雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか   作:柔らかいもち

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 一万字まで書いたところで二回も消えました。心折れるかと思った。
 残り二話。ダンメモ 、ファミリアクロニクルの内容があります。


七十四話 最終神話決戦(ラグナロク)

 逆説的に語ることを許されるならば。

 

 その闘いは本来の世界時間の約五時間に及んだ。闘いの舞台となった世界の時は十億倍の早さで流れていくため、概算でおよそ五十七万年になる。

 

 神からすればまだ短い時間で、人類にとっては想像もつかない長い時間。完全を失った最強の神(テュポーン)完璧を目指した最強の人間(レイン)は殺し合った。

 

 結末を先に語るなら決着は付いた。どちらも生き残るなんていう甘い話も都合のいい展開も存在せず、レインが創造した暗黒(ひっさつ)の剣は使われた。

 

 天界にいる神とレインを眷属にした銀の美神、神の裁判を待つ死んだ人類と美神の側に仕える強靭な勇士(エインヘリヤル)。彼等は全てを見通す『神の力(アルカナム)』――“神の鏡”を通してその戦いを目にする。

 

 たった二人の世界で繰り広げられる死闘を目にして、彼等はこう呼称した。人類なのか神々なのか、そう呼び出したのが誰なのかは知られていない。

 

 曰く――最終神話決戦(ラグナロク)と。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 (なお)して治して直して修復(なお)してなおす。それ以上に壊され潰され砕かれ殺される。誰も経験したことはないであろう生と死の堂々巡り。

 

 生きたまま皮を剝がされた、生きたまま肉を削ぎ落された、生きたまま骨と内臓を抜き取られた。涙を流す暇はなく、苦痛に喘ぐ時間もない。泣く前に死んで、絶叫を上げるまでもなく殺される。

 

 何も見えない。何も感じない。何も察知できない。なのに尋常じゃない痛みが、異常な熱が、残酷な苦しみだけが鮮明だ。

 

 テュポーンは強かった。圧倒的で、絶対的で、言葉にできないほどの強者だった。

 

 神の身体能力は高くない。山を動かす怪力も、大陸の端から端まで一瞬で駆け抜けられるほどの速さも、至高の作品を作るための精密さも、万能の力たる『神の力(アルカナム)』があればいらなかったから。

 

 普通の神ならば【時死黒剣(マハカーラ)】を使ったレインは余裕で勝てた。だが、相手はテュポーン。最強の切り札を発動させなければレインでも苦戦する神を、何柱も滅ぼしてきた存在である。

 

 テュポーンは万物を破壊するに足る力を求め、光に劣らぬ速度を生む脚力を望み、武神に勝る技量を欲した。息をするように己の欲望を叶えられる神々と異なり、必要なものは全て努力で手に入れてきたテュポーン。

 

 弱いはずがない。想像を絶する苦行をその身に与えて神を超えたテュポーンが、強くないはずがない。

 

 レインが死んで、テュポーンが殺す。その工程がずっと続いた。

 

 何日も、何年も、何百年も――延々と。

 

(お願いだ、レイン。君がどれだけ頑張っても意味はないんだよ。仮に僕に勝てたとしても、その時には人類も神もダンジョンに殺されている。だから……早く諦めてくれっ)

 

 悲鳴を上げる心に蓋をして、テュポーンは冷酷に剣を振るい続ける。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「世界規模の『怪物の宴(モンスター・パーティー)』……!?」

『ええ。そう言っても過言ではない数のモンスターがダンジョンから溢れ出すでしょう』

 

 女神ガイアを抱えて走るクリュスタロスに、ベルは信じられない思いで聞き返していた。(アリア)を抱いて走っているアイズも口には出さなかったが、内心はベルと同じだった。

 

『ダンジョンの底に封印されていた【神を誅殺せし獣(テュポーン)】を弑するため。同じく封印の生贄にされていた女神ガイアを解放するために、レインはダンジョンを根こそぎ消し飛ばしました。あの地下迷宮に再生能力が備わっていようが意味をなさないほど完璧に』

「なら問題ないじゃないですかっ!」

 

 反射的に嘘を吐いたことを咎めるような口調で声を張ったベル。そんな彼にクリュスタロスは容赦なく怒鳴り返した。

 

『私の話を聞いてなかったのかっ! 問題がなければこうしてダンジョンから離れてなどいないわ! いいか、テュポーンに怯えて兎のように震えていた貴様は確認していないのだろうが、大穴の断面が凄まじい速度で再生していた。レインが危惧していた通り――()()()()()()()()()()()()()()()!』

「!?」

『つまりダンジョンを完全に滅ぼしたいなら、世界も滅ぼさなければならないってことだ! クソッ、曲がりなりにも神の遣いである大精霊も取り込んでいたんだ。意思なんて存在しない無機物(ほし)と融合するなんて造作もないか……とにかく! ちったぁ考えて物を言えこのクソガキぶっ殺すぞ!!』

「ご、ごめんなさいぃぃ!」

 

 迷宮都市(オラリオ)を氷漬けにできる大精霊に怒りの形相を向けられ、ベルは泣きながら謝った。しかし『謝っとけばいいみたいな態度が腹立つ!』と更に怒鳴られ、声を上げて泣き叫ぶ羽目になる。

 

『神ウラノスの祈祷はもう届かない。蓋となっていた約束の地(オラリオ)も存在しない。これでダンジョンが完全に再生すれば、「古代」のように大量のモンスターが穴から進出するだろう。しかもダンジョンが憎む神々が地上で大量にのさばっているんだ……モンスターが強化されている可能性もあるだろうよ。せめてもの救いは海水が流れ込んでいるおかげで、ダンジョンの深層域が沈みそうなことぐらいか』

 

 クリュスタロスが語る最悪の事態を聞いて、アイズとベルの顔色が悪くなる。

 

 冗談だと笑い飛ばせたらどれだけ幸せだったろうか。しかし、テュポーンの出現、神の本性、ダンジョンの正体など、今までの常識を破壊する数々の出来事が否定することを許さない。

 

 二人は『無限の迷宮(ダンジョン)』の脅威を理解している。上級冒険者である二人の命すら脅かすのが迷宮の怪物(モンスター)達だ。それが地上に解き放たれたとしたら、どれほどの被害が出るのか想像もつかない。

 

 嫌でも湧いてくる絶望的な予想と無情に過ぎていく時間。モンスターに家族を奪われた経験があるアイズとベルだからこそ、心にのしかかる不安は大きくなっていく――

 

『安心しろ』

 

 はずだった。だが、クリュスタロスの次の言葉が、二人に余裕を取り戻させる。

 

『レインはちっぽけな情報でも正解をあっさり導き出せる、正真正銘の天才だ。彼が手を打っていない訳がないだろう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なんだ、お主は?」

 

 多種多様な【ファミリア】と避難民がオラリオを囲むように形成する包囲網。その中の派閥の一つ、『二つの槌と火山が描かれた団旗』を掲げる【ヘファイストス・ファミリア】に物音を立てて接近してくる何かがいた。

 

 油断なく身構える最上級鍛冶師(マスター・スミス)、椿・コルブランドの前に現れたのは痩せぎすの男だった。鎧は身に付けず、厚手のシャツの上に黒いマントを羽織っている。女性と見間違うような繊細な顔立ちをしているのに、慇懃かつ渋い表情のせいでぶすっとしているように見える。そして何故か、大小様々な木箱が載った荷車を手で引いていた。

 

 奇天烈な男に周囲から視線が集まるが、男は「うっわ、面倒くせぇ……」とでも言いたげな表情を崩さず、一(ミリン)だけ顎を引いた。……もしや挨拶のつもりだろうか? 自分のことを棚に上げて、椿が男に変人を見る眼差しを向けていると、

 

「【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿・コルブランド殿とお見受けしますが」

「……手前が椿で間違いないが、お主は何者だ?」

 

 刀を握る手を緩めて椿が尋ねると、男は不機嫌そうに口を開いた。

 

「申し遅れました。私はレイン様の忠実なる部下であり、あの方の右腕的存在であり、【怪盗ブラック仮面】の代理も務めているギュンター・ヴァロアと申す者。記憶に留めずとも結構です」

 

 突っ込みどころ満載の名乗りだった。おちょくってんのかっ、と怒鳴りたくなるような自己紹介なのだが、ギュンターは顔色も表情も変えていない。恐らく素で言っているのだろう。

 

「そうか。レインの部下とやらが手前に何の用だ? まさかこんな時に製作依頼をする訳でもあるまいな?」

「その通りです」

 

 突っ込みはしなかったものの、冗談交じりに問い返した椿はまさか肯定されるとは思わず、唖然とした表情を隠せない。間抜け面を晒す椿に一切頓着することなく、ギュンターは荷車に積まれた木箱を降ろし始める。

 

 椿が正気に戻ったのはギュンターが丁度全ての箱を降ろし終わった時だった。しかし、箱の蓋が開かれた瞬間、眼帯で覆われていない右眼を限界まで見開くことになる。

 

 木箱に入っているのは鱗、爪、牙、角、翼……色は全て漆黒。鍛冶師として培った素材の価値を見抜く眼が、これらの正体を正しく捉えた。

 

「まさか、『黒竜』の武器素材(ドロップアイテム)か!」

「左様。全て【ヘファイストス・ファミリア】に譲りますので、とにかく武器を作ってもらいたい。それは所詮レイン様に力を奪われた竜の抜け殻です。レイン様の身体の一部だった物ならばともかく、上級鍛冶師(あなたがた)なら加工できるでしょう」

 

 はしゃぎ回る椿はとっくにギュンターの話を聞いていなかった。自派閥の荷物の中から携行炉と砥石、愛用の槌を取り出し、早速炉に火を入れて製作に取り掛かっている。

 

(ふむ……これで主戦力となる第一級冒険者の武器は揃えられる。それ以外の実力者にも『黒竜』を素材とした武器を渡せば……なんとかなりそうですな)

 

 その姿を見たギュンターは満足気に頷く。そしてレインに与えられた命令をこなすために踵を返し――

 

 ――背後から飛来した石を叩き落とした。

 

「……なにか」

 

 ギュンターが問い掛けたのは数名の男。身のこなしから見ても一般人の彼等は、唾を飛ばしながら喚き散らす。

 

「おっ、お前っ、レインって奴の部下なんだってな!」

「そうですが。それがなにか?」

「責任を取れっ。今すぐ俺達の前で謝罪しろっ」

「何故ですかな」

「き、決まってんだろ。レインのせいでこんな状況になってるんだ! 俺達が死ぬ前に誠意を見せろ! 謝れ、謝れっ、地面に額を擦り付けて謝れえっっっ!!」

 

 レインから『分身魔法』の存在を聞かされ、彼が生きていること、不死身になる『スキル』なるスキルを発動させてテュポーンと戦うことを知っているギュンターにとって、風の声(テュポーン)の殺害予告はもう気にしなくてもいいものだ。レインに全幅の信頼を置いているからこそ、とも言えるが。

 

 だがしかし、それ以外の者からすれば抗いようのない死を待つだけの状況だ。そしてギュンターはこの状況で無意味に武器を作らせようとしている馬鹿――説明しても信じてもらえるとは欠片も思っておらず、面倒なので相手にする気もなかった。

 

 故に半分以上話を聞き流していた。喚く男の目は血走っていて、口の端からは泡を吹いている。どう見ても正気ではない――テュポーンが奏でた精神を破壊する音の影響――ため、聞く価値がないと判断していたのである。

 

 しかし……周囲で成り行きを見ているだけの人間からも似たような空気を感じ取り、ギュンターの忍耐は限界を超えた。

 

「貴方達の言い分はわかりました。ですが、謝罪するつもりは微塵もございません」

「なんだと――」

「人類と神々を滅ぼすと言った声の主、テュポーンは現在レイン様が相手をしています。なので、いきなり死ぬ心配はありません」

 

 ギュンターの話を聞いた群衆は耳を疑った。何名かが「信じられるか」だの「生きている証拠は」だの騒ぎ始める前に、ギュンターは言葉を重ねる。

 

「そもそも、『神の恩恵(ファルナ)』を持たず『ゴブリン』にも負ける貴方達にレイン様を侮辱する資格などない」

「なんだよ……弱い俺達は喋ることすら許されないってか? 強いのがそんなに偉いのか!?」

「いいえ。弱いことは罪ではありません。悪いのは弱い自分を盾に、不幸や絶望に抗うことを諦めている姿勢です。そして私が個人的に気に喰わないのは、まるで自分ならもっと上手くやれるとでも言いたげな、根拠のない自信があることです」

 

 彼は割と怒っていた。敬愛する主を侮辱され、いつになく饒舌になっている。

 

「レイン様に文句があるそうですが、同じことができますか? 見返りを求めず、理不尽な怒りや恨みをぶつけられても嘆かず、命がいくつあっても足りないダンジョンを攻略できますか? 発狂ものの音を絶えず聞きながらという条件付きで、ですがな」

『……』

「貴方達はレイン様に文句や過剰な要求の言葉を述べるばかりで何もしていません。頭を回そうとも、何か行動しようとも思っていない。自分以外の誰かを矢面に立たせ、口だけ動かして何もしない貴方達のような輩を『卑怯者』と言うのです。……あの方が背負う覚悟の重さを知らぬ痴れ者が」

「……だけど、もしレインが負けたらどうするんだ? 勝てる見込みは?」

 

 刃のように鋭い事実を叩き付けられて俯いていた一人が呟いた。その言葉を聞いてギュンターは……思いっきり溜息を吐いた。

 

「レイン様が失敗するなどありえませんが、失敗して何か問題あるのですか?」

「はぁっ!? 問題あるに決まってるだろうが! レインが負けたら人も神も死んじゃうんだぞ! どうやって責任を――」

「レイン様がいなければ、とうに我々は死んでいるということを理解していますか? もう貴方達のような愚物を相手にするのは疲れるので、これにて失礼」

「おい、待てよ!」

 

 引き留めようとする声に耳を貸さず、ギュンターはその場を後にした。レインの命令を遵守するために、馬鹿共にかかずらっている暇はない。

 

 次にギュンターが向かったのは迷宮都市(オラリオ)にいた神々の大半が集まっていた場所。敬うべき存在を守るために、と大量の冒険者や敬虔な民間人が護衛として一緒にいた。しかし、テュポーンが神の本性を暴露したことで、神と未だに神への信仰をやめない狂信者、人類との間で醜い言い争いが勃発し、刃傷沙汰にまで発展していた。

 

「もう全員、片っ端からぶん殴って言うこと聞かせてやろうか」という感じの渋面を浮かべて、ギュンターは説得に取り掛かる。

 

『神は片っ端から「神の恩恵(ファルナ)」を与えていってください。戦うにしろ逃げるにしろ、「神の恩恵(ファルナ)」があれば大分楽になります」

『作業量が莫大過ぎる? 軍神アレスが一人で一万人近くの兵士の「改宗(コンバージョン)」をしたことは把握しています。貴方達はただ血を流せばいいのだから、キリキリ動け。「神の恩恵(ファルナ)」も(ロック)をしなければすぐどの神かはわかるので、解除できなくなる心配もありません』

『神の眷属になるのが嫌な者、眷属を作るのが嫌な者がいるなら私に申し出なさい。老若男女、神と人、種族問わず口と股間を焼いて黙らせてあげましょう』

『利用してやると考えなさい。神が人類(われわれ)を利用したように、今度は人が神を利用するのです。そう思えば、今だけは神々(こいつら)を守ろうと思えるでしょう?』

 

 淡々とギュンターは仕事をこなしていく。文句だけは一人前に言う勢力はストレス発散も兼ねて殴り飛ばして、叩き潰して、斬り伏せて。従順な者にはほんの少しだけ空気を和らげることで飴と鞭を使い分けながら、効率的に。

 

 ――後にギュンターの名は『三大冒険者依頼(クエスト)』に並ぶ恐怖の対象となるのだが……そのことは誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うわっ、本当にいた。あの人、よく普通のモンスターと違うって見抜けたなぁ……」

 

 場所は変わり、【ガネーシャ・ファミリア】が管理するモンスター達が乗っている――という建前で『異端児(ゼノス)』の一部が隠れていた馬車へ周囲の騒動に乗じて侵入していた者がいた。

 

 短めの金髪に青い瞳の整った顔立ち、背も一八〇C(セルチ)近くあるが、どこか幼い表情をしているせいで弱そうな雰囲気を纏っている男だ。

 

 男の名はレニ。本名はもっと長いのだが、「言いにくいし面倒」だと言われてレニと呼ばれているレインが国王兼将軍を務めていた頃の元部下である。もっとも形式上の関係で「元」と付けているだけであり、互いに今も仲間であると認識している。

 

 彼もレインからの指示で『異端児(ゼノス)』に接触したのだが、

 

(え、えぇ~? 将軍も初めて接触した時は戦いになったって聞いたから、最低でも警戒されて戦闘になるかと思ってたのに……)

 

 エルフに劣らぬ美貌の歌人鳥(セイレーン)、二振りの刀剣を装備する蜥蜴人(リザードマン)、置物のようにピクリともしない石竜(ガーゴイル)、明らかに普通ではないモンスター達は馬車に入って来たレニには目もくれず、沈痛な表情で項垂れていた。

 

 お通夜か? なんてあの人は言いそうだなぁ、デリカシーないし――などとレニはどうでもいいことを考えながら、とりあえずレインの頼みを果たそうと声をかける。

 

「あのー、自分はレニと言います。将ぐ……レイン将軍の部下です」

『……』

 

 レインの名前を出した瞬間、全ての『異端児(ゼノス)』がピクッと動いた。レニはビクッと盛大にビビった。

 

 何か言ってよ、黙ったまま空気だけ重くしないでくれよぉ。気が小さいレニはビクビクと身体を縮こまらせながら、持ち込んでいた袋の紐をほどいて『異端児(ゼノス)』達の前に押し出した。

 

 袋には、数え切れない量の『魔石』が詰まっている。全てレインがこっそり都市外に運び出していた物だ。

 

「……え~っとですね、将軍が言うにはダンジョンから通常とは比べ物にならない強さのモンスターが溢れ出すので、皆さんにそれを迎撃してほしいそうです。今目に見えるほどの強化を行えるのは、『魔石』を取り込むだけで強くなれるモンスター(あなたがた)だけでしょうから」

『……』

 

 空気がより重くなった。牙や爪が擦れるような硬質な音が聞こえる。早くここから逃げ出したい一心で、レニはヤケクソ気味に話した。

 

「あと意味はわからないですけどっ、『ここが悲願(ゆめ)を叶える分水嶺だ。俺はもう手助けしてやれないから、全員が死力を尽くして存在意義を示せよ』とも――」

「すまねぇ。もう黙ってくれ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)――リドが低い声で呟いた。「僕に何を言わせたんですか、将軍っ」と内心で叫んでいると、

 

「……馬鹿だよな、オレッち達。レインはずっと助けてくれてたのに、オレッち達はあいつを信じてやれなかったんだぜ」

『……』

「いや、それだけじゃねぇ。レインが抱えていた苦しみに気付いてやれなかった。裏切られたと早合点して、怪我させたり――は強過ぎて無理だったけど、剣まで向けた。なのにさ、レインはオレッち達を見捨てずに、自分を犠牲にしてまで『悲願(ゆめ)』を叶える手助けをしてくれてる」

『……ッ』

「いいと思うか? 恩をちっとも返せてないのに、自分達だけのうのうと生きてて。……オレッちは思わねぇ。でも、どうしたらいいのかもわからねぇ」

 

 彼等を襲っているのは、自分達(モンスター)が生まれた真相も気にならないほどの途方もない自己嫌悪と罪悪感だ。都市での戦いで『異端児(ゼノス)』だけは死者がいなかったこと、避難の際もダンジョンに残っていた同胞を運び出せる余裕があったこと、こうして都市外に避難できていること……誰のおかげで今があるのかわからないほど彼等は愚かではなかった。

 

 もう取り返しがつかない。罪を償う方法がない。そんな風に絶望している『異端児(ゼノス)』達に、レニは思わず口を開いていた。 

 

「いや、気にしないでいいと思いますけど。あの人、結構勘違いされるような言動してるし、割と偽悪的なところもあるので。僕も最初はしょっちゅう誤解してましたけど、そのことを怒られたことはないです」

 

 あっけらかんとしたレニの言葉に目をかっ開く『異端児(ゼノス)』。モンスター達からとんでもない顔を向けられ、慰め半分、逃げ出したい気持ち半分で続ける。

 

「とにかくですね、将軍に申し訳ないと思っているなら、夢とやらを目指して頑張ってください。あの人は、大事な人の幸せを何よりも喜ぶ人ですから。それではっ」

「あっ、ちょ、最後に一つだけ教えてくれ! ……あんたはレインにオレッち達のことを聞いたんだろ? でも、なんで助けようとしてくれるんだ? 人から見たら殺すべき怪物(モンスター)なのに……」

「ああ、簡単ですよ」

 

 リドからの問い掛けに、レニは照れくさそうに笑って答えた。

 

「将軍は僕にとって、ずっと変わらない『英雄』ですから。僕は英雄になれないけど、英雄の手助けならできる。その英雄から力を貸して欲しい(たすけてくれ)と言われたら……うん、嬉しいじゃないですか。だから役に立つために、皆さんも助けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 約束の地(オラリオ)へ多くの戦士が集結する。

 

「妹と国を救ってもらった上に、余計な世話だが馬鹿共に女をあてがってもらった。その恩をやっと返せる」

 

 過酷な環境で鍛えられた兵士が多くいる『霧の国(ベルテーン)』。

 

「ルルネェ……! 今までよくも逃げていてくれましたねぇ……!?」

「いやいやいやっ、あの馬鹿みたいな破壊光線見たら誰でも逃げるだろ!? それにこうして戦闘狂のアマゾネス達を連れてこれたんだから許してくれよ~」

 

 殺し合いを繰り広げ、屈強な女戦士を有する『テルスキュラ』。

 

「あいつ本当にふざけるなよ……。やたらと王族について詳しいと思っていたけど、あの最恐王女の実兄とか最初から教えていてくれよ! 援軍要請という名の脅迫だったぞあれは!」

 

 何故か喚き散らしている美しい『王子』の統率の下やってきた『カイオス砂漠』の勢力。

 

 日の光を浴びれぬ異端のエルフ達が、真実を知ってようやく吹っ切れた復讐者の女が、忌々しい呪縛から解き放たれた死妖精(バンシー)が、迷宮都市(オラリオ)の冒険者にも劣らぬ英傑達が次々と集っていく。レインと関わり、レインに救われ、レインを慕う者達が。

 

 それはまるで、英雄の船(アルゴノゥト)に導かれているようで――

 

「ああ……凄いなぁ…………悔しいなぁ」

 

 世界のどこかで、誰かが尊敬と嫉妬を籠めて呟いた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 甚だしい威力を秘めた青き魔剣が黄金の剣に受け止められる。受け流すことも許さない衝撃が精霊の武器を持つ男を死に至らしめるが、青き魔剣を振り切った少女は顔をしかめた。

 

(――反応された)

「やっと……やっと、防げたぞ、クソッタレ」

 

 雷の大精霊の権能は『加速』。奇しくもレインは前所有者と同様、体内に雷を流して、無理矢理自分を加速させていた。神経伝達速度だけでなく、【時死黒剣(スキル)】による【ステイタス】上昇速度さえも。

 

 雷霆が不死身になったレインの身体を内側から焼き尽くそうと荒れ狂い、激痛と引き換えに彼を支えている。負けるなと、諦めるなと叫んでいる。焼け焦げた細胞が黒い涙となって頬を濡らすが、レインは不敵に笑って見せた。

 

 その笑みを見たテュポーンは、これまで使っていなかった力の行使に踏み切る。すなわち『風』の力を。

 

風の本質は『変化』。【エアリエル】を発動させたアイズが風を攻防一体のものとして扱っていたように、敵を粉砕する破壊の鉄槌に、攻撃を無効にする圧力に、その身を加速させる追い風になる。

 

 使えるもの全て――瀕死になった場合に全能力値(アビリティ)を上昇させる『逆境』までも既に発動させていたレインは、『風』を纏ったテュポーンに再び蹂躙された。

 

 初撃を右手に持った『雷霆の剣』で受け止めれば右腕そのものが爆砕し、二撃目が咄嗟に伸ばした左手で掴んだ『雷霆の剣』ごと左半身を消し飛ばされる。そしてトドメの攻撃を『覇気(アビリティ)』による不可視の盾によって受け止めることで稼いだ一瞬よりも短い時間で腕を再生させ、また身体を破壊される(ループ)を繰り返す。

 

 守勢に回っているレインを襲うのは剣戟だけじゃない。鋭い風の刃、大気の塊の破城槌、吹き荒れる嵐の槍……大風が付与された徒手空拳は振るわれるだけで無慈悲に身体を削り、当たれば無残な肉片に変える。

 

 防御と呼ぶのも烏滸がましく、攻勢に回れるはずもない。未だにテュポーンとレインでは戦いが成立しなかった。ここまでしてもレインは遅すぎて、脆すぎて、軽すぎてーー弱かった。

 

「レインは僕に勝てないよ。肉体強度で劣り、技量で劣り、身体能力やスピードでも劣っている。人間でしかない君が、人智を超えた存在である僕に勝てる要素なんて一つもないんだよ」

 

 テュポーンに殺され続けていたレインは把握できていないだろう。既に十万年以上の年月が過ぎていることに。あくまで人間でしかないレインがこの莫大な年月を認識すれば、ほぼ確実に自我が耐えられなくなる。

 

 もう攻撃に反応できる程度の余裕を取り戻したレインは時間の流れを感じてしまうだろう。そうなる前に、レインに負けを認めさせなくてはならないのだ。

 

「だからさ、もうこんな無意味な真似、やめ――!?」

 

 降伏を促そうとしていたテュポーンは全力でレインを吹き飛ばし、大きく間合いを取った。黒い靄が集まって再生しているレインを視界に入れながら……静かに、頬を指でなぞった。

 

 指に湿った感触は伝わらない。しかし、キメ細やかな頬に小さな、けれど確実なささくれがあった。

 

 ――レインの攻撃が通じた、確かな証明が。

 

「何が人智を超えた、だ。舐め腐りやがって……」

 

 ゆっくりと立ち上がったレインは、鋭い目でテュポーンを睨みつけながら吼える。

 

「勝手に人間(おれ)の限界を決め付けるなっ、馬鹿野郎!」

「ッ!?」

 

 猛然と向かってくるレインを、テュポーンは動揺を隠せぬまま迎え撃つ――。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 全てを無に帰す黒い津波、万物を破壊する力の氾濫、悪意の渦巻く母胎から誕生した悪夢の化身。『大穴』というかつての姿を取り戻したダンジョンは無慈悲に、残酷に、冷酷に、復讐対象(かみがみ)を弑するために『神への刺客』を生み出した。

 

『ゴブリン』『コボルト』『キラーアント』『オーク』『ミノタウロス』『アルミラージ』『ハーピィ』『ワイヴァ―ン』『バグベアー』『ユニコーン』『リザードマン』『ガン・リベルラ』『デッドリー・ホーネット』『イグアス』『ルー・ガルー』『ウォーシャドウ』『スパルトイ』『フォモール』『スカルシープ』『グリフォン』『ラミア』……『上層』『中層』『下層』『深層』、あらゆる階層のモンスターの群れは、例外なく黒かった。

 

 黒いモンスター達は地上の空に何の感慨も覚えず、本能のままに憎む相手――神と神の眷属を目指して地を駆け、空を舞う。

 

 最初にモンスターと接触したのは【ロキ・ファミリア】。大派閥と一緒にいれば安心だと考えた神と人が最も多く、それに従い『神の恩恵(ファルナ)』を刻まれた者も密集していた。黒いモンスターがそこを目指すのは必然と言えるだろう。

 

 最初に戦いを開始したのはLv.1のエルフだった。飛びかかって来た『ゴブリン』と『コボルト』を流れるように抜いた片手剣で迎撃する。

 

「がっっっ!?」

 

 そして、最初の犠牲者となった。『ゴブリン』の矮小な身体からは信じられない力で武器を弾かれ、がら空きになった腹を『コボルト』の爪で引き裂かれて絶命する。

 

「フィン!」

「ああ。――手短に言う! これから相手にするモンスターを今まで通りだと思うな! 全ての敵が最低でも一段階、最悪なら二段階【()()()()()()()()()()と考えろ!」

 

 瞬時に二匹を屠ったガレスが叫ぶと同時に、フィンは入手した情報を【指揮戦声(スキル)】によって可能な限り遠くまで伝達した。続けて愚者(フェルズ)から貰い受けたままの『眼晶(オクルス)』で他派閥にも伝えるよう指示を出す。

 

 これにより、ここら一帯の死傷者数は最小限に抑えられた。だがしかし、それ以外の場所では叫喚が飛び交うことで危険度の認知が上手くいかず、加速度的に死傷者の数は増えていくことになる。

 

 ――オラリオを中心として生まれる各地の戦場で、様々な光景が広がっていた。

 

「おい……ふざけんなよ」

 

 茫然と呟くのはLv.4の獣人だった。その場にいた冒険者の中では彼が一番強く、それ故に不穏な地鳴りを、不気味な地響きを、()()()()()()()()()()()()()()()()かのような兆候を感じ取ってしまった。

 

 数分後、兆候は現実となり、全ての者に悪夢として映る。

 

「『階層主』まで何体も出現するとかっ、ふざけんなよおぉおおおおおおおおおおお!?」

 

 かつて18階層で猛威を振るった漆黒の巨人(ゴライアス)が複数体、その巨躯だけで抗戦の意思を奪い、心を圧し折り、生きる希望を失わせていく。

 

 ――別の戦場では、迷宮と異なり高さに制限がない高所からの攻撃に苦戦を強いられていた冒険者の代わりに、翼を持つ『異端児(ゼノス)』が空中戦を繰り広げていた。

 

「モンスター同士がやり合ってる?」

「いや、見覚えがあるぞ。あれはオラリオで【ロキ・ファミリア】と手を組んでいたモンスター……!」

「敵の敵は味方って言うだろ! ほっといて前の奴等に集中しろ!」

 

 黒に染まりきったモンスター達と地上の人々を守るように戦う『異端児(ゼノス)』の姿に、誰もが目の色を変えていく。この戦いが終わった後の『異端児(ゼノス)』達の悲願の行方は果たして……。

 

 ――また別の戦場にて。

 

「本当に何者だあの男!? オラリオの冒険者じゃないのにべらぼうに強いぞ!」

「ああ、滅茶苦茶不機嫌そうな面してるせいか、モンスターをゴミ虫みたいに蹴散らしてる!」

「勝てるぞ! あの表情筋が超硬金属(アダマンタイト)並に硬そうな男に続けー!」

「……」

「ギュンターさん抑えて!?」

 

 助けてやっているのにボロクソに貶されるギュンターが無表情で広範囲魔法を馬鹿共を巻き込む形で発動させようとするのを、レニが必死になって止めている。それを知らずに目の前の敵に集中する阿呆は間違いなく幸せだろう。

 

 しかし、これはただの延命措置。下界で生きる人類と神々の命運は、未だ別の世界で戦う男に託されている。

 

 その事実を知る者は『神への刺客』に死力を尽くして抗いながら、心の中で祈りを捧げる。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 何度だって立ち上がった。何度だって膝を折られた。

 

 幾度も前に足を進めた。幾度も後ろに突き飛ばされた。

 

 人智も神智も超えた、まさしく超越者同士の死闘があった。譲れない願いを胸に、超越者達のぶつかり合いは激しさを増していく。

 

 テュポーンが大陸を割る力で踏み込み、星をも粉砕する威力の拳撃を繰り出した。彼女の手に伝わるのは――肉を打った生々しさと、骨が軋む感触だ。命を奪った感覚ではない。テュポーンの顔が悲壮に歪む。

 

(もう、レインの『耐久』が……苦しませないように瞬殺してたのに、それもできなく――)

「――考えごととは余裕だな」

「ごっっぼ!?」

 

 鞭のようにしなったレインの蹴撃がテュポーンの胸に突き刺さり、ボギィッッ!! と気味の悪い音を奏でた。この戦いで初めて、テュポーンが自分の意思以外で後ろに吹き飛んだ。

 

 咳き込んだら血の塊が吐き出された。そして、もう折れた胸の骨は治ったはずなのに、泣きそうになるくらい胸が痛かった。

 

「どうして……」

「あ?」

「どうしてっ、レインは僕と戦うんだよ!?」

 

 気付けば、泣きそうな子供のように叫んでいた。

 

「神も人も、守る価値がどこにあるって言うんだ! どいつもこいつも私利私欲のために、自分本位に生きていて! 神は面白ければ何でもいい異常者で! 人は欲望のためならどこまでも残虐になれる生き物だ! 生きているだけで腸が煮えくり返る、世界の害そのものだっ!!」

「……」

「賭けてもいい。あいつらは君に感謝なんてしない。いつか必ず君を疎ましく思うようになるだろう。そんな恥知らずな存在だ……君には覚えがあるだろう」

 

 レインは否定しなかった。

 

『貴方が早く来ていたら!』

『もっと頑張ってくれていたら!』

『お前が死ねば良かったのに!』

 

 過去に助けた人々から浴びせられた言葉。自分の頑張りが認められるどころか、より高い理想を求める強欲な人々に否定された。勝手に頼られて、勝手に失望されて、全てに応えようとして傷つけられる。

 

 レインが歩んできた道はそういうものだ。誰も歩いたことのない先が見えない道を無責任に背中を押されて歩かされ、一度でも躓けば踏みつけられる。そして満足すれば捨てられるか、もう一度立たされて無理矢理歩かされるの繰り返し。

 

「……一生に一度のお願いだ。僕は君を死なせたくない。母さん(ガイア)も僕も認めた、唯一の家族なんだ。もう、戦いたくない……負けを認めてくれ」

「……君の言い分に共感できる部分は多々ある。『人間が皆悪い奴じゃない』『神にも改心して善神になった奴もいる』なんてセリフ、君の苦しみを知らない俺が言うつもりもない」

 

 だけどな――淡い希望など一切与えず、固い決意と共に言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィーネの身体を乗っ取るなんてふざけた真似をしてくれた時点でっ、俺は君を必ず殺すと決めてんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぁ……」

 

 蒼白となって呻くテュポーンから意識を逸らさぬまま、レインは『雷霆の剣』を強く握った。

 

「【雷霆よ(ケラウノス)】ッ」

 

 そして唱える。【時死黒剣(スキル)】の再生能力さえ超過しかねなかった故にできなかった、『安全装置(セーフティ)』を解除する詠唱を。

 

「【雷霆よ(ケラウノス)】!」

 

 更なる力、更なる速さ、更なる強さをレインは欲した。

 

「【雷霆よ(ケラウノス)】!!」

 

 その身に余る憎悪に支配され、光を見失っている少女を救うために!

 

「【雷霆よ、我が身を燃やし加速せよ(ケラウノス・ヴォルト―ル)】!!!」

 

身体が発光するほどの雷が駆け巡り、遂に目が再生しなくなった。再生した端から雷霆が焼き尽くし、黒い涙さえも蒸発する。

 

 それでもレインは前に進む。自分が選んだ道に誤りはないと信じているから。

 

 テュポーンは前に進むしかなかった。それ以外に道を知らなかったから。

 

「あっ、あああっ、ああああああああッッッ!?」

「はぁぁぁっ!!」

 

 片や悲鳴を、片や短い雄叫びを吐き出し、最後の戦いへと臨む。

 

 振り上げられた蹴りが腕を断つ。突き出された凄まじい破壊力を孕む拳砲が半身を消し飛ばす。抜き手がぶつかった回し蹴りを貫き、手刀が迫り来る掌底を切断する。踵落としと上段蹴りが交差し、爆発した。

 

 音を斬り刻み、影が置き去りにされ、光は追い越した。

 

 疾くなる剣戟、速くなる敏捷、早くなる反応速度。風が持ち手を潰すほどの圧力で青の魔剣を固定し、雷の加護は武器を手放すことを許さない。

 

 戦場(エデン)は壊れない。次元の違う戦いを繰り広げようと、永遠の楽園を願って創造された世界が滅びることはありえない。

 

 そして――ついに決着の時は訪れた。

 

「ラァッ!」

「がっっ!?」

 

 鳩尾に叩き込まれた掌底。内臓を容易く壊す衝撃でテュポーンが吹き飛ぶのを他所に、レインは初めて両手で『雷霆の剣』を握りしめる。

 

 テュポーンは見てしまった。刀身に宿っていく白い光を。この戦いに幕を下ろすに足る力を秘める人間の『魔法』を。揺るぐことのないレインの覚悟を。

 

「――――――――!!」

 

 何と言おうとしたのかはわからない。ただ知っているのは『魔法』に近しい『奇跡』を発動させたこと。白い光と相反するかのように、テュポーンの剣は黒く輝いた。

 

 荒れ狂う白き雷、吹き荒ぶ黒き風。世界を滅ぼすかの如く嵐が猛威を振るう次の瞬間、

 

「あああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!」

 

 凄烈な咆哮を上げ、突貫する。零に等しい時間で互いの間合いはなくなった。

 

 そして――

 

「【アダマス・――】」

「【アルゴノゥト・――】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【――ワールウィンド】!!!」

「【――ティルフィング】!!!」

 

 純白と純黒の斬撃がぶつかり――世界を揺るがす風が巻き起こった。

 

 




・【アルゴノゥト・ティルフィング】
「皆が救いたいと思う(みかた)は誰かに任せて、僕は誰も気にしようとしない(てき)を救いたいと思う!」と笑顔で言った人物の唯一の『魔法』。
 効果は究極の峰内――絶対不殺。

・【アダマス・ワールウィンド】
 初めての不完全たるテュポーンに発現した、『奇跡』よりの『魔法』。
 効果は絶対切断。

 レインが『雷霆の剣』を両手で持たなかったのは、電気で筋肉が硬直し離せなくなるからです。

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