雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 遅れて本当にすみません。
 次は早く投稿できるといいなぁ……エタるのだけは絶対にないです。
 今回はアンチ・ヘイトと推測による捏造が多いです。駄文でもある。あとがきも沢山。
 ではどうぞ。


七十二話 くだらない世界のくだらない真実

『生んでくれてありがとう』

 

 はっきりと『僕』という自我が確立されてしばらくが経った時、不完全だった僕にできる贈り物はこれしかなかった。それでも僕は母に感謝を伝えたかった。

 

『貴女も……生まれてきてくれてありがとう』

 

 大切な唯一の家族(はは)はそう言った。ただの言葉(おと)だ。いつか忘れてしまいでもすれば、それを紡いだという事実は永遠に消え去ってしまう程度の代物。

 

 なのに母は涙ながらに笑い、僕をぎゅっと抱きしめてくれた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 絶対的強者である竜の瞳孔は縦に裂けている。ありとあらゆる生物に備わっている器官が通常と異なった形状をしている場合、それらは強者か特異な存在であることが多い。

 

 ならば……紫紺の瞳そのものが尖った十字架のようになっている目を有する眼前の女は、いったいどのような存在であるのだろうか。

 

「もしもーし、起きていますかー?」

 

 ぞっとするほど滑らか断面から血を吹き出し始めたレインの胴体が、出血の勢いで倒れていく。倒れ込むと同時に、残っていた右手が離れた場所に転がった。傾国の剣(ルナティック)を奪い取った時に切断したのか、はたまた逆に斬って奪ったか――クリュスタロスにそんなことはどうでもよかった。

 

 レインを支えるために人型だった自身の身体を半人半馬に変化させる。更に数倍増大させた体重を生かせる武器、戦槌(ハンマー)を氷で生み出した。

 

 そして躊躇も見せずにレインの想い人の姿をしたナニカ――【神を誅殺せし獣(テュポーン)】に振り下ろす。

 

 だが……、

 

「わっ、危ないなぁ。未開の地の蛮族流の挨拶かい? 君は封印された精霊だったし……あながち間違ってないよね。我ながら上手いこと言った」

 

 風が鳴る。地面が爆ぜて石や土塊が飛び散った。しかし肉を打つ感触はまるで感じられず、赤い飛沫は一滴も見当たらない。

 

 音速の壁を越えて振るわれた氷の戦槌の半身が地面にめり込み凄まじい衝撃を発生させるも、テュポーンにはかすり傷すら付けられなかった。残骸となった戦槌の断面には微かな起伏もない。

 

(くそっ! こいつはいったい何をした!?)

 

 レインの【ランクアップ】でクリュスタロスの地力は引き上げられている。膂力も速度も動体視力も、全力全開のレインに指一本なら届くほどの域だ。

 

 そんな彼女が相手の動きを微塵も捉えられない。レインの首とクリュスタロスの武器、両方とも魔剣で断たれたのか手刀で斬られたのかはたまた別の手段か――見当がつかない。眼前でにこやかに笑う女の服は欠片も汚れていなかった……衝撃で土と砂ぼこりが巻き上がったというのに。

 

 絶望的な力の差。嫌な風が頬を撫でた。それでもクリュスタロスは手を緩めない。今度は広範囲を全ての生命が死に絶える極寒の世界に変えてやろうと、両手を広げて魔力を練り上げる。

 

『【氷結せし数多の刃よ渦巻き逆巻き降り注ぎ神羅万象無に帰す死に至れ代行者たる我が名は氷精霊(クリュスタロス)氷の化身氷の女王(おう)】――【レベル・ゼロ】!!』

 

 大精霊の詠唱。意思一つで大都市を氷漬けにできる存在が高らかに宣告した瞬間、真っ白な氷雪が吹き荒れた。瞬く間に周囲は白銀の世界に成り果て、吹き荒れる冷風が全てを凍てつかせようとする。

 

 更に大気中の水分が急速に固まり、無数の氷の刃が生み出された。大きさも形状も異なる氷の刃は渦巻く風に乗って旋回しながら、全てがテュポーンに殺到する。

 

 今度こそ避けられない。クリュスタロスはそう確信した――が。

 

 猛吹雪の隙間から覗く禍々しい微笑を目にした途端、彼女を構成する全てが警鐘を鳴らした。

 

「――【リフレクション】」

 

 まるで巻き戻しの映像を見せられているかのように、テュポーンを包み込む結界に当たった氷の刃達は通った軌跡を正確になぞってクリュスタロスへ反射された。上下左右前後、一分の隙もない波状攻撃が結界に当たった勢いと衝撃を乗せて、発動したクリュスタロス自身を痛めつける。

 

『ぐううぅぅっ!?』

 

 肉厚の氷で急所は守り切ったものの、巨大化したことが災いして損傷(ダメージ)が大きい。人間と同じように血が通っていればクリュスタロスは失血死していただろう。それに、致命傷にならなかっただけで重傷を負ったことに変わりはない。

 

 それでもクリュスタロスは屈しない。

 

『まだだ……まだ終わってなるものかっ。レインは私より傷付いていた! レインは私より苦しかった!』

 

 この程度の痛み、尊敬する友人であり想い人が受けてきたものに比べれば無に等しいと、クリュスタロスは全身から氷の刃を生やしながら己を鼓舞する。

 

 ――鼓舞、していた。

 

 ヒュンッ、という風切り音がした。直後にゴトリ、という重い物が転がる音も。

 

『え?』

 

 空白が生じた思考が何の意味もない呟きを唇から零させる。 

 

「うーん、まぁそうなんだけどね? 氷のサボテンみたいになってもレインの苦痛に届かないのは当たり前だよ。同等以上の苦しみをこの身に浴びた僕が保証しよう」

 

 肉付きの良い脚が転がったソレ――クリュスタロスの両腕を踏みつける。そんな屈辱的な光景を情報として理解しても、思考は別のことに割かれていた。

 

 また。また見えなかった。音が聞こえるのは音速を超えていない証拠。なのに大精霊である自分(クリュスタロス)が認識できない。

 

「だからね、彼に同情していいのは僕だけなんだ。苦痛を『知る』だけで『経験した』訳じゃない奴の支えにされるのは……とんでもなく不愉快だ」

 

 クリュスタロスは天才ではない。天才ではない彼女が思考を常識に囚われずに回すには、戦いの最中に与えられる刹那の猶予では到底足りなかった。

 

 認識不可能な衝撃が悲鳴を上げる暇もなく身体を吹き飛ばした。勢いよく流れていく周囲の風景。全身に襲い掛かる断続的な損傷(ダメージ)。幾度となく揺さぶられる意志と意識。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風の音がするんだ。僕の動き(おと)を察知できなかった時点で『風そのもの』で攻撃されていると気付きなよ。もしくはレインの血を一滴も浴びていなかった所とか。神の言葉に詳しかったら僕の名前に含まれる意味、『大風(テュポーン)』でわかったかもだけど……もう関係ないか」

 

 癪に障る発言をした氷の大精霊を風の力で吹き飛ばしたテュポーンは吐き捨てると同時に、記憶からクリュスタロスとの関わりを忘れた。今しがた繰り広げた戦いすらも。

 

 世界で五本指に入る強者であろうと……【神を誅殺せし獣(テュポーン)】にとっては路傍の石以下

であり、敵どころか害する可能性が微塵もない存在である。

 

「ふふっ……やっぱりレインは特別だ。あんなに弱っていても僕に傷を付けるなんて……!」

 

 もう塞がってしまった傷――一太刀入れられた背中の感覚を思い出しながら、テュポーンは陶然とした表情でレインの首を抱きしめる腕に優しく、それでも強く力を入れた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「――お、やっと奪い取れ……っとと。『奪い取れた』は違うな、僕が奪われていた訳だし。『取り返した』も保護してくれたレインが悪いみたいな言い方になっちゃう。うーん……受け取れたでいっか」

 

 遺体から鞘を抜き取って剣を(おさ)め、空いた両手でレインの頭部を撫でまわしていたテュポーンが顔を上げると、まるで見えない手に包まれているようにゆっくりと降ってくる影――実際に風で支えられている――女神(ガイア)が見えた。

 

 ガイアを運んでいたはずのフェニックスはどうなったのか? ……それを知っているのは一人だけであり、その人物はすぐに忘却した。

 

 地に横たわったガイアに歩み寄る。両手で受け止めれたらよかったのだが、あいにくレインの首で塞がっている。手放す選択肢はなかった。

 

「母さんがくれたこの(ちから)、ずっと大事にしてきたよ……。待っていてね母さん、次に目を覚ませば、この世界はかつてないほど綺麗になっているからさ」

 

 意識のないガイアから返事はない。でも、テュポーンにはそこにいるだけで良かった。

 

「風よ、僕の声を届けてくれ。人も神も、聞き逃す奴が一匹もいないように世界の果てまで」

 

 そよ風のように優しい囁き声。しかし、その囁き声に呼び出された風は天災に等しい暴風の塊。テュポーンに操られることで球状に整えられた()()()の奔流は、次の瞬間爆発したように広がり、一気に下界全土を覆い尽くした。

 

 コホン、あーあー、とテュポーンは喉の調子を確認。満足気に一つ頷くと、

 

「下界にいる全ての人類と神々に告げる。僕は【神を誅殺せし獣(テュポーン)】という者。これから人類と神々(おまえたち)を鏖殺する名前だよ。寛大な心で教えてあげたけど、口にするどころか脳に刻むことなく死んでいってね、世界の糞虫ども♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――意味不明、意図不明、理解不能な状況が終わらない。

 

 迷宮都市が『隻眼の黒竜』を倒した冒険者に襲撃されたかと思えば、その迷宮都市を根こそぎ吹き飛ばしながら異常に巨大な怪物が現れ、その怪物が黒いドームに呑み込まれて消えた。そして次は黒い風が吹いてきて、恐ろしい言葉も聞こえる。

 

 絶望が現れては消える。混乱(パニック)を引き起こす余裕すら与えないかのように、世界中に声が響いた。

 

『きっと僕の言葉を理解できていない奴がほとんどだと思う。だってお前達は自分の信じたいこと、知っていることを常識と真実にするから』

 

 声は天上の調べの如き美しさとは裏腹に、耳にする者の心臓を締め付けるような毒を含んでいた。

 

『初めに言っておくと、この声は断じて「神の力(アルカナム)」によるものじゃない。風を操ってお前達の耳に届くようにしているだけ。だから送還は起きないし、そもそも僕は神じゃない。じゃあ正体は何なんだ、という質問に答えるならついさっき現れた怪物(モンスター)だ。腹が立つことにね』

 

 全てを見透かしているような、それでいて無視することを許さない……神にとても似た話し方。なのに神ではなく怪物(モンスター)だと言う。影も形も見えない相手の声に、人類は耳を傾けるしかない。

 

 故に――神々の様子を見た者も、『神の鏡』を使わないことを怪しんだ者もほとんどいなかった。道化の神の眷属達も、黒い風が吹き始めてから震え始めた少女に目を奪われていた。

 

『馬鹿でもわかるように優しく、丁寧に、事細かく話してあげよう。どうして僕がお前達を滅ぼそうとしているのか。話は何億年も前に遡るけどね』

 

 そしてテュポーンは語り始める。

 

 この世界の真実を。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 遠い昔、本当の本当にずっとずっと昔。

 

 今と違って神は『始まりの五神』と呼ばれる五柱、原初の暗黒界(タルタロス)原初の母(ガイア)原初の愛(エロス)原初の闇(エレボス)原初の夜(ニュクス)しかいなかった。混沌(カオス)から生まれたこの五柱以外の神は、全員が『母』を司るガイアの子供である。他の神には生殖器官はあれど繁殖する能力はなかった。

 

 武技や鍛冶技術を極めた武神(タケミカヅチ)鍛冶神(ヘファイストス)のように、ガイアは神の中でも特別な『胎』を有していた。自分自身だけでも子供(かみ)を生み出せるだけでなく、どんな相手とも交わり子を成せる特性。……ガイアは自分自身(ぜんしゃ)の力だけで生んで、誰とも交わることはなかったが。

 

 神は生まれた時から自我がある。ガイアが生み出すのは正確に言えば『海』や『雷』といった神が司る事物そのものであり、その事物が完全無欠に形を取った存在、それが『神』になる。完全無欠、すなわち初めから全知全能として生んでもらえるからこそ自我があるともいえる。

 

 ガイアはあらゆる事物(かみ)を生み続けた。何かを生むこと自体がガイアの生きる意味であり存在意義だった。

 

 数えるのが億劫になるほどの妊娠と出産を繰り返すガイア。そこに感情はなく、永遠に事物を生み続ける――はずだった。

 

 神の性格が破綻しているのは、生まれた瞬間から完璧な存在だから……人間のように誰かに支えられて育たないからだ。故に自分以外を傷つけ、陥れ、娯楽にすることに抵抗がない。中にはそうなりたくない、と神格者になる神もいる……超越存在(デウスデア)として生まれたからこその弊害だなんて言い訳はできない。

 

 神々(クズ)は好奇心に従うまま、ある計画を実行した。どんな相手とも子を作れるガイアと、『暗黒界』を司ったことで黒の集合体として安定したタルタロスを無理矢理交わらせた。

 

 ガイアは『母』……つまり『女』だ。ずっと他者と交わらずに子供を作っていたのは、異物を受け入れるのが怖かったからだ。初めて感情(きょうふ)を見せて抵抗するガイアを、神々は楽しくて愉しくて仕方ないと笑い、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして生まれたのが後に【神を誅殺せし獣(テュポーン)】と呼ばれるようになる赤ん坊。万能である『神の力(アルカナム)』も碌に扱えず、誰かに育ててもらわなければならないほど弱かった、全知全能の(かみ)が産み落とした初めての不完全。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊ぶだけ遊んだ神々は衰弱したガイアを赤ん坊諸共放置した。完全に身体を消滅させられても復活する神々にとって、当時は誰かが死ぬなんて考えはなかったからだ。ましてや衰弱死など。

 

 ガイアも理解できなかった。腹が減れば『神の力(アルカナム)』で出された食い物ではなく己の乳房に吸い付くわ、理由もなく泣くわ笑うわ、寝る時は必ず自分に擦り寄るわ……。全知全能であるはずなのにこれだ! という答えが思いつかない。

 

 困惑するガイアの心情を知らない赤ん坊は成長していった。少女と娘の境界線を揺れ動くような外見になり、そこでようやく『神の力(アルカナム)』を不老不死(さいていげん)だけ使えるようになって……ずっとガイアの傍にいた。

 

 ある日、ガイアは『赤ん坊だった存在』に尋ねた。

 

『どうしてここにいるのか』

 

 『赤ん坊だった存在』はあっさりと答えた。

 

『母さんが好きだからここにいる』

 

 更に訊いた。

 

『どうして(わたし)を好きなのか』

 

 きょとん、としたものの、すぐに返した。

 

『生んで大切に育ててくれたから。だから僕は母さんが好きだ』

 

 目を見開いて硬直したガイアの手を取って、笑った。

 

『生んでくれてありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――初めて……ガイアは自分が本当の『子供』を生んだと理解した。泣きながら愛しい()()()を抱きしめ、子供を生み出す以外の権能である風を操る力を贈った。この時、『赤ん坊だった存在』も初めて『大風(テュポーン)』の名前を得た。

 

 ガイアは神を生むことをやめた。自分を妻という立場に収めることで天界を纏めようとしたウラノス、似たような理由でちょっかいをかけてくるクロノスやゼウス、嫉妬や暇つぶしで殺し合いをけしかけてくる神々を無視して、子供(テュポーン)と一緒に自分の神殿(いえ)に閉じ籠った。

 

 ようやく手に入れた幸せ。母も娘も、お互いとこの幸福を何としても守ると誓っていた。

 

 だから仕方がなかった。神殿に無理矢理男神が押し入ってガイアを犯そうとして、それを見て激高したテュポーンが殺してしまうのは当然だった。

 

 しかし……テュポーンが殺した神が()()()()()()()()()()で、二人の女神の運命は大きく狂い始める。

 

 当時のテュポーンは司る事物がなかったことで『神のなりそこない』と蔑まれていたが、誰かに見える事物ではなかっただけだ。『神を殺せる』事物など、神を殺すまでわからないのだから。

 

 同時にテュポーンは不完全の神だった故に、完全無欠の神々にはない『進化』があった。(一応)次元が上である神を殺す度、テュポーンは強くなっていく。

 

 もしも最初の神が殺された直後に神々の一割が協力していれば、テュポーンは容易く制圧することが可能だっただろう。けれど、神々は死んでも生き返る前提のお遊び(ころしあい)しか経験がない。生き返ることができない真の殺し合いに挑む度胸など存在しない。

 

 自意識過剰、一匹狼、脅しに取引。様々な理由で襲ってくる神は常に個々。テュポーンにとっては経験値(エクセリア)の塊が突っ込んでくるようなもの。あっという間にどんな神にも負けない力を手に入れた。

 

 それだけの力を手にしてもテュポーンに『神を皆殺しにする』という考えはなかった。もう負けることはないという慢心もあったが、それ以上に優しい(ガイア)他神(たにん)を傷つけることにいい顔をしなかったことがある。

 

 テュポーンは神でありながら全知全能(かみ)じゃない。神羅万象を知り尽くしていないし、無から有を生み出す力もない。でも、全知全能ではないからこそ……テュポーンは全知全能(かみ)を殺せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テュポーンは『神』が『神』である所以を知らなかった。(かみ)優しさ(あまさ)を知らなかった。そこに付け込める(かみ)外道(クズ)っぷりを知らなかった。『思い通りに()()』ではなく、『思い通りに()()』が基本の神の本性を知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイアは優し(あま)過ぎた。他神が死ぬのも(テュポーン)が手を汚すのも嫌だった。『私なら好きにしてもいい。だから、テュポーンを傷つけようとするのはやめてくれ』と、テュポーンが目を離した隙に頼み込むほど愚かだった。

 

 神々は屑だった。どこまでも己が大事だった。『ガイアを殺されるのが嫌なら言う通りにしろ』と、後ろめたさを一切覚えないほど下劣だった。

 

 『神を殺す』ことはテュポーンにしかできない。しかし、『神ではない存在に堕とす』ことなら全ての神の賛同があれば使える物で可能になる。

 

 その名を『無常の果実』。女神モイトラが管理する神饌。『神性を奪われて醜い獣に堕落する』効果を持つ。テュポーンが食えばガイアは助かるが、断ればガイアに食わせる。どちらを選んでも幸せになることは有り得ない悪魔の提案。

 

 テュポーンは提案を飲んだ。ゲラゲラ、ゲタゲタと嗤う神の言いなりになっている屈辱と怒りを押し殺して、(ガイア)のために『無常の果実』を口にした。

 

 こうして醜い獣――『モンスター』になったテュポーンは下界に堕ちた。母から授かった名も【神を誅殺せし獣(テュポーン)】と汚された。

 

 神々はそれで満足――する訳がなかった。自己保身についてだけは無駄に頭が回る連中である。危険要素(テュポーン)を産み落とした不安要素(ガイア)をそのままにしておくはずがない。

 

 テュポーンとガイアを怪物(モンスター)にして処分、はできない。テュポーン以外が神を殺したとしても司る事物がある限り、輪廻を巡って生き返る。ならばどうするか?

 

 答えは『封印』。神を殺せる力は未だ健在である【神を誅殺せし獣(テュポーン)】が破壊不可能になるよう、ガイアを生贄、彼女から摘出した『胎』を蓋にした『封印』を創り出した。逃げ出すにはガイアを殺さなければならない。母娘の想いを弄ぶ悪辣な設計。――どんな存在とも子を成せる『胎』が【神を誅殺せし獣(テュポーン)】の劣化コピーになるモンスターを生み始めるのは想定外だったが。

 

 同時に『封印』ごと【神を誅殺せし獣(テュポーン)】を殺せる存在を生み出す計画も進められた。その存在は『封印』が『大穴』と呼ばれる頃に目を付けられる。

 

 呪文を唱えなければ『魔法』も使えない。ちょっとした病や環境で弱くなる。一瞬の寿命を無駄で非効率極まりない()()()()()()()。なのに爆発的な成長を見せながら強くなっていく。

 

 不完全だったから強かったテュポーンに似通った性質を持つ生物――『人類』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラスボス(テュポーン)に近いほど強力なモンスターが出現する迷宮――「ダンジョン」を攻略させるキャラクターにピッタリじゃないか』

 

 楽しい暇つぶし(ゲーム)になりそうだ。

 

 神は口を裂いて笑った。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「――とりあえず、僕が神々(クズども)を殺そうとする話はこれくらいかな。これで復讐するなと言うのが無理だと僕は思うんだ」

 

 テュポーンは話し終えて少し想像する。

 

 神の中には本気で人類を好きになる奴がいる。今の話を好いた相手が理解したらどうなるか――ダメだ、笑いが堪え切れない!

 

 今も腹に力を入れて耐えているが、このままだと腹筋が割れてしまいそうだ。誰にも見られていないのをいいことに、テュポーンは地面を叩いて笑いの衝動を発散した。

 

「疑問に思ったことはないのかな? 今でこそ気軽にダンジョン、ダンジョンと呼んでいるが……誰が『ダンジョン』なんて呼称を広めた? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の理由で『ダンジョン』と名付けるセンス……人類にはない。精々『ラビリンス』でしょ」

 

 口を動かしているが、笑いが過ぎると今度は殺意と憎悪が湧いてきた。

 

 ヤバい、徹底的に苦しめて殺してやりたいのに……! テュポーンは頬を抓って我慢する。

 

「他にもあるぞ。どうして『神の恩恵(ファルナ)』は戦闘力に直結している? 神に近付く過程で強くなると言ってしまえばそれまでだが、全知に繋がる『かしこさ』や『知力』のような項目がないのはなんでだ? 『ダンジョンが生きている』と言われるのは? 壊しても修復され続けるなんて……まるで不死身じゃないか。まるで神のようだ、とか考えられないの?」

 

 無呼吸で一気に話す。次に口にする予定の話の内容をざっと思い返す。

 

 うん……レインへの愛しさとそれ以外の人類への怒りが湧いてくる。

 

「さて、神を殺す理由(ワケ)は十分話したし、次はどうして人類も皆殺しにしてやろうと決めたのか教えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「このままだとレインの犠牲を知らない世界で人類は平穏と幸福を享受することになる。それが許せないから僕は人類を殺そうと決めたんだよ」




悲劇予知女(アンティゴネー・パンドラ)
・一定以上の愛情(おもい)で発動。
・対象に試練付与。
・テュポーンの完全適合体


・テュポーンの姿。
 天界にいる時は黒髪で瞳が紫紺のアイズみたいな容姿。今は黒髪で瞳が十字の形になってるフィーネ。


・入れられなかった推測(という名の妄想)。
 アイズのお母さん、つまり風の大精霊アリアはダンジョンで生まれたんじゃないかと思っています。

 理由としてダンジョンから地上に進出したモンスターは繁殖しているから。ダンジョンから生まれたら精霊でも繁殖能力を手に入れられたんじゃないかと……。

 ダンジョンで生まれた理由は、ソード・オラトリアでモンスターに喰われて融合した『穢れた精霊』が登場しましたが、こいつらが死んだら魂はダンジョンに戻るのではないかと思っています。異端児(ゼノス)編であったモンスターの魂の輪廻転生のように、ダンジョンの輪廻に取り込まれる。

 そして巡り巡って『異端児(ゼノス)』になるための変異――今作ではテュポーンの憎悪を振り払うことが条件と考えています――が起きてダンジョンの壁からポイッされたのが風の大精霊アリア(繫殖能力ゲット!)なのではと思います。アルフィアに「ダンジョンの娘か?」と言われてましたし。

 この考えはギリシャ神話を呼んでいて、「へー、テュポーンって台風とか大風とか大嵐とかの意味もあるんだー……嵐……【目覚めよ(テンペスト)】?」みたいに思いつきました。


 フィーネは……強引ですがダンジョンの無限の可能性の中から人間が生み出され、稀有な能力を持つ一族として生きてきた設定。【ヘラ・ファミリア】の団長が『才禍の怪物(アルフィア)』を差し置いてLv.9になるにはこれくらいしか思いつかないです。……忘れているかもだけど、一応フィーネはヘラの系譜という設定だからね? 作者は忘れてないよ……嘘です、ちょっと前まで忘れてました。



 レインは他に何をしたのか……? 次回をお楽しみに! 資格試験があるからわかりませんけどね!

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