雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
悩み過ぎて執筆が滞っていましたが、ついに振り切って書けました。
評価の数字や言葉に右往左往される作者ですが、頑張ります。
これ以上はしつこいので、どうぞ。
『笑顔』を使いこなせば強力な武器になる。
不敵な笑みを常に浮かべていれば、相手はこちらを自意識過剰の馬鹿と侮るか、それ相応の実力者だと思い込むかの二つに一つ。侮る奴は見る目がない上に隙だらけになる雑魚。後者も緊張のし過ぎで本来の実力を発揮できなくなる。
そこから少し雰囲気を変えるだけで『笑顔』の種類は急変する。頬の力を抜いて柔らかくすれば『優しい笑顔』。突拍子もなく目を見開くなりすれば『怖い笑顔』。口端を吊り上げれば『邪悪な笑顔』。憤怒顔や無表情にはない変化を作りやすい。
何より不自然ではない。不敵だろうが何だろうが、笑みを浮かべる者はそこら中にいる。その中の一人が臓腑を焦がす憎悪を抱え込んでいようが、そう遠くない未来に最愛の人と別たれることを覚悟していようが、誰もわからない、気付けない。
笑顔の仮面は便利だ。それ以上を踏み込ませないし悟らせない。隠し事にはこれが一番。
そうなんだけども。
だけれど。
なのに。
(……疲れた)
失われていく体温と血の池の気持ち悪さを感じながらそう思う。
本当に疲れた。笑顔で偽るのは疲れた。ずっと我慢してきた。
目に映るもの全てを壊したくなる破壊衝動も、美しい女に湧き上がる獣の如き情欲も、知ってしまった世界の不条理を誰にも明かせず抱え続ける孤独も。
彼女の為だと耐えてきた。『あいつ』の為なら耐えられた。こんな
でも。
(まだ……死にたく、ないなぁ……)
ああ……疲れた。
無様に惨めに惨たらしく凄惨に苦しんでもいいから、死んで楽になりたいくらいに、疲れた。
♦♦♦
「――なん、だって……?」
理解が、追い付かなかった。
死ぬ? 『黒竜』を上回る男が?
クリュスタロスの後ろに庇われているレインはピクリとも動いていない。呻き声も口から零れる鮮血に飲まれて聞こえない。それどころか息をしているのかもわからない。
『……ん? もしかして言い方が悪かった?
永久凍土のように固く冷たい声で、クリュスタロスは続ける。
『それに……
「! どういう意味だっ!!」
聞捨てならん、とばかりにリヴェリアが鋭く問うた。
恩人で想起するのは『遠征』と『
しかし、この騒動での罪状を前にすればあまりにも足りない。原因を考慮すれば非はこちらにあるが、やり過ぎた。理解はすれど納得はできない、何事にも限度がある。
だが……クリュスタロスの『恩人』は違う気がした。眼前の精霊は知性がない訳じゃない。人類の掟にも理解があることもクリュスタロス自身が明かした。罪には罰を与えることも肯定している。
尖った視線を向けられる当のクリュスタロスは、ぐるりと人類を見渡して――初めて変わった。
『……はぁ。ここまで説明しても……わからないのか』
変わったのは目の色。その瞳にこちらを侮蔑する光が宿る。
『
変わったのは声音。それには明らかな殺意が含まれた。熱された金串を押し付けられているのと変わらない寒気が肌を刺す。
今日だけで何度心を折られて士気をかき消されたのかわからない冒険者達は、長年の戦いで身体に染み付いた構えを反射で取る。立ち向かう意志は、両足と意識を失っても殺意は絶やさない
「さっぱり理解できん! 何を言いたいのかはっきりせんか! それでも大精霊か!」
要領を得ない――どちらかと言えばまだるっこしい――話し方にガレスが鬱憤を爆発させた。味方への鼓舞も含めて怒鳴り散らした。ここで上の者である己が強気であらねば、下の者達に不安が広がる。夢物語でもいいから『勝てるかもしれない』という希望を与えるために、強い態度を示さねばならなかった。
するとクリュスタロスは「ふぅ」と息を吐き、
『――ああもう面倒くっせえな!』
「「「「「!?」」」」」
それが契機だったように、『豹変』した。
『レイン以外の
淡々としていたのが嘘だったように荒々しい言葉遣い。透き通った白髪を乱暴にかき乱す仕草は癇癪を起こす子供のようだ。なのに顔だけは眉一つ動かない無表情。無垢で正直かつ、醜悪で残酷に行動していた『穢れた精霊』と似て非なる
恐らくこれがクリュスタロスの『本性』。剥き出しになった氷の大精霊の正体に、冒険者達は恐怖を禁じ得なかった。
(覚悟はしていたが……やっぱり素を隠していたのか。力量は最低でもLv.7、頭脳は神に近いと考えるべきだ)
人は変化に弱い。それも全てが変貌するのではなく、一ヶ所だけ微塵も変化がないのは恐怖を煽る。駆け引きの意図のあるなしは関係ない。
『ああそうかそうだったそうでした! レインだからできたことだったね! 腐って余る
大精霊はフィン達を認識していないように振舞っていた。空を仰ぎ、感情の高ぶりに身を任せて独白を続ける。
かと思えば、ぐりんっ、と音がしそうな勢いで顔を向けてきて、
『
『
♦♦♦
「眠ってんのか、俺」
レインは反射的に自分に言い聞かせた。
今いる場所は故郷である北の村、ノーグにある森の中だ……フィーネが住んでいた小屋がある小さな森。
今回も、ここが現実じゃないのはすぐにわかる。自分がこれまで何をしていたのかは記憶にあるし、何よりここは眠らなければ来ることのできない領域だ。なにせ夢……それも悪夢の舞台なのだから。
悪夢は決まってこの森の中から始まり、フィーネが死ぬ瞬間か、何もできずに絶望するだけの自分か、下卑た嗤い声を上げる冒険者崩れの面を見て終わる。
しかし、夢がいつもと違っている。遠いけど見える距離にあるはずの小屋はなく、足元の黒い汚泥の大地は小枝が散らばる小道になっていた。そもそも小屋がある場所と違う……この道は、例の小屋から離れた彼のお気に入りの場所に繋がる道だ。
細い小道を進む。夢から覚めなければいけないのに、今は覚めたいと思わなかった。
夢の中に正確な時間があるのかは不明だが、空を見上げれば星が輝く夜空が広がっている。星明りのおかげで木の根に躓くことはない……これまた不明だが、『
「夜中にここへ来た覚えはないんだがなぁ……」
なんとなしに独り言を呟き、嫌味なほど長い脚で枯れ枝を踏みつぶしながら進んでいくと、目的地に着いた。そして――。
「――貴方ねっ。私をこんな所に連れ込んだのは!」
滅茶苦茶驚いた。夢でも見てるんだろうなー、と思っていたら、どっからどう見ても記憶から作り出した訳ではなく、魂がある人がいたから。
見覚えのある少女だ。成熟して完成された美しさではなく、幼さと神秘性を併せ持つ美貌。くたびれたブラウスとスカートも少女が着れば、宝石の散りばめられたドレスより素晴らしい装飾品に見えてしまう。
「えっ……と」
そんな少女――フィーネが眉を吊り上げてこちらを睨んでいる。見た感じ、出会ったばかりの頃の恋人が警戒心を露わにしていれば狼狽えるし、弁解しようと近付くだろう。
「来ないで! 記憶喪失の幸薄美少女に笑顔で『すとーかー』って叫びそうな顔をした不審者!」
「ぐはっ!?」
「ふーん。貴方もいつの間にかここにいたのね。さっきは酷いこと言ってごめんなさい」
「ウン……ダイジョウブ」
幼いフィーネと憔悴したレインは丸太の上に腰を下ろしていた……露骨に間隔を空けて。もし警戒せずに隣に座れば「用心はした方がいいよ」とは言おうとしてたけど、とても傷ついた。よくわかんないけど。
「何でかしら……初対面の人にこんなこと言うなんて。あの
「うっ!?」
唐突な言葉のナイフ。切れ味は抜群だ! 胡乱げな眼差しを向けられるので表面上では笑顔を必死に維持しているけれど、内心で盛大に泣いている。
(どうしてこの子がここにいる?)
多分、エクシードの力だろうとレインは当たりを付けている。レインにエクシードの存在を教えてくれた女性から「エクシードはとっても希少なだけあって、様々な力があるわ。無防備な人の心に入ったり、断片的な未来を見たりね」と聞いた。
『無防備な状態』には心当たりがある。フィーネは今もレインが張った結界の中で眠っているはずだ。精神的には無防備だろう。レインの夢に彼女が入っているのではなく、彼女の夢にレインが入っているなら夢の世界が夜なのも納得できる。しかし、フィーネは全ての記憶を失っている。フィーネもここにいる理由がわからないようなことを言っていたし、どうして幼い状態なのかは説明できない。
もう一つ可能性があるとすれば……。
「ねえ」
「!」
呼ばれて思考の海から浮上すると、フィーネがレインの瞳を覗き込んでいた。
「貴方を指すならこれ、っていうのを教えて」
「……名前じゃなくて?」
「まだ私は貴方を信用してないわ。貴方が名前を教えたら私も教えなきゃいけないじゃない。知らない人に教えたくない」
一瞬、『無理矢理でも名前を教えるんだ。そうすれば繋がりが出来てワンチャンあるぜ!』という父親から伝授されたしょうもないテクニックを思い出した。すぐに忘却する。
そして正直に答える。爽やかな笑顔で、冗談めかして。
「そうだな……世界最強、かな?」
「やっぱり不審者ね! あっちに行って!!」
「あれぇ!?」
一気に警戒された。好きな(幼い)少女の目が汚らわしい物体を見る目になって泣きそうになる。
「『世界最強』なんて自意識過剰な人しか言わないわ! それに最初に不審者って呼んだ時、凄く傷ついた反応したもの! 誤魔化せないわよ!」
「ほ、本当なんだって。指一本で倒立とかもできるんだよ」
フィーネの目が更に冷たくなった。最早涙目になったレインは、不安定な丸太の上で右手の人差し指だけで倒立をする。嘘じゃなかっただろ? という気持ちを込めてニヤリと笑い、様子を窺えば、
「今の貴方、『不審』以外に表現する言葉がないって気付いてる……?」
夜の湖の畔にある丸太の上で、しかも十代前半の少女の前で軽業を披露する黒ずくめの男。……うん、確かに怪しすぎる。何食わぬ顔で空中四回転半の絶技を決め、そのまま流れるように丸太に座った。
「……貴方って不思議な人ね。感想が『すごい』しか出てこない凄技ができるのに、私がちょっと意地悪するだけで泣きそうになる。情緒不安定?」
もし君じゃなかったら、頬骨が砕け散る力で殴り飛ばすか、尻が腫れ上がるまでしばくと教えたらどうなるか気になったが自重した。夢の中でまで、自ら嫌われに行く趣味はない。
「ねえ」
フィーネが呼ぶ。レインは微笑んですぐに反応する。
「どうしてそんな『笑顔』を浮かべているの? 貴方の作り笑い、見てると凄く悲しくなる。……なんていうかこう、本物と偽物を混ぜ合わせたみたいな……」
「――――」
手で空中を揉む仕草をするフィーネからレインは目を逸らした。自分がどんな顔を浮かべているのかわからない。しかし、この少女に見られたくないと思った。
なのに、フィーネはわざわざ立ち上がり、レインの前にやって来た。何回も不審者と言ってきたのに……心の中で乾いた笑い声が漏れる。
「話してよ。このままじゃ夜も眠れない。話してくれたら私をここに連れ込んだこと、許してあげる」
「……長くなるよ」
頭では隠そうと思ったのに、口は勝手に動き出していた。
――三年くらい前かな。とある国の住人を皆殺しにしたんだ。
その国の奴等は特殊なエルフ達を迫害していてね。エルフなのにドワーフより力が強くて、治癒能力がとてつもなく高くて、何故か女性しか生まれないで、太陽の光を浴びたら灼け死ぬ体質で……一人だけ例外はいたけど。それだけであの国は、「このエルフ達は人間じゃない、モンスターだ。だから何をしてもいい」なんて抜かしやがった。
強姦、拷問は当たり前。モンスターと呼んでおきながら、その国では強姦しても『怪物趣味』にならないんだ……屑だろ? 人体実験の為に生まれたばかりの幼子を攫っても何とも思わないどころか、どれだけ苦しませて殺せるかで、立派な大人になれたかが決まる国だ。聞き込みをすれば嬉々として口を開いた……その在り方に、一人として疑問に感じてなかったよ。この国の住人は、全てを都合よく思考する種族だったのか、話が全然通じなかった。他の国の様子を教えてもね。
逆にエルフ――彼女達は善人ばかりだった。自分達を害そうとしてくる馬鹿どもを追い払うだけに留めて、滅多に命を奪うことをしない。外部からの人間を信じようと努力もしていた。一人の例外が馬鹿みたいに強かったから、少し余裕があったんだろうね。僕もすぐに仲良くなれた。
で、その国が彼女達の住む特別な森――ああ、その森はいつも霧に覆われているんだよ――を焼き払って無理やり誘い出すことで、手元で家畜同様管理する計画を実行したんだ。迎え撃とうとする彼女達を抑えて、僕は一人で全てを殺した。
その時は「皆が手を下してしまえば立場が悪くなる。ここに留まる必要がない僕がやるのが最善策だ」なんて言って納得させたけど、本当は違う。彼女達の手を汚させたくない気持ちも確かにあったけど、それ以上に屑がのうのうと息をしていることに我慢ならなかった。
それでも命を奪うのは悪いことだから……この時の選択は正しくはあれど、善行ではないと決めた。でも、それを『悪』だと断じれば、彼女達を救った結果も『悪』になる。そんな馬鹿な話があるかよ。
「そんな偽善を何度も繰り返してさ。それぞれに自分の中で答えを出した気になっておいて、いくつかは答えを出せていない。僕に復讐しようとしている子がいるけど、その子は僕を殺さないと好きな人達のいる場所へ逝けない。殺すなり殺されるなりすればいいのに、そのままずるずると先延ばしにしてる」
レインは落ち着いた声で語る。
「……個々では答えを出せてない悩みも、全部ひっくるめて考えれば答えは
「『出ていた』……今は?」
隣に座ったフィーネがレインの横顔を見ている。レインは努めて普通の声と顔で、告げた。
「僕は……【
少女に顔は向けない。星の光を跳ね返す湖だけを見つめる。
「『呪い』はあらゆる感情を狂わせる。食欲、睡眠欲、性欲、怒り、悲しみ、喜び、楽しみ、承認欲求、自尊心……。急に腹が立ったり、悲しくなったりする」
本来なら一日と経たずに自我を失う『呪い』。レインは狂うことを許さない【
「だから、僕は自分に嘘を吐いた。これは違う、こちらが本物、といった具合にね。そして……自分を欺き続けた代償に、自分の気持ちのどこまでが嘘で、どこまでが本当なのか、区別できなくなった」
デメテルの眷属と【ロキ・ファミリア】の信用失墜の件は、解釈次第でどうとでもなる。しかし、レインはデメテルに土下座をされた覚えはない。なのにヘスティアに嘘だと咎められなかった。
「今だって、一人の少女を救うために大勢の人を殺して、それを『悪』だと思い込もうとしている。本当は正しいことをしていると決めて、気持ちだけでも楽になろうとしているのに。この考えも、そんな自分を責めることで楽になろうとしているかもしれない」
笑顔の仮面を被って、自分も他人も欺いて。欺き続けたその先に、自分の本心もわからなくなった愚かな男。それが今のレインの正体。
「『約束の
フィーネを蘇生する際に死にかけたレインは、アミッドを泣かせてしまった。もう二度と泣かせないと決めたはずなのに、レインの命はあと僅かだ。
「大切な人もいるんだから生きたいと願うはずが……もう、わからない」
「……貴方は、凄く優しいのね」
幼いフィーネはそう言った。とても悲しそうな顔で。それを見たレインは慌てた。
「いやいやっ、これ作り話だから! 格好付け過ぎで逆にダサい! って笑う話だよ! そもそも今の話でどうして優しいに繋がるの!?」
「私は……誰かの為に死ねない人間だから。貴方が自分を『世界最強』と言ったのを馬鹿にしたけど……私は、我が身可愛さに世界を滅ぼす世界一の屑よ」
「私にも『呪い』があるの。好きになったモノに『破滅の未来』を創り出す呪いが」
補足説明。
・クリュスタロス。
封印されたのでグレた。レイン以外はほとんど生きてる価値なしと思ってる。レインが隠していたことを暴露しているが、決して同情を引くためではない。
・フェニックス
こちらは詠唱文にある通り『怒っている』ので人型になれない。
・【竜之覇者】
原作では竜から見て『人らしく生きられなくなる』から呪いだったが、今作ではデメリットがでかい『
今作レインは原作よりキツイ状態と思ってください。レインがフェルズから報告を受けた時、眠っていたのに疑問を覚えた人はいますか?
記憶喪失のはずのフィーネが何で呪いの詳細を知っているのかや、夢(?)の真相、レインの寿命云々は次回。わかった人は胸の中に留めておいてください。
レインもエクシードの真髄は人から教えてもらいました。