雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
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そんな炎を宿す者の結末は語るまでもないだろう。
ずっと見ていた。一人の少女の死をきっかけに、『
ただの暇つぶしだった。天地がひっくり返るよりも小さな確率で誕生した、【
それに少女も僕に似た境遇だった。生まれてくるなと罵られて、死んでほしいと存在すらも否定される。――後に人としての尊厳さえも弄ばれるのを見た時は、僕と強い繋がりがある者は皆、『運命』を呪われているんじゃないかと思ったほどだ――。
だから僕は、少女の人生が終わる寸前まで手出しを――つまり受け皿としての役目をさせないと決めていた。元は神である僕と少女では『
神々が僕と母さんにしたことと同じ真似なんて、絶対にしたくないという決意。そして、少しばかりの同情心。復讐と母への愛以外は捨て去ったと思っていた僕に残っていた優しさの残りかす、正しさへの感傷。僕の気まぐれで少女の人生は尊重された。
――尊重していたつもりだったのに。あの少年に会うまで、僕は己に課した誓いを破るなんて想像もしなかった。
少女がその少年からの求愛を受け入れた時には失望を覚えた。結局この娘も、十数年ぽっちしか生きていない子供の愛の言葉になびく程度の女だったのか、と。同時に、認め難いがこの僕が仲間意識を抱いていた少女の心を奪った少年に怒りを向けた。
視界の共有を解除しようと考えもしたが、それはそれで負けた気がする。だからずっと少女が見るもの全てを僕も見ていた。そして――
(ああ――好きだな)
いつしか僕は彼――レインを好きになっていた。長い歴史の中で、初めて独力でダンジョンの正体を暴いた人間。人類の身に余る難題を前にしても決して逃げず、僕と母に『救い』を与えようと足掻いてくれた。見捨てたとしても誰も、それこそ僕だって文句は言えないのに、だ。これで惚れるなというのは無理な相談だろう。――屑で塵な神は『自己犠牲に自己陶酔してて草』とかほざくだろうが、そいつらはぶち殺す。
自分以外の誰かを思いやれるところも、頑固なくせに繊細で優しいところも、偶に傲慢そうに見えて実は謙虚なところも……全部、好きになった。
数多の怪物を下し、黒き竜の王をも打ち破り、果てには最強の存在である僕すら超越する。彼の強さは全て、一人の少女に対する一途な想いを支えに積み重ねたものだ。それを僕も少女も、未来を予知する【
武を極めたかった訳じゃない。歴史に名を残したかった訳でも、富や名声を求めていた訳でもない。こんな世界で一人の少女が幸せに生きられるようにしたいと、それだけを願っていた男だった。
そんな男に愛してもらえたらどれだけ幸せだろう。そんな想いを与えてもらえたら、この空っぽの胸はどれほど満たされるだろう。レインが
彼が誰彼構わず靡くような男ではないとわかっている。だから僕は愛されることを諦めた。神々と人類への復讐も、母との何人にも邪魔されない世界の想像も、何もかもを投げ出して、愛に等しい殺意を向けられることを選んだ。
どんな感情でもいい。好きな人からとても強い感情を向けられることは、愛されているのと変わらない――そう思えるから。
――そう思って……諦めたはずだったのになぁ。
♦♦♦
前触れは一切なかった。唐突に、人類が死力を尽くして抗っていた『黒いモンスター』の全てが一斉に動きを止めたのだ。冒険者達は止まった原因を考えるよりも先に、このチャンスを生かそうと武器を振るったが、その必要はなかった。
ビキッ、と『魔石』のある胸部から
この戦いが終わり――自分達の勝ちだと悟るのに時間はいらなかった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
次の瞬間、世界中で大歓声が巻き起こる。
戦っていた者は武器を放り投げ、邪魔にならないために逃げていた者は足を止め、近くの者達と声を上げた。今だけは人種も善人も悪人も、それこそ元凶である神や世界の癌である『
しかし、多くの人類と神々が喜びに沸き立つ中、ギュンターは一人静かだった。
彼はレインと古い約束がある。『隠しごとはなしにする』――そんな約束が。
故に彼は戦いの終わりが何を意味するのか知っている。だから彼は密かに、誰も目に留めないような木の陰に身を潜めた。
「……お見事でございました、レイン様。私も貴方様の部下として、貴方の友として約束を果たしましょう。どうか――ごゆっくり、お休みくださいませ」
――夜が明けていく空に声を溶かしたギュンターの顔を目撃した者は、今は誰一人としていない。
「オッタル」
「はっ」
「見届けに行くわ。私を運んで」
「御意」
瞼を上げた時、不思議と視界は鮮明だった。あれだけの死闘を繰り広げていたというのに、泥のような倦怠感も、魂と肉体を締め付けるような苦痛も感じない。しかし、身体は欠片も動いてくれはしなかった。
なんとか動く眼球だけで周囲を見渡してみる。そのままの視点では青々とした葉が生い茂った木々の隙間から淡い光が差し込んでいるのがわかり、限界まで横に動かせば黒真珠のように美しい水面を広げる小さな湖が見えた。
すぐにどこにいるのかを把握した。間違いない、ここは二人だけの秘密の場所だ! そこまでを認識したところで、別の世界での死闘がどうなったのかを思い出そうとする。
「起きた?」
その声を耳にした瞬間、全てを思い出した。そもそも、周囲を確認した時にあるものを目にしていたのだ。
その正体は、刀身が半ばから断たれた――地に突き刺さる『雷霆の剣』。そしてもう一つ――
「ああ、そうか――」
「僕は負けたんだね……そうでしょう……レイン」
少女の胸に突き立った、夜空よりも美しい黒の剣。
「ああ――と言いたいが、勝ったなんて思えないな。後味は悪いし、卑怯にイカサマ、使えるものはなりふり構わず使ったって感じの戦いだったからさ」
仰向けで
「どうして動けたの? 僕は『雷霆の剣』を両断したよね。精霊の武器と一心同体になっている
「半分は俺の気合いだが、半分は君のせいだな。もういっそ清々しいくらいすかっとぶった斬っただろ? 砕けたりでもしていれば動けなくなってたんだろうが、真っ二つだから下半身だけの判定になったみたいだ。俺の『魔法』も武器が半分になったくらいで解除されたりはしないし、小さくなっちまった剣を君の腹に叩き込むのは不可能じゃなかったぞ」
「……ここにはどうやって?」
「君がやったのと同じ真似をしただけだ。《
「ふっ、あはははは! 偶然か……都合のいい偶然もあるものだね」
「ははっ、本当にな」
どちらも思わずといった風に笑う。二人の間にはもう、戦意や殺意はない。けれど、今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
ひとしきり笑った後、テュポーンは穏やかな声音で核心を突いた。
「レインはさ、僕の心がとっくに折れていたの、わかってたんでしょう?」
「……」
「なのにどうして、最後まで付き合ってくれたの?」
テュポーンは優しいのだ。どんな理由があろうとも、大切な存在を傷つけ、好いた人の死を積み重ねた自分を許せない。レインの命を奪う度に自責の念で死にそうなくらい己を責め続けていた彼女は、【
特定の箇所に使わなければ効果を発揮しない、とは考えられない。もしそうだとしても、レインには実行する技量と好機がいくつもあった。
テュポーンの問い掛けに、レインは考える素振りも見せず答える。
「……ただの自己満足だ。ちょっとばかし気分がハイになって酷いことを口にしたが、君の方が正しい。悪意も、復讐の意思も、俺への優しさもな。俺はそれを全て否定して、邪魔をして、踏み躙った」
「……」
「だからその分、俺を痛めつけてもらおうと思った……それだけだよ」
「ふーん。それって嘘じゃないけど、全部でもないよね」
「……君が俺をどう見ているのかは知らんが、俺は決して聖人君子なんかじゃないぞ」
「知っているさ。君が聖人君子なんていう『復讐は何も生まない』がモットーの能天気な
レインに言われなくてもテュポーンはわかっている。彼女の内に巣食っていた憤怒と憎悪を全て受け止めるために、レインは戦ってくれたのだと。
テュポーンの戦意を砕くに足りたのはレインが積み上げた無数の死だけではない。彼にぶつけられた途方もない怒りが、そしてそれ以上の慈愛が、彼女に敗北を受け入れさせた。
告白じみた
数十秒か、数分か――十字に裂けた紫紺の瞳が霞みだしたテュポーンが、静かに沈黙を破る。
「死ぬことは……怖くない」
ぽつり、と。
テュポーンは呟いた。
「神々と人類に報いを与えられなかったのも……悔しくない」
ぽつり、ぽつりと囁く。
「ただ……君と一緒にいられないことが嫌だ。君への想いを忘れることが……何よりも嫌だっ……!」
身を切るように絞り出される声は湿っていき、焦点の合わない瞳の縁には涙が滲んだ。
「レインと一緒にいたいよ……母さんを忘れたくないよっ……二人と一緒に、生きていたいよ……!!」
避けられない別離がそこまで迫っていた。最期の時くらい綺麗に別れを伝えたかったのに、感情を押さえつけていた理性が瓦解する。
本当は悲しくて、辛くて、諦め切れないんだ。どうして自分だけが、と感情のままに喚き散らしたい。身体が動くなら衝動の僕となって暴れていた。助けてほしいとレインに縋ってしまいそうになる。
「大丈夫だ」
――それなのに、レインの力強い声を聞けば、不思議と安心してしまう。
「この別れは一時的なものさ。たとえ俺のことを忘れようが、姿形が変わり果てようが、こうして繋いだ縁が途切れない限り、俺達はまた会える。これからの旅路で君が俺のことを嫌いになろうと、嫌でもな」
「……僕がレインを嫌いになるなんてありえないから、そこだけは否定しておくよ」
二人は顔を見合わせて笑う。しんみりした空気はなくなっていた。
「レイン……最後に、キスしてくれないか。何億年も前から誰にも許してないし、死んでいた君にだってしていない、正真正銘のファーストキスだ」
「……」
「不思議そうな顔をするなよ……僕だって乙女なんだ。『ファーストキスは好きな人からして欲しい』って夢くらい……あってもいいでしょ?」
レインは黙って身を屈める。しばらくの間、二人の身体が静かに重なった。
そして――
「――――」
「…………っ。レイン……君って奴は本当に、泣きたくなるくらい、残酷で……優し、ぃ……ょ」
神々によって狂った運命に巻き込まれ、人類には間接的にその生涯すら否定された【
「うん。女の子はやっぱり、笑顔が一番似合うぞ」
けれど、彼女が最後に浮かべていたのは――涙に濡れながらも美しい、幸せそうな笑顔だった。
「――『僕』もすぐに逝く。決して一人にしないよ」
レインは自身の左手に視線を落とす。――そこには蜘蛛の糸のように細く長い罅割れがあった。
そして永き夜が明け、残酷なほどに美しい朝日が昇る。
♦♦♦
フレイヤを横抱きにするオッタルは、彼女の案内に従って辿り着いた森を眺めていた。
草原の中に存在する小さな森。彼が『魔法』を使用すれば一発で跡形もなく消し飛ぶ程度の規模で、仮に踏破しなければならない場合は、強靭な肉体によるごり押しで木を圧し折って進むだろう。
しかし、女神の命あれば別だが、それ以外の状況ならここを可能な限り傷つけたくない。不思議とそう思ってしまう場所だった。
「降ろしてオッタル。ここからは歩いて進むわ」
言うが早いか、フレイヤは自らオッタルの腕から身を乗り出し、ずんずん森の中へ進んでいった。今まで見たこともない主神の姿に僅かばかり硬直するも、オッタルは無言で彼女に追従する。
道らしい道もないのに、フレイヤの足に迷いはなかった。偶に針葉樹から飛び出す長い枝が彼女の柔肌に傷を付けそうになれば、注意を払っていたオッタルがこっそり『
危なっかしい主神の歩みに、朴訥な武人が顔色を変えて抱え上げそうになるのを鋼の自制心で補助程度に留めること数回、ついに開けた場所に出た。
そこにいたのは、御伽噺に登場する眠り姫のように目を閉じている少女と、騎士のように見守る少年。
「……フレイヤにオッタルか。空気読めよ。最後の最後くらい、恋人と二人きりにしてもらいたいんだが」
「レイン……か?」
湖の畔に座り込むどこか見覚えのある少年が浴びせてきた文句に、オッタルは怒りではなく疑問を返した。
見た目が若返っているのもあるが、それ以上に纏う空気がまるで違う。最後に顔を合わせた時に纏っていたオッタル達が可愛く思えるほどの重圧が消え失せ、代わりに見たことがない微笑みを浮かべているのだ。そのような人物が『最恐派閥』の主神と団長に毒を吐いてきて、流石のオッタルも混乱してしまった。
だがしかし、彼の問い掛けは女神が一歩前に踏み出したことで流される。
「レイン」
「……空気を読めと言っただろうが。さっさとここから立ち去れ、色ボケと脳筋の馬鹿コンビ」
「
フレイヤは、はっきりと顔をしかめていた。不快そうに……そして悲しそうに。
「不死身の
銀の瞳を冷然と細め、美の女神は断定の声を発した。
「レイン、貴方自身への憎悪の具現化たる【
「……何かをした訳じゃないさ。強いて言うなら、あるべき形に戻しただけだ。本来の権能と一緒に封じていた代償も復活しただろうが……ろくなものじゃないのは確実だろうな」
レインは一度も振り返らない。単に身体が意識から離れてしまったように言うことを聞かないのもあるけれど、少しでも長く、ほんの少しでも長くフィーネの顔を眺めていたかったから。
代わりに今度はレインから口を開いた。
「なぁ……一年前、砂漠で俺の本当の
「……あら、意外ね。覚えていたの?」
フレイヤとレインが初めて出会い、眷属の契りを結ぶことになった砂漠の旅。その時、慈愛と憐憫を帯びた彼女の言葉を、レインは蘇りかけていた過去の記憶と共に切り捨てた。
だが、今は――
「どうだ、俺の
そんな言葉に、女神は極上の笑みで答えた。
「さぁ? 他ならない貴方自身がわかっているんじゃないかしら」
「そうか……うん、そうだな」
勝手に彼女の下から去ろうとする『
「貴方の主神として、最期を見ていてあげたいけど……貴方の要望通り、二人だけにしてあげる。ついでに、無粋な輩が入らないようにも……いえ、その必要はないわね」
「ああ。……フレイヤ」
「何かしら?」
「最初は嫌々だったし、認めるつもりもなかったが、今日は大サービスでちゃんと言っておく。……あんたの眷属にしてくれたこと、心から感謝しているぞ」
「もっと早く聞きたかったわね、それ……。私も、貴方が眷属になってくれて嬉しかったわ」
最期の挨拶はなく、別れの言葉もなく、レインの側から女神と武人の影が退いていく。少年も、女神も、武人も。誰一人として振り向くことはなかった。
やがて湖の周辺にある気配がレインと眠る少女だけになった頃、地平線から太陽が顔を覗かせ、
「ここ、は……」
――うっすらと瞼を上げた少女の横顔を淡く照らした。
♦♦♦
(上手くいったか。これで目を覚まさなかったら、本当に死んでも死にきれなかったぞ……)
レインはかつて感じたことがないほどの安堵から、深く長い息を吐く。
自ら命を絶つことを条件に発動する【
史上最高の
成功する確証はなかった。フィーネの魂が消滅していないことが大前提の、他力本願の賭けでもあった。確率は数字にするのも馬鹿馬鹿しいほど小さかっただろう。
けれど、レインは揺るがず、選んだ道を信じて真っ直ぐに進んできた。その強靭で高潔な意思で綴って来た『軌跡』こそが、この『奇跡』を成就させたのである。
(……眠い)
必死に張っていた気を緩ませたレインに無情な睡魔が襲い掛かった。ぐらり、と身体を支えていた最後の力を失い、レインは地面に向かって傾いていく。
「――っっっ!? レインッ、レイン!」
直後。倒れ込むレインを飛び起きたフィーネが支えた。レインの身体を仰向けにして胸にかき抱き、何度も、何度も呼びかける。
あの時と真逆だった。『
最早まともに思考もできない頭で、レインはそう思った。
「………………フィーネ」
「レイン! ……どうして私をっ……ちがうっ、そんなのは後でいい! お願いっ、死なないで! もう嫌なの……大切な人が死ぬのはもう嫌なのよ!!」
かつて蘇生魔法で失ったはずの思い出を覚えていることも、弱かった心が封じ込めていた記憶があることも、フィーネにとってどうでもよかった。レインの全身で音もなく広がり続ける亀裂を止めなければ、レインがいなくなってしまう――それだけが重要だった。
何もできないのはわかっていた。それでも何かをせずにはいられないフィーネが、もう一振りの《
「『僕』は……ずっと、死にたかった」
朦朧としているレインのかすかな囁きが耳朶を揺らし、喉が引き攣るほど胸を締め付けた。
「君を死なせてしまった、あの日から……ずっと、死ぬことを、望んでいた……。君のいない世界に、未練はない……数え切れないほどの命を、奪い続けて……死をもって……罪を、償いたかった………………君に……謝りたかった………………」
「なら、私の方がいっぱい罪を犯した! 生きているだけで大切な人を皆死なせた! それだけじゃない、
「……君は、悪くないよ。……生まれてくることが罪だなんて……あるもんか……」
白眼から元の透き通るような深い黒に戻った瞳が、涙に濡れるフィーネを優しく見つめる。
「もう君に……『呪い』は、ない……から……気にしなくて、いいんだ。生きて……いいんだよ。僕は……やっぱり、罪を、贖わないと……いけないから……」
「………………! 何を言っているのよ……! 私に罪がないと言うなら、貴方も自分を責めるのをやめてよ! 私と一緒に生きたいと願ってよ!」
嗚咽交じりのフィーネの懇願にレインは小さく、不安そうに喉を震わせた。
「…………いいのかな……。君を守れなかったのに……大切な約束だって、何度も破ったのに………………また生きたいって……君にまた逢いたいと、願っても……いいのかな……?」
「いいんだよ……私が誰にも、神様にだって文句を言わせない。だから……だからっ……絶対に、帰ってきてね。貴方がその気になれば、どんなことだってできるんだって、私は知っているから。今度こそ、一緒に幸せになるの――
その言葉に輝きを失いつつあったレインの瞳が、大きく見開かれた。息が詰まったように口は開閉し、瞳の縁に大きな涙の粒が溜まる。
「あぁ……やっぱり……君を好きになって……………………良かった」
少年の小さく唇を綻ばせた満ち足りたような笑顔に、一筋の滴が流れて――
「いつか、また会おう」
――その言葉を最後に、世界最強に至った優しき少年は、緩やかに眼を瞑った。そして彼の全身を完全に罅割れが覆い尽くし、音もなく砕け散らせる。
砕けたレインの身体は塵になり、木漏れ日に照らされ光になった。何よりも悲壮で、何よりも尊く、何よりも綺麗な光の束に。舞い踊る光の破片を気まぐれな風が掬い取り、空に向かって解き放ち、とても優しく美しい雨を降り注がせる。
腕の中から消えてしまった少年の温もりを求めて青き魔剣と黄金の剣を抱きしめ、慟哭を散らしそうになる喉を必死に律する少女は、見た。
光の雨が降り注いだ場所から、色とりどりの花が咲いたのを。金色の光を放つ塵がレインとフィーネだけの秘密の場所を埋め尽くすように舞い、少女が好きだと言った花――
虹色の花畑を目に焼き付ける少女の瞳から、いくつもの滴が目尻から頬を伝って零れ落ちた。拭っても拭っても、止まらない。愛しい人を想って流す涙が止まらない。
「うあああああぁ……あああああああっ、うわぁあああああ!!!」
少女は泣いた。心が叫ぶままに泣いた。
風が吹く。優しく柔らかい風に舞い上げられた
ずっと一緒だよ――消えてしまった少年がそう告げているように。
少女は泣き続けた。魂さえも震わせて泣き続けた。
荘厳な太陽の光を浴びる泉で響き渡る涙の歌は、決して途切れることはなかった。
いつまでも、どこまでも。
どことも知れぬ暗い道に、その人物はいた。
何も見えない。自分自身の身体さえも。けれど、迷いはなかった。
さぁ、行こう。終わりのない旅路へ。その果てに幸せがあると信じて。