雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
何処までも突き進む破滅の雷霆。
ベルの
勇気を振り絞って戦場へ向かっていた冒険者達が
雷光が駆け抜けた場所には何もない。進路上の地面が砂漠世界に生息する大蛇、『バジリスク』が砂地を這うよりも深く、広く削り取られ、地下水路や『
ドンッ!! と。黒雲を貫き天に突き立つ光の柱。『
その数、
『暗黒期』でさえ上回るようなこの惨状で発生した神の送還。それが複数も起これば、全知零能の神々も平々凡々の人類も等しく一つの答えを導き出す。
神が致命傷を負った。常人と同じ状態になっている
『神殺し』。
神を弑せる人間に恐れがあると思えない。その事実は、とうの昔に折れていた人々の心を入念に潰す。
空に昇る光の柱は『ダイダロス通り』に含まれる位置から発生していた。怖いもの見たさの愉快犯かどうかは知らないが、大方神である自分がこの騒動の元凶――
つらつらと淀みなく思考を回していた人物は、ここでようやく別の物事を考える。
(……どうして僕は……ベル・クラネルは生きているんだ?)
迫りくる大嵐が言葉にできない感動を与えるのと同じように、ベルもレインの雷に神々しさを感じた。これに引導を渡されることが一番の幸福であるとすら考えた。それなのに何故、自分は生きている?
わからない。思い出せない。覚えていない。どうして生きてる。あのまま殺されたかったのに――。
そんな時である。
「ぶぎっ!?」
衝撃と共に目の前が真っ暗になったのは。ついでに顔面が……主に鼻頭が熱くなった。尻を蹴り飛ばされた豚のような汚い悲鳴が漏れる。
衝撃で地面に後頭部をぶつける。痛みで反射的に呻き声を出しそうになったが、できなかった。何故なら顔面にぶつかった何かが口に圧力を掛けているから。謎の圧力は刻一刻と強くなっている。
(――って、痛い痛い痛いっ!? 凄くジャリジャリしてるこれは……砂? どちらかと言えば砂利? というか感触的にこれ靴!? 僕誰かに踏み潰されてるの!? こんな時に!?)
訳の分からない状態になったベルは混乱しながら、誰かの足と思しき物をどかそうと手を伸ばそうとし……その手が温もりに包まれていることを認識した。
手だけではない。お腹と腰と背中に同種の温もりを感じる。……肌を震わせる鼓動も。
ベルの変化を察したのか顔を踏んでいた足が消える。下手人がいる方には目もくれず、温もりの正体確認を優先する。
「え?」
綺麗な漆黒の髪をツインテールに結わえていた髪紐が片方ない。シミ一つなかったはずの柔肌はたくさんの擦り傷で汚れている。ベルの腹部にうずめられている顔に安堵はなく、苦悶の表情で歪んでいた。
「神……さま?」
どうして
緩み切っていた筋肉を叱咤して身体を起こし、ヘスティアを横抱きにする。
……指が滑って開かない。そうだ、激しい動きをする冒険者御用達のレッグポーチだから簡単に開かないよう頑丈なんだ。もっと力を入れないと。
開かない。もっと力を入れる。開かない。さらに力を入れる。開かない。何度やっても指が滑る。汗で滑るのかと思って手は拭った。留め金が歪んだ様子もない。ナイフで切り裂こうと考えたが、何故かナイフも抜けない。
「おい、クソ兎」
冷ややかに蔑称をぶつけられた。ナイフを抜く手とレッグポーチを開こうとする作業を止めないまま顔の向きを変える。
常に苛立ちが混ざっている声は聞き覚えがあったし、目に映るもの全てに唾を吐きそうなくらい冷酷な表情もはっきりと覚えている。……そもそも、この状況でベルを痛めつけるような性格をした人物はこの人しか思いつかなかった。
【
銀槍を携えた
「無様を晒すなら最初から
――いつものベルなら素直に頭を下げた。けれども、今ここで無様を晒すなと罵られるいわれはない。フィンとフェルズに与えられた役割も果たした。戦いの始まりと同時に逃げ出した人達よりずっとマシだろう? 何故、暴力と罵倒を受けなければならない。
ベルがアレンを睨みつける……恐怖によって無意識に垂れ流す体液とガチガチと鳴る歯に気付かぬまま。心が折れた兎の醜態を一瞥し、アレンは毒を吐く。
「守らなけりゃならねえ
正確に言うならば、ベルを救ったのはアレンだ。レインが煙を振り払って現れた時、ヘスティアは勘に従ってベルを事前に雷の砲撃魔法の射程外に運ぼうと飛びついたものの、一般人同然の彼女の身体能力では足りなかった。ただしがみ付くだけになってしまったヘスティアはベル共々消し飛ばされるところだったが、
反論の余地もない己の無力を叩きつけられ、ベルはヘスティアを抱きしめたまま俯いた。アレンは見向きもせず、軽い足音を残して移動する。
移動先は『隻眼の竜』を上回る黒き戦士。視野を広げてみれば、大剣を構えた錆色の
【フレイヤ・ファミリア】の目的は『自派閥のみの力でレインを倒すこと』。そのためだけに回避に専念し、他の戦力が潰れるのを待った。
この条件で挑戦しなければ、彼等は雪辱を晴らせない。
「――貴様の真意など知らん」
ヘディンが誰に聞かせるわけでもなく呟く。
「――てめぇがキレた理由なんざ興味ねえ」
アレンの言葉は加速した彼に置き去りにされる。
「――我等の望みはただ一つ」
ヘグニの声は鋭かった。
「――お前を倒す! 積み重ねてきた屈辱と敗北の『血泥』を、『超克の礎』に変えたのだと……独りで
深く、重く、オッタルは誓いを示す。
「やってみろ、無様と無力を晒し続けてきた
彼には全てが見えていた。
『
♦♦♦
既に第一級冒険者を名乗ることを許されていた【フレイヤ・ファミリア】幹部達。加えて他派閥の同じ
それは新たに入団した一人の戦士。幹部たちが初めて顔を合わせた頃は、不快な思いをした時のみにしか感情が表に出ない鉄面皮だったが、
男――レインに対する評価は零どころか底値を割っていた。
例えば十年以上前に所属していたLv.6の女ドワーフ。フレイヤのために戦わなかった彼女は敵が多かった。嫌々【ファミリア】に籍を置いていることを隠そうともせず、フレイヤからの頼まれ事に文句をこぼしていただけで、だ。
対するレインは「年増」や「淫乱」といった侮辱は当たり前、苛立つことをされれば躊躇なく鉄拳を繰り出し、挙句の果てには「美神の煮汁って高く売れそうだよな。効果も実際にありそうだし」などとほざき、全裸で
当然、フレイヤを敬愛する【フレイヤ・ファミリア】は殺意を抱く。
ある日、フレイヤがレインの行動を楽しんでいることを知っているオッタルを除き、全団員が彼に襲い掛かった。
襲われたレインは腕を振るうどころか、触れさえもしなかった。
それなのに団員達は凄まじい力で殴り飛ばされたような重傷を負わされた。幹部陣も例外なく骨を砕かれ、内臓を傷つけ、血反吐をぶちまけて襤褸のように扱われた。一瞥さえされなかった。
『蚊だったら叩いて潰す。蠅なら
この襲撃の後、オッタルがレインに何をしたのか尋ねてみて、返ってきた返事がこれである。力の正体が『
それを聞いた後、オッタルは挑んだ。奇襲も小細工もせず、真正面から堂々と。
結果は言わずもがな惨敗。覚えているのは武器を構えて捨て身で突貫しようとした瞬間、レインが白けた目を向けながら手を叩いた光景だけ。手の動きに合わせて発動していた
『……お前等如きの【ランクアップ】のために、
――あほらしい。この出来事から決まったレインの【フレイヤ・ファミリア】に対する評価。
『その程度の力で
それからというもの、レインに挑戦できるのは【ランクアップ】一度につき一回という決まりが作られた。この規則を作ったのはフレイヤである。曰く、
『情報源が誰かは教えられないけど……敗北で強くなる
レインも【フレイヤ・ファミリア】の虎の尾を踏みまくっていたが、同時に【フレイヤ・ファミリア】もレインの逆鱗を削りに削っていた。【ランクアップ】は最大限の譲歩である。何名か無視してレインに喧嘩を売った者がいたが……四肢を消し炭にされるか凍らされた上で粉々にされ、冒険者生命を絶たれた。
彼が
――しかし、良くも悪くもレインは『変化』だった。
彼の言葉に思うところがあったのか、それぞれの突出した個の力だけで統率力に優れた【ロキ・ファミリア】と釣り合っていた彼等彼女等が連携の訓練を始めた。元々が団員同士で殺し合っていた頭おかしい派閥だ。常に相手の考えの裏を突いて倒そうとしていたため意志統一は容易で、すぐに一定以上の練度となる。
幹部達もそう。ホンッッットに渋々ではあったものの、幹部同士で『殺し合い』ではなく『高め合い』をした。オッタルに至ってはレインに頭を下げてまでエクシードの習得方法、太刀筋の修正、どんな特訓をしたのか……『情け』を求めた。レインも矜持を捨てて、恥と屈辱を堪える武人の頼みに応じた。
【フレイヤ・ファミリア】の戦力は、日進月歩で向上していく。全団員が【ランクアップ】することができたのは、間違いなくレインの存在。彼がいなければ歯がゆい思いをしたまま、力の停滞を味わい続けていただろうと誰もが知っていた。
【フレイヤ・ファミリア】はレインが嫌いだ。けれど、それ以上に尊敬もしている。気付けなかったことに気付かせてくれたから。
だからこそ倒す。
強者を望む男に強くなったと証明して見せる。
「グッ!?」
「クソがっ!」
雷撃の目眩ましからの攻撃を防がれ、あまつさえ肉を削られたオッタルの呻吟とアレンの痛罵が交わる。
交戦開始から
オッタル達が【ランクアップ】時に選んだ発展アビリティは『
加えて彼等の
この二つにリヴェリアの防護魔法が合わさることで、オッタル達は殺人的な熱気と冷気から身を守り、接近戦を挑むことを可能にした。
対するレインの武器は二枚の黒翼と長大な尾。ありえないほど柔軟な動きをする翼が大剣、長刀、黒剣、銀槍による怒涛の猛撃を防いでいた。そして攻撃の隙間を蛇のように潜り抜けた尾が反撃を繰り出す。竜の尾は鞭のごとく槍のごとく、冒険者の身体を打っては穿つ。
(『炎』が邪魔で目が狙えん……!)
既に『切り札』である【
狙いは唯一竜の鱗で覆われていない右目。しかし、そこには竜の鱗より厄介な『炎』があるのだ。
彼等に消す手段はない。万が一燃え移れば、その部位を斬り落とすしかなくなる。
左側からも狙えるが、そこには『角』がある。僅かに首を振るだけで第一級武装を壊せる竜の角が。
――二度とない
オッタルを除く三名はレインに攻撃の筋を読まれていない。レインは全力を出していながら本気にはなっていない。まだレインは、彼等を『敵』と認識していない。
『油断』はしていないだろう。でも『余裕』を持ってしまっている。そこに――
「『付け入る隙がある』、とでも考えたのか?」
「――」
『戦闘以外に思考を回す』失敗を悔やむ声は出なかった。
レインが跳躍。『盾』として使われていた翼が『弓』のように引き絞られている。矢の代わりに番えられるのは禍々しい黒鱗。
絶壊の死雨が降り注ぎ、オッタル達の意識は断絶した。
♦♦♦
膨大な数の鱗を叩き込んだことで空いた大穴を避けて着地する。
途中でやけに傷だらけな『黒い
一歩前進するごとに周囲で転がっている【ロキ・ファミリア】が肩を震わせるのを無視して進み、一人の少年――ベルの前で止まった。熱気と冷気は少し前に抑えてある。聞きたいことを聞くまで殺せない。
意識のないアイズを放り出す。音と視覚情報、どちらかに反応したベルが顔を上げる。
瞳に光がない。諦めてしまった者の目だ。とても嫌いな目だ。
「ベル」
レインが口を開く。心が折れていようがいまいが、この問い掛けだけはベルにすると決めていた。
「『英雄』とは何だ?」
レインにとっての『英雄』は犠牲の象徴。百を救うために一を犠牲にする。運命の天秤に命を掛けることができても、天秤を破壊することはできない。選択することはできても、新たな選択肢を増やせない。
かつて『英雄』だった育ての親が『黒竜』を討てる一人の戦士を生み出すために、救われるべき二つの命を犠牲にしたように。
たくさんの格上を敵に回しても、一人の娼婦を助けると叫んだ少年にレインは期待した。本当に助けてみせた娼婦の『
「……ぅ、………………っ……」
答えは返ってこない。口は無意味にはくはくと動くだけだ。
「そうか。――もういい」
爪を振り上げる。それは逃げる気力もない兎を屠る処刑道具だ。
「さらばだ、ベル・クラネル」
振り下ろされる。
「――だめっ!」
その直前であった。
ベルの目の前に、一人の少女が両手を広げて立ちはだかる。少年を守るように。
「ベルをいじめないで!!」
人と変わらない感情のある声。
ウィーネ。
無力で、弱くて、守られる存在である少女が現れた。
超お久しぶりです!
作者から言えるのはこれだけ! マジすいませんでした! で、でも言い訳するなら先月は「月二回の投稿」を守っているからいいよね? やっぱりごめんなさい。
さて、守ろうと思ってた少女に守られるベル君。意識ないけど嫌うモンスターに間接的に守られてるアイズ。いったいどうなるのか?
ちなみに遅れた理由は勉強とスランプとこれまでの伏線探しのためです。伏線回収を忘れるところだった……。
真ヒロインまで入れると大変なのでカットしました。
次に黒竜がどんな能力を持っていたのか書きます。