雨の日に生まれた戦士がダンジョンに行こうとするのは間違っているだろうか 作:柔らかいもち
最高到達階層は58階層。59階層に行ったフィンたちはLv.6止まりですし、オッタルはバロールを半殺しにしてもLv.7のままですし……謎だ。
『ワルサ』の軍が『リオードの町』に火を放った翌日。
レインは一人で焼き払われた町を見て回った。アリィも町の様子を見ようとしていたので一緒に行こうかと思っていたが……彼女の瞳に映る感情を見て、やめた。
賑やかだった商人の町は今や見る影もない。王子の脱出を防ぐために
町のあちこちで煤にまみれた身を抱き合い、無事を喜ぶ者達を見かけた。亡骸の側で、涙を流す者達も。
そして、レインに目をむける者達。自分達をひどい目に合わせたワルサを蹂躙した黒い
恐怖。不安。嫌悪。ひとつとしてレインに好意的なものはなく、レインを見たものは急いでその場から消えていった。なかにはあらかさまに悲鳴を上げる者も。感謝を告げる者は一人としていなかった。
少年は表情を変えることなく、朝から夜まで町の全てを見て回った。
♦♦♦
「レイン」
夜になって、からくも火の手から逃れ、元奴隷たちを失った女神の居城。レインに与えられた一室を訪れたのは、この町が襲われる要因ともなった少女。
レインは素振りをやめ、アリィを見る。少女の顔に怯えはない。あるのは『覚悟』と『決意』だけ。アリィは王子であることを忘れたかのように態度を正し、少年に頭を下げる。
「どうか、私に力を貸してほしい。悪族ワルサを討つために」
今の『ワルサ』を止めることはできない。過酷な砂漠世界は多くのLv.2の戦士を生む。とりわけ二度の
そんな【ラシャプ・ファミリア】を取り込んだワルサは、この西カイオス世界に衝撃が走り、緊張が高まる中、動じた素振りを見せていない。どれだけの国が徒党を組んでも、自国の戦力が打ち負けることなどないという自信の表れだろう。
「身勝手にも程があると分かっている。私のせいで襲われたこの町を救ってくれた貴方に、礼をするどころか恐怖の目を向けた私が縋るなど、虫が良すぎることを理解している」
「……」
「しかし今の私には、貴方しかいない。神フレイヤは私を助けようとはしないだろう。彼女にとって私の国を救うことは面倒事でしかないのだろう」
アリィはフレイヤを理解していた。フレイヤの中では、奴隷たちを殺されたことによる『報復』は終わっている。彼女にはアリィの国を救う義理も義務もない。もしフレイヤに助けを求めればすぐに断られて終わりか、とんだ無理難題を吹っかけてきただろう。
「祖国は蹂躙され、民は冒涜され、あまつさえ関係のない他の国にも戦火が及んだ。私が、巻き込んだのだ。これ以上の暴虐を看過することはできない。そのためなら……私はいくらでも道化に堕ちよう。いくらでも『代償』を支払う」
『ワルサ』の進撃を跳ね返すには、今、目の前の黒き戦士の力が必要だ。あの銀の女王の戦士すら一蹴するこの戦士の力を借りる以外に方法はない。
「私の身を捧げる。私は、次の王が生まれるまでの所詮『中継ぎ』に過ぎない。新たな王位継承者が誕生するのなら、この身はどうなっても構わない。貴方に尽くして見せる。だから!」
あの恐ろしき女神の『魅了』を耐えきった男が、自分の『女』を欲しがるとは思えない。でも、何もないアリィが差し出せるのは自分自身のみ。自分を供物に見立てて、嘆願する。
「願わくば、貴方の力をもって――」
敵国を退治して欲しい。そんな少女の願いを、少年はみなまで言わせなかった。
「いらんよ。お前の身なんぞ」
はっきりと一蹴する。アリィの顔が悲痛に歪む。レインの協力を得られないのなら、残るはフレイヤしかない。だが、あの女神がやすやすと自分の願いを聞き届けるはずがない。
(ならば、どうすれば……)
失意に堕ちるアリィは、視線を床に落とそうとした。
「お前がここに来た時に、俺の答えは決まっている。――いいだろう。お前の力になろう」
少女が顔を上げる。レインの顔に浮かんでいたのは不敵な笑み。少し前にはイラっとさせられたその笑みが、今のアリィにはとても頼もしかった。
「次の王が生まれるまでの『中継ぎ』? 関係ない。お前は生真面目に、馬鹿馬鹿しく、正しき『王』としての道を模索していたんだろう? ならばその道を最後まで突き進め」
奇しくもその言葉は、オアシスで水浴びをしていたフレイヤに言われた言葉。目を見開く少女の顔にレインは指を突き付ける。
「いかなる王も、『博打』に、『勝負』に挑まなければならない時が来る。お前にとってはそれが今だった」
「……!」
「心底恐怖を覚えた俺に、民と国を救うために力を求めた。身じろぎ一つでも殺されるのではないかと怯えながらも、願いを語った。お前は『勝負』に挑み、それに勝った」
ちょっと準備を済ませてくる、といってレインはアリィの横を通り過ぎる。部屋を出る直前、首だけを少女に向ける。
「アリィ。王とは、全てを自分で打開する奴じゃない。自分以外の者に希望を示し、先の栄光を証明する者だ」
緩慢な動きでこちらを見返すアリィを部屋に置いて、レインは部屋を出た。
♦♦♦
レインが部屋を出たのは『ワルサ』を倒す準備のため――ではない。こちらに向かってくる複数の存在の対応をするためである。
レインの部屋から離れた場所にある談話室。そこにいたのはフレイヤとその眷属達。
「こんばんは、レイン。こんな夜更けにどこへ行くのかしら」
「あんたに言う義理はないな」
女神はいつものように笑っている。だがその目は笑っていない。彼女の眷属は全員が手に武器を持っている。
「レイン。アリィに力を貸すのをやめなさい。これはあの子の『魂』を輝かせるための『試練』。貴方のような
「そんなこと知ったこっちゃない。俺はあの子に力を貸すと決めた。あの子は俺に、お前の言う『王』としての在り方を示したんだ。あんたの望む形ではなかったのかもしれないが、俺を動かすには十分だった」
「ふーん……。やめようとしないなら、あの子を『魅了』して――」
瞬間、オッタル達が地に
レインはいつもの無表情ではない。凪いだ水面のように静かで、落ち着き払った表情だった。その黒瞳の奥に、果てしない虚無と哀しみが浮かんでいるような気がする。フレイヤはこれがこの少年の本質なのかと思う。
「次、そのセリフを口にしようとするか、実行する素振りを見せてみろ。俺は貴様を殺す」
「私を……脅すつもりかしら?」
「脅しだと?」
あくまで静かに、レインが返す。
「脅しというのは、実際にはやる気がない時に使うことが多い。しかしあいにくだが、俺は本気だ」
「……ふ…………ふふふっ………あははははははっ!」
いきなりフレイヤが笑い出した。刃が当たりそうだったので、慌ててフレイヤから離す。
「貴方の言うとおりね。アリィは『試練』を与えるまでもなく、『魂』を輝かせようとしている。アリィが貴方に助けを求めたところで納得するべきだった。それに私は従順な人形が欲しいわけではないものね」
一人で喋りだし、一人納得する。機嫌良さそうにオッタル達に声をかける。
「もし、レインかアリィが力を求めたら従いなさい。この戦いが終わるまではね」
フレイヤは言い切ると、最上階にある自室に戻る。それを見たレインがオッタル達を押さえていた
「なんだったんだ、いったい……」
レインの思わずといった問いに答える者は誰もいなかった。
原作レインを読んで不思議に思ったこと。レインはなんで王としての心構えを姫王に教えられたのだろうか?