雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
古来より『竜種』は睡眠、混乱、気絶、麻痺、猛毒といった状態異常への耐性が高いと言われているし、それは事実である。だからこそ竜を倒すには搦め手や策略だけではなく、純粋な技と優れた身体が必要なのだ。それを失念していたレインは睡眠魔法を使った後、何度も轟音を伴う破壊を撒き散らした。
真紅に染まったレインの瞳に映る光景。
恐怖と絶望で思うように身体を動かせない少年。少年より弱い身でありながら必死に庇う少女。
記憶が喚起される、思い出してしまう。
守る
だらり、と構えられていた腕から力が抜ける。
――できない。
死への覚悟を胸に立ちはだかる少女をどかすことも、それを無視して彼女が守ろうとする少年を害することも……レインには不可能だ。
「お願い……――」
揺れる琥珀色の瞳がレインの隻眼を捉える。ああ、
「――もう、じぶんを傷つけるのをやめて」
「……は?」
思わず、といった感じの声が零れた。
レインが予想していた言葉は「ベルを傷つけないで」、それか「誰も傷つけないで」だ。それが何故、自分を案ずる言葉をぶつけられる?
ウィーネは嫌うはずだ。今のレインは彼女を傷つけてきた人間達と何ら変わりないのだから。彼女の大事な
ずっとこの少女に心をかき乱されている。今も昔も、守りたいと願う者の考えだけはわからない。
「レイン、ずっと笑ってないっ」
ウィーネの口は止まらない。誰も見ようとしなかった『真意』を暴き出していく。
「わたしをいじめたひとたちはみんな笑ってた! わたしが泣いても、ともだちが痛がっても笑ってた!」
ウィーネが語るのは
「でもっ、レインは笑ってない! ずっと嘘ついてる! こんなことしたくないって泣きたいのに、いやだって苦しんでるのに、じぶんに嘘ついてがまんしてる!!」
ウィーネだけが知っている。こんな状況になる前に、レインが自分を守るように抱きしめていてくれたことを。抱きしめてくれた腕が優しかったことを。その腕が泣くのを耐えるように震えていたことを。
「わたしはレインをたすけたい。ベルがひとりぼっちのわたしをたすけてくれたみたいに……ひとりぼっちのレインをたすけたいっ! だから……もう
見栄も虚飾も建前もなく、もらってきた『優しさ』を誰かに与えようとする無垢な少女の願いが、真っ暗な空へ溶けていった。
誰も……【ロキ・ファミリア】も声を上げられない。下界最大の『毒』であるはずの存在がさらけ出す、どこまでも純粋で真っ直ぐな心の内。
「…………やめてくれ」
目の前の少女から目を逸らせないレインの口から零れたのは……悲鳴じみた懇願だった。
(君は……俺よりずっと弱いだろうっ? 俺が、怖いだろう? なのに……それなのにっ……こんな俺を助けようとしないでくれ!?)
やりたい、やりたくないじゃない。やらなければならない義務がある。
できる、できないじゃない。できなければならない使命がある。
果たさねばならない約束が、託された願いが、償わなければならない罪が
――ウィーネの思いは正しくて尊い。けれど俺は、戦わなければ……強くならなくちゃいけない。強くなければ
己が『強者』であれば選ぶ権利を掴める。万を超える人間が暮らす集落と平和のための生贄である少女、栄えた都市とその踏み台にされようとする善なる異種族、歪で腐った世界とたった一人愛しい人。大多数が前者を選ぼうが、圧倒的な力は数の暴力を
そして己が助けてほしいと願った時、力を持つ者が現れるとは限らない。そんな都合のいい物語は一握りの運命に愛された者だけに与えられる奇跡だ。現れたとしても、力を振るう先を決めるのはその所有者。助けてもらえなくても文句は言えず、吐いてしまえばただの卑怯者に成り下がる。
だったら……自分がなるしかないだろう?
大切な人達を狂わせる『才能』を磨いた。凡人から畏れられる『天才』へと変わっていった。憎悪を糧にして、『英雄』を超えた力を有する『戦士』になった。
全身に血を浴びていない場所はない。思考はどれだけ効率的に敵を屠れるかを考える。顔は感情を隠す仮面となり、揺るがない瞳は嘘と真実を暴いてしまう。
こうなるまで数え切れない命を奪った。軽くない友の人生を切り捨てた。誰かのかけがえのない宝物を踏みつけにした。
そんな自分が助けられていいはずがない。戦いを忘れるなんてできない。剣を置くなど許されない。
それでも、救われてしまえば――
「俺は……
……その声はとても小さくて、誰にも聞き取られることはなかった。
顔を二つの手で覆った『竜』は、まるで進むべき道を見失った子供の姿に似ていた。大きな翼も長い尾も弛緩して、一回り小さくなったように見える。
「……レイン」
ウィーネがレインの下へ進む。
優しい言葉を聞かせよう。優しく抱きしめよう。優しく頭――は届かないから背中を撫でよう。ベルがしてくれたように、レインを安心させるために――彼女はレインが犯した罪の重さと、その罪を犯せる人間がどれほど危険か知らない。しかし、知っていたとしても彼女は同じことをするだろう――。
竜の少女が竜の戦士に近付いていく。そして、手を伸ばせば届く距離まで来て――
「――ぇ?」
ウィーネは朱に染まった。
「がはっ、ごぶっ……! げ、ぐぅ――!?」
――レインから吐き出された、夥しい量の血によって。
♦♦♦
「ぶべぅっ、がぼっ、ごはあぁぁぁ……!!」
ベル、ウィーネ、『
迷宮都市の最大戦力を相手に無双し続けた竜の戦士。第一級冒険者の攻撃を何千回と受けても一つとして傷を負わず、防御ごと打ち砕く剛撃を繰り出し続けた埒外の傑物。
その男の口から目を疑う量の血が吐き出され、無敵を誇った竜鱗の鎧も結合部から破裂音を響かせながら剥がれ落ちていく。尾や翼がなくなった箇所には肉を露出させる穴が開き、間欠泉のごとく激しい出血が始まる。出血の勢いか、それとも血を失い過ぎたのか。あっけなく膝が折れる。
「ぐぁあああああああ……ッ!!」
それだけじゃない。血だまりに沈みながら、レインは胸部――心臓を強く抑えていた。数少ない竜の形を保ったままの左手が地に文字通りの爪痕を刻む。
「……どういうことだ?」
手に負えなかった怪物が何故か弱体化した。眼球を失った眼窩と千切れた右腕をフェルズの全癒魔法で治療されていたフィンは、残った右の碧眼に映る信じ難い光景に喉を震わせた。正直に言えば、レインに催眠系の魔法をかけられていて、更なる絶望に突き落とされようとしているのではないかとすら疑っている。
――
――使った【
フィンはすぐに疑問の解明をやめた。思考に時間を取り過ぎることは死につながると、嫌というほど味わった。
「ガレス、動けるか?」
「……どうせ動けんでも、貴様は気合で動かせと抜かす
仔細まで伝えられなくとも、ガレスはフィンが何を言いたいのかわかっている。千載一遇のこの
兜も鎧も失う代わりに身軽になったドワーフが疾走する。吐血と激痛で行動不能になっているレインは反応はしたが、遅い。瞬きの間に接近し――
「くたばれぇえええええええええええええええええええええええええええええええええいっ!!」
野太い咆哮を上げながらレインの首に斧を振り下ろした。
しかし。
「ぬぅっ!?」
渾身の一撃は、硬質な音とともに防がれた――大剣を模った氷によって。
氷の剣を握るのはどこまでも白い、白すぎる女。何もかもが白く、瞳や髪の毛一本一本のような身体の
ガレスは咄嗟に飛び退いた。正体を明かしてもらう必要はない――下層域に出現するモンスター『ケンタウロス』のように
「
対峙し続けた絶望の化身の弱体化を目にして持ち直した士気が、再び刈り取られようとしている。『穢れた精霊』の脅威を知っている【ロキ・ファミリア】の闘志が萎えるのは仕方なく、確認するように呟いたフィンの顔も焦燥で歪んでいた。
原因の一切合切が不明でも、間違いなく敵は瀕死になっている。今なら致命の一撃を加えられる。しかし誰も動けない。万全ではない
だから彼女は叫ぶ。
「クリュスタロス! どうしてお前はレインに味方する!」
杖を支えに立ち、妖精の女王が問い掛ける。
「大精霊は世界を救うために神に遣わされた存在! そんなお前が何故レインを守る! 世界を破滅に誘おうとする罪人をどうして見逃している!」
精霊を最も動かすのは覚悟の伴う意志であると知っているリヴェリアが言葉を紡ぐ。
彼女は最初からレインに引導を渡すと決めている。悪辣な
それに、レインは殺し過ぎた。都市北東部と東部に放たれた二つの攻撃は万を超える命を奪った、【ロキ・ファミリア】の団員さえも。都市外と人間以外のものを含めればもっと。神さえも八柱、下界から送還している。
子供思いのロキは絶対にレインを許さない。眷属と家族を奪われた神々や遺族達の怒りは、レインが惨たらしく目に見える形で死ななければ晴れることはない。それ以外の人々だって、神を殺すことを躊躇わない人間がいれば安心して暮らせないだろう。
あらゆる思いを込めてレインの傍に佇む精霊を睨むリヴェリア。すると、
『それは……知る必要があるの?』
クリュスタロスは聞き返してきた。初めて聞く透き通った声には呆れも侮辱もなく、本当に疑問に思ったことを口にしただけなのだと理解できる声音だった。
「っ! ならばそこをどけ!」
『どいたら……どうするの?』
「決まっている! レインに命をもって罪を償わせる!」
命をもって償わせる。
『つまり……レインが
「報復ではないっ、罪の清算だ!」
『殺す人間に怒りや憎悪があれば……それは報復になるけど……』
淡々と返される言葉にリヴェリアは唇を噛む。こうして問答をしている時間も惜しい。いつまでもレインが弱っているとは決まっていないのだから、一刻も早く決着を付けねばならない。それなのに、この問答からは逃げられないジレンマがリヴェリアを苛立たせる。
「クリュスタロス、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
『……なに?』
クリュスタロスが己を呼んだフィンに顔を向ける。
(『大精霊』だけあって自我はあるが……腹芸をするほど強烈ではない、か?
聞かれれば素直に答え、思ったことはそのまま口にする。邪気はないが無邪気とは言えない。声音、言葉遣い、態度を観察したフィンにクリュスタロスはそんな性格に見える。
故に慎重に探る。
「君は大切な存在が傷つけられそうになればどうする?」
『守るけど?
「僕等人類は決まりを作って生きている。強大な力を有していようと、好き勝手な真似は許されない」
『知ってる。正しい考えだと思う』
――価値観の違いは多少あるけど、そこまでひどくはない。
必要なことを確かめたフィンは一気に踏み込んだ。
「じゃあ――罪にはそれ相応の罰を。理不尽に命を奪った者は、命をもって罪を償わなければならない。そう思わないかい?」
『思うよ。
今の質問で状況の支配権を握ろうとしていたフィンは、思いがけない返しに反応が遅れた。
『レインが同族を殺す罪を犯したから殺すんだよね? なら、レインを殺す必要はないよ』
「……もしかして、レインを殺す人間も罪を犯したことになると思ってるのかい? そんな――」
『だから、必要ないってば』
フィンの言葉を悪気なく遮り、
『
氷の大精霊はそう言った。
♦♦♦
――ありきたりでよくある話だ。
強大な敵を打ち破るために寿命を代償にする力を使う。
世界を救う代償に零落する。
大切な人と引き換えに命を落とす。
己以外の『幸福』のために『不幸』を背負う。
とてもありふれて、使い古された、無慈悲で報われない物話。
・『黒竜』の能力紹介。
・竜の息吹
『穢れた精霊』の【ファイヤー・ストーム】より高火力。特殊な臓器による炎なので魔法じゃない。息を吸って吐けば使える。チート。
・竜の鱗
硬くて粗い。
・竜の翼
薄いけど頑丈なので盾として使える。その気になれば武器としても。ちゃんと飛べる。皮膜には鱗がびっしり生えていて、羽ばたけば鱗を弾丸のように発射する。鱗はすぐに生える。
・竜の尾
こちらも粗い。人でもモンスターでも締め付けて骨を砕けるし、ほどく過程で肉を削り落とす。鞭や槍のように使える。
・竜の爪
・竜の角
ぶっちぎりで頑丈。折ったレインが異常。
・作者からのお願い。
ここまで書いておいてなんですが、全然レインをレインらしく書けていません。作者はすこぶる真面目なのですが(小話はふざけてます)、読者様の中にはそれが不満な方がいるはずです。一時期評価をコメント必須にしてみたところ、低評価で「原作読まずに書いた?」と言われました。書くときはダンまちもレインも読んでいます。
なので活動報告の方に「どこをどうすればレインらしいか」を募集するものを作ります。強制ではないですが、協力をお願いします。