爪は暖かい血で真っ赤になっていた。
『竜』の黒手が引き抜かれ、少女の身体がゆっくりと前に傾いていく。唇と腹部に空いた穴から血が溢れ、少女の
「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】――【ヘル・フィネガス】」
一部始終を見せつけられた『
「――ぶち殺せぇええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!」
具体性なんて欠片もない無茶苦茶な
フィンの怒号が打ち上がった直後、レイン直下の地面が勢いよく割れ、光り輝く金属質の巨人が現れる。
『
フェルズの隠し玉が敵を拘束したのを確認した瞬間、【ロキ・ファミリア】の魔導士達は炎、氷、雷、多種多様な魔法の雨を降り注ぐ。ほぼ同時に、武器を持っていた者が武器を
近づけば手を出せる人数が限られる上、魔導士達の邪魔になる。そしてフェルズの情報提供で遠距離の『魔法』が通用しないことも判明している。そのため、魔導士達の『魔法』を目眩ましとして活用し、武器の投擲を遠距離攻撃とする作戦が立てられた。
無論、これだけで倒せるとは微塵も思っていない。フィンやティオナによる第一級武装の投擲すらも目眩ましにして遂行する本命は、ベルが限界まで
遠距離魔法を己が
ベルが撃つタイミングは囮の『魔法』が着弾した直後。魔方陣が刻まれた障壁を見たベートが駆けだした瞬間、ベルは白く輝く『クロッゾの魔剣』を振り抜いた。
音なく走り抜けるのは炎ではなく直径五
その光に僅かとはいえどベートは右脚を触れさせる。肉と血が蒸発する音はない。生涯で一番地獄だと断言できる灼熱の痛みに、ベートは瞳を
「がるぁああああああああああああああああ!!」
跳んだ。生涯最後で最強の一撃を『竜』に叩き込むために。
――【ロキ・ファミリア】の選択と作戦は全て正解だった。仮に接近戦を挑んでいれば、
攻撃も素晴らしい。この時の一撃は『黒竜』に挑む直前のレインを超えていた。
今のレインには……それでも通用しないのだ。
【英雄願望】の代償で体力と
【ロキ・ファミリア】が
彼等の身体には武器が刺さっていた。投擲した武器だ。レインが全ての武器を投げた人物に投げ返したのだと、ぼんやりと理解した。
『……』
予備選力として待機していた『
『俺は間違いなく世界最強。オラリオの冒険者全員が攻めてきても無傷で勝てるね』
宴の肴、笑い話になっていたセリフ。煙を黒い翼で吹き飛ばし、傷一つなく君臨する『竜』は嘘を吐いていなかった。活力を奪われた
「【埋葬せよ、雷霆の剣】」
そしてベルは。
酩酊したように、笑っていた。
彼の瞳には、レインの手で収束する雷が救いの光に映った。
彼の心はもう、絶望で黒く染まっていた。
この時のベル君はまだ心が強くないです。強くなったベル君でも『深層』の暗さだけで心折れそうになるのに、こんだけ力の差を見せつけられたら絶望するよね。
あとベル君はスキルのせいで少しの間耳が聞こえません。だから悲鳴とか苦痛の声とか破壊音とか聞こえなかった。
武器投げてきた奴等はそのままクーリングオフ(物理)、お代は部位欠損です。魔導士にはゴーレムを千切った欠片を投げつける。壁を貫いて飛んでくる
クロッゾの魔剣は本当ならないですが、ウィーネを届ける時レインがいたのであります。
ベートの装備がこんなことできるかは知らない。
・フェニックス。どこかの馬鹿がフェニックスを殺せば永遠の命が手に入ると吹聴し、何度も殺しに来る人類にキレた精霊。片っ端から人類を殺そうとする。どうしてレインの『魔法スロット』に発現したかは不明。欲のないレインに懐いている。
・クリュスタロス。原作レインのクリス的存在。こちらは悪い人間だけを狙って殺していたため(普通の精霊ならほっとく悪人)、フェニックスを止めようとしていた。結構不運。こちらもどうしてレインの『魔法スロット』に発現したのか不明。迷わず進むレインに懐いている。
・【凍え震えろ】。本当に何でも凍らせる。生物に使えば生命活動を停止させられる。魔法の無効化でもしなけりゃ防げない。これで凍らされた矢とか『魔法』は消滅する訳ではないので、レインが解除すればまた発動。代わりに消費
アルゴノゥトの話で『大精霊』は大神に類するとあったし、アイズの風も外伝十二巻で特殊なことになってたし、こんな力があるんじゃないかなーと思いました。フェニックスの権能は多分次。無理だったら別の所で。
次回はようやく【フレイヤ・ファミリア】が動く。決して漁夫の利を狙っていた訳じゃない。それとベル君の真ヒロインも出るか……? ベル君はどうなるのか。
もしこんな存在がいたら作者は心が折れます。